2026年4月26日 (日)

阿武隈急行

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福島。福島交通線の電車も着いたばかりで、ホームがとても混んでいたので慌てて撮ったらちょっとぶれてしまった。。

 

JR東日本の株主優待(4割引き)を持っていまして、期限が6月末なのでこれを消化したいと思っていました。

休みも取りにくいので日帰りで行って帰る行程で興味深いものとして;

  • 福島に行って、福島交通と阿武隈急行を乗り鉄する
  • 仙台に行って、常磐線回り「ひたち」に乗って在来線特急の長距離乗車を体験する

を考えたのですが、もたもたするうちに出掛けるのが遅くなってしまい、とりあえず仙台に行くことに。

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いつも大宮まで出て、改札前の窓口で適当に指定券を買います。

指定が取れなかったので1時間待ちました。大宮はさすがに見飽きがしません。

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先日リニューアルが発表された253系ですが、たまたま来たこの電車はかなりくたびれている様子。

もともと暑苦しい塗装デザインで好きではないのですが、これは窓回りのオレンジが退色して、国鉄特急色の裏返しみたいになっています。

この塗装が8577F(1960年頃の東武一般車の色)風味とすると、新塗装はフライング東上風という感じですね。


仙台から地下鉄東西線に乗って青葉城に行きましたが、写真はなし。少し待って広瀬川を渡る電車の写真でも撮ればよかったな。

もうひとつ、せっかくE131系に変わったのだから、仙石線にも乗っておけばよかった。

というか、いちおう仙台からひたちに乗るだけの時間はあったのですが、それだと仙台での滞在時間が短すぎるので断念。

あぶQには乗れるが、飯坂温泉行くのは夜になってしまうので、これも断念。

・・という繰り言はいいとして。

 

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仙台から東北本線を南下して槻木へ。

仙台駅ではあぶQの切符は買えないので、槻木で買ってくださいと言われたのですが、駅の券売機にあぶQの区間はなし。

駅員に聞いたら、売ってないので線内で買うか、福島で買ってくれとのこと。

あぶQの運転士に聞いたら、梁川から車掌が乗るから声かけてくれ、とのこと。

 

ちょうど下校時間らしく、車内は高校生でいっぱいでした。

地震が起きたのは横倉駅を出発するその時。ドアが閉まり、運転士がノッチを入れた瞬間に高校生たちの(自分を含む)スマホが一斉に鳴り始めます。時速数キロくらいで動いていた電車は、静かに停車。アナウンスで暫く停車しますと。

やがて揺れが来ました。乗車中に地震は何度か経験していますが、それなりに揺れたものの、震度3-4かな、という印象でした。

安全確認できた、とアナウンスされて、発車したのは数分後でした。

ので、このときはそれほど大きな地震だという認識はなく、ただ津波はちょっと大変かも、という感じでした。

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角田あたりで高校生たちはあらかた降りてしまい、乗客は私を含め1,2名に。

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既に電車はすべてAB900系になっているようです。セミクロスで快適。

東北線のE721系もセミクロスでしたが、やはり良いですね。

実は前日まで山陽地方にいたのですが、227系も良い感じでした。

地方線の座席問題はこの先どうなりますかね。。

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梁川で車掌が乗務しましたので、車内補充券を発行してもらいました。

この辺から福島の通勤区間になり、車内は帰宅客で混み合います。

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定刻で18時過ぎに福島着ですが、このとき時計見てなかったので、遅延してたかどうかわからなかった。たぶん、地震の遅れは回復してたような気もします。

ホーム反対側の福島交通も人がたくさん乗り降りして、構内はにぎやか。普段通りの夕方、という感じでした。

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で、駅ビルで用足しとかして、なんとなく券売機で帰りの新幹線の切符を買ったのですが。

そのあとでこれを見た。

30分後ぐらいの指定券を買ったのですが、普通に買えてしまったんですよね。

駅員に聞いたら、詳しいことは新幹線改札で聞いてくれ、と。

在来線もだいぶ止まっていたようですが、すこしずつ運転再開、という状態でした。

あぶQの平常ぶりとはぜんぜん違っていたので、少し戸惑いました。

 

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新幹線改札で聞いたら、自由席でよければ17時ぐらい発の東京行きが間もなく来る、というので、それに乗りました。

混んでるかと思ったが、そんなこともなかった。3人掛けに二人座ってるかいないかというぐらい。

あらかじめ買っていたパンを食べて待ちました。かなり待ったけど、すわって本読んでればいいし、別に困ることはなかった。

福島から那須塩原くらいまでは(各駅停車になっていた。それにしてもずいぶん駅があるものだな)、各駅でかなり長時間停車していましたが、徐々に停車時間は普通になってきました。

大宮に着いたのは10時ぐらい。川越線もあまり待たずに乗れたので、まあこの状況ではよかった方でしょう。

特急券は後日払い戻してもらいました。

 

 

2025年12月20日 (土)

近江鉄道

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昨年夏から秋にかけて、三岐鉄道、上信電鉄、流鉄を訪問したのですが、いつの間にか旧西武101系が走る路線を追うような形になっていることに気が付きました。

それなら次は近江に、と思ったのですが、昨年は身動きが取れず。今年春は弘南を優先、その後春から秋までは仕事でくたばっておりました。

ようやく落ち着いたので、休暇と宿をとりました。

ただ、近江鉄道って、鉄道雑誌にはかなり頻繁に出てくるのですが、実は出かけるまで実情がよくわかっていませんでした。

手元の雑誌等で近江を特集していたのはピクトリアルの'70年8月号だという。。500形が最新鋭として紹介されてます。

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百聞は一見に如かずというか、とにかく行ってみればわかるということで。

米原に。

JR東海と西日本が入り混じっているのが新鮮ですね。

この日は315系ばかり見かけました。ここ1年ぐらいで、あっという間に増えましたね。

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この日は木曜日で、900円の1日券の発売日ではありませんでしたが、2000円の券を売っていました。

貴生川まで往復すれば元が取れる値段です。

電車は比較的新しい100形105号。

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14:37発貴生川行の直通列車です。

ひたすら乗り鉄します。

彦根まではほとんど乗客なし。

彦根を過ぎると、高校生や仕事の人など、けっこう乗客が増えました。

近場の観光をたのしむ年配の夫婦とかもいます。

貴生川口でも、結構な乗客がいました。

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貴生川まではほぼ西武新宿-本川越間と同じぐらいの距離ですが、1時間半かけて16:12に到着。

切符を買うときにもらった時刻表によると2分で折り返しとあるので、同じ電車を使うのかと思ったら、ホーム反対側のこの電車でした。

乗ってきた105号は回送の表示に。

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もと西武401系で、今のところ近江の主力のようです。

端がこんな風になっているやつです。

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電車は八日市まで。こ線橋を渡り、近江八幡発彦根行きの電車を待ちます。

中線にはこんな電車が。割と原型に近い(色のせいか)ですね。ドアは塗られています。

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鉄道むすめのラッピングですか。

夕方になり、乗客も増えてきました。

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高宮で電車を降ります。

列車が去るのを待ち、構内踏切を渡って、待機する多賀線の列車に向かいます。

こちらはもと西武3000系です。窓周りに見覚えがありますね。

 

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多賀大社駅。この時間は人気がない感じでしたが、近くに多賀大社の鳥居があり、参拝客も結構いるようです。

それよりも折り返し、スクリーン駅から大挙して通勤客が乗り込み、車内は乗車率100パーセント近くに。

すっかり都市部の通勤列車と同じ感じになりました。

多賀大社折り返しの列車は彦根まで直通しますが、彦根到着後、これらの通勤客はほとんどが改札に向かっていきました。

JRに乗り換え、各々の自宅に帰るのでしょう。

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彦根から米原は再び区間列車に。

本線と二つの支線を自在に直通し、本線内も輸送需要に合わせて不便の無いように区間列車を設定するなど、かなり練りこまれたダイヤですね。

ダイヤを追うだけでも面白かったです。


ところで、宿は米原に取りました。

米原は鉄道的には著名だし、新幹線も止まるから、町もそれなりのものだろうと思ったのですが。

駅前を見まわしたのですが、思い切り何もないんです。

スタバがあるとは思ってませんでしたが。南栗橋みたい。。

 

仕方ないので一度チェックインを済ませて、琵琶湖線に乗って彦根まで行って飯、食いました。

彦根も夜は寂しいですが、いちおう城下町なので。

帰りはせっかく一日券あるので、近江で米原帰りました。


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翌朝。

ホテルから米原の電留線が見えます。

鮮明な写真は撮れないけど、とりあえず望遠つけて撮ってみました。

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妙に模型風味があるな、と思い、なぜかと考えたのですが、こうして遠くから見ると、留置線が本線の間に挟まって、しかも駅ホームの位置から急角度で斜めに配置されています。

新幹線はホームを出てもしばらくは直進します(北陸本線と並行)が、在来線は大きく右にカーブしていきます。

航空写真を見るとそうでもないですが、見た目留置線の終端部はホームから直角になって終わっている気がします。

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しらさぎは留置線で待機中です。手前を北陸本線が通っていて、そのための留置線のようです。

東海道上り線は画面左上のほうに少し見えています。

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223系が今出庫しようとしてます。

新快速は敦賀までいくわけですから、前記北陸線と東海道を区別して留置するという説は当たらないかもしれません。

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EF210の牽くコンテナ列車が上り線を走行中。

なかなか、鉄的に面白いホテルでした。


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出かけます。流石に近江線は本数が少ないので、やはりJRに乗ります。

彦根で降ります。

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ホームから車両が見えるだろうと思いましたが、電柱や看板があるので、制約があります。

この車両(820形)は800形と違い正面が西武時代のままで、より原型に近いです。

残念ながら既に廃車になったようですね。

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稼働はしていませんでしたが、これがいました。

今この、N系タイプは2編成いて、うち1編成に軌道検測装置が搭載されている由。

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もう一本はこちらに見えます。

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ところで話は変わりますが、近江線は右側通行なのですかね?

前日飯食ったあと、米原に帰ろうと思いホームに降りたら両方に車両がいて、おや?とおもいました。

間違えなかったけど。

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このラッピングの編成を見たのはこの時だけでした。

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車庫の奥に黄色い電車が見えます。

工場の人がたくさんいますが。。

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陸橋を渡り、車庫脇まで来ました。

FS072が転がっています。今、近江線の営業車はたぶん全部このタイプ(372系または372A系)なような気がします。

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留置線の隅にこれがいました。

まだ西武のロゴがそのままです。

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さっき、車庫の中に見えた黄色い車体は、この片割れということでしょうか。

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今、N系タイプの車体が2編成ありましたが、原型タイプのこれも、2編成運ばれてきていると思います。車庫内には1両しかいないので、あと2両はどこに置いてあるのかな。

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1両ずつ作業を進めるということなのでしょう。連結面がカバーされています。

車両番号は抹消されています。


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彦根ではこの後お城を見たり、昼食をとったりして、近江八幡までは再びJR。

近江線でもよかったのですが、この時間本線は1時間ヘッドということもあり、新快速を選びました。

距離の感覚がわからないのですが、彦根ー近江八幡も28分かかります。

223系はこの区間130Km/hで走ってるんでしょうね。転換クロスだし、速くて快適でいいですね。。E231よりもお金かかっていそうだし。

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800形が入線したとき、車両限界に引っかかったというのはこのカーブでしょうか。

今は全線改造なしでも通れるのですかね。。

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八日市線もかなり乗客が乗っています。

この線区は日中30分ヘッドなのですよね。どの途中駅にも離合の施設があるようです。

今回は実現しませんでしたが、もし降車して撮り鉄するとしたら、この区間でやるとよさそうです。

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運転台機器で気が付いたのですが、ブレーキハンドルがオリジナルではなく、ややぶっきらぼうな箱状のものに交換されていますね。

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八日市はいつも賑やかです。

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八日市に駅舎の2階にはミュージアムがあります。昔彦根にありましたが、閉鎖になり、こちらにリニューアルされてオープンしたようです。

彦根には昔、ED14などの機関車がいました。解体されたのはショックでしたが、会社が手元不如意なので仕方なかったのでしょうか。

中学の頃、家族旅行の途中で立ち寄って、何枚か撮影した記憶があります(プリントがどこかにあると思う)。

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路線図を模したようなレイアウト。半分地図のようですが、こういうレイアウトの志向も悪くないですね。

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八日市にも留置線があります。2編成ほど置けるようです。

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ワンマン車のドア扱いを見る限り、この線区には3ドアのほうが似合いな気もします。2000系はちょっと持て余すのではないかな。。

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これで近江鉄道の乗り鉄は完乗です。

すぐに米原には戻らず、近江八幡市内をちょっと観光します。

先ほどすれ違ったお~いお茶電車に乗ります。

濃い茶のほうはなんだか違う電車に見えますね。これも逆光ですが、結局ちゃんとした写真が撮れませんでした。

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この色も、水色の方も、国鉄黄緑6号や青22号とはちがう色味なのですよね。

青はほかの鉄道車両にはない色だな。昔のVWゴルフを思い出す。。

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近江八幡からまたJR乗って、米原につきました。しらさぎ号がいいタイミングで乗り継ぎできます。

まあ、敦賀経由で帰宅する、という方法もないではないですね。でも疲れたからやらない。

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こちらもいいタイミングで乗り継ぎできます。

豊橋まで行くんですね。網干あたりからずっと新快速乗り継いで、東京まで帰れるのかしら。

 

というわけで、今年のお出かけ鉄は終了です。

東急もすごいけど、西武車両もこんなところまで進出しているのだから大したものです。

関西勢も、もっと首都圏で中古車売ってくれると楽しいのですが。

 

2025年12月13日 (土)

吊掛けSound

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何気に昔録画したエヴァンゲリオンの映画を見ていたら、シンジ君が昏倒して夢を見るシーンが目についた。

夢の中でシンジ君は宇部・小野田線のような電車(ロングシートだからクモハ42ではない)に乗り、反対側のシートに座っている綾波と会話している。背後に列車の加速する音。もちろん吊掛式の唸り音だ。

イベントや事業用ではなく吊掛け式のモーター音を聞く機会は令和の今、ほぼ絶たれている。江ノ電1000は近く置き換えらしく、762mmの北勢線や内部八王子線ぐらいか。

その吊掛け音を、SF映画で聞けるとは思わなんだ・・というかこの音、どこでサンプリングしたんだろうな、と疑問に思った。

 

聞いているうちに懐かしくなり・ふと昔、上毛の走行音を生録したことを思い出した。

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・残念ながらというか、シンジ君の持っていたDAT(S-DAT Walkman)ではなく、MDで録音していました。

 

MD付きのコンポは今年1月まで使っていたのですが、取り替えでしまい込んでしまったので、古いポータブル型を引っ張り出してきました。

使えるみたいです。よかった。

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MDで鉄道の生録を最初に思いついたのは、上毛を録った96年9月だったようです。

記憶では碓氷峠のEF63が最初かと思っていたけど、その前にこれを録っていました。

MDを買ったのは96年の6月ごろで、何か生録に使えると思ったのでしょうね。

碓氷峠は97年の1月と、在来線終了直前の9月に車内外から生録しています。

その後、99年には中央総武緩行線の103系、2007年には中央快速201系を録りました。

201系はいまいちで、今聞くとエアコンの音や近くの女性たちの話声やらが入りこんでいて、なんの録音かわからない感じです。

録音だけというのはこれが最後です。ビデオカメラはあまり電車は撮っておらず、デジカメの動画が実用的になった2011年頃に少し録りました(北勢線)。動画は撮る方も見る方もあまり好きではなく、その後は何もしていません。

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MDジャケットに書かれた記録。

デハ353はもと東武モハ5451を更新したモハ3562であり、その車体はサヤ8001('74年頃、東上線で行われたチョッパ制御の試験のため、更新で余剰となった車体を利用した試験車)となったという、興味深い記録が書かれています。

肝心の音ですが、中央前橋から西桐生まで、なかなかいい感じの吊掛けサウンドが収録されいてます。

当時は車掌がいて、車内放送を盛んに行っていました。それが結構入っています。

映画のように、まったく外の音を入れずに吊掛け音だけを録音しようとしても、意外と難しいんですよね。

ただ、音を聞いていると、自然と自分の体が揺れてくる感じがします。

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ご存じのように、MDはデジタル記録ながら、そのファイル形式をデジタルのままmp3などの汎用データ形式にコンバートできません。

とりあえずレコーダーにアナログで接続して、録音してみました。

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レコーダーは音量設定が難しかったので、新しいコンポの録音機能(USBメモリに録音できる)を使って録音しました。

ちょっと、謎のエラーが出たりするのですが、一応実用になりそうなので、生録のMDデータをアーカイブしておこうと思います。

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話変わって、既存車の整備ですが、一応103 1200番台と写真の80008コテを整備して年内終わりかな。

8000はやはり補重が必要。

 

2025年8月24日 (日)

ほしあい眼科さんの保存車

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*すべての写真は敷地外からの撮影です。

金曜日は休暇で日中用務がありましたが、午後は少し時間が空いたので、前から気になっていたこちらを訪れてみました。

といって、うちから県東部に行くのは地図上ではそうでもなくても、意外と時間がかかるものです。整備途中の見慣れない道路を走るのは意外と手間でした。ちょうど夕方だったので、だいぶ時間もかかってしまった。

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ナビに従って、浦和美園駅のロータリーを抜けて細い道からイオンの脇を抜け、中央分離帯のある広い道を直進すると、反対車線にそれらしいものが見えてきます。

すぐ近くにコイン駐車場らしきものもなかったので、ドラッグストアをみつけてそこに駐車し、もちろんお店に入って龍角散をちゃんと買って、ちょっとだけ歩いて見に行きました。

道を走っていて、これを見かけたらすごいインパクトですよね。

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1両丸ごとではなく、このようにカットされています。特にEF66の切られっぷりはすごいです。台車ですら1/3ぐらいしか残っていません。

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66の方は機械室との仕切りらしきところでカットされています。仕切り部分は室内色で塗られています。

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81の方は台車1つ分の長さで切っています。なんとなくBトレイン風味が出てきますね。

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気動車は1両まるごとの保存です。患者さんも待合などで利用できるようです。

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オリジナルは羽幌炭鉱鉄道発注のキハ22だったようですが、直近は茨城交通(ひたちなか海浜鉄道)に転じて、そこで廃車となり保管されていたようです。

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流山の2両は、建物から飛び出している所を見ると、室内から運転台にはいれるのでしょうか。

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どちらも運転室仕切りは遺っていることがわかります。

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2008年の2月。顔に光が回っていませんし、珍しくポジで撮っていて、露出もいまいちです。

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こちらは既に廃車のようで、ヘッドライトも外されています。反対側の先頭車がいませんが、これが保存されたのですかね。

または別の編成で、色だけ変えたのかな?

というわけで。

ひじょうに感心したのは、車両の塗装管理がとてもしっかりしていることです。

鋼製車体なので、塗装の退色や錆は数年で発生してしまいます。機関車の端面の処理と言い、かなり丁寧に管理されている様子がうかがえます。

先日私も眼科のおせわになりましたが、生憎と遠路ここまで来て診療をうけることはちょっと無理です。しかし、ご近所では相当な評判でしょうし、行きたいという子供の患者さんも多いでしょうね。

 

それにしても、廃車がこれだけ集まっているのに、診療する科目は眼医者さんなのですね。。

 

2025年8月17日 (日)

鹿島鉄道の保存車を見に行く

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寝る前によく見ているタブレットのブラウザに、ほっとパーク鉾田のページが開いたままになっていた。

しばらく前に検索して、保存車がここにあることを見ていたのだと思う。

メインブログには書いてるけど、この夏は体調が悪いのだが、今日は多少良さそうなので(個人としてはちょっと冒険だが)、足を延ばしてみることにした。

事前に検索すると、保存会の方々が整備をして、時折「公開」をしているらしい。

この「公開」は車内の公開等を示しているものと思われるが、ウェブでは内容が確認できなかった。ほっとパークは入浴やプールなどの施設だが、その一角にあるという事は何らかの入場料が必要なのか、それもわからなかった。

わからないが、とにかく行ってみた。

ナビに従って細い道を曲がりながら進むと、大きな駐車場の入り口に着いた。

その先に保存車が見える。特にアドミッションのようなものはないみたいだ。

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保存されているのはKR505とキハ601である。

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601は1936年製のキハ07を譲受して改装を加えたもの。最終期には冷房化もされていた。

505のほうは1992年製。

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有志の方々の手で、かなり丁寧に整備されているようだ。

ただ、野外保存で限られた空間のため、整備は簡単ではなさそうに思えた。

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場所は鉾田駅の西方、旧坂戸駅に近い辺りになると思う。かなり広々とした場所で、土地勘のないよそ者にはスマホの小さな地図ではわかりにくい。

せっかく来たので、ほっとパークのレストランで食事をした。冒頭の写真はレストランの窓から撮ったもの。

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その、鉾田駅跡にも行って見た。

ナビでは場所を特定できず、スマホの地図を見ながら適当に走った。

バスが多数駐車しているのでよくみたら、崩れたホームが見えたのでここだとわかった。

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駅構内は廃止当初そのまま保存されていたそうだが、東日本大震災のとき、液状化現象でホームが崩壊してしまった由。

今はこんな状態になっている。

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当時の様子は不明だが、敷地の一部は転用されてここだけが残っているようだ。

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線路のあったであろう方角は草で埋もれている。

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駅舎は特徴的な建築だったため、保存の検討もされたが老朽化がひどく、解体された由。

この辺りだったらしい。

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名前としてはまだ残っている。

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ついでなので、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅にも行ってみた。

こちらは高架線で駅前のターミナルも整備されている。鉾田駅からは歩いて20分ほどあり、連絡バスもほとんどない。

お互い関係ない存在なのかもしれない。

廃止から18年になるが、駅跡などはバスターミナルとして再整備されるか、宅地として再利用されるなどして、遺構はあまり残っていないようだ。以前訪れた榎本駅でも見てみるか、と思ったが、何も残ってないらしい。体調も万全ではないのでこれを潮に帰宅することにした。


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鹿島鉄道は現役当時、全線乗車はしていない。

写真を撮りに1,2度訪れただけだ。

2001年8月、銚子電鉄を撮影した帰りに、はるばる銚子から北上してここまで来た(車で)。

どういう考えで行ったのか、全然覚えていない。

ただしここ(榎本駅)は、TMS1974年12月号の冒頭グラフで、駅の様子が図入りで詳細に紹介されていた。

それが記憶に残っていたのだと思う。

既にグラフで紹介された木造駅舎はなく、ログハウス風の小さな駅舎に変わっていた。

石油タンクや抜き取り施設もまだあった。後から聞いた話だが、この2001年8月に当駅での貨物輸送(パイプラインへの石油積み込み)が廃止されたらしい。この日(8月10日)が廃止前であったかどうかはわからない。

現役の頃の601。既に冷房が使われていて、車内から出てきたおばさんが外の暑さにたじろいでいる。

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2003年1月。石岡駅の機関区は駅東方に広がっていた。南側に陸橋があり、ホームからも車両の様子がよく見えた。

右奥の500型が保存されている505。手前の600は602の方。

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601の方は運用中。四箇村-常陸小川間。

常陸小川までは区間列車もあり、運転本数は(ローカル線にしては)結構多かった。

常陸小川には、当時すでに廃車になっていたがカバさん(DD901)もいた。

線路脇にも小径があるが、柵や電柱もないし、冬場は下草も整備されて足回りが隠れないし、撮影するにはすばらしい条件の所だった。

沿線の田園風景もとても美しかった。

今google mapで見たら、線路わきの小径はもちろん、廃線跡の築堤や、踏切跡も多少残っているようだ。

やはり体力の都合で今回は見合わせたが、いつか訪れてみたい。

 

2025年6月25日 (水)

ちょっと出

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6月は色々と身の回りに出来事があり、こちらを更新できませんでした。

その合間にちょこっと出かけたときの写真を。

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3年ぶりに訪れた宇都宮。

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車庫のある平石停留所。

東北道を宇都宮で降りると、芳賀方面に行くバイパスがありますが、その沿道にあります。

2月に車で通りかかったとき、視界の片隅に黄色い車両が並んでいるのが見えました。

まわりは田んぼで、川越電車区(電車センター)とか、そんな感じです。

停留所から急カーブで直角に曲がったところにある、というのが模型っぽくていいですね。

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乗務員の交代があります。

その辺りはバスっぽいですね。

 

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ラッピングは3年前の開業時にはなかったな。

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この辺の地理はわかりませんが、高架線を含め割とゆったりした感じで作られており、比較的最近に都市化されたのでしょう。

道路自体、比較的新しいのかも。

ここから宇都宮寄りにかなり大きなショッピングモール(ベルモール)があります。

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ところ変わって秩父駅。

車で出かけて西武秩父に停めて、市内を歩きました。

秩父から御花畑まで、一駅乗っただけ。

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ワキ800が置いてありました(保存?)。

この貨車は東武東上線に乗り入れていたので、なじみ深いです。

マイクロから模型が出ていますが、セット売りで高いので手が出ないです。

昔関水のワキ10000を改造した(というか黒く塗っただけ)ことはあります。レタリングさえあれば今もその手で行けそう。

2025年3月23日 (日)

弘南鉄道 大鰐線

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ホテルはJR弘前駅前ですが、中央弘前まで歩くと20分ぐらいかかるそうです。

100円バスがあるらしいですが、運行時間は9時からというので、とりあえずタクシーで行きました。

運転手さんに間違えて「弘前中央駅」と言ってしまった。

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中央弘前駅は川沿いを走っています。線路のカーブの具合が模型的にいい感じ。

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城下町にはありがちな話ですが、最初にできた汽車の駅(JR弘前)は市の中心部からだいぶ離れた位置にあります。中央弘前は弘前城に近く位置しているので、当時(昭和27年)の弘前市民目線で見れば使いやすいターミナル、という事なのでしょう。奥羽本線は汽車で本数も少なかったでしょうから、大鰐温泉までのフリークェント・サービスが期待できる電車路線はそれなりの意義があったかと思います。

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駅員配置駅はかなり限定されていますが、それなりに工夫を凝らして、地域の拠点たるべく努力をされているようです。

ただ、全体的に近代化の遅れが目立つのは否めません。

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車両は弘南線と同じ元東急7000系です。

もとはこちらの方が先に使用開始されたようです。

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リンゴ畑。

乗客は10人ほどで先頭車に集中し、2両目は私だけ。

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津軽大沢で列車交換します。

ここで一度降ります。

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車両基地がありますが、駅員無配置駅のようです。

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駅のすぐそばに高齢者施設があります。線路を経てにも高齢者施設があるようです。弘前方に県道がオーバークロスしていますが、駅からは離れています。ただ、高齢者施設の脇、線路沿いに舗装された道がある。

 

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ちょっと入り込んで写真撮らせてもらいました。

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ウェブを見ると似たようなアングルで撮影されていて、公道から撮影とあります。ただ、行き止まり道なのでこれ以上踏み込むのは遠慮しました。

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大鰐線(大鰐駅)にも前回掲げた弘南線と同じ日に訪れていました。

7031Fはこんな感じでした。

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6000系も現役で、快速もあったようです。

それにしても全然覚えていない。

 

さて、津軽大沢にはほかに何もないし、次の電車まで45分ぐらいあるので、次の駅(義塾高校前)まで歩きます。

地図を見ると線路と並行している道があり、撮影に好適そう。

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と思っていたのですが、あいにくと線路脇にはうずたかく残雪が積もっていて、撮影は不可能でした。

雪の上に乗ったらどうなるかと少しだけ考えましたが、危険ですね。

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駅ホームから撮影。

 

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待っている間に線路を見てみますが、枕木が一部消失しています。一定間隔ごとにPC枕木に交換されていますが、保線状況はだいぶ厳しい様子。

ウィキを見るとこの5,6年の間に数回、脱線事故や線路トラブルによる運休を繰り返しています。

今回の運転休止も、その辺りに原因がありそうですね。

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大鰐行きが来たので先に進みます。

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雰囲気は平成元年と変わってないですね。JRの方はそれなりにきれいになっています。ただ、弘南も駅員さんはいます。

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少し滞在して中央弘前行きに乗りましたが、ちょうど奥羽本線を「つがる」が走るのが見えました。

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石川のオーバークロス。ここで「つがる」と交差したら面白かったのですが。

弘南の高架橋はどこも頼りない感じです。

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市内に戻りました。

やはり気に入った撮影地はこの川沿いに走るあたりですね。

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ただ、残雪は雪国らしいのですが撮影場所は限られます。天候も良くはなかったです。

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帰りに見た701系の3並び。もう30年以上使われていますが、なかなか頼もしい感じです。

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貨物列車も頻繁に運転されているようです。このほか五能線のディーゼルなどが、弘前駅を走る列車の印象でした。

2025年3月16日 (日)

弘南鉄道 弘南線

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弘前に行ってきました。

例の走行中解結事故の関係で、混雑とか心配しましたが、何とか大丈夫でした。

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現在は弘南線、大鰐線ともに元東急7000系が使用されています。全車冷房なし、中間ドアは終日締め切りとなっています。

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パイオニアiii型台車の乗り心地を味わえるのはここ弘南鉄道と水間ぐらいでしょうか。

素人目には降雪時のブレーキとか大丈夫かな、と思うのですが、長年使っているのだから問題ないのかな。

最高速50Km/hとのことですが、この範囲での乗り心地はなかなか良かったです。

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改札は10分前から。

やってきた電車は長年の洗車で車号が読めなくなっていますが、7155だそうです。

方向幕はシール貼り付けという、Nゲージを彷彿とさせるものです。今は途中折り返し等の運用がなく、これで良いみたいです。

 

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こぢんまりとした運転台機器。ワンマン運転対応の為、運転室仕切が解放状態になっているのはJR701系と同様。

弘南線はおもったよりも乗客が多く、また黒石駅まで乗り通す乗客もかなり多い様子でした。

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東急食堂 東急本店8階

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東急百貨 右はFashon Community 109 Shibya

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黒石駅にはきれいに整備されたED333とキ104が。

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他の公道とかもそうですが、ふだんつかうところはきれいに除雪されて、それ以外は場所によっては2~3mも雪が積もった状態になっています。

特に寒くはないです。

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36年前はこんな感じでした。

木造のホーム屋根が近代化されていますが、他はあまり変わらない感じです。

ただし、画面左側に延びていた黒石線(黒石-川間)は廃止されています。

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黒石線のホームも屋根が長く立派な感じですね。

車両は3両だけですが、キハ22は弘南カラーに塗り直されていました。この色はたらこ色よりもいい感じですね。

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おそらく国鉄から移管後に、この研修庫を新築したのだと思います。

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庫は今も残っています。

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庫までの線路がどうなっているのかは確認できませんでした。雪に埋まっているので、いずれにしても使われてはいないのでしょう。

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ただし、弘前方にある踏切に、黒石線時代の線路が残っているのを見かけました。

とにかく、ふだん使わない所は除雪されていないのです。

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キ104とED333は、留置する場所は違うけどこのころも同じ組み合わせで止まっています。機関車の色は変わったのかもですね。

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中央のクハは国鉄型風で奥にもおそらく東急クハ3776がいます。どうやらクハばかり3両ほど、駅構内に留置されているようです。

上記線路までさしかかっている上屋の印象もあり、この頃はここに車両基地があるものだと思っていました。

撮影は1989年6月はじめごろ。車で行きましたが、これをひっくり返してみるまで自分が黒石に行った事を忘れていました。

 

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駅本屋は変わっていないですね。

黒石は城下町で、駅周辺にもそこそこ家があります。

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移動しました。

そろそろ夕方。

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日中は晴れていたのですが、次第に雲が厚くなり、帰るころには雪が降りはじめました。

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晴れていれば背後に岩木山が見えるのですが、そこは残念。

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夕日がもう少しダイナミックだと尚良いのですが。。

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駅周辺まったくなにもありません。

左に踏切が見えますが、踏切の向こうは全く除雪がされていないので通れません。

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黒石行きを見送り、弘前行きを待ちます。

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弘前に戻りました。通勤客そこそこ。。

翌日はいよいよ大鰐線に乗ります

2025年3月 2日 (日)

太子駅とワラ1ほか

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太子(おおし)駅は長野原線の長野原から伸びていた支線の駅。

もとは群馬鉄山の専用線として太平洋戦争中に建設されたが、鉱山が閉鎖となり、本線の電化の際も非電化のまま残り、70年に運転休止、そのまま廃線となった。

鉱石輸送用のホッパーの一部が残っていたのを整備し、今は構内が公園として整備されて全国から集められた貨車の保存が進んでいる。

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なにかの調べもので国鉄貨車のことをたぐっているうちに、ワラ1のことが出てきた(この貨車の脱線が鶴見事故のきっかけとなったとされている)。もとは四国の多度津で保存されていたものらしい。

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他の貨車は太子駅構内に集められているのに対し、ワラ1はなぜか六合ヘリポートの近くに置かれている。

長野原草津口駅から車で向かうと、この貨車が見えるので太子駅とわかる、と言う意味では、目印として使われているという事なのだろう。

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保存状態はとてもきれいだが、このままだと風化するのも早いような気がする。

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大昔、関水金属が二軸貨車としてワム80000、レ12000、ヨ6000を発売し、トミーも香港製貨車を発売したが、このワラ1やワム60000、70000は長い間Nゲージでは発売されなかった。二軸貨車といえばワムハチというのは後年の話(1984~)で、70年代の例えば山手貨物線や地方駅の側線などではこの黒い、プレスドアの貨車を見かけることの方が多かった。

うちにはKATOのワラ1があるはずだが、どこやったのか探さないと出てこない。

河合の東武鉄道ワラ1ならみつかった。3両のうち一部がカプラー破損している。そのうち修理しないと。

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太子駅は駅舎が再築されている。構内は入場料200円で公開されている。

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wikiではどんな列車が走っていたかわからなかったが、C11と無蓋車、ほかにタンク車などの姿が見える。気動車はキハ17系のようだ。

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ホッパーは一部が残っている状態。

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鉱山からホッパーまではコンベアにより輸送されていたとある。

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保存されている貨車は各地から集められたものらしいが、国鉄/JRのものよりは私鉄のものが多い。

大井川鉄道のCワフ0型は2両ある。かなり小さい。

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これも大井川のもの。保線に使われていたのだろう。

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茨城交通のトラ。国鉄のトラ55000相当か。

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トラ45000らしい。整備はこれからのようだ。

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さきほど少し触れたヨ6000があった。車内にも入れる。

世代的にはワラ1とかとほぼ同じで、最終型は1969年の製造だからつい最近(ですか?)。

というか、関水が初代ヨ6000を発売したころは最新型の車掌車だったのだな、考えてみると。

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この貨車は側面に社紋と形式しか書いてなかったので、どこの車両かわからなかったが、静岡鉄道のトコ1型というらしい。

片側の連結器がスクリューカプラーとなっている(もう一方は自連)。

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長野原草津口駅からは車で15分ぐらいかな。

まだ整備中という感じだが、いずれは三岐鉄道のような感じで貨車が集まってくると、マニアも多数訪れるようになるかも。

2024年10月31日 (木)

流鉄再訪

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先日新しいカメラを買ったので、慣らしにと思い、ここを訪れました。

選挙の前日ですが、お天気いま一つでしたね。

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色違いが楽しいのですが、ふつうに日中行くと2編成が往復しているだけなので・。

全線住宅地ですが、撮影ポイントはそこそこありますね。

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まだ慣れてないので、新しいカメラとか言いながら、つまんない写真ですみません。。

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こないだこれの仲間が京都の博物館行きましたけど、今年はあちこちで会っています。

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若葉号。この色になる前は山手線みたいな黄緑色ベースで、もっと前の低運101のカラーリングを引き継いだものでした。

その低運101(3000型)若葉号、のBトレインは今机のそばに飾ってあります。

動力化していたのですが、先日走らせようとしたら動きませんでした。

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今回は鰭ヶ崎から流山まで歩いてみました。

沿線はうちの近所みたいなふつうの住宅街ですから、不思議な魅力がありますよね。

 

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