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2017年10月30日 (月)

福島交通ニモ1

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久しぶりのイラスト(なにしろ毎週雨ですから。。)。
これを書いていたのは昨年の今頃から今年初めにかけて、前宅の時代である。今見返すと、色々言いたいこともあるが、とりあえず描いた順番に掲げておく。
これより後、前宅時代の最後の頃に手を付けたのが近鉄8000系列の、生駒線でのシーンだが、こちらのほうが納得がいかない仕上がりで、たぶんまた書き直すと思う。
 
元の写真は、以前書いた静岡鉄道キハD7と同様、鉄道ファン1964年12月号に掲載されたものだ。こういう、元写真を雑誌等から拾ってきて絵を起こすというのは、プロのイラスト屋さんがやると色々問題があるかと思うが、そこは個人の趣味ということで御容赦いただきたい。
今は習作として描いているから良いが、それだといつまでたっても「作品」にならないわけで、その辺、何とかしないとな、とは思っている。
 
ニモ1ももちろん見たことはない(雑誌の発売後まもなく廃車になったようだ。福島交通軌道線自体、71年に廃止されて今はほとんど遺構も残っていないらしい)。が、この貨車にパンタとモーターを付けたようななりたちは、モデラーなら誰しもそそられるものを感じることだろう。
 
これはサブロクだが、ナローに置き換えて模型を作った人もウェブで見かけた。トミーテックのナローシリーズが、その後どうなったのかわからないけど、こんなタイプの電動貨車も、あると楽しいですね。。
 

2017年2月19日 (日)

岳南鉄道のEL

ご無沙汰しております。

 
多忙な状況が続いておりまして、しばらくは減速運転をせざるを得ないかもしれませんね。。
撮影に出かける、みたいなことは、昨年からだんだんできなくなっていましたが、しばらくは難しいかな。。東武の本線筋では様々な色変わり電車とか、新型特急とか、話題は伝わっているのですけどね。。
 
うさぎ鉄道(レイアウト)の存廃もまだ未確定です。。がまあ、色々心境の変化もあり、一旦解体して作り直すのも悪くないかな、と考えたりもしていますが。。
 
そんなわけでネタなしなのですが。
古い写真をめくりながら、こんなものを。
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岳南のED50型 501号。6年前のGWの撮影。連休中なので仕業がなかったらしく、前後のレールがさびていますが、このときは現役でした。
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かなり原型に近い状態ではないかと思います。。
 
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ED29 1 当時車籍はありましたが長期休車中の状況。貨物用とはいえ、昭和初期の車両が21世紀前半まで形をとどめているということ自体、凄いことですね。。
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左は線路上に無造作に置かれたクーラーキセ。
 
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当時主力のED40
 
P5031249
よくできたフリーランスの模型のような感じですね。
赤いほうは西武をほうふつとさせます。
 
Dsc_6110
この翌年に岳南は貨物輸送を終了し、この機関車も廃車となったようです。
ここを訪れたとき、廃止が近いと知って行ったのかどうか、もう忘れてしまった。
 
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話はとぶけど、これはED50と同型の川崎造船製小田急デキ1010の模型。
柴崎模型が出していたエッチング板をもとに、30年前に作ったもの。下回りもキットメイクで、当時のGM電車用動力ユニットからウォームとモーター、台車部分を利用してまとめた。ウォームはいったん外して、モーター軸に叩き込まないといけないが、1回失敗してもう一両分ユニットを買いなおしている。
 
手元に現存するが、押し入れの奥に入っているので横着して、16年前の写真を掲げておきます。初めて買ったデジカメの、2枚目に撮ったショットです。
 
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こんなものを牽かせるとヨーロッパの機関車ぽいですね。。

2016年11月13日 (日)

静岡鉄道 南大阪駅

D7

このイラストは鉄道ファン1964年12月号 宮松丈夫氏(しずおかてつどう)の記事掲載の写真をもとに描きました。「南大阪駅の午後」とキャプションがついています。構図は基本的に同じですが、適当にごまかしたところもあります。
 
本当は女学生たちの制服は冬服で黒っぽいのですが、ここでは特になにも施していません。光線は強く、草が生い茂っているので、おそらく季節は5月の半ばごろではないかと思います。さらに想像をたくましくすれば、まだ日も高いようなので、おそらく土曜日の午後だったのではないでしょうか。
 
記事は袋井から藤枝までの全通運転が、一部廃止により分断されたことをきっかけに書かれたものです。南大阪駅はその後1967年に廃止になったようです。一時期は終端駅でもあったらしく、この時代にも貨物側線らしきものが見えますね。
 
今はGoogle Earthというものがありますので、ちょっと調べてみましたが、どの辺に当たるのかは検討がつきませんでした。。駅名票のモニュメントがあるらしいです。
 
このイラスト、本当は車両がオーバースケールだと思います。車両1:80に対し、人形はHO1:87という感じでしょうか。
 初めてPC上でトーンをかけたのですが、要領がつかめず、だいぶ苦戦しました。。
 
トミーテックから1:80ナローの製品(猫屋線)が出ますが、ちょっと似ているかもしれないですね。あれはしかし、ベースは尾小屋なのかな。
 
私はナローというと近鉄(三岐)とか、西武山口線くらいしか知らないのだけど、今の人たちはどう思っているのかな。。まあ、彼らは結構昔の写真とかよく見ているから、私よりももっと正確な歴史知識を持っているのかもしれないね。

2016年5月 1日 (日)

新松田、大雄山線(2)

(1)の続きです。以下、結構長いです。

新松田から開成駅まではそれほど離れていない。まわりには工場やマンションが建ち並ぶ、結構立派な駅だ。

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子供の頃この展望席に乗った。それ以来のファンですが、展望席の楽しさはまた格別でしたね。

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その塗装や登場年代から、どうしても円谷プロ的な世界を連想してしまうのですが・・。

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あの時代ならではの、美しいデザインですね。このライトケースは、実は衝突に備えた緩衝装置の突き当て座を兼ねているそうです。

このコンセプトはNSEに先立ち登場した名鉄7000と同様ですが、小田急の方がより優美なデザインになっています。

もっとも、子供の頃、本で名鉄7000を知って、名鉄の方が力強いデザインに見え、小田急はちょっと弱いイメージだな、と思っていました。

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この塗装はNSEが最初ではなく、SE(初代3000型)からですが、洋画家の人に配色をお願いしたとか。昔は手の込んだ塗装をしたものです。国鉄20系客車も、細い3本帯が綺麗でした(晩年は1本削られてしまったけど)。相鉄6000系とか、一時期の関東鉄道とか、ああいう手の込んだ塗装がされることはもうないでしょうね
もっとも、塗りじゃなくて、シートなら、帯でもグラデーションでも何でもありになってしまいますが。

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小田急にはめずらしいミンデンドイツ式台車(FS346/046)。小田急と言えばアルストム。昔は鉄道会社ごとに台車の好みがあって、小田急アルストム、東急パイオニア、京急OK型、近鉄シュリーレンと、それぞれに特徴があった。相鉄の外出しディスクも個性的だった。

阪急はアルストムからミンデン、更にSミン(後にS型)となって、東武、京成、南海などもこれに追随して民鉄界の主流となる。

京阪はちょっと台車フェチ、西武は逆にひとつのものにこだわる傾向がある。TR11好きというか、FS372好きというか、たとえは変だが反グルメ嗜好で、昼飯にまいにちチャーハンばっかり食ってる人みたいな印象があるな。。

話が思い切り飛んでしまった。

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というわけで?開成駅を後にします。折しも、現役最新の展望車VSEが通過中。

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ここから駅前の道をまっすぐ歩くと、大雄山線の和田河原駅に行ける。ので、てくてく歩いたが、これはいささか疲れた。新松田もそうなのだが、この一帯はのどかな田園地帯というより工業地帯で、大企業の工場、研究所、オフィスなどがけっこう点在している。開発も進行中で、あまり風光明媚という感じではない。

駅に着く頃にはかなり疲れてしまい、駅前の喫茶店で休憩。

この和田河原を含め、後で書く大雄山、塚原付近を、30数年前に訪れている。和田河原は、今は駅ビルが建っているが、当時は普通の田舎駅だったらしい(というのは、今や「行った」という以外、残された写真のほかはほとんど記憶がないのだ)。ただ、ホームや線路配置は昔のままのようだ。

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大雄山。電車庫は記憶の通りだが、まわりにビルが建ち並んでいるのを見てちょっとびっくりする。

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駅舎の雰囲気は昔のままだが、反対側を見ると大きなビルが建ち並び、スーパーや飲食店が入っている。バスもかなり頻繁に出ているようだ。
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さて、今回の最終目的地はこれでした。

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コデ165,今では本当に貴重な、吊り掛け式17m車ですね。
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昭和3年、鉄道省モハ30として製造され、相模鉄道を経て1976年に大雄山線に来たそうです。ウィキを見ると、クハと車体を振り替えている旨の記述が見られます。モハ30166(昭3川車)→クハ38108→クハ16156→相鉄クハ2510→伊豆箱根モハ165ということらしい。同じくウィキによると、電装品は昭2汽車の30145までさかのぼれるのではないかと思うが、頭が混乱してきたので省略。それにしてもウィキペディアはなんでこんなにマニアックなんだろうか。。

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相鉄2000系はいずれも結構長命の血筋らしく、本家でもつい最近まで残っていたし、地方に行った車両たちも結構長生きしたようだ。

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CS-5型主制御器。16番で旧国の模型を作ったことのある人なら、目をつぶってもその形を描くことができるかもしれません。私はNの、GMの動力ユニット(DT13)の床下機器ユニットがCS10だったので、ダイカスト製のユニットからCS-5の部分を削りだして換装したことがあります。

ところで、この制御器の表面にMeidenshaのロゴが見えますが、あの明電舎でしょうか?この筐体は昭和2年から90年近く使われてきているものなのでしょうか?それはさすがに。。

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左が遮断機、右の丸いのがAK-3型コンプレッサーですね。つい最近まで西武2000系(クハ2414)その音を聞くことができましたが、これのマニアもいそうな感じですね。

昔の16番模型では形状把握が難しかったらしく、真鍮挽き物と折り曲げた帯板で構成された、素朴なパーツが市販されていました。エコーモデルがこれを正確に再現したパーツを売り出して、これはこういう形をしているものだったのか、と感心した記憶があります。

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DT10型台車。この系列の台車には、西武で過去何度も乗っているはずです。車両史的には(新製時から)この台車を履いた車両はそう多くなくて、木造のデハ63100系からモハ30の二重屋根車くらいまでではないでしょうか。その割には再生利用されたものがとても多い。
手前の警笛の下に見えるのが、釣り合い空気ダメです。

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重ね板バネ、揺れ枕釣りなどがよく見えますね。

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戻ります。 線路配置は昔からこんな感じでしたが、昔は左側の建物がなくて、そちら側からホームにいる車両を撮影できました。どうなっていたのか、全然記憶がないのですが。

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この車庫は33年前も同じ感じだった。この辺だけ地方私鉄らしさが残る。

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これが登場したのが1984年だそうで、私が訪れたのはその1年前だった。
全部旧国17m車だった。あの頃、さすがに珍しかったかな。もっとも、東急池上線や目蒲線にも戦前型はいたし、西武も多摩湖線でなくても、551系などはまだ本線にいたんじゃないかな。

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5000系は、旧国に比べると魅力は劣るが、とはいえ転換クロスはいいなあ。
西武も3000系を残して、転換クロスとかにしといてくれれば、レッドアローが通過する駅の利用者から恨まれずにすんだのに。。

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午後4時を回ったので、塚原に移動。33年前、全く同じところで撮影している。
狩川という、酒匂川の支流なのでしょうかね。

鉄橋はトラフガーダー?と、下路式のスルーガーダーです。
昔話ですが、Nゲージの鉄橋として入手しやすかったのは、このタイプのスルーガーダーしかなくて(関水とトミー)、日本でよく見かける上路式ガーダーは、GMが発売するまでなかったのです。ので、トミーのガーダーを切って上路式に改造したりしました。

まあ、余談ですが。

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立体交差以外でこのタイプが使われるのは珍しい気がしますね。

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5000系はわりといま風ですが、時代的には80年代後半のファッション。台車は西武FS372似。内装も更新前の2000N系そっくり。
抵抗制御は保守がしやすいのかな。

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細かいバリエーションもあるので、趣味者的にも楽しめる要素はありますね。
パンタグラフも、まだシングルアームに変えられていない。

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本数が多いので、撮影は楽。昔の写真を見ると、富士山をバックにロングで撮ったものがあったが、あれはどこで撮ったのかな。

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そろそろ帰ります。

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小田原へ。

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何かのカメラのレビューで、さいきんこの提灯を撮影してるのを見たのだが、なんだか思い出せない。

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行きが小田急だったので、帰りは湘南新宿という手もありありますが、やはりロマンスカーで。

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小田原市内も、観光で訪れたことはないような気がするな。。

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やはり締めはこれですね。NSEとくらべると、たしかに80年代的にモダンな感じがするな。

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内装も80年代的に懐かしい感じ。。

それでは。

2015年8月13日 (木)

真岡鉄道(東武蒸機運転の臨時追記あり)

メインブログでは数日前に書いていて、詳報をこちらでと思っていたのだが、なにしろ暑いし(いいわけじみるが)、どうもコンピュータの調子も悪いようで・・。

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朝真岡駅から回送される「もおか号」を迎え撃つ時間を計算して、家を6時過ぎに出た。
夏休み期間中だから、朝でも乗客は多い。

下館に入線する列車は、希少な2両編成。真岡で1両切り離す。

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乗ったのは初期型で、これはクロスシート車。先頭車はロングシートで、そちらの方が普通みたいだ。時間によっては結構混雑するのだろうか。

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真岡に着くと、回送列車はホームで待機中。
DE10の旅客列車というのも、考えてみれば貴重。

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C12 66は機関庫に。外から見えるように工夫されている。

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撮影しているうちに、先ほどの2両編成は解結を終えていた。

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C11には火が入り煙も上がっている。

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駅から近い踏切までは歩くことができた。

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こうしてみると先頭に立っているように見えるが、実は後ろ向きに走っている。

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時間によってはちょっと間隔が長いときもあるが、おおむね運転本数は多いようだ。

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モオカ14。見慣れると悪くない塗装だ。塗装というか、模様というか・・。

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ちらちらとウェブを見たけど、スケールモデルの製品はなさそうですね。

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沿線にはそこそこ車で訪れているカメラマンが見られた。私は初心者なので、オーソドックスに側面がちに狙うことにした。炎天下1時間くらい待ったので、すっかり日に焼けてしまった。

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・・まあ、このくらいに撮れてくれれば、私としては上出来です。
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50系客車も悪くないです。

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時間がちょうど良かったので、9600の無火運転を見た。
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普段はスハ44と共に庫内に展示してある。ブロワーで圧縮空気を入れ、走らせる。
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静態保存機と違い、各所を油で磨かれたボディは精悍。
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これを連結して、庫まで移動します。

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乗ることもできますが遠慮。

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再び車中の人となります。

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モオカ14は小松のエンジンらしいですが、なかなかパワフルで加速も良い。結構気持ちよく走ります。
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このターンテーブルは古いものではなく最近作られたもの。かなり小さい。9600は乗らないかも知れない。

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見学者がかなり多かった。

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客車は切り離されてここに。まるで模型のよう。

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今様の水タンクはマンション風。

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ただいま入替中。

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このときは結構煙が出た。
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乗ってわかったが、加速がスムーズではなく、ちょっとがくがく揺れる。要するにロッドの動きだ。体の重みで、自転車を蹴りながらこいでいるようなものだ。

昔は自連で遊間が大きかったから、今よりも乗り心地は良いかも。50系は密自連なので、機関車の動きがじかに伝わるのだろう。

自治体の協力もあって、なかなか活発な経営をしている真岡鉄道。沿線にはまだ魅力的な風景が広がっていて、フェンスやら信号施設やらに囲まれた都市部の鉄道に比べると、実にぜいたくな撮影条件のところが多い(とはいえ、ウェブに書かれているように撮影マナーにちゅうい)。

またいずれ。今度は寒い季節もいいな。

臨時追記:こんなニュースが

東武鉄道(本社:東京都墨田区)では、「東武グループ中期経営計画2014~2016」で掲げている「日光・鬼怒川地区等沿線観光地の活力創出」のための有力な選択肢の一つとして、2017年度からを目途に日光・鬼怒川地区において、北海道日高郡新ひだか町のご協力をいただき、JR北海道所有のSL車両「C11形207号機」を借り受け、1966年以来、約50年ぶりの蒸気機関車(SL)の復活を目指します。

編集長敬白の記事はこちら

dashこれはおどろいた。大手民鉄が蒸機列車の復活運行を行うのは初めて?いや、西武山口線が先か。今回運行するのは北海道型(かに目)のC11だが、名取氏のブログにも書かれているように、東武には自社仕様のC11を所有していたことがある。

C112号 1945年日本車輌製の国鉄C11と同型のタンク機関車 戦時設計の形態をしている 個展機関車の中にただ1両存在した近代型蒸機で いささか重量級の機関車である嫌いはあったが、 館林以南の線区で活躍し 1963年廃車 (鉄道ピクトリアル1972年3月臨時増刊号より)

奥多摩電気鉄道の注文流れらしいが、とにかく東武でしばらく使われたという縁はあるようだ。客車はどうするのかとか、地上設備の整備はどうなるのかな、とか、色々気になることはある。東武もだいぶ動きが活発になってきた。

 

2014年5月 5日 (月)

富士急行

4年ぶりに富士急行を訪れた。
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4年間で変わったところと、そうでないところがある。この富士登山電車は4年前も走っていた。
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これは4年前。この頃は1000型が主力だったが、今回はあまり見かけなかった。大月にマッターホルン号がいたが、撮影している時間がなかった。
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今の主力はこの6000系である。
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こちらは2段窓の初期型。
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直前は京葉線で活躍していたらしいが、元々は山手線に投入された車両たちだ。
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特急にも使用されていた。
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205系は今や各地の地方線区で活躍する車両の筆頭だ。埼京線からは撤退し、横浜線からも撤退しつつあるが、他方仙石線、日光線にも進出している。
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6000系とこの富士登山電車の内外装はデザイナーの水戸岡鋭治氏が手がけている。
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内装の写真は撮らなかったが、フローリングみたいな床が印象的だった。

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2000型。貴重な165系電車の生き残り。
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背後にリニア実験線が見える。
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リニア実験線はある種異様な構築物で、周りの自然とは隔絶された印象がある。
車窓を流れる風景を楽しみながら乗るものでもなさそうだ。
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5000型は自社設計のオリジナル。良くまとまったデザインが好ましい。
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今はトーマス電車になっている。
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内装は天井に至るまでデコレーションされている。
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窓中央下のところに、クイズが書いてある。子供がボックスごとに、興味深そうに見て歩いていた。
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車齡は40年近くになる。
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今回は田野倉から禾生にかけて撮影して歩いた。夜は都心で用があり、臨時列車を撮る時間がなくなってきた。
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ちょっと模型のレイアウト的。
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鉄橋でもうすこし粘っていればこれも撮れたのだが、鉄橋から禾生駅まであるいてどのくらいかかるかわからなかったので、断念して駅まで来てしまった。待っていても時間はあったとおもう。
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17時11分の列車に乗る。
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帰りは少し待って、「かいじ」の指定をとろうと思ったが、お金がもったいないのでホリデー快速を狙う。これは快速ではなく、普通高尾行き。来るときは高尾からこの115で来た。今でも乗れるのがありがたい。
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ホリデー快速ビューやまなしは215系。全車2階建てで座席定員は最大だが、果たして座れるだろうか?
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何とか座席を確保し、新宿まで乗り通す。一般の乗客の方が車掌さんに、この電車はいい、静かだし乗り心地もいい、と感想を語っていた。車掌さんもまんざらでもない感じだった。


2014年1月13日 (月)

湘南モノレールと江ノ電

この時期になるとつい足が向く。こういうのはまあ、乗り鉄とも撮り鉄とも言えない。単なる物見遊山である。実は湘南モノレールに乗るのは初めてだが、個人的には何線完乗とかいうのは全く興味がない。撮り鉄さんを名乗るには、構えるカメラが「ママ一眼」というのはいかにもまぬけな感じで・・。軽くて使いやすいのですが。
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歴史的ないきさつが色々あるようだが、不思議なロケーションにあるモノレールだ。
よそ者にはわからないが、通勤客が多く、営業的にはかなり潤っているらしい。パスモは使えない。
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どうと言うことのないデザイン。内外装は登場時期を考えると平凡か。
一般車両と違い、鉢の開いたような、上に行くにしたがって車幅が広くなる形をしている。
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この道路が私道だったとはね。
乗り心地は結構ワイルド。
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車内からみても、上が広がっている様子がわかる。内装のセンスとしては70年代半ば風。
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モノレールは今、業界的にどういう評価がされているのだろう?去年テレビドラマ「サンダーバード」を観ていたら、モノレールが未来の乗り物のような扱われ方で何度も登場していた。アルプス縦断特急(寝台列車)や、北米大陸横断モノレールなんてのも登場していた。
ロンドン地下鉄はモノレールに変わった、という設定だった。
1965年というと、まだ日本の新幹線の評価が定まっていないころなので、鉄道の未来はモノレール、というとらえ方だったようだ。勿論、専門的には当時からそんな見解はなかったと思うが。

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今日は成人の日なので、晴れ着の女性をあちこちで見かけた。
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江ノ電江ノ島駅のすぐそばだが、今まで来たことがなかったのだ。
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相変わらず狭い範囲で似たような写真ばかり撮っている。新しい視点で撮りたいものだが・。
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車のない、すっきりした状態で撮影するのは至難。
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これはいつまでも残っていて欲しいですね。
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ウェブで、鳥瞰したアングルで撮影されていたのを見て、撮影地を探してみたが見つからなかった・・。線路が垂直方向に見えるアングルだったのだが。ここは鎌倉高校前の踏切を渡り、山を登ったところ。
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それにしても、山あり海あり併用軌道ありと、1/1のレイアウトみたいな鉄道だな。
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いつ来ても楽しい。
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この10型は本日は502Fとの組み合わせ。
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1151Fは1501Fとペア。
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オリジナル塗装の1001F。若いようだが今年で登場以来35年になる。
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2001Fとの組み合わせ。
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もう1本の2000型は305Fとペア。
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冬の日は短い。今度はもう少し季節が良くなったら来よう。
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帰りに「えのしま」に乗るのも毎度同じ。鎌倉から横須賀線も考えたが、やはり小田急が安くて楽。もう少し本数があればな。特急がなければ、東海道のほうがましかも知れない。

2013年11月 5日 (火)

銚子電鉄

先日書いたとおり、銚子電鉄の運行本数が大幅に減少する。ので、応援のため?に同鉄道を訪れてみた。4年ぶりだ。
生憎雨だ。午後には止むという予報を信じて出かけるが、なかなか止んでくれなかった。
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東京駅地下。このしおさい3号は5両なんだね。東京駅を発着する列車の中では最も短いかも。
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佐倉までは快調に飛ばすが、佐倉を過ぎると線路状態がだいぶ落ちるようだ。東京から2時間だから、それほどの距離ではないが、風景が単調で、ちょっと飽きる。
時間帯によっては千葉から延々209系に乗ることになるが、これは結構きつそう。以前113系で千葉から来たときは趣味的に楽しかったけど。
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ChibaがChinaに見えてくる。やだなあ、そんなの(失礼coldsweats01)。
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日中30分ヘッドを確保しているが、21日からは1時間おきに減便される。4年前に比べると車両が大型化、編成増(1両⇒2両)しているが、乗客は減っているらしい。もっとも、私が乗ったときは遠足か何かの小学生が数十人、どやどやと乗り込んできて、えらく賑やかだった。
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友人からもらった情報に基づき、1日券を買った。犬吠でペットボトルと濡れせんべいをもらえる。620円はかなり安い。車内には案内の社員(女性。車掌ではない)がいて、パンフレットを配っていた。
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何か足りないと思ったら・・。
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2001年8月
風車の羽根がなくなってしまったのだ。待合室は壁もあちこちはがれてしまい、かなり痛々しい状態になっている。

駅施設は90年台はじめ、不動産会社の系列だった頃に次々と改築されていたものが、次第に老朽化しており、痛々しい。

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一瞬車号が変わったのかと思ったが、反対側は1002となっている。
1002も、シートが所々傷んでいる。
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外川の引上線にはかつての主力、801が突っ込まれている。
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澪つくし号が運行されていた頃には、ここで機回しが行われていた。ここに廃車が置かれているのは、その必要もなくなったからだろう。いずれどこかに保存されるのかも知れないが、車体はかなり痛んでいる。
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その澪つくし号につかわれたユ100は、笠上黒生に留置されている。
ここだけは以前より多少手入れされたようで、線路が草に埋もれていない。
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以前はこんな感じだったのだ。
また、駅舎と反対側からもホームに行けるようになったようだ。
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前後するが、いったん外川に行き、そこから一つ戻って犬吠で降りた。
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電車がなくなったようだ。
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前はこんなものが置いてあった。この頃既に使われていなかった。これは相鉄2000?
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犬吠埼に行った話はメインブログを見ていただくとして、ここでは省略。
乗車したのは2002F。
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車内には搬入時、塗り替えのときの写真が掲げられている。これは東武キハ2000?
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幅の狭い、ちょっと貧相な京王5000。汚れが目立つ塗装がその印象を強める。
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離合。改正後は見られないか、と思ってここに来た。日中の交換はなくなるが、朝ラッシュ時の交換は継続するらしい。
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車両は移り変わったが、いまでも昭和の電車が走る鉄道、という看板はおろしていない。
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2002の正面は旧オリジナル色になっている。雰囲気デハ700という感じか。正面だけ目立たない塗装にするというのは珍しい。
そうか、車幅が細くて裾絞りがないから、キハ2000に見えるんだな。

観光客はそこそこいるのだが、施設や車両の傷みは相当進んでいるように見える。銚子駅の待合室なんか、ボランティアで修繕してあげたいくらいだ。ひたちなか海浜鉄道と提携した(車内ポスター)そうだが、保存鉄道的でも良いから、何とか元気になって欲しいものだ。






2013年10月19日 (土)

銚子電鉄 運行本数を2/3に

日経電子版

銚子電気鉄道(千葉県銚子市)は11月21日から1日当たりの運行本数を現状の3分の2に当たる21便に減らす。(中略)上りダイヤの場合、通勤・通学者に配慮し、午前9時台までの便は現行通り走らせる。ただ、午前10時台の便はゼロとなり、それ以降は1時間あたり1便に減らす。現在は日中でも1時間に2便はある。

 減便に伴って乗客数は10~20%減る見通しだ。一方、配置転換などによって鉄道事業に関係する人件費を年間700万円、電力料金で年間300万円のコスト削減を見込む。

地方私鉄としては抜群に話題作りがうまく、しばしば鉄道誌を賑わしている同鉄道だが、経営は大変だ。横領事件により自治体の支援が止まるというのも、何とも不運な話だ。

しかし、必死の経営努力は一般市民にも広く伝わっているようだ。昨日も知人が、いつも濡れせんべいを買っているよ、などと言っていた。

何とかこの危機を乗り越えて欲しいものだ。

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’09年9月に訪れたときの時刻表。仲ノ町だったかな。たしかこのときは、撮影のためにひたすら外川まで歩き続けたような記憶がある。

まだ113系が健在の頃で、千葉から延々DT21とクロスシートを堪能して銚子まで行った。

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この2両は揃っていすみ市ポッポの丘に保存。

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枕木がほとんど見えないほどの軌道。

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減便前に、できればいちど訪れたい。

2013年6月 2日 (日)

静岡鉄道

東急7000(7700)を見に行こう、と思っていたのだが、急な用で静岡まで行くことになり、7000ではなく、7200、でもないのだが、同系の静鉄電車を見に行った。
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新静岡はJR静岡から多少離れた場所にある。地下道はあるが、途中から地上に出てしまい、最後までつながっているわけではない。その距離感は、西武新宿的、というか、上毛電鉄的、と言うか、まあ、何でもいいけど。
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サイズは小さいが、ICカード改札、タッチパネル式の券売機、ホーム安全柵と、東京の大手私鉄並に設備は整っている。各駅施設も、なりは小さいが整備は行き届いていて、鄙びた感じは一切ない。首都圏近郊の小私鉄よりも洗練された感じだ。
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電車は全て1000型で統一されている。さすがにインバータ車というわけではないが、内装を含めきれいに手入れされている。初期の車両は車令40年になろうとするが、古さは感じない。
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ウェブで撮影地ガイドを探そうと思ったが、適当なのが見つからず、とりあえず春日町まで行ってみる。ただ、どうもぱっとしない。
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どうも障害物が多くて距離も取れず、撮影が難しい・・。
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歩道橋から俯瞰して撮れる、とどこかのウェブにあったが、こんな風にしか撮れない。別のところにあるのかなあ。
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柚木から又電車に乗って、結局県立美術館前駅まで行って降りた。広めの道路が線路の両側に通っており、ガードレールで仕切られている。東京なら背の高い柵で仕切ってしまうところだ。この雰囲気、何となく世田谷線を連想させる。飲料の広告電車が多いのも、世田谷線っぽい。
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今回途中から追尾AFを使っているのだが、時に失敗したものもあり、完全ではない。ミラーレス機はその辺が弱い。
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この辺から雲がかかりはじめる。ちょっと逆光気味だが新清水行きも撮影してみる。
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いくつかある模様の一つ。一応上の1006Fが標準なのだろうか。
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最初に新静岡から乗った1012F。今気がついたけど、こちら側から見ると水色で、ちょうど反対側から見ると(静岡方から見ると)黄緑色なんだな。
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正面は無地だが、引っ越し業者の広告入り。
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広告はなく、オレンジの帯入り。
静岡鉄道に乗るのは初めて。乗り鉄の友人にあきれられそうだが、ここで引き返して新静岡に戻ってしまった。もっとも、帰りの指定をとるとき1時間ぐらい駅で待つ列車を取ったので、新清水まで行っても間に合ったのだが・・。