2026年5月11日 (月)

「小江戸」最新乗車記録 更新

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大した話題ではありません・。

ここのところ用務で週末に小平まで行くことが多いのですが、日曜日は帰りが遅くなりました。

やってきた下りが新所沢行きで、次の本川越行きは6分後、これは東村山で特急と接続してさらに遅くなります。

ので、新所沢行きに乗って所沢で下車し、特急券買って小江戸に乗りました。

ずいぶん前、特急の東村山停車が始まって少ししたころ、東村山で特急乗り継ごうとしたことがあります。そしたら、特急は階段わたって別のホームに着くとかで、そういう利用は考えていないみたいでした。今もそうなのかわかりません。ただ、後続の本川越行きから乗り継ぐのは難しかったと思われます。

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かなり空いています。1両に数名程度。

数名が降りて、私のほか1,2名が乗りました。

後から乗ってうろうろしていた女性は、特急券を買わずに乗ったようです。すぐに車掌が巡回してきて、その場で買っていました。狭山市まで600円。何かの理由で急いていたのかも。

狭山市では外国人と思しき3人組が乗ってきました。疑うわけではないが、たぶん特急券買ってないな。もう車掌は回ってきません。

常習犯なのかもしれない。

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清掃は行き届いていますが、テーブルには黄ばみも目立つようになりました。

新狭山までの区間は揺れもずいぶん目立ち、また101系譲りのモーター音も相当なものです。

動画で音を残しておこうとちょっと考えましたが、先の外国人が車内でしゃべっていたので断念。

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「小江戸」が走り始めてすぐではなかったのですが、新宿沿線に転居してから迎えた最初の正月、実家に行くために全区間乗ったのが最初です。1995年の事でした。

前回乗ったのはたぶん、東上線の抑止を回避するため、高田馬場から本川越までのったときかな。あれはいつだったかしら。。

当時もやや地味な車だな、と思っていましたが、30年以上見ているので、なくなるとなると少し寂しい気がしますね。

2026年5月 3日 (日)

1968年の「鉄道模型趣味」誌

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古本屋のサイトで古いTMSを眺めていたのですが、ヤフオクには1年分まとめて出品されている方がおり、どうせならと思って1968年分をまとめて12冊買ってしまいました。

 

寝る前に寝床で古いTMSを見ているのは楽しいです。最新のTMSはいけません。古い方がいいのです。

これは自分でも変わった趣向だと自覚していますが、理由はいくつかあります。

  1. 1960年代後半~70年代初めごろのTMSには、のちの特集シリーズ(レイアウトモデリング、テクニック、シーナリーガイドなど)の初出として掲載された記事が多い。あの記事はこんな時代背景の中で掲載されたのか、という感慨に浸れる。

  2. 今は写真などでしか見ることのない蒸機や電車などが、リアルタイムで走っていた時代の模型雑誌である。C59もまだ走っていたし、153系は日常見かける電車、581系は最新鋭の車両だ。
    木造駅舎や蒸機関連施設は当時、目の前にあった世界なので、臨場感が違う。今それを精密に作っても、ファンタジーの世界にすぎない。

  3. 昔の製作記事の方が読んでいて面白い。最新のTMSの、超精密な模型を見てもなんかかわいくないし、製作記はなぜか面白く読めない。古い作品は素朴なものも多いが、材料や機材の制約はあってもひじょうにセンス良くまとめられた作品も多い。

  4. 3に関連するが、かなりトリッキーな観点から制作に取り組む例も紹介されている。これも読み物として面白い。

  5. 単純に昔から古い時代の風物が好き。1.の特集シリーズに限らず、昔の子供向けの雑誌とかを図書館で見つけると興味深く読んでいた。

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特集シリーズにちらっと出ていたが、詳細がわからなかったものもかなり判明できます。

「レイアウトモデリング」中に石膏プラスターを使ったシーナリー作成の記事があり、設例として「9mmゲージの例」として掲げていたレイアウトが、4月号に紹介されています。日本のNゲージが発売になった直後の作例らしく、平面図を見ると建物は一つもない、実験的なレイアウトのようです。

保育社カラーブックス「鉄道模型」(山崎喜陽著)に出てきた、「9mmゲージ初期に大阪在住の米人ショール氏が作成したモジュールレイアウト」というのも6月号に出ています。駅から出発して途中駅を経由し、リバースで戻ってくるという構成が興味深いんですよね。シーナリーなどは簡素ですが、今でも参考になるかもしれません。

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当時は16番全盛というよりほぼデフォルトで、日本のNゲージメーカーは関水金属だけ。EF70と20系寝台車(流線型の前後の車両は未発売)、高速コンテナ、C50とオハ31系、103系がすべてのようです。この年に新製品は出ていないようです。

そんな状況なのに、Nの記事はひじょうに盛んに取り上げられています。レイアウトが中心ですが、車両は輸入の欧州型で間に合わせることが多かったようです。それよりも、レイアウトが作れるメリットの方が高かったのでしょう。

また、1/80の車両も豊富とまでは言えなかったようです。自作する人が多く、パーツもそれなりに出ていたので腕次第、という面はあったのかもしれません。

この雰囲気というか、妥協点の高さは私がNを始めた70年代半ばでもそうでした。その分間口が広く、おおらかな趣味生活を楽しむ人が多かったようです。今日の特定番号機のさらに細かい点をあげつらうムードとは対照的です。今の人もそれはわかっていて、ショーティなどの製品はその表れだとは思いますが、やはりこの時代の雰囲気とは違うものだと思います。

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表紙がカラーになったのは昭和40年頃からのようですが、本文にはまだカラーは使われていません。

中判かそれ以上のポジ(コダクローム)が標準だったと思いますが、意識してみるとなんとなくそういう色合いが感じられます。

当時のコダクロームの色設定、あるいは印刷の関係なのかもしれませんが、このレイアウト写真(八里九里観光鉄道)は緑の色表現がかなり個性的ですね。タオルを使っているらしいですが。

2026年4月26日 (日)

阿武隈急行

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福島。福島交通線の電車も着いたばかりで、ホームがとても混んでいたので慌てて撮ったらちょっとぶれてしまった。。

 

JR東日本の株主優待(4割引き)を持っていまして、期限が6月末なのでこれを消化したいと思っていました。

休みも取りにくいので日帰りで行って帰る行程で興味深いものとして;

  • 福島に行って、福島交通と阿武隈急行を乗り鉄する
  • 仙台に行って、常磐線回り「ひたち」に乗って在来線特急の長距離乗車を体験する

を考えたのですが、もたもたするうちに出掛けるのが遅くなってしまい、とりあえず仙台に行くことに。

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いつも大宮まで出て、改札前の窓口で適当に指定券を買います。

指定が取れなかったので1時間待ちました。大宮はさすがに見飽きがしません。

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先日リニューアルが発表された253系ですが、たまたま来たこの電車はかなりくたびれている様子。

もともと暑苦しい塗装デザインで好きではないのですが、これは窓回りのオレンジが退色して、国鉄特急色の裏返しみたいになっています。

この塗装が8577F(1960年頃の東武一般車の色)風味とすると、新塗装はフライング東上風という感じですね。


仙台から地下鉄東西線に乗って青葉城に行きましたが、写真はなし。少し待って広瀬川を渡る電車の写真でも撮ればよかったな。

もうひとつ、せっかくE131系に変わったのだから、仙石線にも乗っておけばよかった。

というか、いちおう仙台からひたちに乗るだけの時間はあったのですが、それだと仙台での滞在時間が短すぎるので断念。

あぶQには乗れるが、飯坂温泉行くのは夜になってしまうので、これも断念。

・・という繰り言はいいとして。

 

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仙台から東北本線を南下して槻木へ。

仙台駅ではあぶQの切符は買えないので、槻木で買ってくださいと言われたのですが、駅の券売機にあぶQの区間はなし。

駅員に聞いたら、売ってないので線内で買うか、福島で買ってくれとのこと。

あぶQの運転士に聞いたら、梁川から車掌が乗るから声かけてくれ、とのこと。

 

ちょうど下校時間らしく、車内は高校生でいっぱいでした。

地震が起きたのは横倉駅を出発するその時。ドアが閉まり、運転士がノッチを入れた瞬間に高校生たちの(自分を含む)スマホが一斉に鳴り始めます。時速数キロくらいで動いていた電車は、静かに停車。アナウンスで暫く停車しますと。

やがて揺れが来ました。乗車中に地震は何度か経験していますが、それなりに揺れたものの、震度3-4かな、という印象でした。

安全確認できた、とアナウンスされて、発車したのは数分後でした。

ので、このときはそれほど大きな地震だという認識はなく、ただ津波はちょっと大変かも、という感じでした。

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角田あたりで高校生たちはあらかた降りてしまい、乗客は私を含め1,2名に。

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既に電車はすべてAB900系になっているようです。セミクロスで快適。

東北線のE721系もセミクロスでしたが、やはり良いですね。

実は前日まで山陽地方にいたのですが、227系も良い感じでした。

地方線の座席問題はこの先どうなりますかね。。

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梁川で車掌が乗務しましたので、車内補充券を発行してもらいました。

この辺から福島の通勤区間になり、車内は帰宅客で混み合います。

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定刻で18時過ぎに福島着ですが、このとき時計見てなかったので、遅延してたかどうかわからなかった。たぶん、地震の遅れは回復してたような気もします。

ホーム反対側の福島交通も人がたくさん乗り降りして、構内はにぎやか。普段通りの夕方、という感じでした。

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で、駅ビルで用足しとかして、なんとなく券売機で帰りの新幹線の切符を買ったのですが。

そのあとでこれを見た。

30分後ぐらいの指定券を買ったのですが、普通に買えてしまったんですよね。

駅員に聞いたら、詳しいことは新幹線改札で聞いてくれ、と。

在来線もだいぶ止まっていたようですが、すこしずつ運転再開、という状態でした。

あぶQの平常ぶりとはぜんぜん違っていたので、少し戸惑いました。

 

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新幹線改札で聞いたら、自由席でよければ17時ぐらい発の東京行きが間もなく来る、というので、それに乗りました。

混んでるかと思ったが、そんなこともなかった。3人掛けに二人座ってるかいないかというぐらい。

あらかじめ買っていたパンを食べて待ちました。かなり待ったけど、すわって本読んでればいいし、別に困ることはなかった。

福島から那須塩原くらいまでは(各駅停車になっていた。それにしてもずいぶん駅があるものだな)、各駅でかなり長時間停車していましたが、徐々に停車時間は普通になってきました。

大宮に着いたのは10時ぐらい。川越線もあまり待たずに乗れたので、まあこの状況ではよかった方でしょう。

特急券は後日払い戻してもらいました。

 

 

2026年4月12日 (日)

雑談

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今週は特に何もないのですが。。

先週の事ですがクモハ40は竣工しました。ただ、まだ走らせていない。72系の方がまだです。

 

先日ピクトリアルの東急3000系特集を取り上げましたが、おりしも鉄コレの方で3450を一般発売するんですね。

https://diocolle.tomytec.co.jp/product/detail.html?jan=4543736339694

販売店で予約を受け付けていますが、例えばIMONのサイトを見ると1BOX単位(10個)となっていて、これはどこも同じです。

https://www.imon.co.jp/webshop/product/227331

以前事業者限定で出たことはありました。東急車(過去の)は意外と売れないのか、8000系よりも前の車両はあまり見かけません。GMが3000系(3700辺りがプロトタイプ)、旧5000、7000を、KATOが7000系を、ポポンデッタが旧5000,5200を出したくらいかな。出てなくはないか。ただ、3450は割と人気があった気がするけど、意外と模型に恵まれていない気がするんですよね。

KATOは京急230を出していますが、あれは自社に保存車があるからかな。ご検討をお願いしたい気もします。

上記鉄コレですが、車体だけで@25K超えですと、相当覚悟が必要ですね・。特徴のあるバリエーションは一通り備えているので、マニア向けではあるのですが。もとより鉄コレシリーズ自体、価格上昇が著しくて、おいそれとは手が出なくなってきました。ここ2,3年でだいぶ上がりましたね。通常の完成品も上がりましたが、鉄コレの場合は仕上がりが最上ではないという認識があり、余計高く感じます。

 

ノス鉄、ナローの系列も、こちらが出遅れたせいか、どうも・。猫屋線は企画としてはいいけど、結局手が出なくて今日まできてるし、ノス鉄も使い道がわからんなあ。

うちには小松菜線と言う小規模ローカル線がありますが、ノス鉄をここで使うのはなんか違う感じがして。

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一応、小型のスケールモデルは走行可能なのです。DD13やC12,C56あたりは楽勝で走ります。

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ノス鉄の最新のシリーズ(第5弾)ですと、戦前の阪神などをプロトタイプにしたものがありますが、もともと実物が14mぐらいなので、スケールで行けると思うだけどな。それだったらまとめて買ってきて、戦前姿にでもしたらいい感じかもしれないが、切り継ぎするにもうすら高いので。。

3450も、もう少し間口を広げてくれるといいんですけどね。。標準的なボディを3両にまとめてくれたら、12千円ぐらいでも買いますが。

 

 

2026年4月 5日 (日)

新井薬師さくら 2026

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メインブログにも書きましたが、かつての撮影名所はその名声だけが残り、今や桜もちょぼちょぼになってしまいましたし、周りの工事や歩道橋の改修(下側に網の大井が付いた)により、あえてここを撮影場所にする意味は薄れました。

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たぶんネットか何かで見て、ここで撮影するのは意義があることだと思い込んでいる人がたくさん来ています。

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一応お義理で?歩道橋から撮影してみましたが、来年はもうここで撮らないでもいいかもしれません。

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今であれば、10000系や黄色い電車と一緒に撮るのはたしかに意味はあるかもしれません。

ただ、こちら前にも撮っているので。

それにしても、今の新宿線、黄色い電車に多数遭遇できることで池袋線と差別化されて、それなりに興味深い状態にはなっていますね。

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それほど待たなくても、2000系は多数走っています。

今だけですね。これは。

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地下化は6年後に延期されましたが、2000系はあと数年でしょうか。

10000系はもう1年を切りましたね。

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沼袋寄りはもはや撮影ができない状態ですが、去年からそうでしたので、この1年あまり変わっていない気がします。

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新井薬師前周辺は、線路施設よりも周りの建物の変化が大きいです。

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駅前の茶色いビルがなくなりました。

駅を下りると、次の通りが見えるようになり、大きな駅前広場ができたような感じです。

もっとも、そんなことに驚いているのは私だけで、昨日今日の事ではないのでしょうね。

駅のすぐ脇にあり、一度解体された信用金庫は再築が進んでいます。

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地下化後はここにバス乗り場でもできるのでしょうか。

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妙正寺川付近。これだと逆光なので、ひと工夫が必要です。

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新宿線の撮影は、別途日を改めて行っておいた方がいいかもしれません。

 

 

 

2026年3月30日 (月)

DD13 (後期型)

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別に再生産されたとか、そういうきっかけはないのですが、TomixのDD13を買いました。

去年もED18を衝動買いしたりしましたが、その類です。

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DD13は都会の機関車というイメージがあります。山手線に乗っていると池袋、新宿、品川、田端あたりにたむろしていましたし、時折貨車を牽いて本線を走っていたのも見かけました。DE10は活躍機関も長かったし、川越線などでも活躍したのでなじみ深いはずですが、子供の頃の刷り込みなのか、DD13より「新しい」機関車に思えます。

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それと国鉄時代の活躍は比較的短かったものの、私鉄に譲渡されたり、同型、発展型で製造されたという点での息の長さもあります。

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もうひとつ、古いNゲージャーの人は香港製のDD13の事を覚えているかと思います。

まだ黄色い箱のトミーナインスケールと呼んでいたころで、2,300円は当時としても安価でした。ディティールはかなりごつく、特に手すりの太さが印象的でした(折れやすくて、子供はよく壊していました)。国鉄型DLはこれが最初だったので、かなり売れたはずです。

うちにもオレンジと茶色のやつがいました。オレンジはすぐ壊れてしまったのかな。茶色は割と調子が良くて、仮線でつないだレイアウトを、貨車10両位つないで、なぜか夜遅くに走らせていたのを、50年ぐらいたった今も覚えています。

その頃には(昭和52年頃)当時の関水がより精密なDD13を発売していました。アーノルトの自動解放カプラーつきで3,900円。繊細な造りに驚きましたが、当時は手が出せませんでした。

かなり経ってから、鹿島臨海鉄道バージョンを買いました。マグネマティックカプラーに換装して、当時のレイアウトで入れ替えや機回しを楽しみました。

上記の写真中央が鹿島臨海バージョン、左はもっと後、10年ぐらい前に買ったKATOの初期型です。これを買って、昔の製品がやや大振りであることに気が付きました。今回のトミックスとKATO初期型は当然というか、ほぼ同じ大きさですね。

関水の解放機能付アーノルトは、その後数年間同社のELを中心に装備していましたが、その後は自社のものはやめて、マグネマティック換装を前提とするようになったようです。トミックスは1年遅れてMカプラーを発売し、今日に至っています。

実はうちの前レイアウトも、最初はMカプラーのランプを装備していたのですが、あれは本線上にあると時々意図せず解放してしまうのです。

それで方針変更して、専用機関車とカプラーに替えました。

現用のうさぎ鉄道はMカプラーのランプを使っていますが、本線上ではなくヤードに設置しています。引き出し方に気を付ければ、問題なく使えます。

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余談のような話ばかりでしたが、模型自体は安定した出来で、文句ありません。

細かいパーツの取り付けは少ないですが、タイフォンはジグを使っても難しかったです。もう変なことさせないでほしいです。

ナンバープレートは読めますが、メーカーズプレートはルーペでも読めなくて、どっちが上かわかりません。

ので、マクロレンズで撮影して拡大しました。汽車会社と書いてある、と言われれば、そう読めますね。

 

DD51は実物を見ているとそんな感じはしないのですが、模型として走らせるとやけに車体が長い感じがするんですよね。

2軸貨車あたりはDD13でゴロゴロ走らせるのがいい感じです。

 

2026年3月22日 (日)

鉄道ピクトリアルの東急 旧3000系特集

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保管場所がひっ迫し、紙の雑誌はなかなか買えなくなっているが、これは好企画なので逃せず。。

東急沿線は親戚もなく、子供時代に触れる機会はなかった。ちょうど50年前の今頃、誠文堂新光社の私鉄電車ガイドブック「東部・東急・営団」を西武デパートで買った。購入時既に刊行から7年が経過していた(記載内容は昭和42年5月1日現在)し、内容が古いことは理解していたが、繰り返し読んで興味を膨らませた。東急の旧型車にはとりわけ興味を持って読んだ。

ので、その後中学に入って友人になった東急沿線の子が見せてくれた、いわゆる「海坊主」(更新で張り上げ屋根、ヘッドライト位置変更)の写真を見せられた時はショックだった。。

その彼に、上記ガイドブックから得られた知識、サハ3250は昭和40年に新製されたと伝えたら、なぜか気を悪くしたようだった。。

昭和50年代半ばごろまでは、上記海坊主以外、ガイドブックの時代とそう大きな変わりはなかったようだ。戦災国電出身の3600,3700形が廃車や他社に転出したり(名鉄に行ったのは有名な話)という程度か。量数の多い3450形は50両が全車健在だった。1981年頃の鉄道ジャーナルはそれを取り上げ、今は全車健在だが間もなく廃車が始まる、と告げていた。

3000系が全廃になった平成元年頃は、鉄道趣味の方はあまり力を入れていなかった。ただ、全廃の数年前、就職活動で各社を訪れている合間に、気になって乗りに行ったことがある。たしか目蒲線だったと記憶する。


雑誌に戻って、3000系全車の車両履歴表をはじめ非常に史料価値の高い一冊となっている。

読み物として興味深かったのは、「東急で3000系(初代)を運転して過ごした日々」という、往時運転士として3000系のハンドルを握った方々のインタビュー記事だ。

3000系はいくつかの形式の総称だが、性能や取り扱いは基本的に同じだった、ただし編成や車両により様々な癖はあったという。電動機や制御装置は戦後更新されており、経年による故障は少なかった。ブレーキは自動空気式でシンプルだったので、制動操作には気を使った。目蒲線、池上線は踏切も多く、頭端式の終端駅も多いことも神経を使わされた。他方、性能では及ばないが3000系は運転士の職人技が問われる面があり、色々な知見を得ることができたのは収穫だったという。むしろ5000系や7200系は電制との兼ね合いが難しく、降雪時には回生失効になる場面もあり、取り扱いが難しかったようだ。


1976年の秋、五反田駅ホームで次々に来る3000系を撮影したことがある。フィルムはモノクロだったと思うが、残っていない。ISO100なのに無理して撮って真っ黒になったか、フィルム装填に失敗してなにも撮れていなかったか、どちらかだと思うが、その辺は忘れた。

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写真として残っている一番古い3000系は、こどもの国線の3600形。このあと少しして、7200系アルミ車に置き換えになる。

1979年1月。

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撮り鉄らしいことはほとんどしていなかったが、珍しくカメラを持ち出した日。

1983年3月ごろ。

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奥沢ですね。

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前後するけど、1981年3月には3450型の模型を作った。

割と乗りよく製作が進み、2週間かそこらで形ができた。M付きは両運で残った3499号、もう一両は標準的な更新車体だ。

この後クハも作る予定だったが、作りそびれて45年経ってしまった。

未だに唯2両の、うちの東急車模型である。

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東急線でさよなら運転が行われた日の約3か月後、弘南線で見かけたもと東急。

平成元年なんて、つい先日のことのように思えてくるが、もう37年も前の話なのか。

 

 

2026年3月14日 (土)

クモハ40と青梅線73系

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3月初めに回着して、先週開封はしたのですが、まだ何もやってません。

先週も忙しかったな。何やってたかな。

ちなみに上掲写真は開封直後ですが、ご覧の様にM車の上下が外れた状態でした。

トミックスは割と多いですね。

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モハ40は首都圏では比較的遅くまで残っていたのでなじみ深い存在です。今も鉄道博物館の目立つところに展示されています。

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と、おもったけどあまり全体を撮りやすい場所でもなさそう。

1両でまとまるので、16番の真鍮キットなどにちょうどよかったのですし、Nもキットは出ていました。

完成品は初めてでは。

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方向板等の設定が必要で、稼働するまでまだ時間がかかりそう。

単行でも走りますし、73の増結としても使えます。

当然床下機器はレリーフ状になっており、各機器の整形は良好なのですが、なんとなく手にしたとき、気にならないでもないです。

鉄コレのユニットに比べると、モーターカバーの幅が広いんですよね。

宙に浮いているようなブレーキシリンダーなど、ちょっと違和感が強いです。

旧国の床下機器って、実物より模型で形や配置を把握して頭にしみこんでますからね。

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73系の方はMc+T+M+Tcで、Mcは全金更新車、中間2両は窓回りをアルミサッシに改造済み、クハはご覧の様に原型(俗に100代)です。屋根が深く3段窓、運転台後部の窓は大きく、台車はTR25。

右は36年前に組んだGMキット。屋根曲率が浅く、300番台風ですが運転台は拡張されておらず、扉間と同じ窓幅です。GMのクハ79(板キット)は1977年末の発売ですが、そのときは正しく300番台の造形でした。昔買ったキットもそうなっていました。当時ここから東武78系を作りたかったのですが、この窓幅が問題だな、と思っていたので覚えています。その後、早いうちにクモハ73と側面を共用したらしく、1987年のカタログNo.8ではもう狭幅窓ではなくなっています。

クハの300台、400台はトミックスで製品化はしているのですが、セットの一部で買いにくかったりして、めぐり合えていません。

GMキットの方向板等は製品を入手できなかったので、なにかの包装紙を切って貼ってあります。

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クモハは当線初登場のアコモ改造車です。キットは4年ほど前に入手したのですが(GM)、全然手を付けていません。御殿場線にしようかな、と思い、中間車は買いましたが。あれも並べたら整形はトミックスとは全く違うはずです。

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モハは500台のようで、アルミサッシ、戸袋Hゴム化されています。台車がDT20。

50年ほど前に出た、カツミの72系がこのタイプでした。カツミの製品は今回のセットのうち、クハをいわゆる400台、前面窓が凹み、ヘッドライトが埋め込みになったタイプに替えた形態でした。台車は全車DT13で、黒メッキでブレーキシューの表現がなく、当時でもいまいちかな、と思っていました(が、買いました。印象把握は悪くなかった)。

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サハも、これは500台という言い方でよいのでしょうかね。

GMは当初完成品でサハ(のちの一体キットではサハ+モハ)を発売していましたが、モハ、サハともにノーシル・ノーヘッダーのタイプでした。サハのノーシル・ノーヘッダーというのは実在しないそうで、当時から指摘を受けていました。むかし、それにあと付でシル・ヘッダーをつけてはどうか、と考えたことはあります。クハもシル・ヘッダーつければ450台風味になりますが、いずれも実行はしていません。

 

やはり方向板や車番を設定しなければならず、いつ走らせることができるのか見通しが付きませんが、その際は手持ちの900台、920台と混結で走らせることもできるかと思います。あれは5両だったかな。そうするとトミックスの72系は9両、GMのキット組は6両あるので15両(この2社の製品の混結は無理)になります。未着工の御殿場線も作れば20両ぐらいになるか。

 

2026年3月 1日 (日)

ワキ5000

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京都に行ってきましたが、撮り鉄も乗り鉄もできなかったので、特に掲げるものはありません。

以前よりは旅行者が少なくて、旅しやすい感じでした。

 

掲題の貨車ですが、トミックスのリニューアル製品です。少し前に豊沢氏のサイトでも紹介されていました。

トミックスの初期製品は’77年の発売で香港製でした。KATOは80年代初めくらいだったか。ワキ10000の色変わりだったと思います(今回のトミックスもそうだと思う)。

上の写真ではそのKATOのワキ10000と並べていますが、KATOはやや大きいです。たぶんトミックスの方がスケールに近いのでしょう。

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KATOの貨車、ワム80000は大きいことで有名でしたが、ワキ10000もオーバースケールだったのですかね。

写真のは後から買ったものですが、KATOのワム10000は最初に買ってもらったNゲージ車両でした。当時450円でした。

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KATOのワムハチがかなり大柄なことは、やはりTOMIXの製品が出たときに露見したと記憶します。

当時同社の蒸気機関車は1/140ぐらいでしたから、それとのバランスを考えてあえて大きくしたのかもしれません。

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こうして並べるとやはりちょっとおかしいかな。50年以上前の製品なのに、外見があまり遜色がないのはさすが。

ワムハチは2番目の貨車として、ワキを買った数か月後に買いました。この車体は今も残っています(写真のは後で買ったもの)。

ワキ5000の香港製もたしかまだ手元にあります。さっき取り出そうとしたのですが、奥の方の箱に入れてあって、ちょっと撮影には間に合いませんでした。

 

2026年2月23日 (月)

朝霞の周辺

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色々用務があって3連休もまとまったことができず。。

模型も手を動かす気になれません・。50年以上前のTMSを見ているのが好きです。素朴で幸せな気持ちになれます。

連休最終日ですが、午後に用務が入ってしまいました。せっかく気候も良いので(暑すぎ、花粉飛びなので良し悪しですが)、ほんの30分ほど、線路脇から撮影してみました。

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13年前に一度来て、撮影したことがある。その時は同業の方から声をかけられて、しばらくお話をした。

当時は8000やメトロ7000も健在で、快速も走っていた。

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カメラの性能は上がっているが、気合はそうとう下がっている。

それはそうと、幕車って結構多いね。

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無くなりだすと早いのでしょうね。。

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これがそろそろ20年です。当時は凝った内装に感じられたものです。

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奥に見える陸橋からも撮影してみたのですが、架線柱や架線がうるさくてダメでした。光が強くて、ここの写真も必ず架線の影が入っていますね。

朝霞台の、黒目川のあたりにも行ってみようと思ったのですが、もう少し春めいて来てからのほうが良いかと思い、止めました。

朝霞駅のホームからも撮れそうですが、いざ立ってみるとやはり架線柱とかがうるさいですね。

志木の雑木林もなくなってしまいましたが、あの辺は撮影、どうなのでしょうか。

 

 

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