• Pc183720
  • Dsc_7054
  • Imgp9280
  • Imgp9279
  • Imgp9278
  • Imgp9276
  • Img
  • Imgp1234
  • Imgp1229
  • Imgp1222

« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »

2015年2月23日 (月)

38年前の駅時刻表

少し古い話だが、正月に実家を掃除していたとき、壁にこのシールが貼られいているのを見つけた。
P1000550
鶴瀬駅の時刻表だ。
昭和52年10月21日改正、とあるから、みずほ台開業に合わせた改正だと思う。
東上線の他、武蔵野線北朝霞と川越線川越の時刻表も掲示されている。

P1000552
レンズ(Lumix G 20m F1.7)が片ボケしているのか、右下の解像がいまいちだがご容赦を。

時刻表や運用につては専門ではないので、要領良く書く自身がないが、お好きな人ならここから様々な情報を読み取ることができるだろう。

一つ一つ説明していくと、当時の運行状況を全部語ることになってしまうので、あまり詳しく書かないが、この頃はもちろん有楽町線との直通はなし、池袋-寄居間は一部通しで運用され、秩父鉄道三峰口へ平日1往復が直通運転されていた。

列車種別は特急、急行、準急と各駅停車のみ。ラッシュ時の10両編成運転は前年11月から始まり、この改正で拡大された。ホーム有効長が6両までしかなかった(ラッシュ時の8連のうち2両は締切扱い)大山駅が、踏切立体化で8両対応になり、朝の各駅停車が一部8両化された、のが確かこのときだと思ったけどな。あの頃のこと、忘れるはずないと思ってたけど、やっぱり忘れるねえ・・。

ときわ台停車とあるのは当時、朝ラッシュ時の準急を各停と平行ダイヤにしていた頃の措置。ラッシュ時上りは準急と各停のみで、上板橋、中板橋での追い抜きは行われていなかった。普通に走ると速すぎてしまうので、停車させたみたいだ。

朝は成増-池袋間を日中の倍位のかけて走るので、かったるくて仕方なかった。子供の頃はよく気分が悪くなったりもした・・。

日中は池袋を00,20,40に急行が、10,30,50に準急が交互に運転され、間に1,2本の各駅停車が走った。夕方は優等列車の間隔が8分ヘッド(間違えてたら教えて)になるが、急行と準急の交互運転は変わらない。日中の各停川越市行きは、中板橋で準急に抜かれ、志木で準急に接続する。

今回発見したのは、この頃は17:01発の各停寄居行き(鶴瀬発は35分頃)がないことだ。これより後で設定されたのだろう。

書き遅れたが、この頃は上り列車に始発駅の記載があるのが大きな特徴だ。一般的な乗客は、始発駅情報など役に立たない(森林公園始発より上福岡始発の方が空いている、という判断はできるかもしれないが)のに、なぜ記載したのか不思議だ。というのは今の自分の感覚だが、子供の頃はそれが当たり前だと思っていた。友人に指摘されて初めて変だと気がついた記憶がある。

P1000553
既に話が長くなってきているので、まあ細かな話しは別な機会に書くことにしよう。特急の話だけ。

特急は池袋-志木-川越-川越市-坂戸-東松山から各駅停車で、今の快速みたいなものか。みつみね、さだみね、むさしのなどとヘッドマークがついていたから、今より面白かったかもしれないが、なぜか子供の頃はとんと興味がなかった。車両が8000で代わり映えしなかったし、運転系統もフィットしなかったからかな。

小川町より北に行く列車は編成が6両に限定される。森林公園行きの特急(武蔵野)を含め、特急は6両で運転されていたと思ったけど・・。

P1000554

川越線は当時非電化、車両はキハ35系のみで運用。編成は日中3両くらい、ラッシュ時は7両で運行していた。今は川越で運行が区切られていて、全線直通する列車はないが、当時は直通か川越止まりという運転だったと思う。

先日減便が伝えられた同線だが、38年前はこんな感じだった。

P1000555
変化の幅は武蔵野線の方が大きいだろう。まだ新松戸までしか開業していないが、当時はこんな感じ。先の川越線と大差なく、1時間近く待たされるときもある。さすがに隔世の感があるな。車両は101系1000番台(先年まで秩父鉄道にいた)のみで、冷房車はこの時点で0。もっとも、珍しくはなかったが。

書くと長くなるので、1月からずっと書こうと思って後回しにしていたが、やっぱりぐたぐた書いてしまいましたね・・。



2015年2月14日 (土)

郊外線の減便、夜行の廃止

日経2月10日

東日本旅客鉄道(JR東日本)は3月14日に実施するダイヤ改正で、首都圏郊外を走る列車本数を削減する。人口減や高齢化で利用客が減っていることが背景だ。1都3県で削減する列車の走行キロ数は2700キロと、1987年のJR発足後最長になる。

削減は日中の列車が中心らしく、五日市線、川越線(高麗川-川越)などは1時間3本から2本に減便、青梅線も線内運用をかなり減らす。千葉県では特急がかなり影響を受けるらしい。「ああめ」は不定期化するという。

千葉県は高速道路の整備が逆風になっている、と記事は伝えている。数年前、佐原に行ったときは、帰りに高速バスを使ったが、安くて速かった。東京から鹿島神宮へのバスは、JRも運行しているが日中ほぼ10分おきで運行されいてる。これと鹿島線の比較をするというのも気の毒な話だ。

なのだけど、私達は鉄なので、基本的に移動はまず鉄道を使って、と考えるので、鹿島に行くときも佐原に行く時もバスのことは考えなかった。というより知らなかった。鹿島線があまりに本数がすくないものだから、なんてへんぴなところなのだろう、と思っていたほどだ。じっさい、なんでここまで競争力がないのだろう?労使の関係??

減便に話を戻す。

数年前、西武新宿線が日中の列車を減便したときはショックだった。今考えるとそれほど大きな削減ではないのだが、これまで主要路線が「不便」になるなど、あまり経験したことがなかったという意識が強かった。

影響としては今回の削減の方がずっと大きいと思うが、何となく仕方ないな、と思えるのは時代の流れか。

実は先日、東上線の武蔵嵐山(信号場)-小川町の単線区間に乗りながら、昔だったらやがてここも複線化される日が来るんだろうな、と自然に思えたが、今は難しいかなあ、などと考えていたところだった。
私達は首都圏の鉄道が急速に発展していく姿に見慣れていたからね・・。

「トワイライト」や「北斗星」の前売り券があっという間に売り切れたことも、鉄道系のニュースとして大いに話題になった。

青函トンネルがネックで、という話だが、技術的には運行できないわけではない。ので、こちらのほうは将来、復活する可能性もあるんじゃないかな、と希望を持ってはいる(スタイルは全然変わるとは思うが)。北海道は外国人観光客にも人気があるし、今回の件が示すように、人気はあるわけだからね。

2015年2月12日 (木)

たまよど

性懲りもなくまた越生線を訪れた。そしてまたしても空振りしてしまった。
もう、完全に嫌われているな、復刻塗装車。
Img_7427
今回は電車。ダイヤ改正後何度も乗っているが、ATC供用開始になった川越市-小川町間を利用するのは初めて。

Img_7431
8000のワンマン対応車はどれも良く整備されていて、きれいだ。

P1000988
川角。好きな場所なのだが、撮影にはあまり適した場所とは言えなくなってきている。

今回は越生線はあまり追わず、小川町に行くことにした。
P1000994
坂戸から快速に乗って小川町で8183Fに乗り換え、急いで橋のたもとまで歩く。数分で小川町行きが発車。

P1010018
道路沿いには別の方が三脚を設置しようとしていた。何人も人がいるならまだいいが、一人だけだと脇に立っているのも気が引けるので、こちらは河川敷に移動。
編成と橋全体をとらえる。

P1010033
4両なので編成全体が捉えやすい。

Scan13584
これは10年前の復刻塗装8108F。このときは川岸にカメラの放列ができていた。

Scan13583
この頃は10000系も使われていた。当日のギャラリーには人気がなかったようだが、今にして思うと、貴重な記録写真かな。

P1010065
もう日も傾いてきたので、これで打ち止めに。

P1010087
一駅だけだが、再び玉淀から乗車。ホームは柵で仕切られ、もう6両編成には対応していない。

Img_7433
秩父鉄道に乗り換える。秩父はパスモに対応していないそうで、いったん降りて切符を買い直す。

ホームから8000を見て気がついたのだけど、この更新車もベンチレーターを撤去しているね。西武と違い、分散式冷房だから目立たないが、通風器撤去は流行なのだろうか??
ちなみに、モハに残っている様に見える通風器は、MMの排熱のためのもの。

P1010110
100周年記念ステッカーは、30000系などでは撤去されつつある。

P1010101
列車を待っていたら、熊谷行きの急行が来た。

P1010107
169系からこれに代わったときは、なんだかつまらない車だと思っていたが、今や貴重な101系の残党なのだね。正面から見ると、色が東武に似ている気がしてくるが。

Img_7434
秩父の主力は今やこの東急8090。たしかに101系(国電)よりはぐっとモダンになったが、なんとなくおしゃれな感じがした内装はいつのまにかすすけてしまっている。
座席は固く、ペデスタル式の台車の乗り心地は固め。

Img_7435
御花畑。車内には若い人が多かった気がする。そういえば、越生線も沿線に大学が多くて、若者がたくさん乗っていた。
そんなことに気がつくことこと自体、年のせいなのだろうか?

Img_7436
駅前から少し歩くと真っ暗。西武秩父のモールは軒並み閉店してしまっていた。まだ午後6時なんだけど。

西武線の車内モニターで盛んに宣伝されている、わらじカツ丼の店はまだ開いていたが、これはまたの機会に。

特急券売り場のほうは結構列ができていた。やはりここは特急で帰りたいところ。

Img_7439
わかりにくいが、ホームにいたのはレッドアロークラシックだった。

Img_7440

駅に売店がないことは、改札を通ってから気がついた。車内販売もなく、腹が減りそうだ。
乗客は比較的多かった。人がいないと寂しいからね。

Img_7443
たしか線路のすぐそばに、氷柱がライトアップされている(芦ヶ久保)とニュースでやっていたのを思い出したが、見るのを忘れてしまった。沿線は雪が残っていた。

そんなわけでした。






2015年2月 5日 (木)

中央快速線にグリーン車

JR東日本、中央快速線を12両化・グリーン車導入…2020年度から

だそうですね・・。

数年前、日経の記事で首都圏のグリーン車を特集したことがあった。
なぜ中央線にはないのか?と記者が聞いたところ、JR担当者はグリーン車を入れるには(基本的な編成として)15両はないと・・、という答え方をしていた。

首都圏5方面のうち、中央線は「中電」が発達しなかった?というか、通勤型が「中電」を兼ねて運転区間を拡大する経緯を取ってきたせいで、編成も10両に押さえられていた。でも、一般の利用者からは、要望が多かったんだろうな。

着席乗車への要望は強い。中央快速などは休日も非常に混んでいて、利用するのがちょっとしんどく感じられるときもある。中京、関西のように、ただクロスシートの車両を導入するのは難しい。ので、プレミアム料金を取って座れる列車を、というのが今の首都圏のグリーン車の成り立ちだろう。パリの地下鉄のように、車内設備はそのままに一般客とは一緒に乗りたくない客のために一等車を設ける、というのとは根本的に異なる。

ホームライナーもいいけど、あれは利用できる客が限られる。その点、グリーン車は東京からお茶の水に行くときにも使える(そんな人いないと思うが)。

施設改良が必要なので、導入は2020年頃。

P1010567

« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »