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2018年10月13日 (土)

宇都宮線

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またまた話が薄くてすみません。。
 
メインブログで触れましたが、先週の連休におもちゃのまちに行ってきました。
宇都宮線の撮影は当初予定になかったのですが、ちょうど20400系も走り始めたということで、少し見てみました。
 
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この日上下4本撮影しただけですが、3本は8000でした。
ので、あまり緊張感はないですな。。
 
81106F、81108F,そして81105F です。
81105F、81106Fはともに東上線出身で、もとは8両固定、81103Fとともに、ドアガラスが抑え金式になった最初の増備車です。
 
81103Fのほうは3両化されて800,850系になってしまいました。。
81108Fのほうは本線配置なので、ちょっとなじみがないですね。。
 
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20400系の増備も進んでいるようなので、この状態は長くはないでしょうね。
 
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この日唯一の20400系。帯色は房総各線の209系に似ていますが、まああまりそういう連想は出てこないかな。方向幕のLEDが妖しいまでに鮮やかです。それと、Pentax KPの露出がたぶん変なのではないかと。
 
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前回宇都宮線に乗ったのは(今回は乗ってはいない)7年前の1月、震災よりは前のことです。成人の日の連休で、なぜか新幹線に乗って餃子を食べに行きました。
 
翌日はこれまた急に思い立って森林公園に行き、敷地外から何枚か8000を撮影しています。じわじわと廃車が進んで、池袋口で見かける機会が減ってきたころですね。
 
というわけでせっかくなので?少しついでの写真を追加します。撮影日は2011年1月16日です。
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これと下の8136F はこのとき既に運用離脱していたようです。
 
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貫通幌も懐かしい感じがします。 
 
Dsc_5967
 
これも稼働していなかったのかもしれない。
 
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8000じゃないですけど、この頃東上線に来ていた11202F。
 
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川越まで戻ったところで8111Fに遭遇。この頃は勿論ふつうに使用されていました。 
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この写真の後もしばらく活躍が続きます。 
 
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これは先ほどの8111Fとペアを組んでいた8142F。
 
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こちらは8185Fとの組み合わせ。秩父ATS搭載車なので、これが廃車になったのは意外でした。まあ古いからね。。
 
川越で降りているのは、このあと本川越から帰ったんじゃないかな。。もう覚えていないけど。
この頃東上線を使うのは月に1度程度で、車両の動きもあまり追っていなかったのでいつの間に・感があったのだと思います。同時期の西武は3ドア車の退潮が進んでいる頃で、時代の移り変わりを感じてはいましたが。それにしても、こちらに移ってからの東上線はほとんどというか、ぜんぜん変わってないような気がしますね。。まあ変わるときは変わるのかな。
 
というわけで、だらだら続けてしまいました。。

2018年10月 9日 (火)

夕暮れ鉄道

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ごく軽く。
 
夕方7時前のラジオを聞いていたら、この日の東京の日の入りは17;15でした。
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週末かなり暑い日もありましたが、5時過ぎるともう暗くなりますからね。
私は努めて車のライトを早めに点灯しますが、けっこう見えにくいですよ。
 
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この日は雲が多くて、夕焼けという感じにはならず。
たとえLEDでも、室内灯が恋しい感じです。

2018年9月20日 (木)

32年前の現ふじみ野駅周辺

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メインブログでお伝えいたしましたが、身内に不幸がありしばらく更新できませんでした。
 
徐々に再開していきます。
さて、表題の件ですが、偶々家を探していたら、亡父の撮影したムービー(VHS)が出てきました。テープ前後の状況や内容から、昭和61年秋-ちょうど今頃であろうと推察しましたが、正確な日付は不明です。
 
10分程度の動画ですが、少なからず身内が写っている部分があるので、そのまま動画として掲げることは避け、テレビを無造作に撮った写真にて失礼いたします。それもかなり適当で、傾いたりしていますが、ご愛敬ということで。。
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開発工事が始まる前のふじみ野駅周辺は、一面建物が一切ない農地でした。おそらく開発制限がかかっていたのでしょう。前方に県道(現ふじみ野朝霞線)の陸橋が見えますが、この県道以南が住宅地でした。
 
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ややアップ気味にすると、なんとなく今の姿とオーバーラップする部分が見えてきます。県道の陸橋をくぐる形で農道が未舗装で続いており、現在は暗渠となっている川を渡って、線路よりは西方に迂回するように伸びていました。そのまま国道方面に行く道と分かれ、そこを右に進むと丁字路が現れます。まっすぐ行くと最後は上福岡の市街地に接続、右に曲がると踏切(警報機、遮断機つき)を経て、市道まで続いていました。
撮影地点は、上記の踏切付近です。
ほかにも細かな枝道がいくつもありますが、記述の都合上省略して書いています。
 
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先ほどの踏切から、川越方面を見たところ。
 
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現在でいう駅東口付近から、下り列車をとらえています。列車は8両固定の8000。
時期的にクリーム色と新塗装(現塗装)の切り替わりの時期です。新塗装が出たのは撮影時の1年前と思われます。
オレンジからクリームに切り替わった時期(昭和49年~昭和51年)に比べると、検査回帰が伸びたのか色変わりが遅いように思われました。
 
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同じ列車を追っています。先の踏切から線路と平行に農道が続いていました。
 
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上下列車の邂逅。下り列車は新塗装です。
ちなみにここに出てくる車両は全部8000です。78は前年に越生線を含めて撤退、ほかには9000系9001F、10000系は8連が5本、この年の新車11806Fが入ったばかりかどうかというところ。8000の冷房化は2年前に完了、8108Fの更新(前面窓は従来どおり)もできたばかりのころ。
 
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この下り列車は池袋寄りから6+2+2という編成でした。先頭の2両のみが新塗装です。クリームから現塗装への変更は、印象として2両固定から先に進んだ感じがありました。オレンジからクリームのときは逆に思えましたが、いずれもあくまで印象です。
 
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上記の編成を追います。2Rが2本連なり、画面一番左の車両にパンタが見える(モハ8800)ので6+2+2とわかります。10両の組成としてはこのほか4+4+2も多く見られました。
4+2+4というのは、まだ日中6両の運用が多かった78年ごろまでは時折見かけました。
 
まあ記憶違いのところもあるかもしれませんが。
 
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さいごに、わかる人はわかるこの建物は入間東部農協ですね。
というわけでした。

2018年8月25日 (土)

鉄道ピクトリアル臨時増刊 東武鉄道

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暑さとその後遺症?でなにもできません。。
ピクの東武鉄道特集も、たしか発売は7月下旬ぐらいだったかな。。退社時間が遅くて職場近くの書店が閉まっており、週末に地元の書店(よく東武関係のムックを置いてあるので)を探したのですがおいてなくて・。 入手してからもパラパラと読む程度で、更にこうしてPCに向かうのにも時間がかかり。。
 
手元に東武鉄道特集は6冊あります。それぞれ1972年3月増刊(以下増刊の記述略)、1981年7月、1990年12月、1997年12月、2008年1月、そして今回の2018年8月となっています。このうち1972年3月増刊のみ、後年古本で入手したもので、以後は新刊での購入。たいてい発売時にすぐ購入していますが、90年発行のものは発売時諸事情で趣味的なことに気が回らず、1年ほどたったあと、銀座天賞堂の書籍コーナーで買いました。
 
このほかにアーカイブスセレクションが50年代~と70年代~で平成24-26年に発行されています。
72年3月号増刊は奥付を見ると昭和47年2月25日印刷 昭和47年3月10日発行 昭和50年4月15日複製 となっています。重版ではなくて複製というのが妙ですが、表紙を見ると文字のところなどがコピーしたように滲んで見えます。重版というよりは増補版とでもいうべきもので、本文として同誌73年9月号に花上嘉成氏が寄稿した「東武鉄道・補遺」の記事が追加されています。
 
この73年9月号も持っていますが、面白いのはこのなかに「昭和48年度私鉄車両増備計画」という記事があり、筆者が運輸省の方のためか各社の増備車両、両数、諸元のほか予算額が千円単位まで記載されています。東武については8000系6連x5、2連x1、1800系4連x2、1720系6連1本を新造する由。17型は1両約5千万強、モハ8500は38,256千円、クハ8600は34,483千円、クハ8100は少し安くて24,092千円、クハ1810は39,313千円とのこと。西武クハ5501もほぼ同額の36,500千円。帝都高速度交通営団8号線用車両は車番記載なしですが7000系と見られ、電動客車5千万-7千万、制御客車5千万と全体に高めの予算。東急8000系もデハは4300万円なので、軽合金車はやはり高くついたようです。
 
話が完全にそれました。補遺を書かれた花上氏、最初の特集から最新刊まで毎回寄稿されています。考えてみるまでもなくすごいことですね。。
 
余計なことを書いて紙幅が尽きたので(そんなものはないか。ただ書き疲れただけです)終わりにしますが、例えば今回特集の「東武鉄道のHL制御車」などは、特集号ならではの興味深い記事に思いました。

2018年7月30日 (月)

台風一過

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午前中のうちに用務が終わり、例によって「間合運用」が可能になりました。
さくっと出かけてみます。(以下写真かなり長いです)。
 
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異例の台風ということで、一部混乱もあったようですが、被害に遭われた方、お見舞い申し上げます。
 
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まあ、うちもちょっと、予定を繰り上げたり色々しましたが、まずまず無事でした。ここで語ることでもないのであれですが。
 
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100系もその傾向がありますが、東武の特急のデザインはどうも車体が短く見えるようです。
 
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気持ち的に、こあまり長さが変わらない気がするのですが。
 
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青空のもとで見ると、なかなか悪くない気がします。
 
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東武日光方に移動します。今回車ですので、移動は比較的容易ですが、歩くのはちょっとしんどそうな距離です。
 
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これが撮りたかったのですが、本数が少ないので写真はこれだけです。
GMのキットでも作ってみましょうか。
 
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留置線は色々いそうですね。
敷地外では大した写真は撮れませんが、ちょっと回ってみます。
 
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2020系と20400系。
 
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フェンスから離れての撮影ですし、レンズが18-135mmなので、網を切ることはできません。
 
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なんか車両の並び方が趣味的なような気もしないではありません。。
 
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偶には東上線にも来ればいいと思うけど。。
 
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これ一時期東上線にいたやつか。SNSで「ブツ4」といわれる編成ですが、ブツ6はあるけどブツ4という言い方はたぶん、オーセンティックないい方じゃないんだろうな。。
 
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駅に入ってみます。
 
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車庫のある駅はどこも似たようなムードがありますね。
どことなく小手指駅を連想したりします。
 
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2扉車の状況。宇都宮線の8000系も撮影しておかないと。
 
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昔はこれが来ても大して関心を持たなかったものでしたが。。
 
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というわけでした。
 
 

2018年7月16日 (月)

姫宮付近

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車で埼玉の東部に出かける用があり、日も長いのでちょっと撮影でもしてみようかと思い立った。上毛電鉄を見に行こうとも思ったが、そこまでの時間はなさそうなので、ナビを見て手近な姫宮付近に。
あとからネットで撮影地ガイドなどを見ると、もっといい場所があるようなのだが、道もわからず時間もないということで、あまりよい写真は撮れなかった。。
 
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3年ぐらい前に来た場所ですが、線路沿いに生えている棕櫚の樹が成長して、車体にかかるようになってきた。棕櫚の樹は、放っておくとかなり成長するし、火事があるとかなり燃えやすいらしい。前宅にも生えてましたけど。
 
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この時期、13000系、70000系と03,20000系は体感同じぐらいの確率で来ますが、13000系は撮影していない時は何度も見かけたものの、カメラを構えてからは全くキャッチできなかった。
 
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東武車の普通、準急もほとんど見かけなかった。一度10030系の準急浅草行きを見たが、被ってしまい撮影できず。
 
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継電機箱が邪魔をしてこちらからも撮影しにくいのです。
時間があれば再訪したいのですが、本当に時間取りにくいのです。。思いついた時に的確に撮影できるといいのですけどね。
 
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足立花火のヘッドマーク。本来ここは午前中順光なので、いささか苦しい。
 
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音だけ聞いていると西武2000かと思ってしまいます。。
 
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70000系。案外と言っては何ですが、悪くないですね。
 
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20000系5ドア。メトロのほうはもう風前の灯ですが、こちらはまだ活躍中。とはいえ、地方線には転用されないでしょうから、あとどのくらい見られるか。。
 
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日比谷線も通勤で何年か(累計)使いましたが、多扉はそれほど印象が残っていない。
20070が3ドアで出たころも覚えてますし、東急がうちは他扉はやらないと言っていたのも印象に残っています(その割に後で前言翻しましたが)。
 
多扉、ワイドドアはバブル末期に大流行して、そろそろ命脈がつきそうです。
小田急、京王はさっさと撤退し、JRも中央総武のはもう終わりかな。一応定着したのはメトロ東西線の05ワイドドアですかね。。あれ、通勤利用時は嫌いでした。座席が少ないことより、立ち席スペースにいるときに安定しにくいことが問題で。16000系が出るころにはもう諦めていたというか、好きにして、という感じでしたが。
 
多扉車はいちど、海外のように扉間クロスにして座席を増やしてみたらどうかと思います。あんがい地方線でも使えるかも。乗り入れ車だと相手先から嫌われるし、無理ですね。
試行錯誤の結果、在京の私鉄は20m4ドアばかりになってしまい、これで良かったのかどうか。というか、はっきり言って嫌なのですが、もうどうしようもないね。。
 
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話を戻して。100系もそろそろゴールが見えてきているようです。
 
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リバティ。もうちょっと頑張って、半蔵門線はいっちゃえ。
住吉から豊洲抜けて、東上線にも。
 
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暗くて顔が見えない。。
 
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50000系の後継は、この様子だとまだ難しそうですね。。
 
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03と20000ということで。
 
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プユマ号が来たので切り上げます。
というわけでした。

2018年7月 6日 (金)

停電

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ニュース等で御存じかと思うが(今は覚えていても、じき忘れちゃうでしょうけど・)、本日(5日)午前7時49分ごろ、板橋区にある東武東上線の変電所で停電が発生し、下赤塚、東武練馬付近を走行中の電車が本線上で立ち往生した。
 
ニュースによると空調は効いていたが、2時間ほどその場に停車し続け、その後乗客は順次車外に出て線路上を歩いて最寄り駅に向かったという。
 
上の変電所はうさぎ鉄道のもので、本文とは関係ありません。。昔の変電所はこのトミックスのキットのように、トランスが野外に露出していたけど、今回トラブルのあった東武練馬の変電所も、きれいに建て替えられて碍子やトランスはよく見えなくなっていますね。。
 
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事故当時私は急行池袋行きの車内におりまして、ちょうど和光市駅を発車しようとしていたところでした。いつも通り混雑した車内で、発車を待っていた。
 
和光市駅ではよく直通列車との接続待ちで時間調整が行われるので、その口かな、と思っていましたが、それにしても長い。しばらくしたら、東武練馬付近で停電なので見合わせだと。振り替え輸送をするから、有楽町線を使ってくれというアナウンスも出ました。わりと若い人は、さっさと決断して降りていきましたね。
 
月曜も人身がありましたが、一般論として少し待てば動くことが多いので、そう判断する人も結構車内にいました。
私も会社にメール打ちながら車内で待っていたのですが(そのころはもう座れるくらいまで人が減っていました)、そのうちこの列車はここで運転を打ち切ります、といいはじめた。乗客が全員下りたのを確認したら発車するという。 
ようやく私も決断して降りました。列車は、急行池袋の種別のまま、誰も乗せずに成増方向に去っていきました。おそらく成増で折り返し回送としたのでしょう。
 
一緒に乗車していた人たちはもう先行する地下鉄に乗っていて、ホームはそれほど混んでいませんでした。ちょうど始発の通急元町・中華街が来たので、座ることができました。楽でよかったけど、途中区間はかなり混んでたな。
 
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ちょっと意地悪だけど、放置された東武アプリの列車位置情報。
下赤塚-東武練馬間に急行池袋行きがいます。
各社のニュースで線路を歩く映像が流れていましたが、この列車もその一つ。たぶん、一つ前の急行ですね。以前は時々乗っていたやつだと思います。ので、なにかの都合でこれに乗っていたら、自分も線路を歩いていたかもしれません。
 
そうえいば昔、まだ8000系の頃でしたが、ときどき瞬時停電とか、ありましたね。10数秒から1分ぐらい、電気が止まるのです。8000は予備灯がついていて(家庭のペンダント灯の常夜灯みたいなやつ)、蛍光灯が切れるのですぐわかる。冷房も送風のみになる。駅を出てこれから力行というときに停電すると、そのまま滑走する。これから加速するはずが、腰砕けみたいになるのが妙でした。まるで、停電したことを乗客に悟られないように?しているみたいな感じがしてでおかしかった。
 

2018年6月 2日 (土)

ときわ台駅

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ときわ台駅がリニューアルされ、昭和10年の開業時のたたずまいを復刻した、というニュースを見たので行ってみました。
 
まあ小ネタですね。。
 
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もともとときわ台駅(北口)は、開業時の駅舎を手直ししながら使っていたので、全体のたたずまいは同じだ。ただ、リフォームにあたり、当時の姿を忠実に再現したということらしい。
 
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ときわ台駅は、当時田園調布駅に範を取った高級住宅地を造成していた東武鉄道が、宅地の開発とともに開業したというだけあって、とてもモダンな印象がある。近隣の他の駅、中板橋や大山などは下町っぽい、庶民的なムードの駅だが、ここだけがこんな感じなのだ。
 
ネットを見ると、開業日の近い南宇都宮駅舎とよく似ているとか、たたずまいが旧帝国ホテルに似ている、という記述も見られる。
 
東上線池袋-成増間の駅としては最後に開業した駅であることは確かだが、調べてみると北池袋から下赤塚まで、昭和初期の数年のうちにぼこぼこ開業しまくっているんですね。。ちなみに開業時が池袋-下板橋-成増、すぐに上板橋も開業したらしいです。
 
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開業時というか、戦前からの駅舎がそのまま使われている駅というのは、東上線ならずとも珍しいでしょうね。東上線ではここだけでしょうね。。
子供の頃は朝霞、鶴瀬、川越など、昔からのたたずまいの駅は結構あったけど。。
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改札口を移動しましたかね。。
 
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壁面には駅と周辺の歴史が、博物館のような形で展示されています。
 
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昔の建物の様子。
 
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特徴ある住宅地の地図と、ときわ台駅、住宅地の位置図。
池袋駅から10分とある。
 
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お散歩マップ。
こうした展示を、熱心に見ている人が何人もいました。
やや年配の女性が多かったかな。
 
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ときわ台は毎日利用していたわけではないが、小学生の頃から駅近くの模型店(るー模型店)に行くのによく利用していた。小さな模型店なのに、わざわざ電車に乗って出かけたのは、一つは電車から見える場所に店があったこと、そしてTMSに広告を載せていたことがある。
 
ここと、大山のマックス(のちGM)、あと成増の、今はダイエーがあるあたりのビルに入居していた模型店をよく利用していた。成増は北口の、住宅地の奥に丸正堂という店があったけど、ほとんど知る人ぞ知るという感じの店だったな。
 
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ときわ台は朝ラッシュ時に準急が停車したことで有名(自分だけか)だが、10両運転が始まる昭和51年ごろ、ホームを延伸して、併せて駅舎とかも改装とかをしていた記憶がある。
同じころ、今の下板橋留置線の配置を改良した、それまで上下線の間に3線程度の留置線があった(ので、下り線は下板橋駅を出ると左に大きくカーブして上り線から離れ、山手通り陸橋のあたりで戻っていた)が、改良後は上下線が平行になり、留置線の数も増えた。
そういえば昔はときわ台駅に進入するあたり、池袋よりの踏切付近のカーブで、電車が大きく揺れたな。立っているとき、そのあたりに近づくと身構えたり。西武新宿線の中井駅付近とか、中央線の大久保付近とか、そういうところは何か体が覚えていて、自動的に身構えますね。またそんなことをよく覚えていたり。
 
あ、今でも成増駅の上り線は揺れますね。あれは線形上仕方ないけど。
 
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工事のとき、ここの煉瓦壁を一生懸命作っていたことをよく覚えているんですよね。ちょうど南口改札の入ってるビルじゃないかな。。
昔、グリーンマックスの車上駅というストラクチャー・キットは、ときわ台南口がモデルじゃないかと思っていました。雰囲気だけで、全く同じという訳ではないですけど。
同じくGMの小型駅は、あれはやはり東武練馬駅がモデルではないかと。こっちのほうはかなり近いです。ただし、現行の駅舎は改装されて面影がありません。
 
というわけでした。

2018年5月 3日 (木)

小康

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引き続きすきま時間を利用する程度にしか動けない。時間があっても、なんとなく気が咎めるというか。。
 
まあ、車は便利です。気軽に出られますからね。
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野田線系統から8000(800?)の廃車が出たという情報が出ています。(*800は牽引用に使われただけという説もあり)
8190Fも休車になったとのニュースが。
夏に20000系の改装車が宇都宮、日光ローカルに入ると、更に廃車が増えそうです。
 
一方、東上線系統はたしか一昨年に4両の廃車が出て、それ以来小康を保っています。
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あまり詳しくないのですが、東上本線系(池袋-小川町)でも、しばらく動きがないように思えます。70000系の増備が進んでいるうちは、新車も入らないのでしょうね。。10000系、10030系の更新も進んでいない感じが。
 
もと西武新宿沿線住民としては、現状車両の整備状況に関する限り、東上線系統のほうが(はっきりいって)若干見劣りする感じがします。。もっとも、私が新宿沿線に住んだばかりのころ、夜701/801/401系などに乗ると、未更新の内装がどうにも侘しく感じられたものですが。。
 
そのまえの中央快速線の201の内装も、住みだしたころには結構傷んでたからなあ。。あれは後年、立川あたりで特急から乗り換えると、内装も騒音も一段とひどく感じられて、なんだかなあ、と思ったものです。今のE233系も長生きしそうだけど、この先どうなるかな。
 
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いずれにしても、普段乗る電車が日々気になることはあまりない。乗っちゃうと何系に乗っているのか、わからないというのは、昔はなかったのですけど(もうおとなですからねえ。。)。
 
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さいきん乗る電車で一番好きなのは、やはり西武30000かな。40000系は一度だけ乗ったけど、まだあまりなじんでいない。毎日乗るメトロ02系は空気のような存在。新車が出るとまた興味が向くかもしれないけど。
 
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東武も本線系統は申し訳ないのですが行く機会がなくて。。
 
ほかにも、以前は時々利用していた常磐線、京成本線、横須賀線、小田急あたりもほぼ全滅状態です。
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塗装が落ち着いてきて、なんとなく現役時代に質感が近くなってきました。
 
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撮りそびれた。
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というわけでした。

2018年3月26日 (月)

東武6000系

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パーツを買って組み付ければすぐにできるはずのものが、延々1か月以上かかってしまいました。
 
ちょうど先月、8000系クリーム6連を組み付けた後、多少パーツが余った(といっても車輪1両分)ので、どうせならこちらも動力化してしまおうと思い、帰りに天賞堂に行ったのが2月16日のこと。あれから何回週末を迎えたことやら。。
 
車体そのものは一昨年暮れ、ちょうど引っ越しの話が出ているさなかに購入したものです。今月いっぱいで通販事業を終了する東武Access(Yahoo店は継続)で購入しました。
 
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写真に撮ってみたら、快速急行の方向幕がうまく着いてないですね。。折を見て付け直すか。。
 
ステッカーが豊富についていまして、方向幕、種別幕、トレインマーク(快速急行だいや2種、おじか、さよなら6000など)、車体番号も選べます。普通のシールですが、インレタ苦手なので、こっちのほうが好きです。
 
前後の車両はダミーカプラーを残し、連結側はアーノルトに換装、一応2両でも走れますが、連結側の正面方向幕は未装備です。ちなみに一方のユニットは浅草行き、もう1ユニットは東武日光・鬼怒川公園行という、妙な方向幕表示になっています(こういう、変えられない方向幕はどうも引っかかるものがあって、永遠に浅草行きというのもなあ、と思ったりして、ついヘンだと知りながらこういうことをしたりします)。。
 
本車両の連結面間隔も近年の仕様に従って実車並みに短い形ですが、運転してみるとちょっと詰まりすぎという感じがあり(特に推進運転になる先頭車との間隔)、これも折を見てスペーサーを改めて付け直すつもり。運転自体は280Rを問題なく通過できるようです。
 
パンタは純正ではなく、トミックスのPT42として売られていたものを使っています。このパーツ、鉄コレの純正ではないようで、差込口が合わず、足を切って透明ゴム系接着剤(瞬間接着剤が手元になかったので)でつけてあります。シュー先端が一本になっているタイプで、まあこの車にはふさわしいのですが。
 
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レイアウトにのせてみると、これ、なんとも地味ですね。。ほとんど保護色なんじゃないかと思うほど。傍らに同じ2扉急行型の153系やキハ58系を並べると、いかにも地味です。457系だって、いくらか華がある。
 
ではありますが、運転してみると、いかにも私鉄的、昭和的な良さがあり、最初思ったよりずっとうれしくなってしまいます。。
 
私が知ってる6000はたいてい6連だったので、4両はどうかなと思いましたが、むしろこのほうが軽快でいい感じですね。。
 
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6000系は自分の中ではそれほど古い車という印象がないのですが、考えてみると30年以上前に引退した(6000系としては)車両なのですね。もっと古い5700系のほうが長生きだったというのも、考えてみると不思議な気もします。
80年代初頭まで、冷房もないまま料金を取る快速急行(それも臨時ではなく定期列車)に運用していたというのは、さすがに時代錯誤でした。京急600(初代。登場時の形式700。京急初の高性能車で、いまの2100系的な存在)ですら、70年代初めには冷房化されましたし、それゆえに80年代まで現役で頑張れたのですから。
 
実はそれ以外にも、背ずりがデコラ板むきだしでクッションがない(オハ61のような)座席とか、シートピッチなどにも問題があり、ために東武がそのままの形での冷房化を躊躇したということもあるのかもしれません。
 
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というわけで、いちおうそれらしくDRCと並べて走らせました。
それでは。。

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