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2016年1月23日 (土)

今月の鉄道ピクトリアルは東武8000系特集

東武鉄道の話題が連続してしまっているが、これは逃せないだろう。
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冒頭の記事で花上嘉成氏が述べておられるが、8000系は同世代の国私鉄通勤車と比較して、特別際だった性能や外観を持っていたわけではなく、どちらかと言えば地味な存在だった。といっても、登場した当時の事は知らないが、少なくとも私が物心ついて以来、’83年秋に10000系が登場するまで、延々増備し続けられ、それこそうんざりしていたものだ。

わずかに、’76年に行われたマイナーチェンジ、’77年の8両固定車の登場が印象に残っているが、普通ならモデルチェンジするよな、と思ったものだ。他の大手私鉄は界磁チョッパと斬新な内装などで装った新世代の車両を次々と登場させていた。

とにかく、大げさに言えば私の人生の大半は、この8000系と国鉄103系と共にあったことになる。まあ、最近は西武2000系もこれに加わりつつあるが、こちらは8000ほどは長生きできなさそうだな・・。

ただ、乗客として日々利用していると、それなりの快適性は確保されていたことも事実だ。座席はフランス車のようにふわっとしているし(’72年の冷房車以降は特に)、ミンデンの乗り心地もふわふわで柔らかい。電制を持たないことは、鉄道少年的には物足りない気もしたが、減速時にがくっとすることもないし、モーター音もないので静かに止まる。まあ、フラットがでるとうるさくなるけど。

同世代で言えば、国鉄103系はコイルバネだし、ギア比が高いため、高速ではご存じのとおり大音響を発していた。座席は、後期型はまあまあだが、前期のものは薄っぺらなモケットで乗り心地は良いとは言えない。手すりと枕木方向のつり革は便利だった。内装は寒色系で、夜などは薄暗く感じた。

西武で同じ年に登場したのは701系で、これには言ってはなんだが楽勝で勝ちかも知れない。登場時はクハの台車はTR11だし、モハのFS342はコイルバネだ。まあ、西武は101系になって、他社と同じ土俵に上がったと言えるのかも知れない。

京王は京王線の5000系、井の頭線の3000系(第3編成以降)が同世代だ。東急では前年に7000系が登場している。京急は1000が改良を続けながら増備されていた。この辺は多士済々という感じで、当時の人達はとても斬新に感じていたことだろう。小田急は2400系の最後の頃で、’64年に初めて20m4扉の2600系が登場した。凝った制御装置を備えているし、車体にも工夫がある。いずれも姿を消してから久しい。

ピクトリアルに話を戻すと、16-17ページに、’69年12月現在の配属表が掲載されている。鼻血が出るほどではないが、貴重な資料ですね。前回触れた、東上線所属の3500型が旧番で出ている。当時は20両いたのですね。3000系への更新はあらかた終了しているが、わずかに七光台に在籍している。館林には、同年に登場したばかりの1800が一挙に6編成、配属されているのですね。

いやいや、貴重な資料ですね。永久保存版ですな。
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ちょっと探したが、たいした写真は見つけられなかった。亀戸線の8000系。’80年10月。

2016年1月16日 (土)

小泉線の3050系の写真と、東上線の3000系の話

先日鉄コレの3000系のことを書いたとき、東上線にいた3000系のことが話題になった(30000系じゃないですからね・・・)。

私が「3000系」を東武の戦前型を車体更新した吊掛式の車両として、はっきり認識したのは’70年代の後半のことだ。その頃3000系は東上線には既になく、全車が野田線七光台検修区に配属されていた。当時野田線は18m車を6両、冷房サービスのために配属された8000系を4両で主に運用していた。中間モハ+サハを、他の4両固定から抜き出して6両固定編成というのも、出始めた頃だった。

その数年前までは東上線にも配属されていた。東上線からいつ18m車が撤退したのか、手元の資料には記載がない。ただ、昭和47年1月31日現在の車両配属表を見ると、14両が配属されている。

3105+3205+3305+3405
3110+3210+3310+3410

3501+3601
3502+3602
3503+3603

これは鉄道ピクトリアル’72年3月号増刊(東武鉄道特集)に記載されている資料だ。尚、私の持っているのは昭和47年3月10日発行、昭和50年4月15日複製、となっているもので、表紙が写真で複写されたような(活字が何となくにじんでいる)ものになっている。普通なら増補改訂版、みたいな言い方をするのだが、複製というのは珍しい。

全く同じ内容ではなく、終わりの方に、通常号に掲載された「東武鉄道・補遺」が追加されている。これは、ピクトリアル’73年8月号(だったと思う。9月号かも知れない)に掲載されたものをそのまま転載している。この号も持っている。

配属表だが、これは活字ではなく、当時鉄道が関係者のために作成していたものを、そのまま複写したものらしい。手書きである。

余談だが、’79年だかの今頃、友達と東上業務部を訪れ、同じような配属表のコピーをもらったことがある。ゼロックスコピーではなく、青焼きと言われる、湿式コピーだった。

ファンが語る系列の呼び方は、時として俗称というか、現場と違っていることも多いし、現場でも便宜的に、現場用語としてとおっている言い方をすることもある。

東武の場合、旧型車から1720型までを二桁でよぶ言い方がある。7800系列を78型というように。これは1961年の2000系以降の車には適用しないことになっていた、と思っていたが(附番の方式が変わったので)、現場ではそうでもなかったようだ。配属表でも、2000系の番号を羅列した最後に、(20,160R)と書いている。2000系が合計160両あります、という意味だ。Rは両である。

8000系も、ふつうは4,6両固定と2両固定を区別しないが、配属表は(81,146R),(85,72R)と書かれている。81は、4両固定、6両固定どちらにも使われる。85は2両固定のことだ。これは、業務上の必然性からそういう言い習わしになったのかも知れない。ちなみに、先ほど触れた「補遺」の筆者は花上嘉成氏だが、彼は8000系、8500系、3100系、3500系などという言い方をしている。8100系とは言わないのに、なぜ3100系というのか、よくわからない。旧32型と区別したいからかな?

話があちこち飛んだが、実は3000系と呼ぶようになったのは、昭和46年12月の改番からで、それまでは3500系と呼んでいた。モハは運転台つきも中間車も、同一形式だったようだ。番号は1から順番ではなく、台車形式によって分けられたらしく、編成単位でも統一されず、かなりややこしかったようだ。3000と呼べなかったのはたぶん、種車がモハ3200などという番号だったので、重複を避けたかったのだろう。配属表には、森林公園区所属の3000系として、(31 8R),(35,6R) と記載されている。

2両固定は最初に更新され、東上線(当時川越区)に配属された3編成だと思うが、番号は当初1~3ではなかったらしい。モハでいうと、3504,3507,3565,3571,3581のうちの3両らしいのだが、このうち2編成に中間モハ、サハが追加されて4両固定に変わったらしい。たぶん、3504,3507,3581なんじゃないかと思う。改番はおおむね更新の順番に行われた、と言うから。しかし、どの編成に2両組み入れたかはわからないから、やはり謎だ。というか、しっかりした資料は誰かが持っているはずだ(すみません、根性ないのでこれ以上調べられません)。

東上線から18m車が、いつ撤退したのかの資料はないが、昭和47年11月に、野田線の6両編成運転が始まっているので、その前だと思う。車体だけ見れば、結構きれいで新しく見えるし、逆に73,78などは板張りの床であの車体だから、乗客から見るとどちらが快適に思えただろうか?それと、池袋口の撤退はいつだったのだろう?

まあとにかく、70年代後半の東武鉄道では、幹線系(と都市部のローカル線)は20m級大型車(地下鉄乗り入れを除く)、ローカル線は主に18m級の更新車、という棲み分けになっていた。3000系、3050系、3070系(この番号もあとから改番されたもので、昭和54年に78型の更新車ができるまでは5000系と呼んでいた)の区別は、主に電動機出力の違いだが、運転室仕切りとか、細かい外観にも違いがあった。

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小泉線の3050系、たしか3151F。なぜかすごい傾いている・・。あれ、となりのコマが右端に出ちゃってますね。。

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館林駅。’94年9月。

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この座席と壁面は、東武博物館にたしか保存されていたな。
吊り広告はケンウッドのウッドストックですね。。CD時代ですが、まだMDではなくカセットでした。90年代後半頃まで、車内広告には家電が掲示されることも多かったようだ。覚えているのは、アイワが黄色い背景で、頻繁に広告を出していた。

今は車内広告は相当厳しいんじゃないですか?メトロ東西線なんて、網棚上の部分はほとんど空白の車両が多い。メトロは車内には自社広告を出さず、駅などにやたらと自社をアピールする広告を出している。あれは個人的には逆効果。もし私がメトロ株の大口投資家だったら、糾弾してやりたいところだが。

東武、西武などは、よく見ると自社の系列会社の広告が多くなっている。不動産、ホテル、スキー場とか。それはそれで意味があるけど。

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運転室部分だけ、後ろに拡張した形の仕切りは、3050系の特徴だが、同時期の8000系も同様のスタイルのものがあった。8000の場合は昭和45年製だけ、でしたっけ?昭和46年は中間車(サハ+モハ)しか作っていないし、昭和47年からは助士側も拡大した冷房車となる。昭和45年車も、冷房化時に同じ仕様に改造された。

初期の車の内装デコラは褪せやすくて、こんなふうに肌色に近いうすクリームに変色し、表面の艶も失せている。8000の冷房改造車は、車端部など一部のデコラを取り替えて、他はそのままだったので、色がちぐはぐになって目立った。更に、後から中間車を追加して6両固定になった初期編成は、追加車とオリジナル車の内装色が違って見えた。

後期(たぶん70年ごろ)のデコラは色あせ対策をしたらしく、時間がたっても色が変わらなかった。これは、国鉄103系などの淡緑色の内装でも同様だったようだ。101系、気動車みんなそうだが、10年ぐらいすると緑が抜けて灰色というか、青鈍色になって、薄汚れた感じに変わってしまうのだ。それが、70年代頃からの増備車はいつまでたってもきれいだった。

いやあ、また語りすぎましたねえ。うろ覚えのものが多いのですが。

2016年1月12日 (火)

越生線とフライング東上塗装8000系ほか

連休でしたが、案外と自由になる時間が少なくて、わずかに月曜日、数時間時間がとれることに。行先としてはややマンネリの感がありますが、またしても越生線に。
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セイジクリームの81111Fは何度行っても会えずに、往生しましたが今回はあっさりと会えました。
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50090系にも同様の塗装(というかラッピング)を施していますが、こちらもたぶんラッピングですね。表面がマットな仕上がりで、なんだか模型みたいです。

これは案外注目度が高いらしく、この駅でも親子連れがスマホで盛んに写真を撮っていました。
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81111Fは内装も少しこだわっていて、金茶色のシートを再現していましたが、こちらは内装はノーマルのまま。
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ほかの撮影ポイントも開拓しなければと思いながら、時間を考えるとやはり確実に撮れるこの辺に行ってしまう。
正月に七福神めぐりでこの辺りを車で通ったが、その時もカメラを構えている人が数人いた。今日も踏切付近を中心に、三脚をセットしてる一群を見かけた。

食物連鎖ではないが、零細写真家の私は、セミプロの方々は敬遠して、やや離れたところで待つ。
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この色合いは何らかの考証の結果決められたのだろうね・・。
国鉄の青20号(新幹線や24系客車)とも微妙に違う気がするし・・。

実物は昭和20年代から30年代半ばまで活躍したもので、私は知る由もない。子供のころ、友人が昔東上線にも特急(専用車)がいたんだ、と聞いたときは、どんな車なのか、全くわからなかったし、どんな色だったかもわからなかった。
イラストだったが、その塗装を初めてカラーで見たのはピクトリアル’81年7月増感の「東武鉄道特集」だった。たしかにこんな色合いだったが、当時は青20号みたいな色か、と感じていた。

しかし、同じくピクトリアルの2013年10月号(東上線特集)を見ると、John Koshchwanez氏という方が撮影した53型の写真があり、その色合いはむしろインディゴブルー、20系客車や113系などよりももっと渋い紺色に見える。カラーバランスは取れているように思えるが、コダクロームなので、色再現は多少渋いのかもしれないが・。

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クロスシートの50090系はともかく、4扉ロングシートの8000にこの塗装はこじつけもいいところで、「リバイバル」というにはかなり無理がある。あるいは実物を知る年配の方々は、昔をほうふつとさせるのかもしれない。

4扉通勤型、というスタイルから考えると、一時期73,78型に採用されたオレンジと黄色帯、という塗装も似合うかも。

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この日は日中所要4編成のうち2編成が色変わりものだった。
若い人たち(というか、もう若いとは言えない人だって知らないよな)が見れば、これも彼らの知る東武車とはちがう、というイメージで受け止めているのかな。

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8000はこの色をまとっていた時期がいちばん長いんだものね・・。
おじさんにはしかし、オレンジ/ベージュかクリームの方が印象が強いのだが。

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来月号のピクトリアルは東武8000系の特集だそうで。どんな記事が出ることか。

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帰りがけ、振り向いたらこれが来てた。
おっと、もうちょっと待てば良かった(^^;ま、いいけど。

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