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2016年12月 4日 (日)

「編集長敬白」が年内に終了(と、201系)

趣味界では有名なブログ「編集長敬白」が、名取編集長の退任に伴い、年内に終了することになった。

 
正直、毎日チェックしていたわけではないが、趣味性とニュース性が適当にバランスされた内容で、編集のプロらしく読ませる内容だったので、好きだった(まあ、好みが必ずしもシンクロしていたわけでもないが、その辺は自分なりに適当に読み流しながら。。)
 
名取氏の場合、趣味と仕事がかなりの割合でシンクロしていたわけで、うらやましい気もするが、それなりに気を使わないといけなかったり、私たちの知りえないご苦労もあったのでしょうね。ご苦労様でございました。
 
ブログが始まったのが11年前と書かれていた。2005年、平成17年である。それほど昔のこととも言えないが、つい先日、とも言い難い微妙な年代だ。
 
名取氏の記事にも書かれている通り、この10年のネットの進歩は、ブログから各種のSNSへの変遷をたどり、より即時的、断片的な情報が飛び交うようになった。ツイッターなどでは例えば、新車の甲種回送の様子がリアルタイムで人を変えながら報じられたり、一般の人でも事後現場の様子を、テレビニュースよりも早く詳しく投稿している。
 
とはいえ、そうした進化の方向性は、11年前にも示されていたことであり、技術の進歩に伴い、徐々に実現してきた、とも言える。これが21年前、1995年となると、インターネット上のコンテンツはごくわずかなもので、携帯やモバイル機器で画像を送るなど考えられなかった。
 
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 名取氏のブログが始まったころ、より半年くらいあとかな、中央線の201系置き換えの話が新聞にでた。たぶん、ネットの新聞記事を見たような気もするが、当時はまだ紙で読んで、時折スクラップにしたりしていたな。。
 
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 中央沿線の同僚(非鉄)がいて、ランチのときにそんなことを話題にしたのを覚えている。
私は中央線OBであり、ちょうど201系の全盛期?であった90年代初めの数年間、通勤で利用した。その後も、用務先に週に数回利用するなどしていたので、なじみ深い車だ。
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 ’05年の12月、はじめて買ったデジタル一眼レフ(Nikon D70s)で撮影した。センサーサイズの関係で、フィルム時代とは画角が変わり、手持ちの70-300mmのレンズがより望遠寄りに写せるようになった。それが面白くて、何度か撮影に行った。
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 201系試作車は、友人が持ってきた鉄道ファン(’79年4月号)で初めて知った。同年8月の、営業運転初日はニッポン放送の昼間のラジオニュースで知り、急遽新宿まで出かけたら、偶然201系が入線、そのまま高尾まで乗車した。カメラも何も持っていなかった。(自分のカメラはなかったし、フィルムは普段入れておかないものであり、どこかで買う必要があった)。
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 ’84年ごろ、両国かどこかまで毎日バイトに出かけ、すれ違う快速線にピカピカの201系が増えているのを実感。もらったバイト料でGMの201系量産車キット一式を買った。今でも探せばあるかな。
 
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 通勤で利用した数年間で、座席の色が茶系統から水色に、正面の特快ヘッドマークが電照式に、スカートがつき(これはいつだっけ?)、連結面の窓が塞がれた。電機子チョッパ制御のモーター音は独自のもので、高架線を走っていると遠くまでその音が鳴り響いた。
 
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KATOのこの模型を買ったのはたしか、'97年ぐらいだったかな。。
当時の最新の姿だったと思う。
 
もう2005年ぐらいになると、はた目にも老朽化が目立つようになる。「あずさ」や「かいじ」を利用するとき、(新宿まで乗りとおさず)八王子くらいで降りて快速に乗り換えないといけないときがあり、快適な特急から乗り換えると、うるさくて隙間風のふく車内をしんどく思ったことも一度や二度ではなかった。
 後年、E233系になってからは、その快適性ががらりと変わったことに驚いたこともある。
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201系はすでに過去の車両だが、活躍を終えたのは(東日本では)10年より少し前のこと。普段はもう忘れいてる存在だが、こうして模型を引っ張り出したり、写真を見ると、つい先日のことのようにも思えてきて、なんだか不思議な気分だ。
 
もっとも、引退して10-15年というタームで見ると、東海道、横須賀の113系とか、183系の房総特急とか、ほかにもいろいろあるはずなんだけどね。。

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コメント

緩行線の同系も、撤退後は青梅・五日市線で余生過ごすのかと思いきや意外と早く置き換えられましたね。
車体全面に塗装施す通勤車両も早晩に消えてしまうのではないでしょうか?
どうしても塗り分けが必要ならラッピングで回避、とか…。

先輩格の101,103系や、後輩の205,209系と比べても、地方線で生きながらえたり、リニューアルされたりすることもなく、生涯をほとんど同じ路線で終えてしまいましたね。関西地区では例によって手直しされながら生きながらえているのがせめてもの救いです。

首都圏で「塗り」の車両が残っている路線も少なくなりました。西武、京急がまだ元気かな。京急には多少こだわりもありそうですが、西武はこの先急速に減っていく気配。東武も20000系が本線を追われるようになると、いよいよですかねえ。

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