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2017年4月20日 (木)

通勤(従来ルート終了)

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転居に伴い、これまで使っていた通勤経路からの出社は19日(水)をもって終了となった。
 
私の場合、勤務地の変動に伴うルートの変化はかなりあったので、何十年も同じ経路で通勤した、という経験はない。現ルートはそれでも7年近く続いていたので、一番長いほうかな。
発駅はここに住んで以来変わりなく、19年弱ぐらいだった。この路線を利用しての通勤は22年間と長い(切れ目なく定期券を持っていたわけではないが。。)。これだけ長いこと「沿線住民」していると、そうでなくなるというのはなんだか不思議な感じ。まだちょっと信じられない。
 
もっとも、住まいはなくなっても当地には引き続き頻繁に訪れるので、あまり感覚的には変わらないのかもしれない。
 
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この沿線に住む前は、JR中央沿線に5年ぐらい住んでいた。前年くらいから今の沿線を頻繁に利用するようになり、やがて移り住むようになる。まあ、しょうじきちょっと「都落ち」感はあったな。coldsweats01 
 都市部のJR幹線はなんだかんだ言っても一つ一つの駅の規模が大きいし、高架複々線で運転本数も多い。車両も統一されている。「民鉄」との差はそれなりにある。
 まあぶっちゃけ西武なわけですが、あの頃は701系とかも残っていて、夜乗るといささか侘しかったですね。。
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今見ると、201系とそんなに変わらない気もするなbleah 蛍光灯の数が少なかったとか。
もっとも、そのずっと後、3.11の後しばらく蛍光灯、間引いていたよね(いつの間にかなくなりましたね。混雑時、本を読むのに困ったので、タブレットで電子書籍を読むきっかけになりました)。
 
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転居して数年くらいのひととき、中央沿線が恋しくなって、帰りにもと住んでいた駅に立ち寄って食事して帰ったりしたこともあったな。今はもう、そんな気分はすっかりリセットされて、自分の中で残ってないけど。。
 
でまあ、今回ももしかしたら、同じように昔が恋しい、をやりそうな気もする。せんちめんたるだねえ。。
 
*4/20一部訂正 写真を差し替え

2017年4月15日 (土)

レイアウト(うさぎ鉄道)の引っ越し

相変わらず慌ただしい日々ですが、先日人や小鳥たちに先立ち、レイアウト(うさぎ鉄道本線、小松菜線)の引っ越しをしました。

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とっちらかっていてお恥ずかしいのですが、転居前の最後の運転。4月9日(日)のことです。
駐泊所には常時D51,C58がいて、ワム80000以下の貨物編成もヤードに置きっぱなしだったのですが、この運転を持って撤去。のんびりもしていられないので、ちょっと整備の悪い西武2000N系で最終運転としました。一応ご当地電車、ということでね。
 
廃線ではないし、特別なセレモニーめいたことはなしです。まあ、開通時にもしていませんが。
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搬出当日。
荷物を片づけ、移動のためのスペースを開けます。
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2008年3月1日。B1のフレームは3枚あり、全部使う構想もあったがハンドリングを考えて2枚縦つなぎとした。ホームセンターでアングル材を買ってきてねじ止めしただけ。シーナリィ等を付けた後は、分離は不可能に。
 
薄いベニヤだから、とにかく軽い。実家にある、30年以上前に作ったレイアウト(1400x700ぐらいかな)は、TMSの記事を読んでしっかりしたLガーダー(トラックのシャシーのように、縦に太いフレームが2本通っている)を組んだ。丈夫すぎて、持ち上げるのも一苦労なため解体もできていない。
 
定尺ベニヤより25センチ長く、20センチ狭い。これも取り回しに効いている。この部屋は2階だが、なにかの用で1階に降ろした時も、問題なく狭い階段を通ることができた。もし移動が困難だったら、このまま解体していたことだろう。
 
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フレームを組んだ時から、部屋に立てかけていた(故に工事が進まず、長い間ほったらかしになっていた)。09年12月に完成してからも、長いこと立てかけ式のままだった。’11年3月の東日本大震災のときは線路面を上にした状態で倒れていた。
 
フレームが割れていたが、表面は奇跡的に全く無傷だった。写真は震災後帰宅してすぐに撮影したものだが、はじめからこの状態だったのか、記憶がない。
 
右奥に見える壁に、裏側を見せた状態で立てかけてあったのだが、そこからこの状態になったにしては、右側の足が折れずにいる。
 
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震災復旧後もそのまま立てかけていたが、同じ部屋でインコを買うことになり、また地震が気になるようになってきた。前回は部屋に誰もいなかったが、下手をするとインコのケージの上にレイアウトが降ってくることになる。
 
それで、立てかけるのをやめて常時スタンバイの状態で据え置きするようになった。のだが、それがいつ頃だったのかが思い出せない。。手許の写真を見ていると、2012年5月の連休ごろはまだ立てかけ式、6月ごろには既に据え置きになっているようなのだが。
 
余談だが、撤去後は部屋のスペースがかなり広がり、すっきりした。穴が開いたように寂しくなるかと思ったが、かえって快適で(^-^;、やっぱりけっこう場所、ふさいでいたんだな、と実感。。。どうせその快適さも、あと1週間くらいしか保てないが。
 
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多少注意を要したが、とうにか階下に降ろすことに成功。
 
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レンタカーに積み込む。車は、荷室寸法を比較してこのために借りてきたマツダ ボンゴ。
ぎりぎりで収まる。
 
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小松菜線も一緒に積み込んだ。
 
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転居先に到着。今はがらんとしているが、何しろ狭いので。。
 
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最初予定していた場所とは違う場所になったが、とりあえずここに置いてみる。
 
うっかり、足のねじを忘れてきてしまったので、このままおいて出た。
というわけで、移設完了です。池袋線の逆立体化とか、東横線代官山とかにくらべるとささやかなものですが、自分にとってはちょっとしたプロジェクト完遂気分です。とはいえ、これは転居プロジェクトのごく一部。まだまだ続く。。
お知らせ:20日ごろから数日ネット環境がとまるので、更新は転居後となる見込みです。

2017年3月12日 (日)

鷺宮折り返し

以前メインブログのほうにちらと書いたが、このブログ(メイン、鉄道部)が2011年春から始まっているのは、東日本大震災と無関係ではない。というより、あの災害を一つのきっかけとしている。

それはともかくとして、この鉄道部のほうで、あの時のことについて触れることはほとんどなかった。理由はやはり、このようなゆるい趣味的なブログで取り上げるのは穏当を欠くと思っていたからだ。
この震災のときだったか、もしかしたら尼崎事故のときだったか忘れたが、「鉄道ファン」誌が、編集後記にこうした鉄道災害についての記述に関する見解を示していた。
 
ファン誌はこれらの事故について、紙面に記事を掲載しなかった。理由の一つは心無いファンが記事を「曲解」することを避けたいこと、そして楽しい趣味の雑誌たるべき同誌の趣旨にそぐわないからだ、と。いい方は違ってたかもしれないが、大略そういう趣旨の話だった。
これは一つの見識でしょうね。
 
翻って、このブログに社会的な影響力などはないが、私の場合はまあ、気持ちの問題として。。
 
ただ、あれから6年が過ぎ、自分の記憶も少しずつ失われつつある。それに、間もなくあの頃とは住環境が大きく変わる(転居する)こともあり、少しだけあの時のことに触れてみる気になった。
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以下は当時のメモをもとに記す。
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11日当日、首都圏の鉄道は全て止まり、いわゆる帰宅難民が大量に発生した。私もその一人であり、当日は帰宅せず、家族と親戚の家に身を寄せている。この日はだから、午後は鉄道を利用していない。

その後、徐々に運転を再開したが、この時点では電力事情は関係なかった。しかし、日曜日の午後になると、週明け以降の電力事情ひっ迫がにわかに問題になる。

 

深夜になって、東京電力から計画停電の話が持ち出された。午後11時過ぎ、ウェブを見ていたら、西武は明日、池袋線で池袋-練馬高野台間、新宿線で西武新宿-鷺宮間のみ運行し、他は運休するという記事を見つけた。半信半疑で最寄りの駅まで行ったところ、私と同様の不安を抱えた人が駅員に質問しているところだった。

 

実際に当日、計画通りにいったん実行されたらしいが、私が出かけるころには東電が停電を実行しなかったということで、運行範囲を拡大していた。急行運転はなく、すべて各駅停車でかなり混み合っていた。

 

帰宅時には再び限定運転に戻り、午後7時台は西武新宿-鷺宮間で運転していた。

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おそらく出社を見合わせた人も多かったのだろう。利用客はまばらだった。

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ずっと限定運行しているわけではなく、午後9時か10時ごろに運転再開するとのことだった。

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鷺宮では2番線のみ使用しているようで、ホームについた列車は折り返し西武新宿行きとなり、西武新宿寄りの渡り線を使って上り線に転線していた。

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鷺宮行きという方向幕はないので、30000系の行き先表示も「臨時」である。

車内の液晶モニターはSEIBUというロゴを表示するのみ。そういえば先日乗った電車も、故障なのか同様の表示になっていたのを見た。

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私はここから歩いて帰れたので、改札口を出てバス通りに出た。改札では駅員が誘導をしていた。通りでは同輩を数人見かけたが、家までは思ったよりも時間がかかった。

翌15日(火)は、計画を実行して朝は鷺宮折り返し。このときは池袋線の折り返し駅だった練馬高野台駅を利用した。始発駅で乗客も少ないため、案外快適な通勤だった。メトロ7000系が池袋地上駅に乗り入れていた。石神井公園ではなく、練馬高野台を折り返し駅としたのは何か意味があるのだろうが、なにしろ異常事態続きで、そんなことで驚いていられない、という雰囲気もあった。

 

この日の夕方は前日と違い、上石神井折り返しとなっていた。普段のダイヤでも上石神井行きはあるので、施設的には問題はなさそうだ。

 

16日(水)朝は運行範囲を拡大していた。急行運転はしていないので8両編成で、遠方からの列車なので極めて混んでいた。様子を見ていた通勤客もそろそろ仕事に戻り始めていたのだろう。帰りは田無までの限定運用だった。

 

以後、徐々に輸送状況は改善に向かっていく。


2017年2月 5日 (日)

TJ中毒

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昨年まではたまにしか利用のなかったTJライナーだが、今年に入って週に数回利用するほどのヘビーユーザーになりつつある。。
 
私のTJ利用基準は、「今利用可能な最短時間で目的地に到達できる列車を利用する(一定基準のもとで料金の要不要は問わず)」、であり、もし数分前に出発する準急に間に合えばそれに乗る。最近の準急は結構空いているし、途中で座れることも(時間帯によっては)珍しくない。
 
ところが、遅い時間の準急はふじみ野で接続せずに、途中でTJに抜かれてしまう。ので、それなら10分待ってTJに乗ったほうが速いことになり、TJ利用可能時間帯が増えてしまった。
50090系のクロスシートはリクライニングしない(よね?)し、非常に快適というわけではないが、確かに定員乗車で必ず座れるのはありがたいのだ。
 
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先日、京都の知人(鉄道ファンではない)と話をしていて、TJのことを話題にした。
知人は大阪に出向くときはいつも、料金不要特急に乗る。クロスシートで快適な車に乗れるので、非常に便利だ、という話をして、それにくらべ関東は・・という話になった。
 
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別に珍しい話でもないが、関東地区のクロスシート欠乏症は深刻だ。
中電がセミクロスシート車だったのは遠い昔の話になり、今や普通車のクロスシートはおまけ程度、どうしても乗りたければ料金を払って、というのが定着している。
そういえば着席通勤は小池百合子都知事の政権構想に出ていたな。
 
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6050系のクロスシートは快適だが、利用者としても現実問題として、こういう車が首都圏近郊で幅を利かせる時代が来るとは、あまり考えていないかもしれませんね。。
たぶん、6050の後継は出てこないのでしょう。。
 
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一方で、直通区間の長距離化が進んでいるわけで・・。多扉、トイレ設備付で、マルチアレンジシート付の車を発展させていくしかないでしょうね。。
とにかく、安易にTJに乗ることと、仕事中につい甘いものを口にすることは、最近の私の悪い癖。。

2017年1月19日 (木)

通勤4

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今年に入ってからこんな話ばかりで恐縮です。もう少し引きずります。

 
昨日、数週間ぶりに元の通勤路でオフィスに行きました。まあ、相変わらず混んでいるな、という以外、特別な感想もないのですが・・。昨年までは結構「重役出勤」していまして、かなり遅い時間に出ていたのですが、今回は臨時通勤コースのとき同様、かなり早めの通勤。まあ、30分程度ですし、混雑度合いは全く変わりません。
 
臨時通勤路のほうは、だんだんとコースが定まってきつつあります。混雑度合い(乗っている時間が長いので、多少遅くてもスマホや本等を広げられるほうが良いかも)や、到達時間等を考慮していくと、だんだんと決まった列車に収斂していくというコースをたどりつつあります。まあ、普通の話ですけど。
 
乗りなれた路線だと、走行中どこで揺れるのか体が覚えていて、その付近に差し掛かると身構えたり、どこかにつかまったりができますが、まだその辺は慣れていません。大昔、毎日利用していたはずではありますが、さすがにそんなことは覚えいていない。扉と出口の相関関係とかも、細かいノウハウが知らないうちに身につくようで、それが分からない今は、新鮮であると同時に戸惑いながら歩く、という状況ではあります。
 
そういえば、東上線、夜遅くの準急に初めて乗ったのですが、志木でTJを退避しました。
夕方から夜にかけてだと、ふじみ野で急行とTJと接続しますが、この列車は志木駅で2番線に転線、そこでTJの通過を待ちます・・。なんか、妙に納得がいかない気もしますね。せっかく複々線なんだから、もっと手前で追い越されろよ、とか思ったりして。
 
昨年登場したFライナーにも最初は戸惑いました。やはり準急に乗って、和光市で地下鉄から出てきたFライナーがいる。準急なんだから、こっちのほうが速いのかな、と思っていたら、朝霞あたりで追い越されてしまった。普段の事情をしらないと、あるいは知ってても改正のたびにアップデートしておかないと、鉄道はうまく使いこなせないのですね。。
 

2017年1月 6日 (金)

通勤2

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2日目は昨日予定していたコース、地上線で池袋に出て、山手線に乗るパターン。
準急に乗ったが、これまた古いことを思い出した。
 
学生時代(中学から電車通学だったので、それこそ40年前)、やはり準急で池袋に出て山手線に乗っていたが、あの頃池袋‐成増間は朝間は追い越しがなく、各停と並行ダイヤを組んでいた。駅に停車はしないが所要時間は各停と変わらないという。当然ノロノロ運転である。背の低い子供だったし、当時のこととて冷房車も少なくて、時折混雑の中気持ちが悪くなって困った。
 
山手線は今でも混雑しているが、当時は今とは比べ物にならないくらい混んでいた。地下の改札口(当然有人)を通ると、階段が始まるあたりで警備員がロープを張って入場規制をしている。改札口から電車のドアにたどり着くまで、電車3~4本は見送らないと乗れなかったのだ。
 
それに比べれば今はずっと楽だ。準急は通過区間を快調に飛ばしていく。西武新宿線も比較的スムーズだと思っていたが、東上線のほうが速いな・。
 
丸の内線よりは山手線のほうが時間がかかるので、トータルでの所要時間は昨日と同じだった。
 
お分かりいただけると思うが、朝の通勤時、乗りなれない区間に乗ると、なんとなくよその会社の中に入っているような違和感を感じたりしますね。。

2017年1月 5日 (木)

通勤

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新年から暫定的に今までと違うルートで通勤している。
まあ、4日が初日だったわけだが。
 
あまり細かいことを書くのはなんだが、東武東上線の奥のほうから、都心部に通勤する。昔似たようなルートで通勤していたことがあったが、今は副都心線も開通し、通勤事情も変わってきたようだ。
 
さいしょは単純に、地上線を急行か準急で池袋まで行き、山手線でも乗ろうかと思っていた。しかし、偶々ホームに入ってきた元町・中華街行きが空いていて座れそうだったので、とりあえず和光までと思って乗り込む。
 
すると、この電車は地下鉄線内は通勤急行になりますという放送が。そうか、池袋まで乗ってもいいかもしれない、と思い、予定変更。
 
池袋で降りて、山手線に乗るため出口をさがすが、考えてみると副都心線と丸の内線は通路でつながっていて近い。ので、また予定変更。結局、最初に考えていたのとは全く違うルートになってしまった。
 
しばらくはいろいろなルートを模索してみるつもり。

2016年9月12日 (月)

各駅停車の旅

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旅といっても所用で行くので、行楽気分なし。タイトルは各駅停車といいながら、いきなり特急型の写真ですが。。
前面補強がついたね。境目にパテをすり込んで、耐水ペーパーをかけたいところです。
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窓の向こうはサロ。
乗れるときに乗っておかないとな。。
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行くときは時間調整して特急に乗るのですが。。問題は帰路。
 
ある程度近い距離だと、ダイヤの関係で普通列車を乗り継いだほうが早い場合がありますね。。この時間に出かけると、帰りはたいていそうなってしまい。。
 
やってきたこの電車、趣味的には少数派なので、来るとおっ、とは思うのですが、体のほうはやや拒否反応気味です。。
 
それと、この時期は気温が適当にさわやかで、本来なら冷房はなくてもいいはずです。
しかし、今の世の中、窓は原則開けるものではなくて、温度調整はエアコンですることになってます。この電車も、いまでこそ開閉できる窓が増えましたが、新製時はほとんどの窓が開けられませんでした。
 
 ドア数も多いし、開閉も頻繁な車両の冷房は、やや強めに設定されているのでしょう。寒がりの私にはちょっときつすぎる。。
 
このあと乗り換えた快速列車も、かなり長い時間乗りましたが、寒くて弱りました。上着持ってくるべきですが、荷物になるし。グリーン車も、ドア数が少ない分余計寒いんだよね。。
 
なので、長時間の移動には、速達性云々もさることながら、きめ細かい温度調整が期待できる特急のほうが、やはり快適に移動できます。。
 
でもそういや、昔近鉄ビスタカーの2階席に乗っていたら、冷房が猛烈にきつくて風邪ひいたことがあったな。。

2016年9月 4日 (日)

「シン・ゴジラ」と鉄道

ちょっとトリッキーな話題ですが、昨日ようやく「シン・ゴジラ」を見てきました。

ご覧になった方はわかると思いますが、この映画、かなり現実のシーンがふんだんに出てきて、現代という時代の臨場感を狙っています。舞台は神奈川、東京です。ということは、鉄道のシーンも結構出てくるということです。
 
以下はネタバレにならざるを得ません。ご注意ください。。
 
なお、筆者は特撮関係のことはあまり詳しくありませんので、その点ご容赦を。
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「巨大不明生物」と対峙するのは主に自衛隊ですので、F-2戦闘機や10式戦車などがふんだんに出てくるのですが、私たちはどうしても鉄道に目が行ってしまいます。
その辺のことを、東洋経済がまとめて記事にしています。
 
たしかに、覚えているだけでも東京モノレール、京急(800型が破壊される)、江ノ島電鉄(353が走り去る)、都営新宿線(10-400?)、そして新幹線700系、E231,E233系なんてのが、出てきます。京急800は破壊後、台車だけ転がっていくというのがなんともマニアックでしたね。。
9/10追記:都営新宿線は間違いで、地下鉄のシーンは泉岳寺、車両は北総(千葉ニュータウン鉄道)9000のようです。
 
江ノ電は350をご指名で登場させたかったらしく、運用を調べたとか。地下鉄は、ゴジラが街を破壊するにしたがって停電が起こるというシーンで、人々が駅に避難して混雑する中、ホームが突然停電します。が、車両の室内灯や、側面方向幕は点灯しているんですね。芸が細かい。。
 
後半は政府機能が立川に移り、登場人物が多摩都市モノレールの車両基地で話をする、というシーンが出てきます。これも妙なこだわりですよね。。
それで、問題の最後のシーンですが・・。その前に、東海道新幹線は、最初の上陸のあと、新横浜折り返しになっているというニュースだったかな?が劇中で流れます。これは可能なのか。。
 
と思って調べると、JR東海では現状では行っていないものの、一応訓練はしているようです。
 
武蔵小杉付近が被災しているので、この付近の線路は破壊されているものと思われる。また、最初の上陸の時、北品川付近から海に戻っているので、大井基地のあたりは無事だったのかどうか。。
 
のですが、最後のころ、品川方からやってくる700系は、どこからやってきたのかという。。
より根本的には、架線は東京駅付近では絶対に破断しているはずなのになあ。。
それは、今年の流行語になりそうな「無人在来線爆弾」とて同様ですよね。。
 
とはいえ、この辺は庵野氏の執念みたいなものを感じるので、決して弱いシーンにはなっていない。むしろ重苦しいムードを吹っ飛ばしてくれて、楽しめました。。
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今日は、うさぎ鉄道を久しぶりに整備しました。レールの清掃はいつもやっているが、簡易カバー(=ただの新聞紙)では防げない埃を、エアダスター、掃除機と筆で掃除した。埃が絡みついたライケンを撤去し、新しいものと取り換えたが、在庫の関係で一部しかできない。
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今回は清掃のみで、外見は特にいじっていないが、そろそろ本格的な化粧直しが必要かもしれない。。

2016年8月 1日 (月)

また雑談

相変わらずです。ただし超繁忙期は脱したので、体調は回復しつつあります。

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予想どおりバラスト散布は完了しなくて、進捗率7割程度で週末を終えようとしています。
しかしまあ、ここまで行けばあとは先が見えてきてはいますね。
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土曜日、出先から帰る途中、おもいがけずこれに遭遇しました。
あとで調べたら、この日から新宿線仕業になったのですね。
 
少し待っていれば、この電車に乗ることもできたのですが、正直くたくただったので来ていた電車に乗ってしまう。
 
 それでも、できるなら降りてから撮影しようと思い、カメラをセットしておいた。
が、このときすでに6時半過ぎ。光線状態を考えてもさすがにむり・・。
 
ので、翌日さくっと撮ってしまおう。
と思い、ウェブの運用情報を頼りによく行く踏切で待ったが・・。
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何かの手違いではずす。
今日もいろいろ忙しいので、あまり待っているわけにもいかない。
 
というわけであっさりと撤退。
 
こういうのは若い人たちに任せておきましょう。。
 
 
 若いといえば、最近読んだウェブの記事(こちらを掲げておきます)で、TMSレイアウトコンペの入賞者が高齢化していることを指摘し、若い人はレイアウトを作らないのではないか(「若者のレイアウトばなれ」)、と懸念を示しています。
 
「若者のXXばなれ」というのはよく聞きますが、XX=レイアウトというのは。。。
 
 政治ばなれ、クルマばなれ、テレビばなれ・・。バイクの国内販売も極端に減っているようですし、オーディオ・セットも若者の趣味という感じではないのでしょうね。
 
 ただ、ブログの方も鉄道模型ばなれ、といっているわけではないところが微妙です。 
 
 今、鉄道つながりで情報をもらえるのは、Twitterが多いのですが、学生さんがけっこう精力的に模型作っている。それも、今のEなんちゃら系とかじゃなくて、戦前の蒸機とか、オレンジ/ベージュの東武3500型とかやってて・・。私と趣味がほぼかぶるわけですね。。
 
 こういう子たちを見ていると、この趣味世界、未来もあまり変わらないのかな、と思ったりもします。
 
 ただ、いまの風潮は、編成ものだったら基本実物通りのフル編成が目標、という傾向が昔より強い気がするので、いきおいレイアウトも大型のものを目指したくなり、そうするとちゃんとしたものは敷居が高くなって、、ということはあるのかもしれない。
 
 かんたんなモジュール的なものは彼ら、けっこう作っている気もするし。市販のストラクチャーを組み合わせればそれなりのお立ち台はすぐできる。とはいえ、それをコンテストに出すのはちょっと、ということになるのかも。
 
 TMSのコンペは第1回がたしか1978年で、その数年前にはレイアウトフォトコンテスト、というのがあった。
 
 これは文字通りレイアウトを舞台にした写真のコンテストであって、写真の出来栄えや、組み写真ならストーリー性などを評価の対象とするものだった。ミリタリー物で、ジオラマを使って戦場シーンを再現するのと、基本的には近い。
 
 覚えているのは、雪原を走る列車の航空写真を撮っている、という設定で、画面にセスナ機の翼をあしらった写真とか、遠近法のマジックで、プラモのHonda Zと手を振る人形を手前に、遠景にプラットホームと発車する蒸機が見えるという写真などが入選していた。
 
 しかし、当時はレイアウトと写真双方に高い技量をもつファンはそうはいなかったらしく、フォトコンは2回で終了してしまった。
 
 既に一眼レフの普及期だったが、リバーサルでテーブルフォトをきちんと撮るのは相当訓練しないとできなかったろうし、機材だって高かったはずだ。
 
 被写界深度の深い小型センサーでISO感度を相当上げて撮影し、トリミングすればそれなりの模型写真が撮れる今とは、もう時代が全く違う。この15年ほどの、(模型写真を撮るための)撮影機材の進歩は、ものすごいものがある(私がそういうことを言える立場かどうかは別として・・)。
 
 話が飛んだが、その4年後に始まったレイアウトコンテストは、写真の巧拙は問わないし、(当時普及していた)ネガプリントでも良い、というもので、一気に敷居が低くなった(という気がした)。そうは言っても、ある程度完成していなければ写真を撮ることもできないけど、とにかく、別にセミプロ級の出来栄えでなくても参加できる、ということで、子供から熟年の人まで、色々な人が投稿していた。
 
 まあ、ファミリーフォトコンテストみたいな感じだったのだろう。当時子供だったが、同じ年齢くらいの子が応募しているのを見て、共感したのを覚えいている。たしか編集者が「少年らしい夢が感じられる」と書いていた。
 
 本屋で今月のTMSをちらちらと立ち読みしたが、この40年近くの間にファンの技術はものすごく向上しているようだ。。
 
 ただ、開き直っていうわけでもないけど、昔風のエンドレスぐるぐるまわしのレイアウトも、あれはあれで結構楽しいんですけどね。
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TMS1963年5月号掲載の、カワイモデル店頭のレイアウト。記事では一般のファンのレイアウトとは違う、と断っているが、TMSでもまとまりのよいレイアウトの一例として、取り上げたのだろう。
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たたみ3畳くらいのサイズなので、Nゲージなら1畳ちょっと、つまりうさぎ鉄道とだいたい同じくらいの規模になる。じっさい、なんとなく線路配置も似ている気がする。
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「この角度から見る線路は魅力的だ」とある。運転本位のレイアウトとして、ある種のまとまりの良さが感じられるからだろう。
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まあ、こちらは向上心ないので、ただ遊ぶだけということで。。
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めったに運転しないものを出してみたりしています。。
 
 しかし、若い人たちにはぜひがんぱっていただきたいと思います(なんだそら)。

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