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2017年7月10日 (月)

夕刻の撮影(兼西武新宿線地下化工事近況)

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先日書いたように機材をPentax KP (きゃりーさんと呼んでいます)に替えたのだが、その後も多忙で撮影のための時間が取れない。どこかに出かけるなどとてもできず、近場でもなかなか・。とりえあえず18-135mmだけつけて、出先からの帰りに撮るのが関の山だ。用事が済んでからの撮影なので、どうしても夕方になってしまう。幸い、今の時期は日が長いから助かっているが。
 
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先日大宮方面に行ったときのこと。このときは8000は見かけず、往復60000系だった。急行も走っているし、野田線という感じがしないですね(アーバンパークラインだってば)。60000系は東上線にもほしいなあ。
 
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いちおう、こんなのも来たので。
 
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高田馬場や池袋で夕方、よく見かけてた列車かな。。
 
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いちおう。 ここで見るとは思わなかったですね。。
 
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以下、ちょっと写真の数が多いのですが・・。
ところも日も変わって、これは昨日(土曜日)。3線が定着してきた沼袋駅。
 
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装着レンズが18-135mm (換算27-200mm相当)で、標準ズームよりは望遠も効くのですが、それも限界があるようで。離合の場所をピンポイントで予測はしにくいですからね。。
 
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上り線から跨線橋を上り、西武新宿方面を見たところ。西友のあったあたり、コンクリート供給用のタンク(なんていうの?)が設置されている。駅前のみずほ銀行もほぼ解体されてしまった。西友もみずほも、工事完成後復活したりしないのだろうか?
 
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こちらは下り線、ちょうど重機のあるあたりがホームだった。
 
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だんだんと移動して、今度は井荻。
 
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ホーム上はちょっと撮影しにくいので移動。西日が強い。
 
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また日が変わって、今度は日曜日の夕方。もう6時を過ぎている。
中井-新井薬師間
 
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黄色い電車が減ったことは寂しいが、とにかくこの30000系が増えたことで、路線全体のアコモデーションレベルが上がったことは確かだ。野田線の60000系もそうだが、やはり利用者にとっては新しい電車は気持ちがいい。
 
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でもこっちが好き。
 
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東上線の50000系列がだいたいこれと同じくらいの世代ですからね。。
東上線はいまちょっと、車両近代化が足踏みしている感があるな。
 
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カメラのAEはヘッドライトにも幻惑されず、いい感じです。
 
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もう6時半を過ぎたので、これで引き揚げます。
なぜか、KPを持ち出して撮影していると、しらない方から声をかけられます。先週はカメラ好きらしきおじさん二人組に、この日は鉄らしきおじさんに声をかけられた(さいきん西武、なにかあるんですか?)。あまり詳しいこと言えないので、地下化するらしいです、車は?どうでしょうね。。と、あいまいに答えておいた。もしかしたら、もっとコアなことを(2000系の廃車状況とか)話したかったのかもしれないが、まあよく知りませんので。。
 
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で、この日はいろいろあってストレスもたまっていたし、この際と思い、いったん西武新宿まで行き、そこから「小江戸」に全区間乗ることに。
全区間乗ったことはほとんどなかったです。というか、たぶん1995年1月1日以来だと思います。
 
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3番ホーム入線の急行はこれ、なんていうの。台湾鉄路コラボのラッピング。
 
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通過・・。
 
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てなわけでした。
お付き合い、ありがとうございます。

2017年5月18日 (木)

埼玉県西部地区 私鉄特急網

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またご無沙汰してしまいました。もともと先約された行事が多い時期に、後から転居などの事情が加わったために現場はえらいことになっておりまして、まだ新居の片づけが終わっていません。徐々に進んではいるのですが。
 
レイアウト「うさぎ鉄道」も、新居に搬入してから1か月がたちましたが、いまだにこちらで運転はしていません。たぶん、開業後1か月運転しなかったのは、数年ぶりかな。開業以来ではないけど。
 
鉄道系趣味とはかかわりなく、必要に応じ鉄道で移動する機会も多くなっています。先週は都内に出たのち、鴻巣(埼玉県の免許センターがある)まで行きました。遠いこと・・。帰りは、センターから川越まで行くバスがあるのを見ましたが、疲れた体にはさすがに堪えるので、オーソドックスに川越線を使いました。。大宮は、駅ナカがある分暇がつぶせるのでいいですね。殺風景な川越線/埼京線ホームは相変わらずですが、まあ東京駅地下ホームも似たようなものか。
 
今日は代々木公園(駅)に行くため、小竹向原からFライナーを使って千代田線へ。急行運転は便利。もっとも、時間の節約は気休め程度でしょうけど。今までこうした経路は使ったことがなかったので、新鮮に感じます。
 
重い荷物を持って移動することも多く、その意味からも経路選択は重要です。もっとも、ひねりようもない行き先も多く、先日行った西荻窪は新宿経由で行くしかない。乗り換え案内を見ていると、武蔵野線利用などもありますが、キャリーバッグ抱えてそれはない。山手線内回りから三鷹方面に乗るのに、代々木で乗り換えることはうっかり忘れていた。
 
先日小平方面、西東京方面に行った時は都心経由ではなく本川越から南下していきました。昨年、本川越駅に西口ができて、川越市駅からのアクセスが格段に向上した。西武新宿、中井、本川越と、アクセスの悪さは西武線利用者が背負った十字架のようなものだが、川越市-本川越5分ならまあ上出来だろう。
 
数年前から、東村山にも特急が停車して、緩急結合がはかられています。もっとも、特急の10分ほど前に各停が出ていて、2度とも特急は使わずじまい。 ただ、帰路は疲れていたし、荷物も多かったのでこんな日こそ、特急に乗りたかった。
 
当日券は特急停車駅でないと買えないことはわかっていたので、東村山で降りてホームを探したのですが、飲料の販売機しかない。偶々運転士がホームに出ていたので聞くと、特急は跨線橋を渡った5番線だという。そりゃあ・・。時間もないし、荷物を抱えて橋を渡るのも大変だし、あきらめざるを得なかった。
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東村山は今、高架化工事の最中なのでその関係もあるのでしょう。。とはいえ、昔なら所沢まで各停(急行)で行って、ホームで特急券を買い待っていればよかったのに、それすらできないのだからねえ。。やっぱり理不尽。
 
通勤路線の特急は、新幹線で出張に行くのと違うからできれば気軽にぱっと乗れるといいのだが。。と考えていたら、数年前に西武のインターネットサービス(Smooz)に登録したことを思い出した。
 
登録しても、使ったことはなかったのだが、IDのメールは保存してあった。ところが、数年ぶりにアクセスしようと、パスワードを入れてもログインできない。どうも、1か月アクセスがないと自動的に退会?になってしまうらしい。
 
特急券のチケットレスサービスがSmoozで、これにはあらかじめ料金のデポジット(カード決済)がいる。別に、インターネット予約サービスというのがあり、ちょうど映画の鑑賞券のように、自宅やスマホで予約して、券自体は駅で買う。これ、会員番号はメールで送られた8桁の番号で、券売機にパスワードとともに入力する方式だ。出先ではちょっと煩わしい気がする。先の映画観賞券なら、会員登録不要で都度番号が与えられる方式(色々あるのかもしれないが)で、このほうがスマートだと思うが。
 
S-TRAINもできたことだし、ここはすこし、特急ネットワークを活用してみようか・・。
 
そういえば、TJライナーもまた盛んに使うようになってきた。平日は0時まで運行しているが、休日は早くて21時が最終となってしまう。休日でも着席したいのは同じなので、ここは何とかしてほしいところだ。それに、東武側からも地下鉄直通有料特急がほしいところ。
 
ただ、TJライナー、Fライナー、S-TRAINときて、今度はなんという名前にする?T-TRAINだと、東武と東急で区別がつかない。やっぱり東武のBをとって、B-Trainでしょうか。。
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2017年4月10日 (月)

ももいろクローバーZ駅

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鉄の方よりは、一般のファンの方たちのほうで話題になっているのかもしれませんね。
ふじみ野駅がももいろクローバーZ駅(ん?ももいろクローバー駅Zなのかな?)に駅名変更・・期間限定ですが。
 
といっても、ホームの駅名票や車内アナウンスは変わらず。
それどころか、西口側の駅名表示も変わっていない。
 
東口側だけ変わったのは、こちらからコンサート会場方面に行くバスが出ているから、だと思います。
 
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遠くから来る人のために、「ももクロ」などという案内表示が出ています。
他にも、改札を入ったところで迷わないように、「川越方面」「池袋方面」という表示が大きく掲げられていました。
 
遠方からファンがたくさん訪れたのかな。
 
私自身は超多忙のさなかでしたので・・。この写真を撮るのがせいぜい。
 
今日は、レイアウト(うさぎ鉄道)現宅での最後の運転をしました。(たぶん)。
普段出しっぱなしの車両は撤収。この木曜日に、人間に先立ち転居先に移転します。

2017年3月 2日 (木)

快速

ああ、ついにこの日が。。

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区間快速ではなくて快速として乗車したのは、1996年頃が最後かな。。乗車距離に比して設備も適切で、かなり好きだったんですけどね。。 
 
最近は区間快速での乗車がなんどかありますが、停車駅が多く、乗っていると昔の客車鈍行を思い出すような雰囲気でした。
 
思い出すのは、6年前の成人式の3連休のとき、宇都宮に餃子を食べに行きました。行きは新幹線に飛び乗ったのですが、帰りは東武にしようと、駅を探して歩き始め・・。場所も知らなかったし、まあ川越から本川越行くぐらいの位置関係だろうと思っていたのですが・・。
 
とにかく、新栃木から乗車した区間快速、かなり混雑はしていたけど、なんとかボックスシートの一隅を確保。自分のボックスには前にちょっと怖そうな労務者ふうのおじさん、もう一人は忘れたけど、となりには髪をアップにした、たしか着物着た中年の女性。この人、たぶん年末年始に、鬼怒川温泉あたりの旅館で臨時雇いしてたんじゃないかと、想像したりしましたが。。荷物はキャリーバッグに小さくまとめられ、妙に職業っぽい雰囲気を漂わせながら、おとなしく座っていた。
 
反対のボックスは、かなりくたびれた様子の家族連れ。やはり鬼怒川温泉辺りに泊まっていたのでしょうか。長旅に子供が飽いてぐずぐず言ったり、ふざけまわったりしていたが、親たちは叱る気力もなさそうな。。予算の関係でスペーシアには乗れなかった感を漂わせていましたが、たしか春日部を過ぎてもまだ乗っていた記憶はあるな。
 
なんというか、客層が、例えば上越新幹線や常磐線特急などとはずいぶん違う感じがして、とても印象に残っています。やはり長距離鈍行っぽいというか。。
 
最近では2年前に、南栗橋から乗った記憶があるな。南栗橋は田舎ではあるが、東急車10両も入って来るし、駅施設は普通に都市部の電鉄式の作りだ。時折入線する6050は編成も短く、なんとなく場違いな雰囲気を漂わせていた・・。これが春日部とか、北千住あたりだとしっくりくるんだけどね。。
 
6050、その前の6000系は東武車の中でも特に好きな電車だけどなあ。その割に写真はあまり撮っていないけど。西武における4000系みたいに、時折臨時かなんかで運転すれば、かなりプレミアム感をもって迎えられるのではないかと思うが。
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2017年2月 5日 (日)

TJ中毒

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昨年まではたまにしか利用のなかったTJライナーだが、今年に入って週に数回利用するほどのヘビーユーザーになりつつある。。
 
私のTJ利用基準は、「今利用可能な最短時間で目的地に到達できる列車を利用する(一定基準のもとで料金の要不要は問わず)」、であり、もし数分前に出発する準急に間に合えばそれに乗る。最近の準急は結構空いているし、途中で座れることも(時間帯によっては)珍しくない。
 
ところが、遅い時間の準急はふじみ野で接続せずに、途中でTJに抜かれてしまう。ので、それなら10分待ってTJに乗ったほうが速いことになり、TJ利用可能時間帯が増えてしまった。
50090系のクロスシートはリクライニングしない(よね?)し、非常に快適というわけではないが、確かに定員乗車で必ず座れるのはありがたいのだ。
 
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先日、京都の知人(鉄道ファンではない)と話をしていて、TJのことを話題にした。
知人は大阪に出向くときはいつも、料金不要特急に乗る。クロスシートで快適な車に乗れるので、非常に便利だ、という話をして、それにくらべ関東は・・という話になった。
 
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別に珍しい話でもないが、関東地区のクロスシート欠乏症は深刻だ。
中電がセミクロスシート車だったのは遠い昔の話になり、今や普通車のクロスシートはおまけ程度、どうしても乗りたければ料金を払って、というのが定着している。
そういえば着席通勤は小池百合子都知事の政権構想に出ていたな。
 
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6050系のクロスシートは快適だが、利用者としても現実問題として、こういう車が首都圏近郊で幅を利かせる時代が来るとは、あまり考えていないかもしれませんね。。
たぶん、6050の後継は出てこないのでしょう。。
 
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一方で、直通区間の長距離化が進んでいるわけで・・。多扉、トイレ設備付で、マルチアレンジシート付の車を発展させていくしかないでしょうね。。
とにかく、安易にTJに乗ることと、仕事中につい甘いものを口にすることは、最近の私の悪い癖。。

2016年12月31日 (土)

東武6000系と、うさぎ鉄道のこれから

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東武の関連グッズサイトAccessでは、今年は17系(モハ1700)が目玉商品として売り出されている。そちらも興味深かったが、現実問題として自分は実物を知らない(’71年にDRCと同型に更新。ちなみにうちのDRCはその更新型で、台車がコイルばねだった時代のもの)のと、ずっと売れ残っているこちらのほうが順番としては先だったので、この冬は6000系をチョイスした。2セットの購入である。
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いずれは動力化するつもりで、2両ではちょっと寂しいので4両とした。6000系はたしかペアーハンズあたりがキットを出していた気がするし、クロスポイントにも製品(キット)があった。ただ、私が見ていたときはすでに販売開始から長期間経過という状況で、再発売の予定はなさそうだった。
 
 Accessの製品も、1年以上売れ残っているので、それほど人気はないのだろうな。更新からすでに30年以上経過しているのだから、実物を知っている人も限られているし、現役当時も地味な存在だった。
 
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年末で忙しく、今回は軽く書くだけにとどめるが、いろいろと環境が変わりつつあり、うさぎ鉄道もこのまま存続できるかどうか、微妙になってきた。ある程度ゆったりした線路配置で、20m車をそこそこの編成で走らせることのできるレイアウトとして、うさぎ鉄道はとても扱いやすい存在だった。鉄道模型は好きな時に気楽に走らせるもの、と思っている私としては、なんとも言えない気持ちだが。。
ちょうど昨日が、開業7周年に当たる。
 
まあ、まだ本格的に話が進んでいるわけではないのだが。年末にそんなことをかきながら、今年も暮れていきますね。。

2016年12月25日 (日)

赤い電車

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クリスマスイブのイベントなど別に何もないのですが、せっかくなので普段はめったに運転しない車両を引っ張り出してみました。
安物の赤ワインを飲みながら運転。
 
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東武1800は10年くらい前に買ったかな。あのころは物価が安くて、6両で17000円ぐらいだったようです。
 
253系は実物が登場して間もなく発売された製品を、発売時に買った記憶があります。天賞堂で、KATOとトミックスを比べ、KATOを選びました。そろそろトミックスがHG路線になってきていて、3両基本、増結3両を合わせるとかなり高くついた。KATOは室内灯標準装備で6両セットだった。
 
当時のこととて、室内灯は電球色です。未だにうちでは唯一の室内灯装備車両です(スハ431両だけ、室内灯装備したことがあるけど、今は電球が切れてしまったらしい)。トラブルが起きるのを嫌って。。
 
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1800は今でも人気がありますね。はっきりした赤い塗装は、東武らしからぬ感じがしたもの。デザインは急行用らしく節度のあるもので、今見ても新鮮です。
 
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253系も、今見ても非常にあか抜けたデザインですね。1991年に登場して、この写真の頃(2009年)には後継車の登場が告げられていましたので、かなり交代が早いな、と思いながら写真を撮っていた記憶があります。
 
両車に共通するのはシートがリクライニングしないこと、かな。1800は回転はしますが、253は集団見合いだっけ、集団離反だっけ。一度乗りましたけど、ちょっとびっくりした記憶がある(後期型は回転式)。空港アクセス特急として、ビジネスライクに徹底していたのでしょうね。赤黒のシート模様は格好良かったな。
 
強引に両車の縁を続けると、253はこののち日光特急に起用されることになり、東武線内を走ることになりますね。まあ、1800も300,350になって、日光方面に行くこともあるので、そういう意味でもつながりはあるかな。
 
しかし、あの赤と黄色の253は、登場時の良さが思い切りスポイルされている気がして、個人的にはどうもねえ。。
 
というわけで、安酒は悪酔いするようでした。。

2016年6月26日 (日)

東武81103F 新製艤装のころほか

久しぶりに古い写真の話だ(たしか、一部の写真は以前にも掲げた記憶があるが、いま探しても見つからなかった・・)。

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1980年、いまから36年前の6月中旬か下旬ごろの土曜日のことだ。
当時学校は半日だったが、帰りに鶴瀬駅の貨物側線に8000が止まっているのが見えた。
いったん帰宅してカメラを持ちだして、駅に戻った。
この側線は、今でも線路の一部が残っているが、平日は毎日貨物列車が退避していた。もうだいぶ記憶が薄れてしまったけど、たしか午後3時台に下板橋を出発して、この側線で40分近く退避する。貨物列車の廃止は1986年10月のことで(たしか14日)、廃止直前に写真を撮りに行った。そしたら、秋の日は短くてすでに暗くなりかけていて、当時せいぜいISO400だったネガフィルムでは撮影できなかった。
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電車は81103Fだった。前年11月のダイヤ改正時(柳瀬川駅開業、大山駅の踏切解消と各駅停車の10両化など)、8193F-81101Fという大量増備を行ったが、この年はこの81103Fと81105Fの2編成16両が新製された。
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この年の増備車の特徴は何といっても、この押え金式のドアだ。8000系は1963年の登場時から74年の8166F,8568Fまでが黒色Hゴム、内張り鋼製塗装の仕様で、8167F、8569Fから黒色Hゴム、内張りステンレス無塗装になった。
Hゴムというのは、今はほぼ絶滅したと思うが、1950年代半ばごろからこの頃にかけて、固定窓の取り付け方法として広く普及していた。ゴムが劣化してしまうのが問題らしくて、1970年代の終わりごろ登場した新車はアルミ押え金方式に変更されたものが増えてきた。
押え金方式自体は別に新しいわけではなく、東急や営団などでは古くから採用していた(両社ともHゴム方式の車両と併存していたが)し、関西ではHゴム方式のほうが珍しかったんじゃないかな。イニシャルコスト的に、Hゴムのほうが安かったのかもしれない。
国鉄でいえば、79年の201系試作車は全面的にHゴムが排除されていて、側面の雰囲気がかなり変化した。
余談ですが、古いクリームと赤色の電話ボックスも、窓の固定は黒色Hゴムですね。あれと、今でも見られるアルミ押し出し材の電話ボックスの間に、アルミ製で窓を抜いたようなかたちの過度期的なボックスがあったと思うのだけど、今検索しても画像が出てこないな。。
話が横道にそれた。
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このときは、車内の広告などを取り付けていたので、営業運転に向けた最終段階だったのだろう。
鶴瀬駅ふじみ野方には、いまでも保線車両向けに簡易渡り線があるが、当時は普通の分岐器を使った本格的な渡り線であり、今とは逆に上り線から下り線への片渡りだった(ちなみに、保線車両の側線も当時からあったが、ポイントの分岐方向が今とは逆で、ホーム先端部にポイントがあった)。
前述のように、退避線は午後遅くの貨物列車以外、通常は使用されていなかったので、こうした試運転列車にはよく使われていたようだ。
このあと9000系試作車が習熟運転のため、この側線に止まってるのを見たときは、それこそ狂喜乱舞したものだ。。
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ついでなので、同じころ撮影した池袋電車区(当時)のスナップ。カメラはOlympus OM-1、レンズは50mm F1.4なので、網目が切れないですね。左の編成は中間3両が非冷房という、当時の典型的な編成。ATC化のため、先頭車だけ新製して、中間の8両が全部非冷房という編成もあった。この場合、電源がないのでクハの冷房も使用できなかった。が、一部の利用者は、運転士だけ冷房しているんだろう、と勘繰る人もいたりした。。
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赤羽線が103系になったのはたしか’78年初めごろ。山手線が黄色の101系から103系に変わったとき、赤羽線のみ101で残されていた。103系化されて、黄色塗装のみ引き継がれた。
もっとも、全車黄色の編成はめったになくて、当初から黄色と緑の混結が多かった。クハは低運が主力だったが、次第に緑のATC車が先頭に立つことが多くなり、'79年には黄色いATC車が登場した(新製ではなく、200番-300番台の塗り替え)。今見ると何とも思わないが、高運転台の黄色いクハが出たのはこのときが最初だ。
黄色は埼京線には引き継がれなかった。今思うと、外回り電車は新宿でも池袋でも、ホームの反対側に黄色い電車が止まっていたわけで、勘違いして誤乗するひともいたのではないか。。

2016年5月30日 (月)

TJ With The Beatles

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池袋からTJライナーに乗るチャンスは、意外と少ない。休日でも夕方17時以降は30分おきに出ているが、10分前の急行に乗っても、ふじみ野には数分先着する。池袋の改札に着いたとき、ホームに急行が止まっていたら、それに乗ったほうが安いし早く着くのだ。確かに着席はできないが、着席整理券は310円、乗車時間は20分ほどだし。。
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早くから列車を待つ人も結構多い。とにかく座っていきたいという人は多少遅くなってもそうしたいのだろう。私は休日の利用がほとんどだが、一度平日10時過ぎに利用したことがある。疲れて帰るときに、着席できるのは実にありがたかった。
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とにかく、自分のルールとしては、「現在利用可能な最短時間で目的地に着ける列車を選択する」という原則に基づき、列車を選択する。ので、10分前の急行に乗れれば、それを使う。
 
 TJ発車1-2分前だと、整理券が買えないので、あきらめて次の準急に乗る。一度、5分くらい前に券売機に並んでいたら、前の人で整理券完売になってしまったことがあった。
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余談だが、年に数回用務で出かける常磐沿線の駅から帰京する際、数分の差で「ときわ」より普通のほうが速い時がある。特急より1.5倍以上時間がかかるが、原則に従いそういうときは普通に乗る。。ただし、グリーンに乗れるのでそんなには疲れないけど。。
 
 チャンスは少ないとはいえ、最近頻繁に東上線を利用するので、この春以降でも数回TJを利用した。簡素なクロスシートだし、乗車時間も短いが、それなりに旅気分を味わえるものだ。
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最近は耳に悪いので電車で音楽はあまり聞かないが、今日は今日はBeatlesのWith The Beatlesをかけてみた。8000系がデビューした頃、イギリスでリリースされたアルバム。車窓に見えるのは、私が生まれた街。
 
 ビートルズって、ちょうど日本の高度成長期の時代に活躍したグループだからか、彼らの初期の音楽を聞くと、なんとなく昔の「第一こだま」とか、「雲仙・西海」とか、京王5000系とかが走っている姿を連想しまう。。
                                 
 最新の8000の車内で、ゆうべFENで聞いたビートルズの最新版のことを語り合う若者、なんてシーンも、そのころ実際にあったかもしれない。。50年以上前も今も、人々の風景はそう大きくは変わっていないような気がする。
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車窓の風景を眺めながら、そんなことを考えていると、もう別になんだっていいや、などとつい諦めたくなるこの人生にも、少しは未練が残っているかな、という気がしてくる。
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8000が去ってから、これのことがなんだか気になって(先日不幸にも事故に遭ってしまったけど)。'83年の秋、習熟運転のために鶴瀬の貨物側線で退避していたのを何度も見たのに、あの時は写真を撮りそびれてしまったんだよな。。

2016年5月19日 (木)

東武東上線脱線事故

既に報道等でご覧になったことと思いますが、18日12時12分頃、東武東上線の普通列車が、中板橋駅を発車してまもなく脱線、列車は中板橋-大山間で立ち往生となり、乗客は最寄りの中板橋駅に徒歩誘導されたそうです。けが人等はいませんでした。

18日午後8時現在、池袋-上板橋駅間が不通となり、上板橋-小川町間で本数を減らして運行されていました。現場総出で復旧作業の結果、19日は始発から通常運転となったようです。いや、本当に大変でした。ご苦労様です。

事故を知ったのは昼過ぎ、会社の子が教えてくれたのですが、そのときはそれほど気に留めていませんでした。帰宅時になっても復旧しないのを知り、だいぶ大事であることがわかってきました。
夕方、日本橋で用務を済ませたのですが、まだ7時過ぎ。いけるかな、と思い、大手町から三田線に乗りました。板橋区役所前から歩くことしばし。。

野次馬根性丸出しで、いささか申し訳ないのですが。。(幼なじみの子から、物好き!といわれてしまったけど)。

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最初に大山駅に寄ってみる。駅の照明はついており、改札も機能していた。バスルートなどの案内も、比較的詳細に表示されていた。
駅を訪れる人はそれほど多くはなかった。当然だが、駅前の繁華街は通常通りのにぎわい(人はすくなかったかも)。
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大山からしばらく歩き、看護学校のさきあたりまでいくと、列車が止まっているのが見えてくる。

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中板を出てすぐ、カーブしながら築堤をのぼるあたりです。

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'11年7月。これしか写真がなかったけど、現場はこの奥のマンションの先の方かな。
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脱線した車両を切り離したところでした。
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一時は踏切が開かなくなっていたらしいが、このときは開いていた。線路の部分は細いひもを張ってあり、職員が見張っていた。

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中板の駅前の踏切付近。
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線路が相当のダメージを受けていたらしい。
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こんなときにあれですが、この踏切で思い出すのは、5年前の震災の頃、ACのCMで「こだまでしょうか、いいえだれでも」ってCM、あれに一瞬出てきてましたね。

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ポイントマシンがいったん外されています。
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中板橋駅。1,4番線に列車が留置されていました(室内灯は消灯され、たぶんパンタも下ろされていたと思う)。
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中板からときわ台は列車だと近いが、線路沿いにはいけなくて、すこし歩く。
左にバスが見えるが、代行バスで、ここから上板まで行く。短時間で代行輸送のバスまで用意できているのはさすがと言うべきでしょうね。
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ときわ台から上板までは線路沿いにずっと歩いて行ける。ただ、多少距離はある。列車が発着しているのを見るとほっとする。
一部報道に池袋-和光市不通と、遅くまで書いてあったが、上板まで復旧したのは影響をすこしでも低減することに寄与していたと思う。
ここから池袋へ行くには、いったん森林公園方面の列車に乗り、下赤塚で降りてメトロに乗り換える。駅のアナウンスではそう言っていた。

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4番線は回送の50090、3番線の10030は森林公園の行き先を示した状態で、このあと引き上げ線に入った。上板橋の方向幕は残念ながら撮れなかった。
掲示されていたのでしょうかね。

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上板橋駅改札の案内。かなり本格的な掲示。
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下り方面の案内板は生きているが、上り方面は事故の時点のまま止まっているようだ。写真は撮れなかったが、大山のホーム案内板は、上りは事故の時点で止まっており(12時xx分 池袋行き)、下りは通常ダイヤと思われる案内(見たときは20:01 志木行き)となっていた。中板もそんな感じだった。中板はなぜか自動改札が開いていて、乗客らしき人が出入りしていた。さすがにホームに人はいなかったと思うが。

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上板から森林公園行きに乗り、和光で降ります。「車両の一部が脱線した・・」とあります。
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ここから有楽町線に乗りますが、上りホームの案内板。一番上は生きてますが、次発以降の案内は事故当時で止まっているようです。
上板橋行きを待とうかと思いましたが、だいぶ時間が遅くなってきたので断念。

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池袋駅。報道が行き渡っていたのか、どこも人は少なめでした。和光市は多少人がいたけど、池袋の東上線改札はあまり人がいなかった。
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有楽町線、副都心線でバイパスされているので、混乱は少ないのでしょう。

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北池、下板の人は有楽町線、三田線または埼京線、大山も有楽町線と三田線で代替できる人が多かったと思う。ときわ台も三田線かな。上板、東武練馬、下赤は動いていたし、有楽町線も使えたので。
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池袋で印象的だったのは、留置されていた9001Fと10030が、中板と違って室内灯までついていたこと。今日中に復旧したら、すぐ使えるように、ということだったのでしょうか。

というわけで、怪我された方がおられずに、本当に良かったですね。影響を受けた方々、関係者の方々、お疲れ様でした。野次馬、失礼いたしました。




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