2026年4月12日 (日)

雑談

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今週は特に何もないのですが。。

先週の事ですがクモハ40は竣工しました。ただ、まだ走らせていない。72系の方がまだです。

 

先日ピクトリアルの東急3000系特集を取り上げましたが、おりしも鉄コレの方で3450を一般発売するんですね。

https://diocolle.tomytec.co.jp/product/detail.html?jan=4543736339694

販売店で予約を受け付けていますが、例えばIMONのサイトを見ると1BOX単位(10個)となっていて、これはどこも同じです。

https://www.imon.co.jp/webshop/product/227331

以前事業者限定で出たことはありました。東急車(過去の)は意外と売れないのか、8000系よりも前の車両はあまり見かけません。GMが3000系(3700辺りがプロトタイプ)、旧5000、7000を、KATOが7000系を、ポポンデッタが旧5000,5200を出したくらいかな。出てなくはないか。ただ、3450は割と人気があった気がするけど、意外と模型に恵まれていない気がするんですよね。

KATOは京急230を出していますが、あれは自社に保存車があるからかな。ご検討をお願いしたい気もします。

上記鉄コレですが、車体だけで@25K超えですと、相当覚悟が必要ですね・。特徴のあるバリエーションは一通り備えているので、マニア向けではあるのですが。もとより鉄コレシリーズ自体、価格上昇が著しくて、おいそれとは手が出なくなってきました。ここ2,3年でだいぶ上がりましたね。通常の完成品も上がりましたが、鉄コレの場合は仕上がりが最上ではないという認識があり、余計高く感じます。

 

ノス鉄、ナローの系列も、こちらが出遅れたせいか、どうも・。猫屋線は企画としてはいいけど、結局手が出なくて今日まできてるし、ノス鉄も使い道がわからんなあ。

うちには小松菜線と言う小規模ローカル線がありますが、ノス鉄をここで使うのはなんか違う感じがして。

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一応、小型のスケールモデルは走行可能なのです。DD13やC12,C56あたりは楽勝で走ります。

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ノス鉄の最新のシリーズ(第5弾)ですと、戦前の阪神などをプロトタイプにしたものがありますが、もともと実物が14mぐらいなので、スケールで行けると思うだけどな。それだったらまとめて買ってきて、戦前姿にでもしたらいい感じかもしれないが、切り継ぎするにもうすら高いので。。

3450も、もう少し間口を広げてくれるといいんですけどね。。標準的なボディを3両にまとめてくれたら、12千円ぐらいでも買いますが。

 

 

2026年4月 5日 (日)

新井薬師さくら 2026

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メインブログにも書きましたが、かつての撮影名所はその名声だけが残り、今や桜もちょぼちょぼになってしまいましたし、周りの工事や歩道橋の改修(下側に網の大井が付いた)により、あえてここを撮影場所にする意味は薄れました。

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たぶんネットか何かで見て、ここで撮影するのは意義があることだと思い込んでいる人がたくさん来ています。

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一応お義理で?歩道橋から撮影してみましたが、来年はもうここで撮らないでもいいかもしれません。

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今であれば、10000系や黄色い電車と一緒に撮るのはたしかに意味はあるかもしれません。

ただ、こちら前にも撮っているので。

それにしても、今の新宿線、黄色い電車に多数遭遇できることで池袋線と差別化されて、それなりに興味深い状態にはなっていますね。

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それほど待たなくても、2000系は多数走っています。

今だけですね。これは。

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地下化は6年後に延期されましたが、2000系はあと数年でしょうか。

10000系はもう1年を切りましたね。

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沼袋寄りはもはや撮影ができない状態ですが、去年からそうでしたので、この1年あまり変わっていない気がします。

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新井薬師前周辺は、線路施設よりも周りの建物の変化が大きいです。

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駅前の茶色いビルがなくなりました。

駅を下りると、次の通りが見えるようになり、大きな駅前広場ができたような感じです。

もっとも、そんなことに驚いているのは私だけで、昨日今日の事ではないのでしょうね。

駅のすぐ脇にあり、一度解体された信用金庫は再築が進んでいます。

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地下化後はここにバス乗り場でもできるのでしょうか。

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妙正寺川付近。これだと逆光なので、ひと工夫が必要です。

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新宿線の撮影は、別途日を改めて行っておいた方がいいかもしれません。

 

 

 

2026年3月30日 (月)

DD13 (後期型)

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別に再生産されたとか、そういうきっかけはないのですが、TomixのDD13を買いました。

去年もED18を衝動買いしたりしましたが、その類です。

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DD13は都会の機関車というイメージがあります。山手線に乗っていると池袋、新宿、品川、田端あたりにたむろしていましたし、時折貨車を牽いて本線を走っていたのも見かけました。DE10は活躍機関も長かったし、川越線などでも活躍したのでなじみ深いはずですが、子供の頃の刷り込みなのか、DD13より「新しい」機関車に思えます。

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それと国鉄時代の活躍は比較的短かったものの、私鉄に譲渡されたり、同型、発展型で製造されたという点での息の長さもあります。

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もうひとつ、古いNゲージャーの人は香港製のDD13の事を覚えているかと思います。

まだ黄色い箱のトミーナインスケールと呼んでいたころで、2,300円は当時としても安価でした。ディティールはかなりごつく、特に手すりの太さが印象的でした(折れやすくて、子供はよく壊していました)。国鉄型DLはこれが最初だったので、かなり売れたはずです。

うちにもオレンジと茶色のやつがいました。オレンジはすぐ壊れてしまったのかな。茶色は割と調子が良くて、仮線でつないだレイアウトを、貨車10両位つないで、なぜか夜遅くに走らせていたのを、50年ぐらいたった今も覚えています。

その頃には(昭和52年頃)当時の関水がより精密なDD13を発売していました。アーノルトの自動解放カプラーつきで3,900円。繊細な造りに驚きましたが、当時は手が出せませんでした。

かなり経ってから、鹿島臨海鉄道バージョンを買いました。マグネマティックカプラーに換装して、当時のレイアウトで入れ替えや機回しを楽しみました。

上記の写真中央が鹿島臨海バージョン、左はもっと後、10年ぐらい前に買ったKATOの初期型です。これを買って、昔の製品がやや大振りであることに気が付きました。今回のトミックスとKATO初期型は当然というか、ほぼ同じ大きさですね。

関水の解放機能付アーノルトは、その後数年間同社のELを中心に装備していましたが、その後は自社のものはやめて、マグネマティック換装を前提とするようになったようです。トミックスは1年遅れてMカプラーを発売し、今日に至っています。

実はうちの前レイアウトも、最初はMカプラーのランプを装備していたのですが、あれは本線上にあると時々意図せず解放してしまうのです。

それで方針変更して、専用機関車とカプラーに替えました。

現用のうさぎ鉄道はMカプラーのランプを使っていますが、本線上ではなくヤードに設置しています。引き出し方に気を付ければ、問題なく使えます。

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余談のような話ばかりでしたが、模型自体は安定した出来で、文句ありません。

細かいパーツの取り付けは少ないですが、タイフォンはジグを使っても難しかったです。もう変なことさせないでほしいです。

ナンバープレートは読めますが、メーカーズプレートはルーペでも読めなくて、どっちが上かわかりません。

ので、マクロレンズで撮影して拡大しました。汽車会社と書いてある、と言われれば、そう読めますね。

 

DD51は実物を見ているとそんな感じはしないのですが、模型として走らせるとやけに車体が長い感じがするんですよね。

2軸貨車あたりはDD13でゴロゴロ走らせるのがいい感じです。

 

2026年3月22日 (日)

鉄道ピクトリアルの東急 旧3000系特集

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保管場所がひっ迫し、紙の雑誌はなかなか買えなくなっているが、これは好企画なので逃せず。。

東急沿線は親戚もなく、子供時代に触れる機会はなかった。ちょうど50年前の今頃、誠文堂新光社の私鉄電車ガイドブック「東部・東急・営団」を西武デパートで買った。購入時既に刊行から7年が経過していた(記載内容は昭和42年5月1日現在)し、内容が古いことは理解していたが、繰り返し読んで興味を膨らませた。東急の旧型車にはとりわけ興味を持って読んだ。

ので、その後中学に入って友人になった東急沿線の子が見せてくれた、いわゆる「海坊主」(更新で張り上げ屋根、ヘッドライト位置変更)の写真を見せられた時はショックだった。。

その彼に、上記ガイドブックから得られた知識、サハ3250は昭和40年に新製されたと伝えたら、なぜか気を悪くしたようだった。。

昭和50年代半ばごろまでは、上記海坊主以外、ガイドブックの時代とそう大きな変わりはなかったようだ。戦災国電出身の3600,3700形が廃車や他社に転出したり(名鉄に行ったのは有名な話)という程度か。量数の多い3450形は50両が全車健在だった。1981年頃の鉄道ジャーナルはそれを取り上げ、今は全車健在だが間もなく廃車が始まる、と告げていた。

3000系が全廃になった平成元年頃は、鉄道趣味の方はあまり力を入れていなかった。ただ、全廃の数年前、就職活動で各社を訪れている合間に、気になって乗りに行ったことがある。たしか目蒲線だったと記憶する。


雑誌に戻って、3000系全車の車両履歴表をはじめ非常に史料価値の高い一冊となっている。

読み物として興味深かったのは、「東急で3000系(初代)を運転して過ごした日々」という、往時運転士として3000系のハンドルを握った方々のインタビュー記事だ。

3000系はいくつかの形式の総称だが、性能や取り扱いは基本的に同じだった、ただし編成や車両により様々な癖はあったという。電動機や制御装置は戦後更新されており、経年による故障は少なかった。ブレーキは自動空気式でシンプルだったので、制動操作には気を使った。目蒲線、池上線は踏切も多く、頭端式の終端駅も多いことも神経を使わされた。他方、性能では及ばないが3000系は運転士の職人技が問われる面があり、色々な知見を得ることができたのは収穫だったという。むしろ5000系や7200系は電制との兼ね合いが難しく、降雪時には回生失効になる場面もあり、取り扱いが難しかったようだ。


1976年の秋、五反田駅ホームで次々に来る3000系を撮影したことがある。フィルムはモノクロだったと思うが、残っていない。ISO100なのに無理して撮って真っ黒になったか、フィルム装填に失敗してなにも撮れていなかったか、どちらかだと思うが、その辺は忘れた。

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写真として残っている一番古い3000系は、こどもの国線の3600形。このあと少しして、7200系アルミ車に置き換えになる。

1979年1月。

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撮り鉄らしいことはほとんどしていなかったが、珍しくカメラを持ち出した日。

1983年3月ごろ。

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奥沢ですね。

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前後するけど、1981年3月には3450型の模型を作った。

割と乗りよく製作が進み、2週間かそこらで形ができた。M付きは両運で残った3499号、もう一両は標準的な更新車体だ。

この後クハも作る予定だったが、作りそびれて45年経ってしまった。

未だに唯2両の、うちの東急車模型である。

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東急線でさよなら運転が行われた日の約3か月後、弘南線で見かけたもと東急。

平成元年なんて、つい先日のことのように思えてくるが、もう37年も前の話なのか。

 

 

2026年3月14日 (土)

クモハ40と青梅線73系

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3月初めに回着して、先週開封はしたのですが、まだ何もやってません。

先週も忙しかったな。何やってたかな。

ちなみに上掲写真は開封直後ですが、ご覧の様にM車の上下が外れた状態でした。

トミックスは割と多いですね。

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モハ40は首都圏では比較的遅くまで残っていたのでなじみ深い存在です。今も鉄道博物館の目立つところに展示されています。

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と、おもったけどあまり全体を撮りやすい場所でもなさそう。

1両でまとまるので、16番の真鍮キットなどにちょうどよかったのですし、Nもキットは出ていました。

完成品は初めてでは。

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方向板等の設定が必要で、稼働するまでまだ時間がかかりそう。

単行でも走りますし、73の増結としても使えます。

当然床下機器はレリーフ状になっており、各機器の整形は良好なのですが、なんとなく手にしたとき、気にならないでもないです。

鉄コレのユニットに比べると、モーターカバーの幅が広いんですよね。

宙に浮いているようなブレーキシリンダーなど、ちょっと違和感が強いです。

旧国の床下機器って、実物より模型で形や配置を把握して頭にしみこんでますからね。

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73系の方はMc+T+M+Tcで、Mcは全金更新車、中間2両は窓回りをアルミサッシに改造済み、クハはご覧の様に原型(俗に100代)です。屋根が深く3段窓、運転台後部の窓は大きく、台車はTR25。

右は36年前に組んだGMキット。屋根曲率が浅く、300番台風ですが運転台は拡張されておらず、扉間と同じ窓幅です。GMのクハ79(板キット)は1977年末の発売ですが、そのときは正しく300番台の造形でした。昔買ったキットもそうなっていました。当時ここから東武78系を作りたかったのですが、この窓幅が問題だな、と思っていたので覚えています。その後、早いうちにクモハ73と側面を共用したらしく、1987年のカタログNo.8ではもう狭幅窓ではなくなっています。

クハの300台、400台はトミックスで製品化はしているのですが、セットの一部で買いにくかったりして、めぐり合えていません。

GMキットの方向板等は製品を入手できなかったので、なにかの包装紙を切って貼ってあります。

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クモハは当線初登場のアコモ改造車です。キットは4年ほど前に入手したのですが(GM)、全然手を付けていません。御殿場線にしようかな、と思い、中間車は買いましたが。あれも並べたら整形はトミックスとは全く違うはずです。

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モハは500台のようで、アルミサッシ、戸袋Hゴム化されています。台車がDT20。

50年ほど前に出た、カツミの72系がこのタイプでした。カツミの製品は今回のセットのうち、クハをいわゆる400台、前面窓が凹み、ヘッドライトが埋め込みになったタイプに替えた形態でした。台車は全車DT13で、黒メッキでブレーキシューの表現がなく、当時でもいまいちかな、と思っていました(が、買いました。印象把握は悪くなかった)。

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サハも、これは500台という言い方でよいのでしょうかね。

GMは当初完成品でサハ(のちの一体キットではサハ+モハ)を発売していましたが、モハ、サハともにノーシル・ノーヘッダーのタイプでした。サハのノーシル・ノーヘッダーというのは実在しないそうで、当時から指摘を受けていました。むかし、それにあと付でシル・ヘッダーをつけてはどうか、と考えたことはあります。クハもシル・ヘッダーつければ450台風味になりますが、いずれも実行はしていません。

 

やはり方向板や車番を設定しなければならず、いつ走らせることができるのか見通しが付きませんが、その際は手持ちの900台、920台と混結で走らせることもできるかと思います。あれは5両だったかな。そうするとトミックスの72系は9両、GMのキット組は6両あるので15両(この2社の製品の混結は無理)になります。未着工の御殿場線も作れば20両ぐらいになるか。

 

2026年3月 1日 (日)

ワキ5000

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京都に行ってきましたが、撮り鉄も乗り鉄もできなかったので、特に掲げるものはありません。

以前よりは旅行者が少なくて、旅しやすい感じでした。

 

掲題の貨車ですが、トミックスのリニューアル製品です。少し前に豊沢氏のサイトでも紹介されていました。

トミックスの初期製品は’77年の発売で香港製でした。KATOは80年代初めくらいだったか。ワキ10000の色変わりだったと思います(今回のトミックスもそうだと思う)。

上の写真ではそのKATOのワキ10000と並べていますが、KATOはやや大きいです。たぶんトミックスの方がスケールに近いのでしょう。

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KATOの貨車、ワム80000は大きいことで有名でしたが、ワキ10000もオーバースケールだったのですかね。

写真のは後から買ったものですが、KATOのワム10000は最初に買ってもらったNゲージ車両でした。当時450円でした。

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KATOのワムハチがかなり大柄なことは、やはりTOMIXの製品が出たときに露見したと記憶します。

当時同社の蒸気機関車は1/140ぐらいでしたから、それとのバランスを考えてあえて大きくしたのかもしれません。

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こうして並べるとやはりちょっとおかしいかな。50年以上前の製品なのに、外見があまり遜色がないのはさすが。

ワムハチは2番目の貨車として、ワキを買った数か月後に買いました。この車体は今も残っています(写真のは後で買ったもの)。

ワキ5000の香港製もたしかまだ手元にあります。さっき取り出そうとしたのですが、奥の方の箱に入れてあって、ちょっと撮影には間に合いませんでした。

 

2026年2月23日 (月)

朝霞の周辺

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色々用務があって3連休もまとまったことができず。。

模型も手を動かす気になれません・。50年以上前のTMSを見ているのが好きです。素朴で幸せな気持ちになれます。

連休最終日ですが、午後に用務が入ってしまいました。せっかく気候も良いので(暑すぎ、花粉飛びなので良し悪しですが)、ほんの30分ほど、線路脇から撮影してみました。

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13年前に一度来て、撮影したことがある。その時は同業の方から声をかけられて、しばらくお話をした。

当時は8000やメトロ7000も健在で、快速も走っていた。

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カメラの性能は上がっているが、気合はそうとう下がっている。

それはそうと、幕車って結構多いね。

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無くなりだすと早いのでしょうね。。

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これがそろそろ20年です。当時は凝った内装に感じられたものです。

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奥に見える陸橋からも撮影してみたのですが、架線柱や架線がうるさくてダメでした。光が強くて、ここの写真も必ず架線の影が入っていますね。

朝霞台の、黒目川のあたりにも行ってみようと思ったのですが、もう少し春めいて来てからのほうが良いかと思い、止めました。

朝霞駅のホームからも撮れそうですが、いざ立ってみるとやはり架線柱とかがうるさいですね。

志木の雑木林もなくなってしまいましたが、あの辺は撮影、どうなのでしょうか。

 

 

2026年2月20日 (金)

トキイロ発表

速報ならほかの方もみんなやっておられるでしょうけど。

トキイロ 西武鉄道 ですね。

 

本川越の2,3番ホームが8両化対応工事をしている理由はこれでわかりました。

今のところ残る疑問は、この車両が昨年分で製造終了になるとされていた40000系の一員であるのかということ(ビデオを見ると40000となっているけど)、そして今、10連で運転されている拝島ライナーもこちらに衣替えするのか、という点です。拝島ライナーは池袋線からの貸し出し車両らしいので、そうなるのも。

10000系小江戸はこの30年の間、けっこう利用しましたが、シートピッチも広く、同世代の東武200系(こちらは当初急行用でしたが)よりも快適でした。101系譲りの走行系ですが、デッキ付き二重窓ですし、鉄の立場から見れば多少音が出ても欠点とは言えません。

L/Cタイプ(だと思うけど)の車両に変わるのは、走行距離を考えれば妥当かもしれませんね。

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こないだおまけ(3)として掲げようとして忘れていた画像。こちらも間もなくらしいですが、製造途中の画像を鉄道会社自らが開示するなんて、昔は考えられませんでしたね。。

 

 

2026年2月11日 (水)

C62重連

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C62 2、3が出るということで、昨秋アマゾンで予約していました。

メーカー出荷は暮れも押し詰まった頃でしたが、うさぎ鉄道に回着したのは1月の10日前後になりました。

その後は例によって休眠。ロマンスカーも同時に入ったので、そちらを優先した関係で。。

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2月に入り、ようやく開封。

特定ナンバーなので、ナンバープレートをつける手間がありません。

第一印象はけっこうつや消しが強い仕上がりだな、と。

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右端のC62 17は東海道型と称するもので、もうずいぶん前、15年以上前だかに買ったものです。

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東海道型はやや艶があるのですよね。

この17号機はうさぎ鉄道初の1/150スケール蒸機です。C57よりも小さいので、なんだか迫力がない感じがしました。

この時代の動力は完ぺきとは言えず、本機も下り坂で息つきのような現象が起きるのが難点でした。

不思議なことに息つき現象はその後あまり見られなくなりましたが、第3動輪のスリップバンドが頻繁に外れる癖は相変わらず。

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2号機の後カプラーをナックルにして、3号機もナックルでつなごうとも考えたのですが、どのみち端梁の連結器を外した外観はちょっと変だし、実用性を考えてアーノルドにしました。

もちろんダミーカプラーに戻すときもあると思いますが、たぶんこの姿もまま先頭に立つこともありそう。どうせ2m離れたらわからないし。

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今の模型って本当にすごくて、ちゃんと協調運転します。試しにエンドレスを半周ずらして走らせたけど、あまりずれたりしませんでした。

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ただ、ちょっと緊張するので手放しで走らせっぱなしにはできないです。

客車は43系を中心に適当に編成しましたが、スユニ50はちょっとインチキですね(50系客車の時代の車両です)。

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おまけ1

予想通りPePe終了後の本川越は寂しくなってしまいました。

2.3番ホームは今工事中。7両用から8両編成入線可能にするそうです。

SNSの西武ページによると、ティザー広告が出ているらしいです。これに関することでしょうか。

001系は8両ですが、臨時以外で新宿線を走ることはないでしょうね(2019年の臨時むさしは1番線からでした)。

かといって、40000系は10両だし、そもそも専用ホームは不要かと思います。

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おまけ2

昨日は午後遅く出社(日中在宅勤務)でしたが、駅に行ったらダイヤが乱れていました。

これはのぼりホームです。

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惜しい。種別幕が光って見えにくくなってしまった。

副都心線や東横線内急行の志木行き(この場合はもちろん森林公園方向への)って普段あるんでしょうか。

列車は来たけどこれには乗らずに、次の準急(急行から種別変更だったらしい)に乗りました。

2026年1月27日 (火)

事故抑止始末記

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(本当は別のことを書くつもりだったのだが)

月曜から遅くなった。

池袋の改札に着いたら1分後に急行が出るので、階段を急いで登ろうとするが、重量超過で加速性能が悪く、乗り逃す。

次を待っても良いが、寒いし疲れたのでTJに乗ることにする。

普段はトブチケで買うが、スマホから開くと時間がかかるので、券売機で買う。

 

列車はほぼ満席で出発。

本を読んでいたので外の様子は気にしてなかったが(もともと戸袋あたりの席だった)、複々線に入ったあたりで車掌が「ただいま人身事故の情報が・・」と。

列車は惰行しながらもしばらく走行し、次のアナウンス「朝霞台で停車、すべての扉が開きます」を聞く。

 

ドアが開く。

寒い。ここんとこ最低気温マイナス5度ぐらいってるからな。

一応座席は確保されているし、ドアも(東武には珍しく)締め切りやってくれたが、それでも寒いことは寒い。

いつもならどっしり構えて、本でも読んでいるのだが、今日は夜遅いし、まだ月曜だし、明日は午前に会議があるし、寒い。

 

ので、

車掌に指定券を示して、これ払い戻してもらえる?と聞いてから(駅でやってくれるそう)、改札から外に出る。

夜遅いのに、ずいぶんたくさん人がいる。流石に乗降客が沿線随一と言われるだけのことはある。

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タクシー乗り場には10数人ぐらいの人がいた。

大昔、西武沿線だったころ、やはり夜中に人身があって、その時は中央線で吉祥寺まで行ってタクシーを待った。

新宿からだたとタクシー高いし、と思って。

大失敗だった。

列はかなり長いし、タクシーは全然来ない。たしか、帰宅できたのが夜中の2時半ぐらいだったかな。

後で調べたら、深夜バスというのも当時はあったので、次はそうしようと思ったが、結局乗らなかった。

 

それに比べると、今回は割といいテンポでタクシーが来てくれる。

まあ、多少は待ったが30分ちょっとで朝霞台駅を後にすることができた。

 

意外だったのは、夜中なのに道がとても混んでいたこと。

多分、事故で家から迎えに行く人や、私のようにタクシーを使う人が多かったからかもしれない。

 

途中、人身のあった駅近くの、踏切に通じる交差点を通ったが、入り口にパトカーが道をふさいで入れないようにしていた。

タクシー代ちびっとかかったけど、凍えて風邪ひくことも、午前様になることもなかったのでまあいいか。


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・・こういうのは毎回苦労しますね。

さて、お口直しに。

ちょっと思い立って、撮影した模型の写真を実物風に見えるように加工してもらった。

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これが元写真です。

廃線跡のような線路が追加され、空も表現されてリアルになりましたね。

なによりバラストがいい感じだし、レール側面もさび色になっています。

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過去に撮った写真を色々頼んでみたが、うまくいく時とそうでないときがある。

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勝手に夕景にしてくれた。

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道床付きの線路だとわかってしまいますね。流石に実物の風景には見えない。

しかし、自分で手を動かしていないのに、模型的にリアルにしてくれる。

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画像ファイルを探してみたけど、思ったよりちゃんと撮った模型写真って、あまりなかった。

 

というわけで、書こうと思っていた別のことはまた今度。

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