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2016年7月18日 (月)

古き良き時代

少し忙しい日々が続いて、更新ができませんでした。。

残業で、一人残っている事が多かったが、そんなときつまみ代わりに(^-^;鉄道系のサイトをのぞいたりしていた。。

大抵は古い鉄道の写真とかを見ていた(そうそう長文の記事を読んでいる訳にはいかない。。)。

先日からまた、昔の近鉄のペン画を描き始めているが、その頃の様子を知りたくて、検索をかけていくつか探し出した。その一つがこちらだ。
管理人の方は既に3年ほど前に、鬼籍に入られたようだ。幸い、記事そのものは削除されていないので、こうして全国の貴重な写真を見ることができる。

よく、古き良き時代などと言うが、どの時期が良い時代なのか、決まりがあるわけでもないし、人によって指し示す時代はちがう。いや同じ人でも、そのときの話の流れによっては違ってくる。

ただ、我が国の鉄道でいうと、だいたい活気のあった時代は昭和30年代半ばからの10年ほど、というのが通り相場になっている、という感覚はある。
動力近代化が軌道に乗り始め、次々と新型の車両が投入されていく一方、国鉄制式蒸機はもちろん、専用線などには明治時代の蒸機すら残っていた時代。大都市には路面電車、地方各地にはローカル私鉄や軽便鉄道がまだたくさん残っていた。

Twitterなどで、明治期から戦前にかけての鉄道を探求している若い人の記事を読んだりするが、戦前の客車の色合いや、機関車の手入れの具合(模型化するとき、どの程度ウェザリングしたら良いか!)など、興味深い考察をよく見かける。

とはいえ、明治期は遠い昔であり、残された写真も少ない。昭和に入るとだいぶ増えてくるが、明治大正期から昭和の戦前期を模型化したレイアウトを作りたくても、なかなか敷居が高いのが実情だ。目にする資料が少なすぎるのだ。もとより、その時代を記憶する人も少なくなっている。

それが、昭和30年前後になると、カメラの普及も進み、時代も落ち着いてきたこともあって、格段に写真が増えてくる。先ほどのサイトの方も、写真よりは乗車することが主体の趣味でおられたようだが、それでも多数の貴重な写真を残されている。そういうのを多数見ていると、自分なりに二次体験が積み重なっていく。行ったことがないのに、位置関係を熟知している駅とか、乗ったことも見たこともないのに、見ると懐かしくなる車両などが、私にもたくさんある。

蒸機の運行は終わっていても、蒸機時代の施設はしばらく残っていたし、往時の空気感というのは私達の記憶の隅に残っている。昭和50年代に入っても、まだ大宮には96の入っていた煉瓦造りの機関庫が残っていたし、たとえば鴻巣駅などには貨物引き込み線が生きていて、貨車移動機が黒いワムをつないだまま留置されていたりした。改札口の薄暗い雰囲気も、「シーナリィ・ガイド」(河田耕一著)の時代のままだった。

そんなこんなで、うちのうさぎ鉄道も、見てきたような昭和風だし(ただし線路配置は模型本意で、機回し設備がない点など、往時のマニアの方が見たらとても不自然に思えるだろうな。。)、そもそもうちには平成以降に設計された車両がほとんどない(JRではE5系と251系、たしかコキ100系があったかな。私鉄は西武2000N系が昭和62年、東武10030系も昭和63年で圏外)。

あの時代に、たとえば昭和39年から40年頃に、タイムワープしてしばらく滞在できたらどれだけ楽しいでしょうね。。

もちろん、楽しいだけじゃないでしょうけど。。急行でもロザに冷房がようやくつき始めたくらいで、通勤車は冷房化率0%。新幹線は東海道だけだし、北海道も九州も、鉄道がだめなら飛行機というわけにもいかない。高速道はおろか一般道も地方では整備されていない。そもそも、国産の自動車は100km/hがぎりぎり出せるものがぼちぼち出てきた頃で、これまた冷房のついた乗用車はほとんどなかった。カラーネガはまだ珍しくて、感度はASA100あればいい方だったんじゃないかな。。勤め人の人は、週休1日、土曜日は半日勤務が普通でしょうし。

そんな環境の中、全国の鉄道を撮り歩くのはたいへんな労力が必要だったでしょうねえ。。

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スキャンデータとして残っていた古い写真。ゆうづる6号が青森を発車しようとする、直前の撮影。乗ったのはたしか24系(14系だったかな??)だと思うが、良く覚えていない。さっき調べたら、上野には6:00着だったようだ。2番線からは「十和田4号」が19:52に出発するようだが、ホームに止まっているのは長旅を終えたばかりの583系「はつかり」(5号でしょうか・・)。もちろん盛岡発ではありません。

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コメント

「民族大移動」なんて言葉、最近は耳にしませんね。
青森方面に向かうバスのニュースで季節を感じるのも過去のこと。

上野駅で急行自由席に乗るのに、何時間も待たなければならないなんて信じられないかもしれません。
そうした労苦を乗り越えるだけのスタミナが、“むかしの人”には備わっていたのでしょう。

12号線さん、コメントありがとうございます。またまたお返事が遅くなって申し訳ございません。
たしかに、暮れとお盆シーズンには、ニュースなどでそういう言葉を、よく耳にしましたが、今は聞かなくなりましたね。。
むしろ最近は、お隣中国の春節のニュースなどでよく鉄道駅の混雑を報道していますね。
旧型客車は経験ないのですが、583系の向かい合わせ席で、盛岡まで何度か行きました。はじめからそういうものだと思っていると、べつにつらいとも思わないものです。世界というか、日本が狭くなったのは確かで、それはそれですこし寂しい気もします。。。

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