• Imgp1234
  • Imgp1229
  • Imgp1222
  • Imgp1216
  • Imgp1211
  • Imgp1209
  • Imgp1199
  • Imgp1197
  • Imgp1190
  • Imgp1185

« 東京駅記念スイカ騒ぎに思う | トップページ | 新年初乗りは8175F »

2014年12月29日 (月)

70年代に作った模型(4)

さて、今日と明日の午後もまだ仕事です。

だからというわけではありませんが、書きそびれた記事を。なんと1年前に用意していたのだが。

70年代に作った模型(1)

70年代に作った模型(2)

70年代に作った模型(3)

Imgp1828
近鉄8400系。近鉄はモ1470を’77年に作った(作ろうとした)が、その約1年半後に製作に着手した。時期としては前回(3)でモ6401を作る時期と重なっている。この頃はなぜか近鉄(特にやや古い車両)にはまっていて、ノートに製作予定の編成をシルエットで書いて夢見ていた。
少なくとも形になったのはこれだけだったけど。

Imgp1829
まあ、これも4両作りはしたが、一度も4両編成で走ったことはなく、3両(最小限の組成)でどうにかまとめた。編成写真が何処かにあるはずだが行方不明。

子供時代の技術進歩は著しい。1470の頃とは車体材料(紙の質)、構成(木製屋根から一体構造へ)、車体と床板の止め方、床下機器のユニット化(そんなことをこの頃やっていたのだ)などなど。内装へのこだわりは以前からの伝統。
Imgp1834
’78年の夏にハンドスプレー(手押し式の塗料吹きつけ器)を買い、それ以降の車両は吹きつけ塗装になった。

エアゾール式の模型用塗料は当時、プラモデル用には普及していたが、鉄道模型用にはちょうど発売されたかどうか、という時期だったと思う。プラモ用のスプレー缶は、粒子が粗く、特にNゲージには使いにくいとされていた。そもそも、近鉄用のカラーなど、製品化されていなかった(GMから近鉄キットが出て、調色塗料が出たのは’80年だったと思う)。

このときは国鉄赤2号(特急電車の赤)を使った。

もっとも、この車両の外装はプラを使っていないから、マッハの調色塗料(ラッカーなのでプラスチックを溶かす)を使っても問題なかったはずだ。

窓ガラスは客窓、ドアと個別に切って貼り付けていた。客窓には中央の桟を、塗装で表現した。
Imgp1833
室内灯は前作同様装備され、前照灯もつく、はずだったが、いろいろ作り込んでいながら、あまりうまくいかなかったようだ。

Imgp1831
車体の補強材は側面の上下に、朴角材を渡している。いわゆるペーパールーフだが、ちゃんと天井板がある。

天井の補強角材は表面をアルミ箔で仕上げてある(「内装」なので・・)。今の私が見てもびっくりするくらい、内装にこだわっているが、実物と同じようにしようという考え方ではないようだ。

下の角材は側面の下端と同じ位置に配置され、床板の一部を構成している。連結面にも小床板があり、いわゆる床板は投影面積に比べかなり小さい。床板と車体との接合は、中央部にプラの板を渡し、2ミリネジで留められる。

このため、床下機器は直接床板につけると引っ込みすぎてしまうので、専用のベースを介して取り付けられた。室内には座席を取り付ける予定で、試作もしていた。

上の写真の左側、連結面のところをよく見ると連結面にプラの補強材、そして隅になにやら黒っぽいパイプの断面が見える。これは隣の車両と電気的に連結する、ジャンパ栓だ。細いリード線の先に真鍮線をつけて、着脱する計画だった。

非常に凝った作りだが、全車両を同じクオリティで作り込むことはできなかったようだ。

Imgp1835

これは、上記近鉄製作の半年後、’79年夏に作った西武新101(の残骸)。この年の夏、新製直後の西武101が留置されているという衝撃のニュースを入手、カメラ片手に訪れたのがきっかけとなって作った。といっても1両だけで、動力化その他の発展はなかった。窓の桟は細く切った紙。ドアは銀色に塗って別付けした。その別付け部分から崩壊してしまい、こんな状態に。GMからキットが出たのは翌年初夏の頃。

Imgp1837
東武8000系。先の近鉄を作った直後、’79年の2月頃から作り始めた。
これを作ったのは今回が初めてではない。最初に8000を作ったのは’75年12月、小学生の頃だった。
Imgp1848
これは1両だけで終わってしまったが・・。
Imgp1843
車体の製作は更に洗練され、今見てもまあまあ見られるぐらいにまで向上したようだ。
窓は薄い紙+真鍮線だが、なかなかすっきりして見える。プラ整形の市販品よりすっきり見えるかも。塗装はたしか、当時あったたつた工業の調色塗料(ラッカー)を使ったと思う。軽く艶を残した、きれいな仕上がりだ。

Imgp1842
内装は以前の、マーカーで塗った方法から進化し、ちゃんと実物(当時)に準じた色をしている。
天井板が見える。中央に四角く開いているのは照明。
Imgp1846
前照灯は真鍮パイプで作られている。導光管を通して、点灯させようとする意図はなかったようだ。
Imgp1838
前作の近鉄8400から進化した一つは、車体の構造で、複雑な床板構成をやめ、ふたたび1枚板に戻った。内装は、以前は外板1枚だったのが、実物に準じた内装色をあらかじめ塗った、別構成のピースを貼り付けてある。ドア板は1枚板で、内側を銀色(ステンレス無塗装を表現)とした。

窓ガラスは前作ではばらばらになっていたものを、側面全体にわたる大きな0.5mm厚透明スチロール1枚に変更。車体強度の一部を担う役割も兼ねるようになった。

Imgp1840
8400では側面下全体に渡してあった、角材による補強がない。床板は1枚板で、このままではこれを留めるものがないことになるが、そのかわりに座席(ロングシート)を角材から製作して、車体側に接着した。ネジ等では留めずに、はめ込むだけとしたかったようだ。

シート両脇の手すりも、透明プラで作ったと思うが、写真にはない。
Imgp1839
いわゆるペーパールーフだが、天井板がある。内側は紙で仕上げてあるが、全体はこれもt0.5の透明プラスチックで、強度の一部を担っている。その裏側に、アクリルの導光材がある。写真中央に見える部分は、電球が入るところ。青のマジックを塗って、蛍光灯っぽく見せていた。直接光を見せると、明かりが均一に見えないので、紙でカバーしてある。

8400に比べると「天井がフラット」になったのは、当時の実物の新車がたどった進化にヒントを得たからに違いない。初期の冷房車は、吹き出し口や巻き取り装置が大きく張り出して、美観を損ねていたが、ちょうどこの時期、201系などが内装を一新し、フラットな天井になった。

もちろん、これは「機能としての模型」で、実物の外観を模したものではない。もし1/150の人間がこの中に入ったら、頭が使えて仕方ないだろう。

思わず長くなってしまった。急いで仕事に行かないと・。



« 東京駅記念スイカ騒ぎに思う | トップページ | 新年初乗りは8175F »

鉄道模型」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。モモパパです。
鉄道車両を手作り。
器用でらっしゃるんですね。
70年代に作った模型が残ってるのがすごいと思いますヨ。

モモパパさん、コメントありがとうございます。
以前に比べると、安価で良くできている市販品がたくさんあるので、自作するモチベーションがどうしても低くなりましたね。
あの頃の気持ちをもう一度、と思うのですが、なかなかうまくいきません。今年は頑張りたいなと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 東京駅記念スイカ騒ぎに思う | トップページ | 新年初乗りは8175F »