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2019年9月30日 (月)

近鉄30000系

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近鉄30000系は昭和53年(1978年)に、その年から始まっていた2代目ビスタカー10100系の跡を継ぐ形で登場、翌年には10100系を置き換えた。京都線や志摩線などの改良工事により、70年代前半は主要路線で特急網の整備が進み、利便性は高まったが増強されたスナックカー以降の車両は実用的な色彩が強くなり、特急の華やかさという点では物足りなさが感じられた。もっともこの時期は国私鉄とも似たような傾向にあり、いずれも特急のカジュアル化と輸送力の強化を主眼にした経営姿勢が目立っていた。国鉄では485系の全国展開と、近距離特急としての183系の導入、私鉄では西武5000系、特急ではないが東武1800など。小田急は通勤輸送に手いっぱいで特急車は70年代には新製されなかった。

73年秋に始まった第四次中東戦争とその後に引き起こされたオイルショックは鉄道業界にも大きな影響を与えた。東武は1974年に最初の複々線区間が開業したこともあり、8000系の新造を行ったが翌年は車両の新製を見合わせた。手元に資料がないが、他社でも同様な事例があると思う。今ではいささか信じがたいが、諸物価が短期間に急騰し、経済の先行きが見通せなかったのだ。

落ち着いてきたのは76年ごろのことで、この頃から従来の車両を一段と改良した、新世代の車両がまとめて登場し始める。国鉄でいうとキハ40系列、オハ50系、北海道用の781系など。通勤用の201系は近鉄30000よりは少しあとだが時期的にはほぼ同じだ。先ごろ引退した京急800もこの頃で、斬新な塗装や固定式の窓など、随分と新しい車という印象があった。

組成の都合から正面デザインこそ前年登場の12400系に合わせたデザインだが、30000系も当時としては非常にフレッシュに見える客室設備を持っていた。1990年代以降、2階建ては国内でもJRのグリーン車、215系など、私鉄でも京阪などが採用し、ごく身近な存在になったが、当時は近鉄が唯一の存在で、近鉄特急=2階建て、という印象が強かったのだ。

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とまあ、与太話が長くなってしまいました。近鉄30000、70年代終わりごろの鉄道ファン/鉄道模型界にあっては非常に華のある目立つ存在だったことをなんとか伝えようと。。

79年秋、カツミが従来の国電シリーズとは一線を画す新世代仕様の模型の題材として、30000系を取り上げたのをよく覚えています。床下モーター(これも中間車を動力にしていたような気がします)、室内完備でアクリル導光式のパネルライトを取付というのは、後には一般化していますがこの車両が最初です。それからエンドウのNゲージ30000系、これもインパクト強かったです。たしか79年の暮れ、値段は14,800円でした。私鉄型Nゲージというと、GMはまだ未着手でしなのマイクロが何か始めていた程度、という状況の中、すっきりした金属車体に薄くブルーがかった側窓の模型は、非常に魅力的でした。また話が長くなったな。。

ですが、トミックスが30000系を出したのはそういうブームのころではなく、だいぶたって落ち着いてからのことです。たしか85年ぐらいじゃなかったかな。名鉄7000系とか、小田急7000系よりは後だったと思います。今回入手した模型も、かなりすっきりしたシャープな造形ですので、時期的には80年代中ほどのことでしょう。

実物同様、トミックスのモデルも時代とともにリニューアルされ、この初期塗装モデルはなかなか新品では入手しにくくなっているんじゃないかな。ので、オークションで探して未使用品を手に入れました。中間車のビスタカーというロゴがユーザ後付けになっていますが、未取り付けのままです。マーク類も未使用です。

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先ほども書きましたように、全体の造形や動力は80年代半ばのトミックスの仕様で、動力はたぶんスプリングウォームじゃないかな。かなり好調であまり神経使わなくていいタイプです。よく思うのですが、トミックスはいやにディティールに凝りだした近年よりも、この頃のほうが色々モノとしてのバランスが良くて、好きだったんですけどね。まあたぶん、その時代の設計者の方が上手だったのでしょう。今は時代がちがうのは確かですが、多少ごつくても感じのいい模型というのはあるものです。。

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30000系に一番最近のったのは8年前のことで、このときよく覚えているのはたしか桑名あたりから名古屋まで、2階席にいたのですが冷房が恐ろしく寒くて、そのあとしばらく風邪をひいてしまったこと。あれは強烈だったな。

この写真はその1年前、滞在していたホテルから見えた風景。

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40年近く前、80年7月。西大寺で。当時車だってスカイライン・ジャパンとか初代クレスタとかいう時代ですから、この造形結構男前に感じられたのだと思います(かなり強引)。

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色をいじればもっときれいに見えるはずだよな。

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この頃のほうが若々しくて明るい感じの色合いですね。

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階下も、今見ても明快でモダンだな。。

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そういえば消費増税すると模型のねだんもあがっちゃいますね。鉄コレのパーツ、買えるものならあした買っておこうかな。。

2019年9月24日 (火)

黄昏鉄道

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車に乗って、なんとなく走っているうちにここに来てしまいました。

空がきれいかな、と思ってきましたが、この場所からだと夕焼け空が見えない。

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思ったほどドラマチックになりませんでした。冬は河原に降りられましたが、今回は草が生い茂っていて無理でした。

見ていると下流側にも車が河川敷にいるので、今度はそちらに行ってみたいともいます。

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まあ夕焼けは一瞬ですね。

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ISO12800まで上げましたが、室内灯が飛んでしまって絵になりません。この数分後にもう一本列車が来ましたが、あきらめました。

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玉淀駅はリニューアルしてカッコよくなっていました。券売機も最新ですね。

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話はぜんぜん飛びますが、これは先週の撮影。

今月からコウペンちゃん40000系が新宿線で活躍しています。

このちょっと前、10000系カナヘイと離合したのですが、残念ながら、離合写真は撮れませんでした。。

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この季節、日暮れが早くなるのに意識が追いつかなくて、結果たそがれ時写真をたくさん撮ってしまいがちです。。

今度の週末は少し早起きしましょうか。

 

2019年9月19日 (木)

事故

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TJに乗るには、池袋にちょうどいい時間に着いている必要がある。発車時間ギリギリとか、発車まで20分以上待つようなときは縁がなかったと思ってあきらめることが多い。その日は池袋にちょうど20分過ぎに着く見通しだったので、こりゃスムーズと思って予約を入れた。

山手線を降りる直前に事故の第一報がメールで来た。ありゃ、と思ったが、ホームを見ると普通列車がゆっくり動いている気配がある。指定席券ページ(ウェブ予約)は既に開いてある。。改札口に着くと、案の定TJはウヤ。列を作って払い戻ししている人が見える。

聞くと川越市で折り返しだという。ちょうど準急川越市が来るところだったし、ホームは空いていたのでドア前で並び、列車が来たら座席に落ち着いた。遅れるのはやむを得ないにしても、座って本でも読んでいればよい。

やがて車内が混み始め、座席の前にも立ち客が増えてきたが動く気配はない。イヤホンで音楽を聴いていたので、案内放送は良く聞こえないが、とにかくまだらしい。

そのうち、前に立っている男性3人がはっとして互いに目を合わせ、列車を降りていった。他の客も次々と降りていく。こりゃなにかあったかとイヤホンを外すと、この準急、今日は運休になりこれから回送列車になるから降りてくれと言っている。。

仕方ない。反対側のかなり混んでいる急行小川町行きに滑り込む。これももう30分以上駅に停車し続けている。車内の人は相当疲れていることだろう。。

ところが、車内で待って5分ぐらいしたころ、また何人かの人が外に出ていく。今度は全員ではなく、まだ立ち客は大勢いるがだいぶ空いてきた。今度はなんだ、とイヤホンを外すと、4番線の各停川越市行が先発するというアナウンス。

迷った。降りるべきか否か。各停だと、今乗っている急行に途中追い越される可能性もある。ただしこれだけダイヤが乱れているので、必ずしも追い越されるとは限らないが。

考えていても仕方ないので、私も降りて車掌に声をかけてみた。

車掌は私にもわからない。各停が出てすぐこれ(急行)も出ればいいが、それもわからない。運転指令が決めるので、私が決めるわけではない。。なんだか話好きの車掌さんという感じで、話が終わらない感じだが、とにかくわからないのなら仕方ない。各停に乗ることにする。

池袋に来て、TJ、準コエ、急オカマと乗り継いで?きたが、さっきからぜんぜん移動していない。。そして普コエ。4番目の電車だ。。

こんどは動いた。

途中中板で待避線側に入り、おお、やられたかと思った。結構な降車客があり、ドア付近にいたのでホームに出た。本線を急行が通るかなとしばらく外にいたが、車掌が笛を吹く音を聞き、慌てて乗り込む。待避線には入ったが、すぐに出発だ。

和光市で地下鉄和光市行を2本接続する。ほとんど続行運転に近いようだ。1本は7000系、後続はMM500系。

朝霞台では緩行線ホームに各停志木行きが長時間停車中。これは10030系だったような気がするが、自分たちは各停なのに各停を追い越すみたいだ。志木までやや徐行運転。志木の緩行線ホームには9106Fシリコ行きが停車中。こちらが先行すると。空いていたので座れた。

もう0時は回っている。。

ふじみ野では志木まで乗ってきた川越市行が退避し、池袋にずっと止まっていた急行小川町を待ったらしい(実際にはそこまで見ていないが)。聞くところではこのあとも2時半過ぎまで終電を延長して?運転していたようだ。

事故は鶴ヶ島で起きたらしいが、正直、運転指令に振り回されたな。

2019年9月 8日 (日)

愛される京急

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ここは不定期更新のブログなのであまりこういう感想みたいな話はどうかと思いましたが・。一応この時代の備忘録として。

例の新町駅の衝突事故、現場の方々の必死の努力で2日ぶりに運転再開となりました。脱線した最後の先頭車は6日深夜に復線して手押しで区に戻ったようですが、あれだけの激しい衝突にもかかわらず、車体のひずみが非常に少ないように思えました。亡くなられたトラックの運転手さんにはご冥福をお祈りしたいですし、電車の運転士さんをはじめ、けがをされた方々にもお見舞い申し上げたいですが、あのしっかりした車体が被害の拡大を防いでくれたようにも思えました。

最初にニュースを知ったのは偶々出先で見たツイッターの画像でしたが、一瞬それが現実か映画かなにかなのかわかりませんでした。。これも繰り返しネタにしていたのであれですが、京急800が品川付近でゴジラに吹っ飛ばされる、という映画もありましたもので。。

その後も情報は色々ネット上でかわされているのを見ましたが、目立ったのが京急を応援しようとする動きです。#がんばれ京急 というハッシュタグも登場しました。すごいと思ったのは、駅の改札に掲げられた運転見通しの張り紙に、「暑いですから作業の方々水飲んで熱中症に気を付けてください!」と付箋が貼ってあった、というつぶやきです。これだけ愛されている鉄道というのも、そうはないでしょうね。。

もっとも、ネット民がマスコミを攻撃する姿も目立ちました。ニュースなどでは住宅密集地を120km/hで走り抜ける列車とか、運転士は運転歴1年1か月と報道し、これにファンが食って掛かるという情景が目立ちました。要するにマスコミは京急(鉄道 / 企業)を批判的な色眼鏡で見ている、ということへの怒りです。

マスコミに対する不信は今に始まったことではありませんが、それが鉄道界にも及んできたか、という感じでしょうか。。

ただ、あんまり感情的なファン発言もどうかと思うけどなあ。運転士の運転歴(飛行機ではよく気にされるけど)は関係ない気がするが、制動地点、制動初速、衝突速度も現時点では正式な公表はない。障害物検知装置が所定の作動をして、運転士が即座に非常制動をかければ踏切直前(数10メートル前らしい)で停止することはできていたはずであり、鉄道も原因を究明中、ニュースでもそれはきちんと報道している。

なので、あとは原因究明を待つしかない。

障害物検知装置と車両の非常制動との連携というのはあれか。東武東上線成増駅の川越方踏切のやつか。ふつうに週5日通勤で往復すると、ひどいときで10回のうち5回ぐらいは非常制動かかってる。下り列車が成増駅停車のために減速していいる途中でもかかる。後ろの車両はまだホームにかかってないので、停止後徐行して所定位置に移動する。2年前の踏切障害以降の措置なんだろうな。ほかにも志木ー柳瀬川間とかもよく止まったが、最近はあまりないな。ネットでちょっと調べてだけではわからなかったが、すべての踏切に適用しているわけではないのだろうね。

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それはともかく、マニアだけではなく沿線の一般市民にも京急、相当愛されているのですね。世の中には東急ファンも多いだろうし、京王も小田急も広く人気があるとは思いますが、ここまではどうかな。。知人の女子鉄の子も、熱心な京急ファンですし。

初代1000引退のとき、ここで写真撮っていたら、踏切待ちのしらないおばさんに「なにか珍しいもの来るんですか?」と聞かれたことを想いだした。

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京急の模型は持っていないので、なにかすぐ手に入るのないかな、と探したけどちょっとお安いのがないですね。。プラレールがけっこう充実しているなあ。。

 

 

 

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