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2016年10月 2日 (日)

155系

KATOの155系は定価で24千円すると聞き、ちょっと手が出ないとあきらめていたが、Amazonでは17千円弱で出ているようで・・。

赤と黄色の派手な塗装がかなりインパクトがあって、実車に触れたことがあるなしにかかわらず、けっこう人気がある修学旅行用電車。レイアウトに入線させて、時々運転すると見栄えがしていいかな、とも思う。
 
私はあの塗装、見た記憶ないと思うんだよな。。167系は関東に遅くまでいたので、時折利用した記憶はあるけど、たぶん湘南色になってからしか見ていないと思う(キハ58の修学旅行仕様は一度見かけて、写真にも撮った。ただ、写真が見つからない。。)。
 
155系も、湘南色になってから出会っている。
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東京駅がブルトレ・ファンでにぎわっていたころ、反対側のホームにひっそりとたたずんでいたクハ155。
 
155系というのは153系の廉価版みたいな感じで、屋根が薄くスカートもついていない前面はとても貧相な感じがする。派手な塗装で隠されていたのが、湘南色になって急に目立ってきたような気がした。
 
名古屋地区では通勤用に使われたりしていた。ヘッドライトをシールドビームに替えられたものもいたが、一層貧相な感じで。。あのころ、新性能初期世代の車両たちは、車齢20年前後だったはずだが、内外ともくたびれた感じで、早々にすがたを消してしまった。いろいろと新機軸が多かったので、手入れも難しかったのでしょうね。
 
ついでなので、たしか名古屋駅だったと思うけど。
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前年ぐらいに、関西から移動してきたクハ153。新快速は117系が出そろったころ。
 
この2年後だったかな、名古屋にも117系が入るようになり、153、155、159系は姿を消してしまう。

2014年6月 4日 (水)

ディーゼル機関車

(雑談です)
ピクトリアル7月号は特集ディーゼル機関車ということで、DL(ダウンロードではないよ)の現況と簡単な歴史などが掲載されている。

我が国では機関車の需要が減って、種類も少ないし走行線区も減っているが、ELはまだしもで、ディーゼルはさらに寂しいのが現状だ。昨年登場した、九州のDF200 7000番台や、首都圏でも時々見かけるHD300あたりが最近の話題か。

正直、国鉄DLとしてはDD13,DD51,DE10とその派生形式ぐらいしか見たことがない。DD13は首都圏にいくらでもいたし、DE10も川越線あたりで貨物列車を引いているのをよく見かけた。
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南古谷 77年6月頃。
飯田町があった頃は、四谷あたりで快速を待っていると、今度の列車は通過列車です、なんてアナウンスがあり、そのあとDE10がワムをたくさん従えて通り抜ける、というのをよく見かけたものだ。単機回送もよくあった。
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なんだかメカっぽくてかっこいい、DE11 2000番台。
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DD51もあまりにもポピュラーな機関車だ。ほんの少し前まで(自分の感覚では)八高線を重連で走っていたし、べつに珍しくも何ともなかった。
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95年10月

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81年3月
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なじみ深い車両なのだけど、模型として走らせると、あんまりおもしろくない。
客車をひかせると何となく機関車が間延びした感じがしてくるし、どうも迫力がない。
箱形のDF50とかの方がしっくり来る気がするのは、なぜなのか自分でもわからない。

今はDD51の模型は持っていない。初代のTOMIX製品(79年頃発売)を持っていて、長年活躍させていたが、DD54と一緒に甥にあげてしまった。DE10は、これもTOMIXの初代をずっと持っている。工事列車というわけではないが、新しく引いた線路や、久しぶりに運転するときなど、DE10に貨車1両(黄色のタキ3000)を牽かせて試運転する、ということを、もう20年以上やっている。


2013年12月14日 (土)

C11 292

新橋SL広場のC11。ニュースでサラリーマンにインタビューするとき(「特定秘密保護法についてどう思われますか」とか・・)しばしば出てくる。静態保存の機関車のなかでは、ダントツに知名度の高い機関車だ。
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ご覧のように、冬場はイルミネーションで飾られる。年々装いが凝ってきているようだ。
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これは2012年。
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今年は雪がテーマになっているらしい。
こうしてみると、C11のキャブは結構広いんだな。
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雪だるまも光る。
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短時間のうちにどんどん色が変わる。
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すいません、手前で撮影していた方・。
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この機関車は昭和20年2月落成、戦時仕様という重い過去を背負った機関車なのだが、こうして装飾されると、なんだか違和感があるな。
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東京や新橋と縁のないこの機関車が、なぜここに保存されているのか不思議だ。C11は大きさも手頃だったのだろう。
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反対側は装飾なし。

2013年9月21日 (土)

古本を買ったら入っていた写真

先日通販で(京都の交通文化社)TMSの旧号を買った。

71年7月号を開いたら、折り込み図面のところに手札サイズの写真が2枚、出て来た。
一応、掲げておきます。心当たりのある方、コメントでご連絡頂ければ幸いです。また、掲載に差し障りがあるようでしたらご連絡ください。
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D51 758とD51 838。 ウェブで確認すると、昭和46年4月21日、お召し列車運転の時の写真らしい。雑誌の発売時期とも近い。

2両の日章旗が、飾りの紐のようなもので結ばれている。

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きれいな機関車だ。こちらが本務機だったようだ。模型化も盛んで、Nでもマイクロから発売されている。

昭和46年4月というと、私はテレビで帰って来たウルトラマンとか、新おばQとか見ていたな。プラレールではもう遊んでなかったか。

この時代、現役蒸機を見たければ見られたし、自動車や一眼レフカメラなども、だいぶ普及していた。16番の模型も数多く出回っていたし、加工して楽しむ人も多かったようだ。良い時代だったんだろうな。そんなことを言っていると、40年後に今はその気になればEF65やEF81がゴロゴロいた、いい時代だった、なんて言われるかも知れない。

そういえば、伯備線の写真は(自分や家族が撮ったのではないが)なぜか実家の居間に長く飾ってあった。

2013年7月 1日 (月)

宇都宮のEF57、烏山線

さいきんもらったビジネスレターの挨拶文に「梅雨寒に驚く昨今」という言い回しがあった。
地域によっては猛暑が警戒されるところもあるが、関東近県はあがっても28℃くらいで、それほど暑くもなければ寒くもない。
ただ、電車のエアコン調整は難しそうだ。

さて、今日は天気もまずまずだったので、成り行きでちょっと宇都宮に行ってみた。
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行きはめんどうくさいので新幹線で。
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宇都宮に来るのは2年ぶり。そのときは餃子を食べたが、今日は昼飯は車内で焼き豚弁当を食べて済ませる。

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最初に、宇都宮駅東公園に、EF57 7を訪ねる。
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大きな上屋があり、保存状態は相当良い方だ。ただ、撮影はしにくい。
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引退は78年頃で、その数年前から鉄道誌で話題になっていた。上野付近や、京浜東北線に乗っているときに何度か見かけたが、当時は自分のカメラも持っていなかったし、どこかに写真を撮りに行くにも、情報がなくて、偶然見かけるぐらいで終わってしまった。雑誌の特集などはよく読んでいて、好きな機関車だった。
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KATOの模型を買ったのは'82年頃。模型界ではわりと人気のある形式だが、58などと違い、実物になじんだ人はそれほど多くないかも知れない。
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せっかく来たので、日光線か烏山線に乗ってみよう。日光線は205に変わったばかりなので、烏山線に乗ってみた。ただし、烏山まで行くと遠いので、例によってちょっとだけ(下野花岡まで)乗った。
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現在はキハ40 1000番台が8両で運用されている。いずれ蓄電池式の電車に変わる2014年春)予定だ。ので、いずれ再訪して走行もちゃんと撮っておきたいが、今回はさわりだけ。
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オリジナル塗装のみの組み合わせ。復活オレンジ/クリーム塗りと、首都圏色もあるが、それぞに趣がある。こういう塗り分けは昔は好きではなかったが、ステンレスよりましか?
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慌ただしいスケジュールなので、駅付近でさっと撮影して、その列車に乗らないといけない。
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本数は少ない方ではないが、車で来た方が撮影はしやすそうだ。
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宝積寺。
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おめでたい駅名なので、観光客も結構いるようだ。
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数分の待ち合わせで、乗ったのは最新のE233(写真は折り返し黒磯行きの姿)。
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車両は昭和54-55年頃の製造のものが多いようだ。車令33-4年と言ったところか。整備状態はどれもとても良く、古びた感じはしない。先年久留里線に乗ったときも、キハ30の整備の良さに驚いたが、あれも引退させるのが惜しいほどきれいだった。国鉄時代はもっと経年が新しくても、スラム街みたいなボロボロの内装の車両とかが多く走っていた。車両整備も、経営方針みたいなものが影響してくるようだ。
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ホームからちょうど、205系の湘南帯車が見えたので撮影。これのことは知らなくて、両毛線で使うのかな、と頭をひねっていた・・。
話は飛ぶが、大宮には185のサロが数両留置されていた。湘南復刻色のものも含まれている。この辺もいよいよ引退なのか・・。

帰りは在来線でゆっくり戻った。ホームでグリーン券を赤羽まで買い、時刻表を見たら次が湘南新宿だった。池袋まで買えば良かった、と思ったが後の祭り。値段は同じはずだが、天井のランプは赤羽で消えてしまうはず。
友人に聞いたら、車掌かアテンダントに言えばOK、なのだそうだが、言いそびれたのと、サロの冷房が強すぎて寒くて仕方が無かったせいもあり、結局赤羽でいったん降りてしまった。埼京線経由で池袋に出たが、時間的には2分の差でしかないので、まあいいか。


2013年4月28日 (日)

寄居1984

いつの間にか連休になってしまった。後半は家にいないといけない用事が多い。
どこかに行こうかと、大井川鐵道のウェブを覗いてみたが、何となく面倒くさい(!)。色々忙しかった後遺症だ・・。
29年前の今頃、やはり行くところがなくてふらっと寄った寄居。
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八高線。この頃は重連の運用もあったようだ。
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DD51自体はそれほど珍しい存在ではなかったが、普段の行動範囲で日常見かけることができるというわけでもなかった。左の方にクリームの8000系。全車冷房化も間近の頃。
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この頃キハ20はまだいたのかな。これはキハ35系だけの4連。
同じ時に撮った、HMのない東上線特急の写真もあったのだが、どこやったかな?
さて、明日はどうしようか。

2012年12月 2日 (日)

退役

*たんなる駄文です。

久留里線に最後まで残っていたキハ30が、昨日12月1日に引退した。キハ35系は私にとっては川越線での活躍が一番印象的だ。当時車令10数年だったが、子供の目にはあまりきれいに使われている印象はなかった。八高線にキハ20がいたが、それに比べてもオールロングシートの35系はぱっとしなかった。
5月に久留里線を訪ねたが、かなり入念に手入れされていた事に感心した。簡素な作りの通勤型だが、幸せな生涯?だったのではないか。

35系はもともと、関西本線のフリークェント・サービス向上のために開発された車両とのことだ。改正ダイヤは1961年12月10日であったらしい。

で、さっきテレビを見ていたら、空母エンタープライズ(世界初の原子力空母)が12月1日に引退したそうだ。エンタープライズの就役は1961年11月25日だそうだから、キハ35のデビューとほとんど同じであり、同じ日に退役したと言うことになる。

まあ、それが言いたかっただけ、と言うことで。
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2012年5月29日 (火)

サロ

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これには乗ったことがなかったと思う・・。今は各線で見られるようになったが、以前はグリーン車連結の普通列車は限られた路線でしか見られず、何となく近寄りがたいものがあった。
2004年3月、東京。安いカメラ(ミノルタ ディマージュX20)は歪みが大きく、こういう写真は辛い。何かのソフトで修正したが、なんだったか忘れた。
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113系もサロをつなぐのとそうでないのとは貫禄が違う。E231系も、サロがつながっているだけで、威風堂々と見える。
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これはカメラそのままのひずんだ画像。たしか135換算で広角端38mmぐらいだと思ったけど。
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高崎線の、このサロを挟んだ編成(5両+サロ2両+3両)は好ましい。模型だとフル編成はちょっとうちのレイアウトにはきつい。3+サロ2両+3にするか。
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台車がTR69と言うのも変化があって良い。最後にTR69つきの車両に乗ったのはいつだったろうか?たぶん185だな。

2012年5月 6日 (日)

キハ35系

メインブログの方で久留里線のことを書いたので、キハ30というか、35系の話を。

キハ35とその一統は、近くを走っていた川越線で使われていたので、なじみ深い車両である。
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最初にステンレス無塗装時代のキハ35 904。この頃は正面に東急8500みたいな赤帯を締めていたが、まもなくいわゆる首都圏色に塗られてしまった。
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大宮機関区に憩う35系。既に首都圏色の車両が混じっている。奥に見える方形庫にはこの頃DE10(本線用と入替用)がたくさんいたが、その写真は行方不明。
大宮駅川越線ホームはこの手前にあった。
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南古谷。1984年の夏。この1年数ヶ月後、85年10月に電化され、埼京線との直通運転が始まった。ディーゼル最終日に乗ったが、既にホームのかさ上げや路線改良が進んでいて、見たことのないような路線に生まれ変わっていた。
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おまけ。腕木式信号機。
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時期が前後するが、1980年7月、名松線伊勢奥津駅。ペアを組んでいるのはキハ55。
運休して久しい(もう3年も前)、伊勢奥津であるが、河田耕一氏「シーナリィ・ガイド」(機芸出版社)で取り上げられていたのを読み、個人的にはなじみ深かった。

話は飛ぶが、昨日訪れた久留里線上総亀山駅も、同書で「草深い行き止まり駅」として取り上げられている。構内配線はその頃と全く変わっていないし、駅本屋も基本的に同じだった。(メインブログ参照)。初出はTMSの、たぶん1965年頃だと思うが、そこにもキハ35が既に写っている。もう50年近いわけで、手が入っているし全く同じ車両というわけではないが、同一系列の車両がこれだけ長く使われているのは、考えて見ると興味深い。

さらに脱線するが、木更津駅構内にある機関庫も、「シーナリィ・ガイド」に出ている。外見は余り変わっていないようだ。昔さくら工房というメーカーがあって、ペーパーと角材、wメタルなどを組み合わせたストラクチャー・キットを発売していたが、機関庫と水タンクは木更津をモデルにしたものだった。覚えている人いるかな?水色のケースで、結構流通していた。

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さらに時代はくだり、八高線高麗川。上の名松線時代には既に正面の踏切事故対策、前照灯のシールドビーム化は行われているが、この写真で気がつくのは、貫通扉上部にあったベンチレーターが跡形もないことだ。この車両は内装が更新されており、103系のように薄クリーム色の壁(デコラ交換ではなく、表面に何か張ったように思えた)、焦げ茶のシートに交換されていた。そのときにドアごと交換されたものと思われる。正面ドアのHゴムだけ黒色で、他が灰色であるのもそのためだろう。ちなみに客ドアは金属縁に替えられている。

ドアにあったベンチレーターというのは、103系を知っている人はわかるかもしれないが、上にヒンジがあって室内側からねじのようなものを開けると、下が開くような作りになっている。すきま風や雨が入るのか、川越線の35も含めガムテープで塞いでしまっているのをよく見かけた。運伝代窓右側にあるものも、ベンチレータらしいのだが、ここも同様の機能のものだったと思う。この車はさらにテールライトの近くにもあるが、これはなんだかわからない。

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昨年引退した関東鉄道の35。映画撮影用の水色塗装。あれ、秩父鉄道101が塗り変わる前でしたね。
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通常塗装との並び。
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最後はまともな写真を撮っていないのであれですが、カワイのバラキットを組み立てたキハ30。カワイというとねじ1本で組み立てられそうな気がするが、これはドアも雨樋も自分で取り付ける。初めて作った16番の真鍮キットで、結構ボロボロなんだけど、まだ残っている。