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2026年5月24日 (日)

近鉄の一般用車両

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1年半ぐらい前に手を付けながら、その後放置していた近鉄一般車の制作を再開しました。

GMの2410系は、同社私鉄シリーズの初期からありますが(1980年)、現在販売されているのは新しい型で再制作したものと思われます。

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今回は2+2の4連で制作の予定。2410はこのタイプの形態が安定期に入った頃の代表車両で、大出力モーター、エアサス、やや浅くなった屋根にラインデリア(通風機)つきで登場。今も活躍中のようです。

1編成を冷房車、もうひとつを非冷房ラインデリアとする予定。時代的には1979年頃(ああなつかしい)を想定しますが、どのみち考証などあまり関係ない程度の精度でしか作れないと思います。

再開にあたり、もう少し色気を出してあと3両位増やそうと思ったのですが、断念しました。

ちらっと、1480系風味のものが作れないかと思ったのです。

1480系はシリーズ初期、オールMだった1470系の出力を増強し、Mc+M+Tc(+Tc)で組成して、長距離の運用もできるようにした最初の系列です。Mcのダブルパンタがちょっとかっこいいのですが、中間車が左右対称なのが特徴です(近鉄の4扉車は運転台後ろに客窓がありますが、本系列よりも後の車両はこの部分が2連窓になっていて、左右対称ではありません)。この中間車の寸法ですが、形式図を見ると窓やドアの幅は先頭車と同じですが、戸袋や車端部の窓のないところが、それぞれ100mmくらい先頭車と長くなっているようです。気軽な改造では作れそうにありません。

GMの近鉄一般車キットは何種類かありますが、基本的に2410系より後の設計の車両しか作れないみたいです。2400系は標識灯とベンチレーター(と台車)を変えればそれらしくなりますが。

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これは、46~42年前に作った2600系。

先頭車2両は1980年、中間車は1984年の制作。

先ほど触れた、古い型によるキットです。

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久しぶりに出したら、一部カビたりしていました。。

昔のは袋入り2両セットで、最大の特色は張り上げ屋根の途中に継ぎ目があったことです。同時期の12200系もそうでした。

パテで埋めながら作ればよいのですが、昔は上手に作れない子がたくさんいたと思います。

1980年の時は床下機器はダイカストの汎用品でした。台車はKDタイプはなくて、国鉄201系(試作車)のDT46でした。

試作車だからボルスターアンカー付きで、ちょっと近鉄寄りの形態をしています。

最初はふつうに2410系でしたが、 1984年に中間車を増備してトイレをつけ、2600系になりました。

2600系はクロスシート車です。L/C車ではなくて固定クロスですが、当時はかなり珍しい存在でした(今はE231系等珍しくなくなりましたが。ただし2600系は扉間2ボックス)。

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1980年ですが、既に冷房化されてますね。

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当時は先頭車しかなかったので、連結面寄りの側板をプラ板で自作しました。

不思議と、この写真見るとわりときれいですけど、実際にはかなりぼこぼこです。

1984年には床下機器はプラモールドになっていました。ので、80年制作のものも換装しました。

ただ、床下機器これ、東武8000系のものですね。

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実は1980年当時、中間車はペーパー自作の8400系中間車を充当していました。

リニューアルにあたり中間車は廃車にして、モハ153を改造した動力も破棄、12200系(廃車)用の動力をモ2600に付け替えました。

この動力、エンドウの30000系のものですね。

スカートは昔の関水の機関車みたいに、台車と一緒に首を振る形にしています。

それで思い出したけど、今作っている2410の中間連結器をTNにしないといけないですね。。GMの動力をTNにするの、大丈夫かな。


というわけで、実物はこれから新系列に置き換えられていくので、この機会にと思い。。

あと、2600系の方もこれを機に多少手を入れようかと思ったけど、取り出してみるとあまりにすも・・なので、このまま往時の姿を残すことにしました。多少色入れくらいはするかな。

2026年5月19日 (火)

イラン情勢が模型に影響か

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4月末発売の模型を注文したら、連休前に発送が遅れる旨の連絡があった。

生産の遅れはままある話だが、今回はイラン情勢も関係あるのかと、最近思い始めた。

イラン情勢緊迫化の影響はプラモデルにも 「材料は石油由来なので直結している」 印刷塗料やポリ袋も 静岡ホビーショー開幕

ただし今のところ各メーカーで原料不足で遅延などというアナウンスは出ていない。

原料不足もあるが、中国生産の場合は物流にも問題が出る可能性はあるらしい。

 

塗料、特にエナメル系塗料などはナフサ由来のものが多い。

プラモデル塗料、品薄広がる 買い占め懸念も―ナフサ供給不安で

昼休みに近くの家電量販店の模型売り場に行ってみたが、たしかに溶剤とかの棚は空いている。

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ちょっと気になったので、金曜日にビバホームに行って買ってきた。

ここでも売り場は平常通りで、別に品薄ですなどとアナウンスはしていなかった。

ので、取り越し苦労かもしれないな。

 

溶剤は筆やエアブラシなどの洗浄にもつかうから、いちおう確保はしておきたい。。とかいいながら、もうずいぶん長い事塗装をしておらんな。

もし可能なら、鉄道模型も水性塗料で塗装できれば、手入れが楽なのだが。

お店に行くとカラーのバリエーションは多いけど、鉄道色は作ってくれてないんですよね。。グレー系は使えますが。

目先(いつになるかわからない)塗るとすれば近鉄マルーンだが、まだ塗料は確保されていない。

その後しばらくはスカ色ぐらいしか用意しなくてもよさそうだ。。

 

キット組みもだいぶご無沙汰してしまっているけど、いちどGMの初期のキットを、その当時風に組んでみたい気がしますね。まだ車種が少なくて、実物とはちがうけど雰囲気味わう感じで作っていた頃みたいに。

 

 

2026年5月11日 (月)

「小江戸」最新乗車記録 更新

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大した話題ではありません・。

ここのところ用務で週末に小平まで行くことが多いのですが、日曜日は帰りが遅くなりました。

やってきた下りが新所沢行きで、次の本川越行きは6分後、これは東村山で特急と接続してさらに遅くなります。

ので、新所沢行きに乗って所沢で下車し、特急券買って小江戸に乗りました。

ずいぶん前、特急の東村山停車が始まって少ししたころ、東村山で特急乗り継ごうとしたことがあります。そしたら、特急は階段わたって別のホームに着くとかで、そういう利用は考えていないみたいでした。今もそうなのかわかりません。ただ、後続の本川越行きから乗り継ぐのは難しかったと思われます。

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かなり空いています。1両に数名程度。

数名が降りて、私のほか1,2名が乗りました。

後から乗ってうろうろしていた女性は、特急券を買わずに乗ったようです。すぐに車掌が巡回してきて、その場で買っていました。狭山市まで600円。何かの理由で急いていたのかも。

狭山市では外国人と思しき3人組が乗ってきました。疑うわけではないが、たぶん特急券買ってないな。もう車掌は回ってきません。

常習犯なのかもしれない。

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清掃は行き届いていますが、テーブルには黄ばみも目立つようになりました。

新狭山までの区間は揺れもずいぶん目立ち、また101系譲りのモーター音も相当なものです。

動画で音を残しておこうとちょっと考えましたが、先の外国人が車内でしゃべっていたので断念。

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「小江戸」が走り始めてすぐではなかったのですが、新宿沿線に転居してから迎えた最初の正月、実家に行くために全区間乗ったのが最初です。1995年の事でした。

前回乗ったのはたぶん、東上線の抑止を回避するため、高田馬場から本川越までのったときかな。あれはいつだったかしら。。

当時もやや地味な車だな、と思っていましたが、30年以上見ているので、なくなるとなると少し寂しい気がしますね。

2026年5月 3日 (日)

1968年の「鉄道模型趣味」誌

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古本屋のサイトで古いTMSを眺めていたのですが、ヤフオクには1年分まとめて出品されている方がおり、どうせならと思って1968年分をまとめて12冊買ってしまいました。

 

寝る前に寝床で古いTMSを見ているのは楽しいです。最新のTMSはいけません。古い方がいいのです。

これは自分でも変わった趣向だと自覚していますが、理由はいくつかあります。

  1. 1960年代後半~70年代初めごろのTMSには、のちの特集シリーズ(レイアウトモデリング、テクニック、シーナリーガイドなど)の初出として掲載された記事が多い。あの記事はこんな時代背景の中で掲載されたのか、という感慨に浸れる。

  2. 今は写真などでしか見ることのない蒸機や電車などが、リアルタイムで走っていた時代の模型雑誌である。C59もまだ走っていたし、153系は日常見かける電車、581系は最新鋭の車両だ。
    木造駅舎や蒸機関連施設は当時、目の前にあった世界なので、臨場感が違う。今それを精密に作っても、ファンタジーの世界にすぎない。

  3. 昔の製作記事の方が読んでいて面白い。最新のTMSの、超精密な模型を見てもなんかかわいくないし、製作記はなぜか面白く読めない。古い作品は素朴なものも多いが、材料や機材の制約はあってもひじょうにセンス良くまとめられた作品も多い。

  4. 3に関連するが、かなりトリッキーな観点から制作に取り組む例も紹介されている。これも読み物として面白い。

  5. 単純に昔から古い時代の風物が好き。1.の特集シリーズに限らず、昔の子供向けの雑誌とかを図書館で見つけると興味深く読んでいた。

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特集シリーズにちらっと出ていたが、詳細がわからなかったものもかなり判明できます。

「レイアウトモデリング」中に石膏プラスターを使ったシーナリー作成の記事があり、設例として「9mmゲージの例」として掲げていたレイアウトが、4月号に紹介されています。日本のNゲージが発売になった直後の作例らしく、平面図を見ると建物は一つもない、実験的なレイアウトのようです。

保育社カラーブックス「鉄道模型」(山崎喜陽著)に出てきた、「9mmゲージ初期に大阪在住の米人ショール氏が作成したモジュールレイアウト」というのも6月号に出ています。駅から出発して途中駅を経由し、リバースで戻ってくるという構成が興味深いんですよね。シーナリーなどは簡素ですが、今でも参考になるかもしれません。

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当時は16番全盛というよりほぼデフォルトで、日本のNゲージメーカーは関水金属だけ。EF70と20系寝台車(流線型の前後の車両は未発売)、高速コンテナ、C50とオハ31系、103系がすべてのようです。この年に新製品は出ていないようです。

そんな状況なのに、Nの記事はひじょうに盛んに取り上げられています。レイアウトが中心ですが、車両は輸入の欧州型で間に合わせることが多かったようです。それよりも、レイアウトが作れるメリットの方が高かったのでしょう。

また、1/80の車両も豊富とまでは言えなかったようです。自作する人が多く、パーツもそれなりに出ていたので腕次第、という面はあったのかもしれません。

この雰囲気というか、妥協点の高さは私がNを始めた70年代半ばでもそうでした。その分間口が広く、おおらかな趣味生活を楽しむ人が多かったようです。今日の特定番号機のさらに細かい点をあげつらうムードとは対照的です。今の人もそれはわかっていて、ショーティなどの製品はその表れだとは思いますが、やはりこの時代の雰囲気とは違うものだと思います。

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表紙がカラーになったのは昭和40年頃からのようですが、本文にはまだカラーは使われていません。

中判かそれ以上のポジ(コダクローム)が標準だったと思いますが、意識してみるとなんとなくそういう色合いが感じられます。

当時のコダクロームの色設定、あるいは印刷の関係なのかもしれませんが、このレイアウト写真(八里九里観光鉄道)は緑の色表現がかなり個性的ですね。タオルを使っているらしいですが。

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