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2014年4月30日 (水)

越生線不発

東武東上線が開業100周年を迎えるにあたり、5月1日には記念列車が運転される。動態保存になっている、オレンジ/ベージュ塗装の8111Fと、今回の記念イベントの一環として、クリーム色(74年から85年にかけての標準)の復刻塗装となった81111F(桁が一つ違う)とがを組み合わせた10両編成で走るらしい。

6両+4両の組み合わせは、10両編成が一般的となった80年代半ばから最近まで、ごく普通に見られた編成だ。また、オレンジ塗装とクリーム色の混成は、新塗装が出始めた74年から76年頃までにかけて、良く見られた。クリームの復刻車は正面が改造されていて、完全に往時の姿とはならないが、遠目にはそれらしく見えることだろう。

まあ、私は仕事があるので、見ることはできないけどね。

その、復刻塗装車は先月29日から、越生線と東上線小川町-寄居間で一般運用に組み込まれて走っている。これまた忙しい時期で、ずっと見る機会がなかった。ようやく先日、越生線を訪れることができた。

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池袋口でがんばる8185Fも見えるが、乗るのは30000系のほう。

復刻車は1編成のみで、マニアの方は運用を知っていると思うが、私は適当に越生線にいるんだろうと思って出かけてみた。しかし、小川町の方で運用されているかもしれない。
行ってみたが・・。

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8199F, 8107F,81111F,81119Fなどが充当されているみたいだ。
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いないっすね。
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お、いましたね。
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・・、うそです。これは34年前の2月の撮影でした。吊り掛け式の5000系ですね。
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鉄橋などの設備は変わっていないが、架線柱は片持ち式だったものが改造されているし、河川敷に大きな看板が立ってしまっている。また、春のせいもあるが、だいぶ草深くなってしまい、上のようなすっきりした写真は撮りにくい。

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2年前にも同じ写真を掲げたが、今回撮り直してみた。曇っていたが、かえって好都合。

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八高線との併走区間に向かう。これも2年前と同じ行程。

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敷地の関係があるのだろう。ここの架線柱は片持ち式だ。

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この、改造された正面レイアウトには、青帯の塗装の方が似合うな。

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八高線列車もやってきた。

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越生線は結構乗車率も高いが、越生付近になると乗客も減り、1,2両目が無人になった。

せっかくの機会だから車内の写真を。原型はとどめているが、ドア上にLEDの表示器が装備され、7人掛け座席の中央にもポールが追加されている。室内蛍光灯は更新時に追加されて明るくなったのだが、それを間引いているので明かりが均一ではない。

座席の柔らかな座り心地は今でも8000系の美点だ。50年前原設計の車とは思えない。

ちなみに、復刻8000系はシートのモケットがオリジナルの金茶色になっている。

というわけで、復刻車の撮影は不発に終わった。また近く再訪しようと思う。

Brakeless~JR福知山線脱線事故9年

本当は別のことを書くつもりでいたが、今夜見たテレビ番組のほうを先に書きたい。

NHKの番組紹介

ロンドン在住の映画監督、三宅響子さんが制作し、3月にBBCで放送された。確かNHKのニュースで、番組の紹介をしていた。

事故について知識のない海外の視聴者でも理解できるように、戦後の日本経済の興隆や国鉄民営化などに触れながら、事故に遭遇した乗客の方の証言を中心に映像が綴られている。

実は冒頭数分を見逃したので、そこで紹介があったのかもしれないが、乗客の方が、車内の様子をイラスト(とそれをもとにしたアニメーション)にしている。かわいらしいイラストだが、これがとても生々しい。

特に、事故直後の車内の描写が圧巻である。

「次の瞬間がこれでした。車体がこういう風にぎゅうっと、ぎゅうっとねじれていって、ビールの空き缶みたいにくしゃくしゃくしゃっとこう、丸まっていくような感じなので、まあ、クーラーの羽根とか、ポスターのフレームとか、アルミのフレームとかね、ネジ外れていってたんです。周りからばさあっといっぺんに鉄のゴミが一緒に飛んでる状態・・。」
「自分たちが飛ばされている空間がなくなっていくのがわかります」

座席が飛び散り、背広姿の人や女性が折り重なっている絵。

この方は、当時の様子を立体的なオブジェにもしている。忠実な模型ではなく、車体はビールの空き缶であるといった、抽象的な描写になっているようだ。

自分が生き残った場所がこんな場所だったんだよ、というのが、やはり忘れていくんですよね、だんだん・・。すごい変な感じなんですけどね、すごい寂しい感じが、当時はしましてね。自分の記憶と、けがの度合いがリンクしている感じがして・・。(オブジェを指さして)僕はこの、赤い服着ている人の隣のこれですね。」

インタビュアー「(オブジェを)自分のために造ったのですか?」

「そうですね。間にこういう、金属が落ちていたとか、人に突き刺さっていたとかというのを思い出しながら造っていくと、やっぱりこれは見せられないか、という気がしますね。」

インタビュアー「でもこういう風に説明を入れているってことは、どこかの時点で見せようと思われていたのですか?」

「Hmm.すごい悔しかったんです。これがもう全部、人間が運び出されて、がれきもなくなって、すごいきれいな、僕から見ればきれいになっている状態、の写真しか残っていない。」

この事故の衝撃は、第一に通勤電車という、我々がその安全性になんの疑いも持たず日々利用している空間で起きた、あり得ない事故だと言うことだ。

 そこは日常生活の延長でありながら、ほとんどすべての人にとって、その空間そのものはこれからやることの目的の場所ではない。

みんな、目的地で仕事をしたり、面接を受けたり、試合をしたり、彼氏と待ち合わせたり、授業に出たりする、その過程で事故に遭遇した。犠牲者の側から見れば、何かが起きないように注意したり、努力して避けたりできる性質のものではない、無差別テロに近い状況といって良いのかもしれない。

第二に、これは運転士個人が起こした事故ではなく、JRという組織が起こした事故にも関わらず、我々はその組織を断罪できないことだ。このことは昨年も書いた。組織が人を殺し、その首謀者、責任者が存在しないというのは、先の大戦であれだけ酷い敗北をしたにもかかわらず、日本人が学習し得ていない悪癖である。

番組でも、遺族が語っておられる。
「私のやるべきことは、なぜこの事故が起きたのかと言うこと。突き詰めればあの運転士があの曲線になぜあの速度で入ったのか、それを解明しない限り、JR西の安全問題は、なかなか見通せない」
「事故を起こした運転士は、僕は、事故当時はこいつ、って思うとったんやけど、よくよく考えると、半分はこいつのせいやけど、半分はこいつも被害者・・。ほんとにこう、先が明るく、これからJRという会社でやっていこうとしていた、青年やと思うんですよね。」

番組ではJRはその後安全対策を見直し、変わった、として、数分をさいている。

柳田邦男氏は「(経済成長やコスト管理に振り回され、人間が見えなくなるという)日本病のツケが、事故という形で戻ってきたんですね。日本の大企業に見られた共通の問題点という意味では、JR西は決して特殊ではなかった。」
「このような日本の体質は、払拭できたかというと決してそうではなく、日本病を克服しなければいけないという意識がまだ、形成されていませんね。」と論評している。

また、被害者の方は「時代が求めていることと、人ができることのバランスがとれていない限り、何を変えてもあまり意味がないのではないか。」と最後に述べている。

2014年4月27日 (日)

西武新宿線の3ドア車

遅れて買ってきたピクトリアル6月号を見ていたら、西武新宿線で運用されていた3000系(8両3編成)が3月上旬、池袋線小手指区に転属したそうだ。この結果、新宿線西武新宿-東村山間と、拝島線で3ドア車の運用が終了した。

そうか・・・。ぐうたら鉄ちゃんなので、毎日利用しているにもかかわらずさっぱり気がつかなかった。確かに昨年暮れ頃から、3ドア車に乗る機会はほとんどなかったな。考えてみれば。

一昨年の6月だか、301系の廃車が進み、「3ドア10両」が見られなくなったことが話題になったが、これほど短期間で3ドア車そのものが消えるとは思わなかった。

改めて高田馬場駅に降り立ってみると、いつの間にかホームに3ドアの乗車位置目標が消えている。
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ただし、ホームの反対側にある乗車目標の書かれた看板は残っている。こちらは広告の関係ですぐに撤去できないのだろう。
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ほかの駅での状況は全部は確認していないが、特に急いで撤去しようとしてはいないような気もする。
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西武の駅列車案内は、行き先、時刻に次いで、両、ドアと表示されている。何両編成か、という表示は他社にもあるだろうが、ドア数を列車ごとに表示するのは西武だけなのではないか?構内放送も、3ドア8両で参ります、みたいなことをいう。

朝列車を待っていたら、放送で、通常4ドアですが、今日に限り3ドア車で参ります、みたいなことを言われたのを何度か経験した。

近年、3ドア車は基本朝ラッシュの再混雑時は避けて運用されていたようだ。一時期、上り列車に乗って、反対側の列車を見ていると3ドア車ばかり立て続けにやってくることに気づいたことがある。似たようなことは30年以上前の、東上線の旧型車運用でもやっていた。日中はごちゃ混ぜなのが、朝7時台前半の下りは全部旧型だったのだ。

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*ここで書いておくが、新宿線でも東村山-本川越間は、国分寺線直通列車がある関係で、3ドア車の運用が残る。また、3000系の転属した池袋線では、優等列車への運用もあるらしく、しばし活躍が続くようだ。

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私が最後に新宿線の3ドア車を撮ったのはこの冬、2度目の大雪の降った翌日ですね。番号は見えないけど、3017Fのようです。
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3000系は83年、池袋線専用の界磁チョッパ車として登場した。性能は新宿線で活躍していた2000系と同一だが、当時は新宿線は3,4ドア車を併用、池袋線は3ドアで統一、という方針で挑んでいたようだ。その数年前には、新宿線にいた大出力の101系を全車池袋線に転属させており、路線ごとに合う車種を投入するという方針でいたらしい。

しかしこの後5年ほどで今度は池袋線に4ドアの2000N系が投入され、当初の方針が変わっていく。やがて、路線ごとの車種限定運用は完全に放棄される。
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’93年頃、それまで用のなかった新宿線を利用しようとして、そこに3000系がいるのを見て驚いたことをよく覚えている。別に西武ウォッチャーでも何でもなかったので、3000系が新宿線に転属したことを知らなかったのだ。
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今でも2000系オリジナルとか、9000系とか、両線どちらかにしかいない車種はあるけどね。
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古くからのファンなら、西武と言えば20m 3ドアで正面2枚窓、と刷り込まれているのではないか。小田急はアイボリーにちょっと太い青帯、おとなしい顔の貫通ドアは幌なし、中央上部のヘッドライトは2連型だけど片側は予備とか、京急は逆に小さなシールドビーム1灯、客窓は大きく、ドアは1200mm広幅片開きと、各社車両のスタイルにはかなりのこだわりがあった。

今でも京急、京成は18m3ドアだが、在京民鉄が新造車(オリジナル設計)として20m4ドア車を導入したのは、東武1952年、相鉄61年、小田急64年、東急70年、京王72年(井の頭線は93年)と続き、西武も77年初めに2000系を造った。それまで各社とも、17-8mの中型車が主力だったところばかりだが、次第に統一されていく。

気がついてみれば、関東は近郊型と呼ばなくなった’「中電」を含め、20級4ドア車で埋め尽くされてしまった。
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3000系は3年前の地震の直後のときも、活躍してたな。確か、月曜日は直前で停電が解除され、遠方からずっと各駅に停車してきた3000系に乗って通勤した。あの重苦しい雰囲気はまだ覚えている。

2014年4月23日 (水)

西武鉄道 再上場

桜の記事以来、ずいぶん間が開いてしまったが、とりあえず落ち着いてきたので再開します。

再開の記事はおめでたく西武再上場の話を。

ずいぶんすったもんだがあったが、23日、ようやく上々にこぎ着けた。時価総額6055億円の、大型上場だ。
初値は売り出し価格と同じ1600円、終値は1770円と、無難な滑り出し。
専門家のコメントとしては、やや割高、今回売却をしなかったサーベラスもいずれは売りに出るだろうから、上値は重いのでは、といったところ。

なので、少し時間をおいて様子を見たいと思う。一つ予想外だったのは、売買単位が100株であることだ。東日本旅客鉄道なども100株単位だが7千円~8千円と高いし、東武、東急などは1000株単位だ。100株単位だと、ちょっと小腹が減ったときに買いやすい(とはいえ、そういう買い方はあまりほめられたものではないけど)。

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写真は本題とは関係ないが、34年前の小手指。新製直後の101系。窓周りが濃い茶色の、過度期の姿。

2014年4月13日 (日)

お知らせ

またまた更新が滞っています(もともと本ブログは不定期更新ですが)。

理由は(1)新しくなったPCのセットアップに手間取った(解決済み)(2)季節的に仕事が忙しい(もうすぐ解消)ことなどです。

そろそろ落ち着きそうなところで、先日ペットの小鳥が急に亡くなってしまいました。

鉄道モードに戻るまで、もう少し時間がかかりそうです。

ご迷惑をおかけいたしますが、引き続きごひいきに願いますconfident

2014年4月 1日 (火)

新井薬師さくら

おなじみ新井薬師前のさくらである。
今朝(3月31日)、早く家を出て、オフィスに行く前に立ち寄り30分ほど撮影した。
地下化が進めば、ここも見られなくなる。
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パソコンはようやく納期が確定したが、しばらく忙しく、引き取り設定には時間がかかりそうだ。
オフィスのPCを借りて、カードリーダーで読みとった画像をGoogleドライブに移行、それをタブレットで加工してウェブにアップした。

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カメラはLumix G3"ママ一眼”。小型軽量、フリーアングルモニター付きで画質も良好。通勤時の持ち歩きもしやすく、重さを全く意識しないですむ。名を捨て?実を取った甲斐がある。

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