関水金属 レイアウトプラン集
オクで入手しました。出品者のかた、ありがとうございます。
私がこれを最初に読んだのは1974年春の事です。最初の鉄道模型として買ってもらった、EF65+20系客車+固定式線路のセットに、カタログと共についていました。
「Nゲージ蒸気機関車」の豊沢氏によると、(豊沢氏が参照した)プラン集は1972年の発行で、掲載されたプランはもともとはアトラスのものだった、となっています。
今回入手できたプラン集は、私の記憶していた通りの内容ですので、1974年現在に流通していたものと思われます(上記ブルトレのセットは1974年の発売)。
プラン集は何度か改定されたらしく、TMS72年9月号の広告には「レイアウトプラン集の改訂版ができました」、という告知があります。
初版は71年頃でしょうか。
1960年代、関水は今とはちがう規格の線路を展開していたそうです。1966~69年頃にTMSで発表された9mmゲージのレイアウト(第2次銀河鉄道、八里九里観光鉄道、新諸国鉄道、ナローですが祖師谷軽便)を見ていると、この旧規格の線路が使われていた様子が見られます。
私が模型を始めた頃は既に、アトラス規格の線路になっていました。
更に言えば、アトラス製のポイント類もほとんど知りません。1974年の夏頃、固定式の最後まで同型、同価格で製造された手動ポイントが発売になっています。それまではマシン付きの電動ポイントで、転轍機のような形のマシンスイッチで切り替える、アトラス規格のものが売られていた(らしい)です。標準ポイントのほか、6番ポイント、ダブルスリップやスリーウェイもあったようです。ポイントではありませんが、15度クロッシングもありました。
あまり細かいことを書いていると鉄道模型考現学みたいになってしまいますが、このプラン集が何度か改定を重ねたものであるらしいことは、最初に読んだ時から感じていたことです。
ポイントとポイントマシンの説明が、新旧交錯しています。
この写真では新電動ポイントとなっていますが、少なくとも1974年夏頃には手動ポイントが900円で発売されており、電動化パーツは同年冬に発売、となっていました(TMS広告)。1974年12月、レイアウト用の線路を親に買ってもらったとき(神田錦町の科学教材社で)、買ったのはこの手動ポイントです。
1975年の関水金属カタログを見ると、既にアトラス製ポイントは載っておらず、ポイントは標準手動ポイントのみ、クロッシングは90度のみに整理されていました。以後、固定式線路は車止め線路以外、種類を増やすことなく、90年代初めごろに製造を終了します(ポイントやフレキは2010年ごろまで)。
改定を重ねたな、という印象を持つのは、各プランに付された番号がバラバラなところもその一つです。
このレイアウトはN52ですが、このプラン集ではN51というのは出てきません。これより前のページにオーバルに側線を追加したプランが3種類紹介されていて、その中で一番小さいものがN51であるようです。
なぜそうわかるかというと;
誠文堂新光社のムック「Nゲージ」に掲載された、科学教材社の広告の中に出てくるからです。
これは関水のプラン集に掲載された「最小サイズの側線付き環状線(1)」そのものです。
これを見ると、上に掲げた電動ポイントが1,400円であることもわかります。
「Nゲージ」は初版が1973年頃であるらしいのですが、うちにあるのは1974年秋に買ったもので、多少改定されているようです。
「Nゲージ」からもう少し。
これはN55型、というプランです。これはプラン集には載っていません。
貨物引き込み線をいくつか備えた、なかなか興味深いプランですね。
N57型というプランです。立体交差のように見えますが、内訳表を見ると15度クロス(500円)とあるので、平面交差のようです。
N55、N57は「レイアウトプラン集」には載っていません。N51は上記のプランだとして、プラン集にはN51~54,N59が「N系列」として掲げられています。
N56はなにかというと;
「Nゲージ」にはこれがN56であると紹介されています。
しかし、「レイアウトプラン集」では「P-29のレイアウト」、と書かれています。
このプラン集にはN-のプラン名と、P-のプラン名の2系統の名前が出てくるのです。
なぜ2系統あるのか、よくわからないのですが、よく見るとP-の番号はただのページ数(P-29は29ページに載っている)を示しているだけのようです。
なお、N-58は全く不詳です。
ちなみにこのP-29のプランは、40年ほど前にこのままの線路配置で作りました。
全体が見えないのであれですが。
ベースが横長なのと、フレキで作ったので印象はぜんぜんちがいます。
あと、N-52のプランはやはり豊沢氏が道床付き線路で再現していて、それを基に線路だけ買って家のテーブル上で組んだことがあります。
別にサブレイアウト作ろうとか、あまり考えずに線路買ってきたのですが、試しに組んでみた後、箱にしまい込んでそのままになってます(どこかにあるはず)。
何やってんでしょうね。
小5の時作ったレイアウトは、これがヒントになっていたと記憶しています。
手前の駅の内側にある引き込み線はなく、外側の分岐はもっと右からついて支線の起点とし、支線は本線と並行して左を半周して、やや小高いところにある奥の駅に続きました。線路をたくさん買ってもらったのに、ろくにエンドレスも走れないていたらくでした。。
見開きの右側にプラン、左側にコントロールボードのイメージを図説したプランN59。
右側の3線区間が特徴的ですが、長い直線路が取れないので、ここを待避線的に使う意図があるのかもしれません。
なんとなく惹かれるものを感じるのですが、どうやって遊んだら良いのか、ちょっと考えてしまいますね。
改めてプラン集の表紙を。
保里康太郎氏のレイアウト(同時期のカタログに全景写真あり)ですが、何度見てもすごいな、と思います。
当時の市販品が多数使われていますが、巧みな配置で一貫した独特のムードを醸し出しています。
線路は関水製ではなく、Peco製のようです。
社長のご自宅?会社?の壁にあるタイル絵、ですよね。
今回改めてみると、左隅に呼び鈴のようなものが見えることに気がつきました。
このプラン集は私の鉄道模型の原点みたいな感じですね。。
完成予想図は掲げられていませんが、それゆえに想像力を掻き立てられるところもあったな。
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