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2016年12月31日 (土)

東武6000系と、うさぎ鉄道のこれから

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東武の関連グッズサイトAccessでは、今年は17系(モハ1700)が目玉商品として売り出されている。そちらも興味深かったが、現実問題として自分は実物を知らない(’71年にDRCと同型に更新。ちなみにうちのDRCはその更新型で、台車がコイルばねだった時代のもの)のと、ずっと売れ残っているこちらのほうが順番としては先だったので、この冬は6000系をチョイスした。2セットの購入である。
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いずれは動力化するつもりで、2両ではちょっと寂しいので4両とした。6000系はたしかペアーハンズあたりがキットを出していた気がするし、クロスポイントにも製品(キット)があった。ただ、私が見ていたときはすでに販売開始から長期間経過という状況で、再発売の予定はなさそうだった。
 
 Accessの製品も、1年以上売れ残っているので、それほど人気はないのだろうな。更新からすでに30年以上経過しているのだから、実物を知っている人も限られているし、現役当時も地味な存在だった。
 
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年末で忙しく、今回は軽く書くだけにとどめるが、いろいろと環境が変わりつつあり、うさぎ鉄道もこのまま存続できるかどうか、微妙になってきた。ある程度ゆったりした線路配置で、20m車をそこそこの編成で走らせることのできるレイアウトとして、うさぎ鉄道はとても扱いやすい存在だった。鉄道模型は好きな時に気楽に走らせるもの、と思っている私としては、なんとも言えない気持ちだが。。
ちょうど昨日が、開業7周年に当たる。
 
まあ、まだ本格的に話が進んでいるわけではないのだが。年末にそんなことをかきながら、今年も暮れていきますね。。

2016年12月25日 (日)

赤い電車

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クリスマスイブのイベントなど別に何もないのですが、せっかくなので普段はめったに運転しない車両を引っ張り出してみました。
安物の赤ワインを飲みながら運転。
 
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東武1800は10年くらい前に買ったかな。あのころは物価が安くて、6両で17000円ぐらいだったようです。
 
253系は実物が登場して間もなく発売された製品を、発売時に買った記憶があります。天賞堂で、KATOとトミックスを比べ、KATOを選びました。そろそろトミックスがHG路線になってきていて、3両基本、増結3両を合わせるとかなり高くついた。KATOは室内灯標準装備で6両セットだった。
 
当時のこととて、室内灯は電球色です。未だにうちでは唯一の室内灯装備車両です(スハ431両だけ、室内灯装備したことがあるけど、今は電球が切れてしまったらしい)。トラブルが起きるのを嫌って。。
 
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1800は今でも人気がありますね。はっきりした赤い塗装は、東武らしからぬ感じがしたもの。デザインは急行用らしく節度のあるもので、今見ても新鮮です。
 
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253系も、今見ても非常にあか抜けたデザインですね。1991年に登場して、この写真の頃(2009年)には後継車の登場が告げられていましたので、かなり交代が早いな、と思いながら写真を撮っていた記憶があります。
 
両車に共通するのはシートがリクライニングしないこと、かな。1800は回転はしますが、253は集団見合いだっけ、集団離反だっけ。一度乗りましたけど、ちょっとびっくりした記憶がある(後期型は回転式)。空港アクセス特急として、ビジネスライクに徹底していたのでしょうね。赤黒のシート模様は格好良かったな。
 
強引に両車の縁を続けると、253はこののち日光特急に起用されることになり、東武線内を走ることになりますね。まあ、1800も300,350になって、日光方面に行くこともあるので、そういう意味でもつながりはあるかな。
 
しかし、あの赤と黄色の253は、登場時の良さが思い切りスポイルされている気がして、個人的にはどうもねえ。。
 
というわけで、安酒は悪酔いするようでした。。

2016年12月18日 (日)

江ノ電のちょっと前

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今年は去年以上にどこにも出かけなかったですね。。
この傾向はしばらく続くのか、より厳しくなるのか、今のところはわかりませんが、まあ適当に折り合いをつけてやっていくしかないとは思っています。
 
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江ノ電あたりは、比較的行きやすいので、鉄道主体でなくても(そのほうが多いか)乗る機会は多いです。昔は東急世田谷線も時々訪れましたが、あちらは完全に生活路線なのと、車種のバリエーションが乏しいのでちょっとご無沙汰です。
 
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2002年のたしか天皇誕生日、前月に買った一眼レフ(まだフィルムの時代。Nikon F80D)を使いたくて、近場のここを訪れたのでした。
 
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この年が開業100周年だったようです。500型登場以前のことで、300型もまだ3編成元気でした。
 
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江ノ電で覚えているのは’78年ごろ、まだ江ノ島鎌倉観光、EKSと略していた時代。100型も健在で、営業運転についていたころです。
 
’79年に1000型が登場して、翌’80年ごろに、江ノ電が作った自社の車両紹介のパンフレットをもらったことがあります。各車両がイラストで描かれていて、簡単な説明がついていました。その頃は100型、300型各種、500、600、たしか800型も健在だったのではないかな。1000型は画期的でしたが、すでに製造以来37年が経過したのですね。貴重な吊掛車です。
 
500型(初代)は訪問時まだいたはずですが、この日はとらえることができなかったようです。
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リバイバル塗装はこのころから各社盛んにやるようになった気が。
ちょっと前まで、西武なんか塗っても営業運転しなかったりしてましたけど。
 
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登場時、ドアだけ別色で塗り残していたとしたら、それはけっこう斬新な意匠ですね。
本当にそうだったのだろうか。
 
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結局、江ノ電と言えばこの塗装の印象が一番強い。
 
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いずれ300型も引退するのでしょうけど。
板張りの床板も、もうここしか見られないかな。昔は古臭い意匠(東武沿線ではおなじみの)だったが、今や木材も高いから、維持が大変でしょうね。。

2016年12月12日 (月)

小松菜線 リニューアル開業

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模型の場合、別に営業開始と言っても切符を売るわけでもないし、テープカットもしない(おやりになる方もいらっしゃるようですが)ので、いつが開業日かははっきりしないのだが、この状態になってから数週間、仕上げないといけないことがいくつかあることはわかっていても全然進展しないので、ここであがり、とすることにした。
 
小松菜線と名付けたのは今年の春だが、このレイアウトには前身があるので、形としてはリニューアル開業となる。
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10年前、A2パネルの本体と、DIY店で買ってきた端材による延長部という形で、線路を敷いて配線したところで一応開業とした。
 
ホームを設置して、次はシーナリィというところで行き詰ってしまい、まったく手を付けないままほったらかしにしていた。
 
こういう、ミニレイアウトというのは作者のセンスがもろにでるから、考え出すとものすごく難しいのだ。大きなレイアウトなら適当に作ってもそれなりの見栄えになるが、小レイアウトはそうはいかない。設定上の矛盾も大きくなる。
 
昔指揮者の朝比奈隆氏が、「ブラームスなどの大作は作品が音を出してくれるが、ハイドンの初期の交響曲などは簡単なようで、奏者の技量がもろに出るのでとても難しい」と言っていたのを思い出す。
 
イラストレーターの方が作った、素晴らしい小レイアウト制作の本が手元にあるが、いとも簡単に作っているように見えて、実は緻密な検討を繰り返しているのがよくわかる。私は最初の出だしから躓いている。。
 
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さいしょは正味10日くらい、いろいろ中断しても昨年中には仕上がるだろうと思っていた。
ただ、やっているそばからどうもパッとしないことがわかってきてやる気をなくして・・。
 
もうちょっと真面目に作ればよかったかなあ。
 
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Pecoのフレキと小型、中型ポイントで構成したが、線路部品のほとんどは旧レイアウトから継承している。足りない分は手持ちの未使用フレキを使った。線路の敷設、レール側面塗装、バラスト散布など、行き当たりばったりで手順としても無駄が多く、何度もレイアウトを手掛けた身としては恥ずかしいような失敗をたくさんしている。
 
Pecoの線路は昔は信頼性が高かったが、長く使っていると接触が微妙でデリケートだ。かつてはTMS推奨だったが、今年から代理店が変わり、この先入手状況はどうなっていくことか。
 
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バラストはKATO扱いの輸入品だが、結局1色しか使わなかった。固定式線路なのだから、もう少し手を加えれば実感的な線路ができるはずなのだが、意匠としては道床付きの線路と大差ない。
 
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ストラクチャーは当初少しは自作を混ぜて、と思っていたのに完全に腰砕けし、全面的に建物コレクションに頼ってしまった。塗りなおしもしていない。少し落ち着いたら、もう少し手を入れてあげようかと思う。
 
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さいしょは車止め標識も自作しようと意気込んでいたのに。。3か所ある車止めのうち、貨物駅の側線は枕木がおいてあるだけ。残り2か所はユニトラックのそれを取り外して使った。もとのレールがでかいから仕方ないが、これ、ものすごいオーバースケールですね。
 
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道路や池はやや抽象化?というか、昔のレイアウトふうにカラーパウダーやら透明アクリルで作ってある。どちらもちょっと失敗かな、という気もするが、あまりリアルなアスファルト道路は似合わないと思って。。木も昔のファーラーが出していたような、ごわごわした葉っぱのついた市販品を植えただけだが、樹木キットを買ってあるので、丘の部分はこれから追加するつもり。草地はパウダーとターフ、灌木はライケンの表面にパウダーかけで構成。平地の地面はただジェッソを塗っただけ。それ以外は紙粘土。 基本的にフラットトップの台枠に、取ってつけたような丘で、この辺が一番見劣りするところか。
 
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もともとこうした小型車のために作ったレイアウトだが、一応20m車(の一部)も運転可能。最近の模型は曲線通過性能がいいので助かる。C56とオハ31なども結構似合う。前にも書いたが、最急曲線は昔のNゲージでよく見られた192mmぐらいとした、はずなのだが、一部車両は通過できない。
 
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まだ人形などは配置していないし、駅前や農家に自動車もほしい。本線がそうであったように、徐々に手を加えていくことになると思う。
 
その本線は、今月末で開業7周年となる。単純なレイアウトで凝った運転はできないが、適当に走らせてぼおっとしているのが好きなので、その点需要に見合っている。業績は好調で今も週に数回運転している。
 
まあ、このまま維持し続けて行きたいのだが、さいきん居所移転、なんて話が非公式に話題に上った。そうなると、この華奢なレイアウトは移転できないということで、取り壊しになる公算が高い。そうならないよう願ってはいるが。。
 
ともあれ、多少しょぼくてもレイアウトは楽しい。時間とスペースがあれば、もっと色々な風景をバックに列車を走らせてみたい気がする。
 
これも夢だが、今の本線が国鉄の田園風なので、私鉄近郊路線風のレイアウトもあればなあ、と思うことがある。長編成ダイヤ運転、みたいなことは無理なので最低限複線の本線と支線の終端駅、少々の留置線、という構成で、基本20m車4両くらいで常時走れるようにできればな、と。まあ、そんな話も、移転話が出るくらいなら着工すらできそうにないが。
 
 

2016年12月 4日 (日)

「編集長敬白」が年内に終了(と、201系)

趣味界では有名なブログ「編集長敬白」が、名取編集長の退任に伴い、年内に終了することになった。

 
正直、毎日チェックしていたわけではないが、趣味性とニュース性が適当にバランスされた内容で、編集のプロらしく読ませる内容だったので、好きだった(まあ、好みが必ずしもシンクロしていたわけでもないが、その辺は自分なりに適当に読み流しながら。。)
 
名取氏の場合、趣味と仕事がかなりの割合でシンクロしていたわけで、うらやましい気もするが、それなりに気を使わないといけなかったり、私たちの知りえないご苦労もあったのでしょうね。ご苦労様でございました。
 
ブログが始まったのが11年前と書かれていた。2005年、平成17年である。それほど昔のこととも言えないが、つい先日、とも言い難い微妙な年代だ。
 
名取氏の記事にも書かれている通り、この10年のネットの進歩は、ブログから各種のSNSへの変遷をたどり、より即時的、断片的な情報が飛び交うようになった。ツイッターなどでは例えば、新車の甲種回送の様子がリアルタイムで人を変えながら報じられたり、一般の人でも事後現場の様子を、テレビニュースよりも早く詳しく投稿している。
 
とはいえ、そうした進化の方向性は、11年前にも示されていたことであり、技術の進歩に伴い、徐々に実現してきた、とも言える。これが21年前、1995年となると、インターネット上のコンテンツはごくわずかなもので、携帯やモバイル機器で画像を送るなど考えられなかった。
 
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 名取氏のブログが始まったころ、より半年くらいあとかな、中央線の201系置き換えの話が新聞にでた。たぶん、ネットの新聞記事を見たような気もするが、当時はまだ紙で読んで、時折スクラップにしたりしていたな。。
 
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 中央沿線の同僚(非鉄)がいて、ランチのときにそんなことを話題にしたのを覚えている。
私は中央線OBであり、ちょうど201系の全盛期?であった90年代初めの数年間、通勤で利用した。その後も、用務先に週に数回利用するなどしていたので、なじみ深い車だ。
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 ’05年の12月、はじめて買ったデジタル一眼レフ(Nikon D70s)で撮影した。センサーサイズの関係で、フィルム時代とは画角が変わり、手持ちの70-300mmのレンズがより望遠寄りに写せるようになった。それが面白くて、何度か撮影に行った。
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 201系試作車は、友人が持ってきた鉄道ファン(’79年4月号)で初めて知った。同年8月の、営業運転初日はニッポン放送の昼間のラジオニュースで知り、急遽新宿まで出かけたら、偶然201系が入線、そのまま高尾まで乗車した。カメラも何も持っていなかった。(自分のカメラはなかったし、フィルムは普段入れておかないものであり、どこかで買う必要があった)。
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 ’84年ごろ、両国かどこかまで毎日バイトに出かけ、すれ違う快速線にピカピカの201系が増えているのを実感。もらったバイト料でGMの201系量産車キット一式を買った。今でも探せばあるかな。
 
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 通勤で利用した数年間で、座席の色が茶系統から水色に、正面の特快ヘッドマークが電照式に、スカートがつき(これはいつだっけ?)、連結面の窓が塞がれた。電機子チョッパ制御のモーター音は独自のもので、高架線を走っていると遠くまでその音が鳴り響いた。
 
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KATOのこの模型を買ったのはたしか、'97年ぐらいだったかな。。
当時の最新の姿だったと思う。
 
もう2005年ぐらいになると、はた目にも老朽化が目立つようになる。「あずさ」や「かいじ」を利用するとき、(新宿まで乗りとおさず)八王子くらいで降りて快速に乗り換えないといけないときがあり、快適な特急から乗り換えると、うるさくて隙間風のふく車内をしんどく思ったことも一度や二度ではなかった。
 後年、E233系になってからは、その快適性ががらりと変わったことに驚いたこともある。
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201系はすでに過去の車両だが、活躍を終えたのは(東日本では)10年より少し前のこと。普段はもう忘れいてる存在だが、こうして模型を引っ張り出したり、写真を見ると、つい先日のことのようにも思えてきて、なんだか不思議な気分だ。
 
もっとも、引退して10-15年というタームで見ると、東海道、横須賀の113系とか、183系の房総特急とか、ほかにもいろいろあるはずなんだけどね。。

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