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2015年8月26日 (水)

西武40000系の発表

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イメージイラストは拝借。あれこれ書けるほどの知識もないので、ニュースを見た印象を。

計画では2016年から19年にかけて10両編成8本を製造する、とある。とすると、置き換えの対象は9000系だろうか?編成、本数がちょうど符合するが・。2000系も初期のものは車齡40年に近くなりつつあるが、まだ当面は現状通りか。東武8000の例を見ていると、さいきんの電車は40年くらいは軽く使えるのかも知れないけど。

川崎重工が受注したらしい。今朝の日経新聞では、川重は東武特急も受注していて、近年攻勢を強めている、とある。川重と聞くと、関東では京急、関西では山陽とか、ぱっと浮かぶが、西武は戦前の武蔵野の初期鋼製車以来かも知れない。

30000系の流れをくむが、車体の裾絞りはやめたらしい。全幅は2808mmだそう(30000系は2950mm)。JR東ほど広幅車にメリットを感じなかったのかな。

クロスシート変換機能も目新しい。東武50070と同等のコンセプトのようだ。本系列のすべてがクロスというわけでもないらしいが、形式は分けないようだ。

TJライナーには良く乗るが、4扉車でドア間に3列のクロスシートだと、端のところは横がちょうど戸袋窓になってしまい、見晴らしが悪くて割を食ったような気分になる。ライナーなら運転はだいたい夜だから、本でも読んでいればいいのだけど。それと、回転機構のメンテが悪いときしきし音がでるようになる。もっとも、それは普通の特急車も同様だが。

ロング状態では普通のロングシートに比べ定員がドア間6名と、普通のロングシートより1名少ない。この点、座席定員が多少増える形になるJR東のE217など一般型に設けられているクロスシート車とは考え方が違う。

40000系には「パートナーゾーン」も車端部に設けられているから、座席定員はさらに少ないことになる。もっとも、車端部の座席は近年の更新車を含め、車いすスペースで少なくなっている。またこの空きスペースというのは、ラッシュ時には結構いいのだ。

まあいずれにしても、たのしみですね・・。

2015年8月25日 (火)

何度目の正直

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やってきた。

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何度目の正直、などと言っているが、自分ではわかっていて・・。越生線を訪れるのは、昨年春からこれで5度目。5度目の正直・・。

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去年の4月末が最初で、8月の今頃が2度目。1月の成人の日あたりに車で行って、2月の建国記念日にここと、玉淀にも行ったが不発。余程嫌われているらしくて。
81107F(オレンジとベージュの復刻)にはまだ出会えていない。

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ご存じの方も多いでしょうけれど、8000系は昭和61年から更新工事が始まり、昭和62年更新分からは正面を大きく改造されて、原型とは違うスタイルになった。動態保存の8111Fは初期更新車なので、正面はオリジナルだが、こちらは正面改造された姿。塗装変更は昭和60年から始まっているので、クリーム+改造正面というパターンは歴史的に存在しなかった。

のだが、実物を見るとあまりそういうことは気にならなくて、けっこうタイムスリップ気分を味わえることがわかった。

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オリジナルはこちらですね。昭和52年7月。この辺は今はふじみ野駅の構内になっている。
日中の急行(たぶん日曜日)ということで6両。当時の標準4+2の編成。全車非冷房。

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活躍期間がながいからねえ・・。

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先ほど触れたように、この「新」塗装も今年で30年になる。
保線用のモーターカーなども、この塗装パターンを踏襲していたが、今日行きがかりに新河岸で見かけた工事車両は、銀色にえんじ色の帯だった。

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8184F。この日見た8000の中では最古参の昭和52年製。上のふじみ野付近の写真を撮っていた頃は、最新鋭車だった。今は屋根のあたり、塗装の下に錆が浮いて表面が浮き上がっていた。ずっと元気でいてほしいものだ。

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当時は塗装工程合理化で、複雑な塗装をやめてシンプルなカラーにするのが流行ではあった。近鉄や阪急は濃色でマッシブな印象だったが、こちらは膨張色で締まりがなく、朝の出勤時にこれを見ると、眠くなる、みたいなことが言われていた。
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正面窓が低いので、8000より何となく乗り入れ用の2000系を彷彿とさせるな。

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おまけ1

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おまけ2

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30年前の今頃、いや、7月の下旬だったかな。越生線は78系列最後の牙城となり、越生を訪れたときは7884だったかな、が最後の活躍をしていた。

さいきん、昔の記憶にすっかり自信がなくなった。これはたぶんその1年前の夏に撮ったのだと思う。手前の雑草ぐらい避けてほしいものだと思うが、当時は50mm と28mm(と100-200mm)しかレンズがなかったので、強引に撮ったらしい。

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78は越生線には良く似合っていた。

2015年8月13日 (木)

真岡鉄道(東武蒸機運転の臨時追記あり)

メインブログでは数日前に書いていて、詳報をこちらでと思っていたのだが、なにしろ暑いし(いいわけじみるが)、どうもコンピュータの調子も悪いようで・・。

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朝真岡駅から回送される「もおか号」を迎え撃つ時間を計算して、家を6時過ぎに出た。
夏休み期間中だから、朝でも乗客は多い。

下館に入線する列車は、希少な2両編成。真岡で1両切り離す。

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乗ったのは初期型で、これはクロスシート車。先頭車はロングシートで、そちらの方が普通みたいだ。時間によっては結構混雑するのだろうか。

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真岡に着くと、回送列車はホームで待機中。
DE10の旅客列車というのも、考えてみれば貴重。

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C12 66は機関庫に。外から見えるように工夫されている。

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撮影しているうちに、先ほどの2両編成は解結を終えていた。

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C11には火が入り煙も上がっている。

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駅から近い踏切までは歩くことができた。

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こうしてみると先頭に立っているように見えるが、実は後ろ向きに走っている。

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時間によってはちょっと間隔が長いときもあるが、おおむね運転本数は多いようだ。

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モオカ14。見慣れると悪くない塗装だ。塗装というか、模様というか・・。

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ちらちらとウェブを見たけど、スケールモデルの製品はなさそうですね。

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沿線にはそこそこ車で訪れているカメラマンが見られた。私は初心者なので、オーソドックスに側面がちに狙うことにした。炎天下1時間くらい待ったので、すっかり日に焼けてしまった。

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・・まあ、このくらいに撮れてくれれば、私としては上出来です。
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50系客車も悪くないです。

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時間がちょうど良かったので、9600の無火運転を見た。
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普段はスハ44と共に庫内に展示してある。ブロワーで圧縮空気を入れ、走らせる。
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静態保存機と違い、各所を油で磨かれたボディは精悍。
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これを連結して、庫まで移動します。

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乗ることもできますが遠慮。

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再び車中の人となります。

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モオカ14は小松のエンジンらしいですが、なかなかパワフルで加速も良い。結構気持ちよく走ります。
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このターンテーブルは古いものではなく最近作られたもの。かなり小さい。9600は乗らないかも知れない。

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見学者がかなり多かった。

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客車は切り離されてここに。まるで模型のよう。

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今様の水タンクはマンション風。

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ただいま入替中。

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このときは結構煙が出た。
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乗ってわかったが、加速がスムーズではなく、ちょっとがくがく揺れる。要するにロッドの動きだ。体の重みで、自転車を蹴りながらこいでいるようなものだ。

昔は自連で遊間が大きかったから、今よりも乗り心地は良いかも。50系は密自連なので、機関車の動きがじかに伝わるのだろう。

自治体の協力もあって、なかなか活発な経営をしている真岡鉄道。沿線にはまだ魅力的な風景が広がっていて、フェンスやら信号施設やらに囲まれた都市部の鉄道に比べると、実にぜいたくな撮影条件のところが多い(とはいえ、ウェブに書かれているように撮影マナーにちゅうい)。

またいずれ。今度は寒い季節もいいな。

臨時追記:こんなニュースが

東武鉄道(本社:東京都墨田区)では、「東武グループ中期経営計画2014~2016」で掲げている「日光・鬼怒川地区等沿線観光地の活力創出」のための有力な選択肢の一つとして、2017年度からを目途に日光・鬼怒川地区において、北海道日高郡新ひだか町のご協力をいただき、JR北海道所有のSL車両「C11形207号機」を借り受け、1966年以来、約50年ぶりの蒸気機関車(SL)の復活を目指します。

編集長敬白の記事はこちら

dashこれはおどろいた。大手民鉄が蒸機列車の復活運行を行うのは初めて?いや、西武山口線が先か。今回運行するのは北海道型(かに目)のC11だが、名取氏のブログにも書かれているように、東武には自社仕様のC11を所有していたことがある。

C112号 1945年日本車輌製の国鉄C11と同型のタンク機関車 戦時設計の形態をしている 個展機関車の中にただ1両存在した近代型蒸機で いささか重量級の機関車である嫌いはあったが、 館林以南の線区で活躍し 1963年廃車 (鉄道ピクトリアル1972年3月臨時増刊号より)

奥多摩電気鉄道の注文流れらしいが、とにかく東武でしばらく使われたという縁はあるようだ。客車はどうするのかとか、地上設備の整備はどうなるのかな、とか、色々気になることはある。東武もだいぶ動きが活発になってきた。

 

2015年8月 9日 (日)

111系出力改善と113系替え玉

先日引退をお知らせした、トミックスの初代113系だが、なんとなく思い立ちがたく・・、中古で部品取りできないかと、秋葉原を訪れた。秋葉原、個人的にはちょっと苦手なのだけど(萌え~のおねえさんが、ちょっとね)。それと、なにしろ暑すぎて歩くのもしんどい。

5年ぶりくらいにポポンデッタを訪れたら、ちょうどいい中古があった。
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リニューアルしたのはいつだったか忘れたが、’80年代の中頃ではなかったかな。ということは、これも30年ぐらいたっていることになる。それにしては美品だ。
走行は起動電圧が高めなことを除くと、スムーズで問題ない。スプリングウォームらしく賑やかだが。

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故障してしまった、もとのモハ112と並ぶ。色の違いはわからないかも知れないが、今回購入のものは微妙に色が違う。もとの113系(この製品の最初のロットと思われる)は、オレンジがかなり派手目なのだ。今回のものは多少艶も押さえられていて、色も落ち着いている。

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この製品の発売当時(’77年秋)、この製品はそれなりの水準と評価されていたと思うが、満足のいくできばえとまでは言えなかった。特に、はめ込み式にした窓ガラスの平面性と、メタルサッシとドアのHゴムが角度によってかなり派手に光ってしまい、実物とかけ離れた印象を受けた。また、ユニット窓の表現もごつくて、窓周りがすっきりしなかった。

同時発売のサロが、一般的な111ではなく112という、マイナーな車種を選んだのは、小窓ずらりと並んだサロ111を、技術的にうまく作れなかったからではないかと、勘ぐったりもした。

手元に長年ある模型は、Hゴムをグレイに塗り直して少し落ち着かせている。

ただ、ぴかぴかのサッシはこの製品の個性でもあり、見ていると懐かしい。

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もう一度並べてみる。上が故障したモハ。下が今回購入分。オレンジの色が違うことがわかる。

今気がついたけど、床下機器が違うね。

下回りは手持ちのものは塗装をやり直して、艶ありの黒にしている。もとの製品はダークグレイで、ちょうど今のJR東日本の一般型にちかい色だ。
故障品のほうは、床板がすこし曲がってしまってもいるようだ。
最初はモーターだけ抜いて、車体等を使うつもりはなかったが、きれいなボディだし、問題もなさそうなので、車両ごと入れ替えることにした。
車号はモハ112-1045で同じだ。

機関車などで、状態不良の車両を入れ替える「替え玉」という言い方があったが、この車両も替え玉として活躍させることにする。

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製品番号が違う。
写真上が’77年の製品で、当時の価格は3,500円。
下は今回購入分。価格は2000円。この価格は安いのか高いのか、わからない。
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さて、今度はKATOの111系だ。これは以前、増結セットをつないで外周線を走らせたら、スリップして登らなかった、と書いた。私が買ったのは増結セットで、この動力車にはゴムタイヤがついていない。ので、そのせいらしい。

Assyパーツを探しに行ったが、生産予定が6月頃と言うことでいったん中断し、ようやく6月初旬にホビーセンターカトーに行って買って来た。

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手前がゴムタイヤ付き。 交換はすぐにできた。

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加工中。窓周りはさすがにすっきりしている。
製品化年代が全く違うのだから、仕方がない。

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やはり並べてみる。この2両もまた、色が違うようだ。

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とはいえ、この2両が一つの編成にまとまることはないので、問題はない。

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試運転。外周線を8両編成で難なく運転できる。

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2015年8月 4日 (火)

古本

ちょっとした行きがかりで実家に置きっぱなしになっていた本を引き取ることになった。
そのまま処分してしまってもいいかな、とも思うが、鉄道模型を始めた頃の本は刷り込みが強いので、やはりとっておきたい・。

以前は甥たちが喜んで見ていたが、最近はあまり読んでいないようだし。

車に積んで持ってきたが、こんな感じ。
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だいたい70年代中頃から、80年代後半までの実物誌、模型誌が中心だ。一生懸命読んでいたのは80年代の初め頃までだ。
80年代半ばを過ぎると、国鉄民営化とか、きなくさい話が増えてきて、ちょっと鉄道から遠ざかりかけた関係で、雑誌も買ってはいるがあまり内容に思い入れというか、記憶がない。

あれこれ紹介するのもなんだが、整理していておおっ、と思ったものをちょっと。

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これ、関水金属(当時はKATOとは言わなかった-ロゴには表記があるが)の、1975年頃のカタログだ。

前にも書いたが、鉄道模型を買ってもらったのが1974年のことで、そのときついてきたB6サイズのカタログの、次にこれが発行されたようだ。 このあと、80年代を迎えると毎年カタログが発行されて、値段も立派になってくるが、この頃は毎年出すほど製品が増えないので、不定期刊行だった。

ちなみにこれは300円だ。それでも、前のカタログの倍に値上がりしている。

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当時のNゲージ紹介の定石、16番との比較だ。カツミのキハ82と比較しているのは同社の最新製品であった同型。窓ガラスを初めてはめ込み式にして、プラの厚みを目立たなくさせた、ご自慢の新製品だ。

レイアウトが1/4の面積でできるよ、同じ面積ならずっと複雑な線路配置にできるよ、というのも、当時よく言われたこと。

左側のレイアウト写真は高田馬場(戸山)にあった、初代のショールームのものだと思う。ターンテーブルはたしかアーノルト製の輸入品。

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C11などは未だにカタログモデルなのだから驚く。C50は最初のNゲージ蒸機だが、当時既に伝説の製品で、このようにカタログには出ていたが見たことはなかった。私の子供時代の常識では、Nの蒸機はここに写真のある3種だけ、というものだった。

ちなみにC11はリニューアル前の、初代モデルで、ロッドがプラスチックのものだ。

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左側の蒸機(予定品)はD52とD62で、未だに実現していませんね。今年なんか、戦後70年なのだから製品化してくれればいいのに・・。

電気機関車はここにある2種だけだが、写真のモデルはこれまたリニューアル前の懐かしい姿。EF70は有名な朱色(ディーゼル機関車のような)のもの。一体なぜこんな色にしたのだろう?私が持っていたのは、74年ごろのロットで、オレンジと言うより首都圏色DCのような色をしていた。
EF65がはいている台車はEF70の流用で、枕バネコイルが2つある。子供が見ても、嘘っぽい感じがした。

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なにやらカタログの紹介みたいな流れになってしまったけど、せっかくだからもう少し。
この時点でも唯一の電車製品である、103系。今見ると、なぜかブルーのモデルの車号が黒字になっているね・・。実物はもちろん白。家にある模型もたしか白だったと思う。

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電車はこのあと、76年秋口に181系が、77年初冬?にこの153系が発売になった。このイラストではハザに冷房がないが、製品にはついていた。

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固定式線路いろいろ。 この頃はポイントも自社製品になったが、以前あったアトラス製6番ポイント、3ウェイはカタログ上は姿を消している。

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後半はなぜか輸入製品がたくさん掲げられている。これも高田馬場ショールームの扱いということで、紹介したのかな。輸入代理店だったか、その辺はわからない。
昔はプラットホームも日本製がなくて、ドイツの輸入品を買うと大陸式で高さが全然足りなかったり、当時日本では見かけなかったガラス製の上屋だったりして、苦労したものだ。
ヘルヤンの貨物駅は今見てもかっこいいね。

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おしまいです。このSNCFの機関車のタイル絵、某所でまだ健在みたいです。

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一緒についていたのは・・おお、これは友の会の会報(臨時増刊)ですね。友の会に入ったとき、友達からもらった。友の会は何年か会費だけ払っていたけど、やめてしまった。

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最後は、おお、これは保育社のカラーブックス!
なぜか東武がないが、当然買っているはず。甥がどこかに持っていたものと推察。
私鉄シリーズの、第1弾は左上の近鉄だった。
当時(80年頃から数年間)の、最新鋭の車種たちですね。京王と阪急以外はいちおう現役かな。

訂正:阪急6300はまだ活躍してますね。

そういうわけでした。

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