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2026年3月14日 (土)

クモハ40と青梅線73系

P3082017

3月初めに回着して、先週開封はしたのですが、まだ何もやってません。

先週も忙しかったな。何やってたかな。

ちなみに上掲写真は開封直後ですが、ご覧の様にM車の上下が外れた状態でした。

トミックスは割と多いですね。

P3082019

モハ40は首都圏では比較的遅くまで残っていたのでなじみ深い存在です。今も鉄道博物館の目立つところに展示されています。

Imgp0797

と、おもったけどあまり全体を撮りやすい場所でもなさそう。

1両でまとまるので、16番の真鍮キットなどにちょうどよかったのですし、Nもキットは出ていました。

完成品は初めてでは。

P3082021

方向板等の設定が必要で、稼働するまでまだ時間がかかりそう。

単行でも走りますし、73の増結としても使えます。

当然床下機器はレリーフ状になっており、各機器の整形は良好なのですが、なんとなく手にしたとき、気にならないでもないです。

鉄コレのユニットに比べると、モーターカバーの幅が広いんですよね。

宙に浮いているようなブレーキシリンダーなど、ちょっと違和感が強いです。

旧国の床下機器って、実物より模型で形や配置を把握して頭にしみこんでますからね。

P3082026

73系の方はMc+T+M+Tcで、Mcは全金更新車、中間2両は窓回りをアルミサッシに改造済み、クハはご覧の様に原型(俗に100代)です。屋根が深く3段窓、運転台後部の窓は大きく、台車はTR25。

右は36年前に組んだGMキット。屋根曲率が浅く、300番台風ですが運転台は拡張されておらず、扉間と同じ窓幅です。GMのクハ79(板キット)は1977年末の発売ですが、そのときは正しく300番台の造形でした。昔買ったキットもそうなっていました。当時ここから東武78系を作りたかったのですが、この窓幅が問題だな、と思っていたので覚えています。その後、早いうちにクモハ73と側面を共用したらしく、1987年のカタログNo.8ではもう狭幅窓ではなくなっています。

クハの300台、400台はトミックスで製品化はしているのですが、セットの一部で買いにくかったりして、めぐり合えていません。

GMキットの方向板等は製品を入手できなかったので、なにかの包装紙を切って貼ってあります。

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クモハは当線初登場のアコモ改造車です。キットは4年ほど前に入手したのですが(GM)、全然手を付けていません。御殿場線にしようかな、と思い、中間車は買いましたが。あれも並べたら整形はトミックスとは全く違うはずです。

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モハは500台のようで、アルミサッシ、戸袋Hゴム化されています。台車がDT20。

50年ほど前に出た、カツミの72系がこのタイプでした。カツミの製品は今回のセットのうち、クハをいわゆる400台、前面窓が凹み、ヘッドライトが埋め込みになったタイプに替えた形態でした。台車は全車DT13で、黒メッキでブレーキシューの表現がなく、当時でもいまいちかな、と思っていました(が、買いました。印象把握は悪くなかった)。

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サハも、これは500台という言い方でよいのでしょうかね。

GMは当初完成品でサハ(のちの一体キットではサハ+モハ)を発売していましたが、モハ、サハともにノーシル・ノーヘッダーのタイプでした。サハのノーシル・ノーヘッダーというのは実在しないそうで、当時から指摘を受けていました。むかし、それにあと付でシル・ヘッダーをつけてはどうか、と考えたことはあります。クハもシル・ヘッダーつければ450台風味になりますが、いずれも実行はしていません。

 

やはり方向板や車番を設定しなければならず、いつ走らせることができるのか見通しが付きませんが、その際は手持ちの900台、920台と混結で走らせることもできるかと思います。あれは5両だったかな。そうするとトミックスの72系は9両、GMのキット組は6両あるので15両(この2社の製品の混結は無理)になります。未着工の御殿場線も作れば20両ぐらいになるか。

 

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コメント

サハ78500番台ですと、事故復旧からの500がサッシ窓ですがベンチレーター8個。
それ以外は3段窓で、パンタグラフ撤去跡にベンチレーターの増設無いようですね。
https://www.localline.jpn.com/h6feet/album5-4.html

また、豊田のサハ78でサッシ窓いたかな?とも思えたのですが、216番で現存していたようです。
https://drfc-ob.com/wp/archives/21668
しかしながら、古き記録見ますと平軸受けのままのTR23やDT12台車履いた車輌多く実在していたのだなと思うばかりです。

失礼いたしました。まだ製品同梱のインレタも開けてなかったのですが、見たら182,210,216,225の4種類でした。
手元のピクトリアル国鉄型車両の記録72・73系電車を見ると、サハ78100~199・210~239 大井・大船アコモA工事という区分で、1971年から翌年にかけて16両を更新した、とあります。掲載された写真は188(中原)、217(橋本=東神奈川)でした。豊田は216がいたのですね。
おりしも、上記記事の掲げられたページの見開き反対側にはTR23つきの初期サハの写真が掲げられています。
500番台の事故復旧って、三河島事故の復旧なのですね。。

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