2026年3月22日 (日)

鉄道ピクトリアルの東急 旧3000系特集

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保管場所がひっ迫し、紙の雑誌はなかなか買えなくなっているが、これは好企画なので逃せず。。

東急沿線は親戚もなく、子供時代に触れる機会はなかった。ちょうど50年前の今頃、誠文堂新光社の私鉄電車ガイドブック「東部・東急・営団」を西武デパートで買った。購入時既に刊行から7年が経過していた(記載内容は昭和42年5月1日現在)し、内容が古いことは理解していたが、繰り返し読んで興味を膨らませた。東急の旧型車にはとりわけ興味を持って読んだ。

ので、その後中学に入って友人になった東急沿線の子が見せてくれた、いわゆる「海坊主」(更新で張り上げ屋根、ヘッドライト位置変更)の写真を見せられた時はショックだった。。

その彼に、上記ガイドブックから得られた知識、サハ3250は昭和40年に新製されたと伝えたら、なぜか気を悪くしたようだった。。

昭和50年代半ばごろまでは、上記海坊主以外、ガイドブックの時代とそう大きな変わりはなかったようだ。戦災国電出身の3600,3700形が廃車や他社に転出したり(名鉄に行ったのは有名な話)という程度か。量数の多い3450形は50両が全車健在だった。1981年頃の鉄道ジャーナルはそれを取り上げ、今は全車健在だが間もなく廃車が始まる、と告げていた。

3000系が全廃になった平成元年頃は、鉄道趣味の方はあまり力を入れていなかった。ただ、全廃の数年前、就職活動で各社を訪れている合間に、気になって乗りに行ったことがある。たしか目蒲線だったと記憶する。


雑誌に戻って、3000系全車の車両履歴表をはじめ非常に史料価値の高い一冊となっている。

読み物として興味深かったのは、「東急で3000系(初代)を運転して過ごした日々」という、往時運転士として3000系のハンドルを握った方々のインタビュー記事だ。

3000系はいくつかの形式の総称だが、性能や取り扱いは基本的に同じだった、ただし編成や車両により様々な癖はあったという。電動機や制御装置は戦後更新されており、経年による故障は少なかった。ブレーキは自動空気式でシンプルだったので、制動操作には気を使った。目蒲線、池上線は踏切も多く、頭端式の終端駅も多いことも神経を使わされた。他方、性能では及ばないが3000系は運転士の職人技が問われる面があり、色々な知見を得ることができたのは収穫だったという。むしろ5000系や7200系は電制との兼ね合いが難しく、降雪時には回生失効になる場面もあり、取り扱いが難しかったようだ。


1976年の秋、五反田駅ホームで次々に来る3000系を撮影したことがある。フィルムはモノクロだったと思うが、残っていない。ISO100なのに無理して撮って真っ黒になったか、フィルム装填に失敗してなにも撮れていなかったか、どちらかだと思うが、その辺は忘れた。

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写真として残っている一番古い3000系は、こどもの国線の3600形。このあと少しして、7200系アルミ車に置き換えになる。

1979年1月。

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撮り鉄らしいことはほとんどしていなかったが、珍しくカメラを持ち出した日。

1983年3月ごろ。

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奥沢ですね。

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前後するけど、1981年3月には3450型の模型を作った。

割と乗りよく製作が進み、2週間かそこらで形ができた。M付きは両運で残った3499号、もう一両は標準的な更新車体だ。

この後クハも作る予定だったが、作りそびれて45年経ってしまった。

未だに唯2両の、うちの東急車模型である。

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東急線でさよなら運転が行われた日の約3か月後、弘南線で見かけたもと東急。

平成元年なんて、つい先日のことのように思えてくるが、もう37年も前の話なのか。

 

 

2025年7月23日 (水)

世田谷線

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3連休前半は仕事をしていたので、どこにも行けませんでした。

月曜になってようやくめどがついたのですが、終日出かける気にもならず(暑すぎ)、近場かつ久しぶりのこちらを訪れました。

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杉並に住んでた頃は自転車で行けたので、昔は時々訪れていました。

知人も住んでいましたが、この界隈、いいですよね。住んでみたくなります。

池上線や目蒲線(ふるい)よりも、丸の内線よりも、こっちのほうがいいなあ。

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車両更新(2001年)より前にも行ってますが、それ以後に訪れたことの方が多いです。

25年近く、車両は変わっていませんが、しいて言えばラッピングが都度変わっているので、それを目当てに、というのはあります。

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と、言いながらあまり詳しくはないのですが、昔よりはパリッとした色合いの車が増えた気がします。

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いまいち。

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なにしろ危険な暑さ(35℃くらいか)ですから、あまりゆっくりもしていられないのです。

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そろそろ移動します。

豪徳寺は小鳥の病院があって、何度か訪れたことがあります。

昔(高架になる前)は小田急の電車もよく見えたのですが、だいぶ風情がなくなりましたね。

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この日は旧玉電色の車両はお休みでした。猫電車は運用中でした。

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乗ります。

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つり革が招き猫です。

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これも前に見ているのですが、いちおう今回の撮影のゴールとしました。

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いやしかし暑かったです。

若林の踏切とか、いつも撮影できないのですが、また今度。

2023年9月27日 (水)

サステナ

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なんと言ったらいいのか、意味不明のとかいうと語弊があるし、想定外では平凡な感想すぎるし、どうなんですかね。

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どちらも撮影は2012年だから古いですね。。

東急車は今や日本全国どこでも走ってるので・・。たぶん多摩川線なんかむちゃむちゃ似合いそうですね。武蔵境に行ったら、おお、20m車になったのか、蒲田行こうかと思ったり。

西武鉄道と東急電鉄・小田急電鉄「サステナ車両」を授受 各社連携して、SDGsへの貢献を加速してまいります

 

小田急8000って、西武3000とだいだい同期ですよね(1983年)。

製造終了して1000型が量産されるようになったのは2000N系と同じころ(1987-8年)。つまり最終型でも2000Nよりも古いのですよね。

更新車はインバータ方式に改造されているけど、それが理由なら2000Nインバータにしてもいいのにね。

結局、そのこころは何?って話になってしまう。

しかしまあ、ネタとしては面白いからいいか。。

 

2023年3月19日 (日)

のってないけど

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改正後も自分の生活圏ではほとんど変わることはないようです。

17日に乗ったFライナー=急行は、たしかにFライナーとしてはこの日が最後だったのですが、改正後も急行元町・中華街行きとして残存しているようです。和光市以南メトロがどうなっているのかは、東武時刻表に書いていないので不明です(使いにくい時刻表です)。

ざっと見る限り、海老名まで行く列車は殆どなくて、早朝に相鉄線側から小川町に行く快急だけ、なのですかね。基本的に湘南台に行くんですね。活用方法はあるかと思い、片瀬江ノ島に行けるかどうか考えましたが、新宿から小田急乗った方がふつうに早いようです。

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と、話を続ける前に、ラストショット。

これからは和光市で乗り換えることになります。・朝霞台でも良いみたいですが、ちょっと違和感があるな。

以前から日中の下り準急の中には和光市でFライナー(急行)に接続するものがありました。

これは和光市同時発車で、朝霞付近で内線からFに抜かれてしまうという、下手な常識を身に着けた鉄にはなじみにくい運用をしておりました。

改正後も同時発車は同じですが、Fライナーは志木通過になったので、準急が志木付近でもたつくことが少なくなったかもしれません。

夜の毎時20分発の準急が志木でTJを退避するのは、変わっていないようです。

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記乗と時刻表、どちらも改正日夕方に、余裕で買えました。

初乗りマニアではないので、めんどくさいから行ってません。実務上、東海道新幹線に乗るのに新横浜まで乗っていくのか、というと、さてどうでしょうか。。

2022年7月31日 (日)

豊橋

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先週末ちょっと出かけてきました。

戻って記事を書こうとしたのですが、直後に猛烈に忙しくなってしまい、手が付けられません。。

ただ、さいきんこちらのブログ、ぜんぜん更新できていなくて、このままだと7月中一度も記事が書けずに終わってしまします。。

ので、アゲということで。

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まとめやすいアジェンダとして、宿泊する夜にちょっと夕涼みに行った時の風景を。

東海の電車は好きです。

いかにも電車らしいまとまり感がなんとも。。

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こういう、車種バリエーションが楽しめるのもいまのうちですね。。

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こちらも、馴染みはないけど、色々な電車があるなあという気持ちになる。。

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普通列車なのに転換クロス、いいねえ。

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今年だったっけ、0番台の模型を買ったけど、増結車を追加しようかしら。。

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名鉄も大変好きでして、特にこういう、色々はいった編成なんかいいですね。

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豊橋から岐阜。

関東で言うと南栗橋-中央林間とか、森林公園-元町・中華街という感じでしょうか。

なんか、いまいちですね。

同じ鉄道じゃないし。

関東って、東京のプレゼンスが大きすぎて、ほんとうはかなり特殊な地域なんでしょうね。。

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渥美線もちょっと乗ってみます。

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もと東急7200です。あまりいじっていませんが、あんがいモダンな感じに仕立ててありますね。

でも、本当は車齢50年ぐらい経っている。

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柳生橋。

ここはかつて市内線が通っていたところで、豊鉄の本社もあったそうです。

それも随分前の話で、今はほんとうにただの田舎駅でした。。

さびれてはいないが、まあ何もない。

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一駅乗って帰るという。。

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ちょっと、山手線E235風アレンジと言うか。

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車内は東急時代と変わらないですね。

昭和44年製だそうです。

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ゆっくりする時間がなくて残念ですが、午後9時も過ぎたので宿に戻りました。。

市内線その他は、また近々。

 

 

2022年2月23日 (水)

車内(主に関東私鉄)

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じゃ、いきます。以下の写真、ここでは再掲のものもいくつかあると思います。

小泉線の3050系。この運転室仕切りのアレンジは昭和45年製の8000系と共通です。

4Rでは8152F-8155Fがそれに相当しますが、東上線にもいました。冷房改造で8156~同様(右側も運転台側と同様の位置にセットバック)に改造されました。

この車両もデコラが退色していますが、初期車の退色はもっとひどくて、冷改で張り替えた部分との色の差がはっきりしてるのが目立ちました。

1994年9月。

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8000はこんな感じですね。

デコラの退色は、初期車から昭和42年ぐらいまでに製造された車両が顕著で、その後は何か製法が改良されたのか、それほど目立たなくなりました。これは国鉄の薄緑色も同様で、なにか業界的な技術革新があったのかもしれません。

ところが、こののち9000系から薄クリームの内装が出現するのですが、歴史は繰り返すというか、この色合いのデコラも短期間で退色してしまいます。もともと白っぽいので目立ちはしないのですが。

この写真の当時(1980年夏)、東上線には550両ぐらい車両がいて、2/3ぐらいが8000,そのうち初期車は100両かそこらでしょうか。ちょっとくたびれた感じの内装をしていた。そう考えると、今の東上線もまあ似たようなものかなと。ただ、今のほうが内装30年以上そのままという車両も多いですけど。。ちょっと話が長くなってしまった。。

 

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同じころ(81年4月)、7300系はこんな感じでした。

前回国鉄72系の内装を掲げましたが、あれに比べるとこちらは金属板(塗装仕上げ)の内貼り、アルミサッシと、多少近代的です。

国鉄車両は全検で再塗装する際に、内装は刷毛塗りで仕上げていたようで、前の塗装の剥がれも十分でなく、年数がたつと若干見苦しいものがありました。初期の103はドアなんかが鋼製で塗装仕上げだったのですが、この辺からヤレを感じたものです。

東武は8000系もそうですが、内装の再塗装も吹き付けで、国電よりは綺麗に手入れしていました。その点は良かったかな。

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この内装色はもとは灰緑色(シートは青色で、ようするに国電と同じ)だったものを、昭和43年ごろに替えたらしいです。

実はかすかに覚えています。

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その前はこうだったのでしょう。

東武博物館のデハ5。流石にこれに覚えはない。。

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同じく博物館の展示、8000の内装のように見えるけど、窓柱の感じは3000系ふう。

2010年撮影ですが、3070系辺りから取ってきたのでしょう。こういうのは将来、とても貴重になると思います。

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西武は501系から。

ただしこれは流山に移ってからのもの。前回書きましたが、この臙脂のシートとベージュの壁は、当時の2等車の内装を模したものだそうです。

1981年4月。

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これも流山に移ってからの101系(新)。

オリジナルの壁、シート色ですが、背ずりは新しい様式のもの。

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101(新)は1979年の登場ですが、その内装はもともと2000系(1977年)から始まったものです。

2000系は15年以上前に全車内装更新を終えていますが、オリジナルはこんな感じでした。

クリーム色の色合いが、ちょっと他では見られない感じです。

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どこかに低運101の写真があったはずだけど、今出てこない。またいずれ。。

これは701系の内装。蛍光灯が少なくて、内装も暗い感じでぱっとしないのです。

中央線(201系)利用から西武沿線に転居して、これに乗って都落ちを実感したものです。。

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引退の近いメトロ8000系の、登場当時。

鉄道友の会主催のお披露目会で。

まだ冷房は準備段階です。

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こどもの国線の、東急3000系(3608)。今見るとわりとモダンな内装ですね。古参の3450も、更新後はこんな感じでした。

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大井町線かな。7200。

この時代の東急は内装がかなりあっさりしています。

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田園都市線でしょうから、8500だと思います。

この次も含め、1979年1月です。

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相模鉄道の6000系初期型。

寒色系なのですが、国鉄とは色合いが違います。

相鉄も2100型からは暖色系の内装に代わります。

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西武20000系は今もこんな感じですが、ちがうのは広告の数でしょうね。昔はうっとおしいぐらい広告がついていたのに、なくなると寂しいというのは不思議な感覚ではあります。。

2017年9月 3日 (日)

元町・中華街

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相変わらず時間的、気力的に厳しい状況が続いておりまして、ついに8月は更新を飛ばしてしまいました。。
 
とりあえず、先週所用で横浜に行った時の話を。
 
Fライナー自体はもう話題性がないというか、早く東上線にも指定席の直通特急を走らせてほしいなどと思う昨今ですが、そういいながらまだ横浜まで通しで乗ったことがありませんでした。
 
地上線利用客も、志木か和光市で地上池袋行き急行に接続するので(一部列車)、割と使いでのある列車です。この日は午後の出発だったので最寄駅からずっと座っていけましたが、例えば今朝10時過ぎのFライナーは立っている人もちらほらという感じ。当地の場合、全行程が1時間20分なので、途中であれ座席にありつけないのはちょっときついでしょうね。
 
ちなみに前宅最寄駅から、同じ時間に出かけたとすると、今回の列車よりも15分遅く到着する、ということになるようです。ただ、前宅からだと乗り換え案内で検索すると、東急経由と新宿からJR経由が所要時間的にほぼ互角(横浜地区と捉えた場合)だったので、乗る時間によりどっちを選ぶか、という楽しみはあったな。
 ただまあ、乗り換え回数が多くても、以前は東急渋谷地上駅から始発の特急に乗るのが、一番シンプルでわかりやすかった気がするんだけどね。。
 
さて、帰り道、ホームで列車を待っていたら、S-TRAINが入線してきました。
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エスカレーターでホームに向かっているとき、既に特急券は売り切れたとアナウンスするのが聞こえていました。
 
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ただ、ここから乗車する人はパラパラという程度。おそらく横浜でどっと乗ってくるのかもしれない。
 
例の窓なし席が見える車内。
 
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車いすスペースが素敵に発展したパートナーゾーンですが、ふだんはどんな使われ方をしているのかな。
 
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ドアも黄色にすればよかったのに、と思ったりします。。
 
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夕方5時前後ですが、折り返しはかなり慌ただしいです。
ベイスターズのHMがついたY501F
 
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7000系の最終増備車。そんなに古くない(といっても平成元年)のですが、いろいろな列車が来る中では、多少年齢を感じさせるデザインではありますね。。
 
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池袋どまり。
 
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帰りの列車はこれでした。
ホームドアが設置されると、こんな風な写真も撮れなくなりますね。
というわけでした

2017年1月28日 (土)

世田谷線

1981年冬の写真ですが、このときの写真は以前にも掲載しています。

今回一部トリミングするなどしましたが、元の写真があまりよくないので、同じですね。。
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江ノ電でも600型として使われましたが、割とまとまったデザイン。運転台付近が狭かった記憶があります。。
 
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比較的最近まで残っていたのですが、随分昔の車に見えますね。
 
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街の風景がそこはかとなく古い。いまと変わっていないようでやはりちがう。
 
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70型は古く見えますが、80型とは10年程度しか差がない。内装はどちらも木製ニス塗りだった記憶があります。手入れが良かったのか、あまり古臭い感じはしなかったな。親戚の、ちょっと古風な家に行ったような感じ?だった。
 
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これはやはり都会の電車なのでしょうね。古くても田舎臭い感じはしない。静かな住宅街を縫って走るのにふさわしい感じ。
 
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撮影は’81年の、たしか2月ごろだった記憶があります。
 
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これも前掲げたかな。私にとっては、これとグリーン車こそが京王、という感じなんですけどね。。

2014年9月17日 (水)

たまでんか、たまでんか?

玉電(渋谷-二子玉川)の廃止前のことは、知らないんですね。年齢的には、同世代で知っている人もたくさんいると思うけど、使ったことがなかったもので。

先日、知人と話をしていて、今日は用賀に行ったんです、今は田園都市線だけど、前は新玉川線、もっと昔はたまでんですよね、といったら、たでんではなくたまでんでしょう、と訂正された。アクセントというか、イントネーションの違いですね。

日本語には、箸と橋とか、貴社の記者は汽車で帰社した、みたいな同音異義語がたくさんあるのに、これらを表記し分ける、共通の手法というのはないのかな?

以前、中国語を習っていたとき、最初に四声、まぁ、まぁ、まあ、まー、というのを何度も練習させられたけど、あれも難しかったな。

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'81年2月。これは世田谷線ですね。
かなり午後遅くて、このときの写真はみんな陰がきつい。

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これも逆光ね。150型は7000系似の、なかなかモダンなボディ。

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もう日が落ちてきているね。80型は江ノ電にも譲渡され、里帰りして宮の坂に保存されている。江の島ではもなかとして残っている。

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2002年9月。この頃、クールピクス4300というカメラを買ったばかりだったが、当時のカメラは動体を撮るのが難しいと思われたので、のんびり走る世田谷線を被写体として試し撮りしてみた。
この日何枚か撮ったが、けっこうぶれた写真ばかり。

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というわけで、アーカイブを探しても、世田谷線をちゃんと撮った写真はほとんど無かった。結構訪れてはいるんだけどね。

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この日、沿線ではお祭りで大賑わいだった。

2013年10月28日 (月)

記念ビールを保存しながら飲む(失敗)

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3月の直通運転開始のときにいただいた記念ビールだ。
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いただいたときも、何とかきれいな状態で保存できないか、という話をしていた。賞味期限が10月なので、何とか考えて見た。
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プルタブを開けずに保存、ということで、ピンバイスで1mmの穴を開けて中身を出そうという計略。奥の方にも空気抜き用の穴を開けてある。
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出るには出るが、すごく時間がかかる。しょうがないから、腹のところを押して絞り出す。

やっているうちに、あることに気がついて一人で爆笑してしまった。
これはまるで放○みたいじゃあないか・・・。

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腹のところを何度も押したので、表面はぼこぼこになってしまった・・。失敗である。
ドリルで開けていけば、アルミくずも出ているはずだ。拭き取りながら開けていったけど、やっぱりよい子は真似しない方がいいと思う。
完全に中身を出すことはできず、いくらか残がある。

ちなみに、少し振ってやると、泡が立つので出しやすくなる。ある程度泡だてた方が、味は良いと思う。

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