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2026年3月30日 (月)

DD13 (後期型)

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別に再生産されたとか、そういうきっかけはないのですが、TomixのDD13を買いました。

去年もED18を衝動買いしたりしましたが、その類です。

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DD13は都会の機関車というイメージがあります。山手線に乗っていると池袋、新宿、品川、田端あたりにたむろしていましたし、時折貨車を牽いて本線を走っていたのも見かけました。DE10は活躍機関も長かったし、川越線などでも活躍したのでなじみ深いはずですが、子供の頃の刷り込みなのか、DD13より「新しい」機関車に思えます。

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それと国鉄時代の活躍は比較的短かったものの、私鉄に譲渡されたり、同型、発展型で製造されたという点での息の長さもあります。

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もうひとつ、古いNゲージャーの人は香港製のDD13の事を覚えているかと思います。

まだ黄色い箱のトミーナインスケールと呼んでいたころで、2,300円は当時としても安価でした。ディティールはかなりごつく、特に手すりの太さが印象的でした(折れやすくて、子供はよく壊していました)。国鉄型DLはこれが最初だったので、かなり売れたはずです。

うちにもオレンジと茶色のやつがいました。オレンジはすぐ壊れてしまったのかな。茶色は割と調子が良くて、仮線でつないだレイアウトを、貨車10両位つないで、なぜか夜遅くに走らせていたのを、50年ぐらいたった今も覚えています。

その頃には(昭和52年頃)当時の関水がより精密なDD13を発売していました。アーノルトの自動解放カプラーつきで3,900円。繊細な造りに驚きましたが、当時は手が出せませんでした。

かなり経ってから、鹿島臨海鉄道バージョンを買いました。マグネマティックカプラーに換装して、当時のレイアウトで入れ替えや機回しを楽しみました。

上記の写真中央が鹿島臨海バージョン、左はもっと後、10年ぐらい前に買ったKATOの初期型です。これを買って、昔の製品がやや大振りであることに気が付きました。今回のトミックスとKATO初期型は当然というか、ほぼ同じ大きさですね。

関水の解放機能付アーノルトは、その後数年間同社のELを中心に装備していましたが、その後は自社のものはやめて、マグネマティック換装を前提とするようになったようです。トミックスは1年遅れてMカプラーを発売し、今日に至っています。

実はうちの前レイアウトも、最初はMカプラーのランプを装備していたのですが、あれは本線上にあると時々意図せず解放してしまうのです。

それで方針変更して、専用機関車とカプラーに替えました。

現用のうさぎ鉄道はMカプラーのランプを使っていますが、本線上ではなくヤードに設置しています。引き出し方に気を付ければ、問題なく使えます。

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余談のような話ばかりでしたが、模型自体は安定した出来で、文句ありません。

細かいパーツの取り付けは少ないですが、タイフォンはジグを使っても難しかったです。もう変なことさせないでほしいです。

ナンバープレートは読めますが、メーカーズプレートはルーペでも読めなくて、どっちが上かわかりません。

ので、マクロレンズで撮影して拡大しました。汽車会社と書いてある、と言われれば、そう読めますね。

 

DD51は実物を見ているとそんな感じはしないのですが、模型として走らせるとやけに車体が長い感じがするんですよね。

2軸貨車あたりはDD13でゴロゴロ走らせるのがいい感じです。

 

2026年3月22日 (日)

鉄道ピクトリアルの東急 旧3000系特集

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保管場所がひっ迫し、紙の雑誌はなかなか買えなくなっているが、これは好企画なので逃せず。。

東急沿線は親戚もなく、子供時代に触れる機会はなかった。ちょうど50年前の今頃、誠文堂新光社の私鉄電車ガイドブック「東部・東急・営団」を西武デパートで買った。購入時既に刊行から7年が経過していた(記載内容は昭和42年5月1日現在)し、内容が古いことは理解していたが、繰り返し読んで興味を膨らませた。東急の旧型車にはとりわけ興味を持って読んだ。

ので、その後中学に入って友人になった東急沿線の子が見せてくれた、いわゆる「海坊主」(更新で張り上げ屋根、ヘッドライト位置変更)の写真を見せられた時はショックだった。。

その彼に、上記ガイドブックから得られた知識、サハ3250は昭和40年に新製されたと伝えたら、なぜか気を悪くしたようだった。。

昭和50年代半ばごろまでは、上記海坊主以外、ガイドブックの時代とそう大きな変わりはなかったようだ。戦災国電出身の3600,3700形が廃車や他社に転出したり(名鉄に行ったのは有名な話)という程度か。量数の多い3450形は50両が全車健在だった。1981年頃の鉄道ジャーナルはそれを取り上げ、今は全車健在だが間もなく廃車が始まる、と告げていた。

3000系が全廃になった平成元年頃は、鉄道趣味の方はあまり力を入れていなかった。ただ、全廃の数年前、就職活動で各社を訪れている合間に、気になって乗りに行ったことがある。たしか目蒲線だったと記憶する。


雑誌に戻って、3000系全車の車両履歴表をはじめ非常に史料価値の高い一冊となっている。

読み物として興味深かったのは、「東急で3000系(初代)を運転して過ごした日々」という、往時運転士として3000系のハンドルを握った方々のインタビュー記事だ。

3000系はいくつかの形式の総称だが、性能や取り扱いは基本的に同じだった、ただし編成や車両により様々な癖はあったという。電動機や制御装置は戦後更新されており、経年による故障は少なかった。ブレーキは自動空気式でシンプルだったので、制動操作には気を使った。目蒲線、池上線は踏切も多く、頭端式の終端駅も多いことも神経を使わされた。他方、性能では及ばないが3000系は運転士の職人技が問われる面があり、色々な知見を得ることができたのは収穫だったという。むしろ5000系や7200系は電制との兼ね合いが難しく、降雪時には回生失効になる場面もあり、取り扱いが難しかったようだ。


1976年の秋、五反田駅ホームで次々に来る3000系を撮影したことがある。フィルムはモノクロだったと思うが、残っていない。ISO100なのに無理して撮って真っ黒になったか、フィルム装填に失敗してなにも撮れていなかったか、どちらかだと思うが、その辺は忘れた。

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写真として残っている一番古い3000系は、こどもの国線の3600形。このあと少しして、7200系アルミ車に置き換えになる。

1979年1月。

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撮り鉄らしいことはほとんどしていなかったが、珍しくカメラを持ち出した日。

1983年3月ごろ。

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奥沢ですね。

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前後するけど、1981年3月には3450型の模型を作った。

割と乗りよく製作が進み、2週間かそこらで形ができた。M付きは両運で残った3499号、もう一両は標準的な更新車体だ。

この後クハも作る予定だったが、作りそびれて45年経ってしまった。

未だに唯2両の、うちの東急車模型である。

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東急線でさよなら運転が行われた日の約3か月後、弘南線で見かけたもと東急。

平成元年なんて、つい先日のことのように思えてくるが、もう37年も前の話なのか。

 

 

2026年3月14日 (土)

クモハ40と青梅線73系

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3月初めに回着して、先週開封はしたのですが、まだ何もやってません。

先週も忙しかったな。何やってたかな。

ちなみに上掲写真は開封直後ですが、ご覧の様にM車の上下が外れた状態でした。

トミックスは割と多いですね。

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モハ40は首都圏では比較的遅くまで残っていたのでなじみ深い存在です。今も鉄道博物館の目立つところに展示されています。

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と、おもったけどあまり全体を撮りやすい場所でもなさそう。

1両でまとまるので、16番の真鍮キットなどにちょうどよかったのですし、Nもキットは出ていました。

完成品は初めてでは。

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方向板等の設定が必要で、稼働するまでまだ時間がかかりそう。

単行でも走りますし、73の増結としても使えます。

当然床下機器はレリーフ状になっており、各機器の整形は良好なのですが、なんとなく手にしたとき、気にならないでもないです。

鉄コレのユニットに比べると、モーターカバーの幅が広いんですよね。

宙に浮いているようなブレーキシリンダーなど、ちょっと違和感が強いです。

旧国の床下機器って、実物より模型で形や配置を把握して頭にしみこんでますからね。

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73系の方はMc+T+M+Tcで、Mcは全金更新車、中間2両は窓回りをアルミサッシに改造済み、クハはご覧の様に原型(俗に100代)です。屋根が深く3段窓、運転台後部の窓は大きく、台車はTR25。

右は36年前に組んだGMキット。屋根曲率が浅く、300番台風ですが運転台は拡張されておらず、扉間と同じ窓幅です。GMのクハ79(板キット)は1977年末の発売ですが、そのときは正しく300番台の造形でした。昔買ったキットもそうなっていました。当時ここから東武78系を作りたかったのですが、この窓幅が問題だな、と思っていたので覚えています。その後、早いうちにクモハ73と側面を共用したらしく、1987年のカタログNo.8ではもう狭幅窓ではなくなっています。

クハの300台、400台はトミックスで製品化はしているのですが、セットの一部で買いにくかったりして、めぐり合えていません。

GMキットの方向板等は製品を入手できなかったので、なにかの包装紙を切って貼ってあります。

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クモハは当線初登場のアコモ改造車です。キットは4年ほど前に入手したのですが(GM)、全然手を付けていません。御殿場線にしようかな、と思い、中間車は買いましたが。あれも並べたら整形はトミックスとは全く違うはずです。

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モハは500台のようで、アルミサッシ、戸袋Hゴム化されています。台車がDT20。

50年ほど前に出た、カツミの72系がこのタイプでした。カツミの製品は今回のセットのうち、クハをいわゆる400台、前面窓が凹み、ヘッドライトが埋め込みになったタイプに替えた形態でした。台車は全車DT13で、黒メッキでブレーキシューの表現がなく、当時でもいまいちかな、と思っていました(が、買いました。印象把握は悪くなかった)。

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サハも、これは500台という言い方でよいのでしょうかね。

GMは当初完成品でサハ(のちの一体キットではサハ+モハ)を発売していましたが、モハ、サハともにノーシル・ノーヘッダーのタイプでした。サハのノーシル・ノーヘッダーというのは実在しないそうで、当時から指摘を受けていました。むかし、それにあと付でシル・ヘッダーをつけてはどうか、と考えたことはあります。クハもシル・ヘッダーつければ450台風味になりますが、いずれも実行はしていません。

 

やはり方向板や車番を設定しなければならず、いつ走らせることができるのか見通しが付きませんが、その際は手持ちの900台、920台と混結で走らせることもできるかと思います。あれは5両だったかな。そうするとトミックスの72系は9両、GMのキット組は6両あるので15両(この2社の製品の混結は無理)になります。未着工の御殿場線も作れば20両ぐらいになるか。

 

2026年3月 1日 (日)

ワキ5000

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京都に行ってきましたが、撮り鉄も乗り鉄もできなかったので、特に掲げるものはありません。

以前よりは旅行者が少なくて、旅しやすい感じでした。

 

掲題の貨車ですが、トミックスのリニューアル製品です。少し前に豊沢氏のサイトでも紹介されていました。

トミックスの初期製品は’77年の発売で香港製でした。KATOは80年代初めくらいだったか。ワキ10000の色変わりだったと思います(今回のトミックスもそうだと思う)。

上の写真ではそのKATOのワキ10000と並べていますが、KATOはやや大きいです。たぶんトミックスの方がスケールに近いのでしょう。

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KATOの貨車、ワム80000は大きいことで有名でしたが、ワキ10000もオーバースケールだったのですかね。

写真のは後から買ったものですが、KATOのワム10000は最初に買ってもらったNゲージ車両でした。当時450円でした。

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KATOのワムハチがかなり大柄なことは、やはりTOMIXの製品が出たときに露見したと記憶します。

当時同社の蒸気機関車は1/140ぐらいでしたから、それとのバランスを考えてあえて大きくしたのかもしれません。

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こうして並べるとやはりちょっとおかしいかな。50年以上前の製品なのに、外見があまり遜色がないのはさすが。

ワムハチは2番目の貨車として、ワキを買った数か月後に買いました。この車体は今も残っています(写真のは後で買ったもの)。

ワキ5000の香港製もたしかまだ手元にあります。さっき取り出そうとしたのですが、奥の方の箱に入れてあって、ちょっと撮影には間に合いませんでした。

 

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