うさぎ鉄道 レイアウト制作の思い出(8 最終回)
前回掲げたレイアウトは1984年夏に着工、年内に運転はできるようになり、86年ごろにはシーナリィを含めておおむね完成した。
これは実家に置いたまま、94年ごろまでは運用していた。自分は実家を離れていたが、一部の車両は実家に残したまま、帰宅した時に運転したりしていた。
レイアウト自体はまだ実家にある。近年、ネズミが入り込んで暴れたらしく、建物がだいぶ破壊されてしまっている。
転居先で本格的なレイアウトを作ることは無理だったので、写真のような運転盤を作って時々運転した。
ベースはただのベニヤ板で、継ぎ目の所は線路を取り外して、組むときに取り付ける。駅以外はなにもない状態だったが、そこそこ直線が長いので運転するのは意外と面白かった。カーブはR315と外側にR354を新たに買って設置した(当時のいちばん緩いカーブ)。
94年末の転居と共に運転終了となった。
手持ちのトミックスの線路はこの後も資産として使いまわして、その時その時で運転盤を作り直している。
これは2000年頃、B1のパネルに作った運転盤。いちおうシーナリィまでつけるつもりでいたが、中途半端に小さいので運転する車両が限られ、制作は中止になった。
その後も作りかけては気に入らず、あるいは多忙でそれどころではなく、形にならない状態が続いた。
2006年ごろ、どこからか定尺ベニヤ板を買ってきて、線路を敷いてみた。これは数日で解体してしまった。
同じ年の秋、A2のパネルにPecoのフレキを敷いてなにか作り始めた。
延長ボードも作って、小型車両を運転できるようにした。
というか、大型の車両も結構走らせることができる。
ミニカーブレールというのは当時出ていたのかな。2007年の2月ごろ。
本来は数編成の車両を置いて駅や引き込み線を往復させる、という遊び方になる。
ただ、これもシーナリィとなるとなかなかアイデアが浮かばず、このままの状態が続く。
この後、小松菜線に発展した。
いまのうさぎ鉄道の原型ができたのは2008年2月の事だ。
既に本線部分は現在とほぼ同じ形になっている。
アングルを買ってきてB1パネルを固定し、本格的な工事が始まった。
その後の事は以前ここにまとめている。
うさぎ鉄道は2009年12月末に一連のシーナリィ工作を終え、2009年12月30日を一応開業の日としている。
エンドレスとパック、機関車を買ってもらって、鉄道開業した’74年5月から数えて今年は50年、現行レイアウトが完成してから15年という事になる。
おまけ。
これは2011年の年末に、天賞堂で線路一式を買ってきて、「Nゲージ蒸気機関車」の記事にでてきたプランを再現したものだ。
当時木造2階建ての家に住んでいて、レイアウトは2階和室に立てかけてあった。冬は寒いので暖かい居間でちょっと遊ぶのにいいかと思い。。
この線路一式、どこかの箱にまとめて入れてあるはずだが、実は買ってから2回ぐらいこの形で運転したきり、ぜんぜん使っていない。
*いちおう、自分用にうさぎ鉄道史というか、レイアウト史の集大成とすべく書いてきたが、撮ったはずの写真が見つからないとか、昔のことで忘れたとかが色々あり、全部書ききったとも言えなくなってしまった。まあ、それをブログに書いて人がどう思うかというのはあるのだけど。
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