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2016年7月 4日 (月)

赤羽線

先週赤羽線のことをちらと書いたので、もう少し引きずります。

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1979年4月か5月ごろだったと思います。
103系の車番はわかりませんが、走行中の赤羽行きの編成番号は31となっています。
池袋電車区(当時)に留置中のクハは、たぶん黄色なんじゃないかな。車番はクハ103-50のように読めますが、どうかな。。最近はN'EXの定位置となっていますが、この頃は赤羽線の編成がこのあたりに留置されていることが多かった気がします。
サンシャイン60は撮影時の1年前に開業したばかりですね。いまもこんな風に見えるのかな。
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これは上の写真と同じ編成ですね。運行番号4、編成番号31。
前面下の通風器が埋められている以外、ほぼ原形に近い状態のようです。
そんなことを忘れていたけど、赤羽線は8両編成でTcMM'TTMM'Tcと、これまた登場時とおなじ編成だったのでした。
これだけきれいなオリジナル編成が見られたのはこの頃が最後だったのではないかと思う。山手線の低運車はこの頃のこり数編成という状態で、9月に終焉を迎える。
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ATC車の方向幕は「赤羽線」となっている。低運車は「池袋-赤羽」という区間表示だ。低運にも赤羽線表記があったのか、その逆はあったのか、その辺は記憶がないというか、当時はあまり意識していなかったかも知れない。
ATC車(といって今通用するのだろうか)は'74年の初め頃登場し、山手線、京浜東北線を中心に配備が進んでいた。その辺は詳しい人がいると思うが、一時的に中央快速線にも配備されていた時期がある。登場当時はそれなりに新鮮な感じがあった。
模型では早いうちからマックス(後のGM)が製品化予告をしていたが、店頭に並んだのは'76年の夏頃、クハのみで、関水の103と併結することが前提だった。ほぼ時を同じくしてカツミ-エンドウから16番の製品がでたが、さすがにこれは冷房付き、ユニットサッシで編成が組めるようになっていた。
戸袋鴨居のところ、今の車両だと液晶モニタがついているあたりの広告枠に「国鉄ペーパーラジオ」という、鉄道の広報が掲示されていた時期がある。'74年の春頃、そこで山手線に新型車が登場しました、窓が小さくなって、ステンレスの飾りのついたスタイルです、よろしく・・みたいな紹介がされていたのを覚えている。
話は大きく飛ぶが、JR東日本になってからの広報で、人気漫画家の安藤しげきさん筆による「Jr.しげき君」が「連載」されていた時期がある。やはりドア上鴨居に掲示されていたと記憶する。当時主に201系の車内で見ていたが、結構楽しみにしていた。安藤さんはたしか連載中、かなり若くして亡くなられたんですよね。

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コメント

低運はクハ103-178・179を除き、区間表示しかできなかったと思われます。
池袋区で黄色になったのは低運クハを含めた-39・40と-49・50、及び中間車が111-187・110-188ユニットとサハの61・62あたり。
いずれも山手線からのお古で、冷房がないあたりに当時の台所事情がうかがえるようでした。

赤羽線の黄色103は、78年から始まってから5,6年の間しか続かなかったのでしょうね。
ご指摘をいただいて、昔のことを少し思い出しました。細かく記録をつけていた友人もいましたが、私は頭の中に記録したままで、それも時を経てすっかり忘れてしまいました。昔は嫌になるほど記憶していたのですけどね。。
ありがとうございました。

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