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2014年2月27日 (木)

最近のニュースから

この時期は鉄道以外にいろいろと行事もあり、撮影などに出かけることもできない。首都圏の鉄道は雪やらなにやらで大変な1ヶ月となってしまったようだ。

模型の方も休業状態。実はレイアウトも年明け以降運休状態。1月から空母「赤城」を作っているが、こちらも工事が滞りがちだ。まもなくKATOからEF10、ついでキハ82系の再生産があるようで、何とか調達したいが、凍結している16番車両の着工も急ぎたいところだ。

前置きが長すぎたが、ニュース。

西武鉄道、4月下旬に再上場へ

先月書いたが、上場審査も通りそうで、時期も固まってきたようだ。

サーベラスでは1株あたりの価値を2000円と見込んでいるそうだ。1000株単位なので、ちょっと手が出せないです。赤坂付近の再開発や、中国のリゾート開発を推進するそうで、大手不動産会社のような株価動向になるのでしょうか?

沿線再開発も進むとのことだ。所沢や石神井公園など、駅施設の改良も進みつつあるが、経年の進んだ施設も多いので、改良を加速してほしいところ。

・・なんだか経済関連ブログみたいな話になってしまった・。

相次ぐ鉄道事故を受け、緊急対策会議
東横線元住吉、京浜東北線川崎など、鉄道事故が相次いだことを受け、太田国土交通大臣は来月にも全国約200社の鉄道会社の安全統括管理者を集め、緊急対策会議を開くと発表。

別に有益な記事も書けそうにないので、川崎の事故のことには触れなかったが、首都圏で立て続けに起きた脱線事故は、多くの人に衝撃を与えたようだ。このほか、16日には小淵沢駅構内では、除雪に使ったEH200が脱線したりしている。


 

(この直後に脱線したそうですが)。
さらにいえば、昨年からずっと世間を賑わしている、JR北海道の保線データ改ざん問題とか、経営の厳しい銚子電鉄も、脱線で長期運休になったりとか、さいきんの国内鉄道はちょっとその安全性に対する信頼を落としつつあるようだ。

それぞれ、全く背景や事情が異なるので簡単にはくくれないが、監督官庁としても捨て置けないところだろうな。

東海道新幹線、最高速度285km/hに:
来月の改正の話ではなく、実施は来年春とのこと。東京-新大阪まで2-3分の短縮となるらしい。私は保守的な人間なので、リニアよりもこういう地道な改良を続けてくれる方が、姿勢として好ましく感じられる。とはいえ、どこかでブレイクスルーすることが必要なこともわかるが。

2014年2月21日 (金)

西武20000系

確か今頃の時期に運転を開始したと思って調べてみたら、う~ん、もう14年も前のことだったのだな。
’92年に地下鉄乗り入れ用の6000系が製造され、新宿線にも配置されたが、6000系は10両固定編成のみの組成であり、平行して制作された101系更新車、9000系も10両固定であった。20000系は各駅停車を中心に運用される、8両固定編成での久しぶりの新車だった(後に10両固定も出た)。
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この電車は後にA-TRAINと呼ばれるシリーズの基礎となったらしい。車体構造やデザインを含め、西武としてはきわめて画期的な新車といえるものだったし、同時期の他社の新車と比べても斬新な内容の車両だったと思う。

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ただ、個人的にはどうも魅力を感じないというか、不思議に存在感の薄い系列である。
沿線でカメラを構えていて、これがくると最初はシャッターを切っているが、何枚か撮るとあとは見送ってしまう。
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一番の原因は、内外装にあまり西武らしさを感じないことであろう。
古くは赤い電車、そして101系からは黄色い電車として、自社設計の強烈な個性を持った車両群を我々は西武らしいと思う。6000系は全く違うデザインになったが、上下に大きい客窓や戸袋窓など、直前の2000N系を受け継いだデザインに、西武の一員としての血筋が感じられた。

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しかし、20000系になると、車体デザインに西武ならではの特徴というのはどこにも見られない。辛うじて、側面の帯の色は6000系と同じだが・・。
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これはしかし、西武に限らず、同時期に各社に登場した新車にも言えることかもしれない。
小田急3000や、東武50000も、それら以前の各社の車両とのつながりは感じられない。

ただ、小田急は太い青帯が鋼製車時代からの意匠として定着しており、とにかく小田急車に見える。東武も新意匠になるが、これは昔のオレンジとベージュの塗装を思わせないでもない。

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青帯は小田急の印象が強いが、東武の鋼製車も青帯だし、常磐線中電もそうだ。かつては都営三田線6000も青帯だった(今の6300は赤ラインも追加しているが)。メトロ東西線、京浜東北線は水色だが、青系ラインを採用する鉄道は多いのである。

黄色い電車=西武が定着しているのに、なぜ青をコーポレートカラーにしたのだろうか?
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’04年春、20101Fのラッピング電車。
緑を加えると、何となく西武っぽさが増してくる。何でかと思ったら、西武デパートの包装紙が青と緑のサークル模様なのだ。
もっとも、このラッピングの緑は帯ではなく、ラッピングの写真の、西武球場の人工芝が帯状に写っているだけらしい。
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この後、資本が変わって新しくなった西武では、新体制の象徴として30000系を、思い入れたっぷりのデザインで世に送り出した。

隅々まで遊び心にあふれたデザインは好評で、没個性化が進む現代の車両でも、これだけのことができることを証明してくれた。

20000系も、こうしてしつこく?写真を掲示してみると、それなりに西武の車両として、沿線風景に溶け込んできたのかなあ、と改めて思った。

2014年2月15日 (土)

元住吉事故雑感

ネット時代の威力で、こういう事故が起こるとあっという間に画像がアップされていく。今のところ、はっきりした原因はわからないようだが、ATCが運用されているところで追突事故が起こるなんて、その影響はかなり尾を引きそうだ。

私がなにか新しいことをかけるだけの知識も取材力もないのだが、ひとつだけ。
ニュースサイトやNAVERの画像は引用できないけど、この事故車、車端部客室側のダメージがすごい。

衝突したのは当然運転室側だが、こちらの方は前部がへこんだぐらいで、あまりダメージは大きくない。
外側の写真では、前の車両の妻板がめり込んで、隣の車両が前の車両に入り込んでいるようにも見える。車内側からの写真は、床板がめくれ上がって、前部ドアのところまで完全につぶれてしまっている。

深夜だったので、たまたまここに人がいなかったのかもしれないが、もっと早い時間であれば、けが人はこんなものでは済まなかっただろうし、亡くなる人も出ていたと思う。

東中野の事故の時も、たしか夜勤明けのコンピュータエンジニアの人が、車端部に座っていて犠牲になったという記憶がある。車端部はダメージを受けやすいようだ。

と、引き下がってしまってはいけないわけで、先頭部は守れるのに、なぜ客室がクラッシャブル・ゾーンになっているのだろうか?30年前の201系時代はまだしも、新型の5050系でも、対策はとられていないのか?
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近年の20m4扉車は、座席配置の関係で車端部を少し狭くしているんだよね。
これを見ると、車端側客ドアは、台車より外側寄りに配置されているのがわかる。
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ドア間の7人掛け座席の幅を広げた結果、車端部にしわ寄せがきたためだ。写真の東武8000は、車端側に4人掛けの座席があったが、東武も今は3人掛けになっている。
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この8000系はどうだったかわからないけど、メトロ6000,7000などは、連結面扉がなく、開口部もキノコ状の大きなもので、強度的には不利だったのではないかと思う。上記の東武8000も、貫通路は広幅だったが、その後(冷房の整備で、サービス上問題が出たらしい)貫通路は今のような狭幅のものが主流になった。

というわけで、車両業界さんには客室のクラッシュ対策を検討願いたい。
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2年前の5155編成。Y500系の方は、写真が見つからなかった。

2014年2月14日 (金)

17時1分

また雪ですねえ。先週は土曜日で家にいたが、今日は都心のオフィスとの往復がある。
朝は5~9分の遅れ。帰りは多少遅れたが、まあたいした問題は無かった。
雪の中、運行確保に尽力されている現場の方々には頭が下がる。

さて、下は雪景色の写真だが、当然今の写真ではない。34年前の、今頃だったと思うが、空が明るいところを見ると、2月の下旬頃だったかもしれない。sign03snow・今はネットで過去の天気も調べられるんだね。2月19日かな。

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これ、時間はわかっていて、午後5時半ぐらいのはずなのだ。
なぜ時間を覚えいているかというと、この列車が池袋17時1分発各駅停車寄居行きだからだ。
(以下、記憶に基づいて書いているので、違っているところがあるかもしれません。ご存じの方、ご指摘願えれば幸いです)。

今、東上線池袋-寄居間75.0km全区間を直通する列車は走っていないが、以前は1日数本の直通列車があった。有名だったのが?朝6時半の準急だったが、夕方17時1分の列車は各駅停車で、近郊区間では急行、準急との緩急結合の役割も果たしていた。

車両は旧型73,78型6両の限定運用だったようだ。’79年春からは5000系も入ったかもしれないが、5000系はその後池袋口に出なくなり、翌年秋に復帰したときは8両での運用が多かった記憶がある。まあ、それは余談だ。

とにかく、この旧型吊掛車による長距離ドン行は、終点より今で2時間近くをかけて走ったわけだ。それも、はじめは帰宅を急ぐ通勤客や、部活帰りの高校生を乗せ、やがて日もとっぷり暮れ、森林公園の先は単線区間を、地元客を乗せながら走り続けるという、国鉄の長距離客車ドン行を彷彿とさせるような使われ方をしていた。

私も学校の帰りに何度か使ったと思うが、今思うとなぜ全区間乗らなかったのかと悔やまれる。もっとも、寄居までいってまた帰ってくると、帰宅は10時ぐらいになるのかな。中高生では、そんな夜遊びもできなかったかもしれないが。

寄居から池袋まで乗り通すのは、さいきんでは1年半前にやった(小川町乗り換え)が、通勤車に2時間乗るのは、現代の10000系とかでも結構つらい。まあ、乗り通す客もいなかっただろうけどね。

無くなったのは、'83年秋の改正だったと思うが・・。5050系への更新が始まり、73型は’84年に全廃、池袋口の旧型車の乗り入れもなくなった。寄居行きに8000系が用いられたかどうか、覚えていない。

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フィルムがカビにやられている。緑色のシミのようなものがそれだ。
寒かったのか、妙な位置でレリーズしている。今度復活するという、セイジクリーム色の8000系。非冷房車のようだ。

朝は、早朝に旧型車を集中して池袋に送り込み、6時台後半に池袋を出る列車は、ほぼすべて旧型、という時代があった。ラッシュ時の上り優等列車(準急のみ)は8000の10両編成で統一されていた。夕方ラッシュ時の優等列車(17時台~)はそこまで統一されおらず、早い時間は旧型も使われていたと思う。

実家には東部時刻表もある(はず)し、古いダイヤもあるから、列車番号も調べられると思う。そのうち・・。

ついでだから、今日の雪の様子も書いておこうか。
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積雪量自体は前回ほどではないが、1日降っていたし、水分の多い雪なので、電車の屋根にだい付着したようだ。
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吹雪のように、粉雪が舞っていた。
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踏切の保守、お疲れ様です。

15日深夜追記:あらら、東急元住吉で事故ですね。運転士は怪我なかったのかな?

2014年2月12日 (水)

週末の雪 まとめ

ようやくPCが復旧した。原因はわからないが、起動後しばらくするとハングアップするのだ。
ハード的な問題ではないということで、リカバリをした。

クラウド化や、モバイル機器の利用が進んで、昔よりは楽になったかもしれないが、そうはいってもPCの初期化は大仕事だ。

ちょうどPCがトラブルに見舞われていた頃、外は大雪だった。
画像が使えるようになったので、ここでまとめを。
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鉄道は混乱はしたが、とにかく動いてはいた。
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視界も悪く、現場は大変だったと思う。
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降雪は線路面よりは高いはずだが、線路面の雪はレールよりは高く積もっていない。
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フランジの部分が踏み固められている。
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バスもがんばって活躍していた。
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こうしてみると、大変な積雪量だ。
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翌日の夕方。比較的暖かい1日で、だいぶ雪が溶けた。
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こういう写真も、この時期でしか撮れない。
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今日は千葉でまた積雪があったし、今週末もまた雪の恐れがあるという。
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雪の記録でした。

2014年2月 8日 (土)

雪との戦い?

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・・実は昨夜、このブログのために別の記事を書いたら、PCが壊れてしまった。今日は全国的に大雪で、ここでもまだ降っているが、1日サポートに電話したり、えらい目に遭っているcrying。まだ解決はしていないがとりあえず気分転換しよう。

いま、これはタブレット+キーボードで書いている。大体PCと同じような使い心地だが、画像の扱いは少し問題がある。SDカードスロットがないので、通常のカードからの撮影画像はアップできない。Eye-fiがあるので、それに記録した写真はクラウドからダウンロードできる。リサイズも面倒だができる。しかし、作成中にココログの画面で画像を確認できない。はやくPCを直さないと。

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というわけでcoldsweats01、除雪車である。こういうときに活躍してもらわなければと、ちょっと遊んでみた。発泡スチロールの上に、外から雪を持ってきただけ。子供みたいなことを・・・。


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でも、簡単なわりには雰囲気があるでしょhappy01

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さて、コンピュータを何とかしなければな・・weep

2014年2月 1日 (土)

70年代に作った模型(3)

お正月を挟んで、少し間が開いてしまったが、70年代に作った古い模型のつづき。
今回紹介する中では唯一の1/80, 16.5mmの車両である。
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何の車両か全然わからないと思うが、これは最初近鉄モ6401として造ったものだ。
近鉄モ6401って、何のことかよくわからないと思うが、名古屋線で戦後すぐに特急用として作られた車両で、昭和50年代半ばまで活躍していた車両である。

たしか、冬休みに入ってすぐ、誠文堂新光社の私鉄電車ガイドブック「近鉄」を入手し、掲載された簡単な図面を見て、手元にあった部品を使ってでっち上げたものだ。窓割りとかはスケールだが、ベンチレータや台車は全く違う。

その後、実物を離れてどんどん改造してしまったので、似ても似つかないものになってしまった。
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79年頃の写真。左側にいるのがこの電車。塗装を含め、まだそれらしい姿をとどめている。
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0.5mmのボール紙と、ケント紙、屋根はバルサで作った。パンタグラフや動力周りは、この1年前、初めて作った16番の車両であった東武78系で使ったものだ。モーターはカツミDV18C、インサイドギアと、DT13台車もカツミ。

最初に動力を組み立てたとき、手元にミシン油などの潤滑油がなかった。それで何を考えたのか、釣り竿手入れ用のシリコン剤を垂らして、電源を入れるのだがさっぱり動かなかった。いくらやっても動かないので、そのうち投げ出してしまい、車体も解体してしまった。

このときはもう少し知恵がついていて、普通のオイルをウォームギアにつけたら、するすると動き始めた。これが16番動力車を動かした最初である。

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快速だそうである。運転席のHゴムは後から「改造」した。助士席の中桟も後付け。
塗装は最初の純正近鉄色だったものが、いたずらで上半分をベージュに塗って、東武快速色風にしてしまった。そのうち動力一式を他車に流用し、この車は試験車扱いになって、色も適当に塗り替えた。
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反対側にはヘッドライトが残っている。電球はなくなっている。貫通幌はこの頃よく売られていた、中村精密の客車用。ちなみに反対側はカツミの金属製のもの。ベーカーカプラーがでかい。
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もとはちゃんと旧型車用の床下機器がついていたのだが、動力一式を他車に流用したとき、床下機器も一緒に持って行かれて、手持ちの適当なパーツをつけ直した。主制御器その他の箱物はカツミの一体型の、1000とか2000とかいう型番がついたもの。手前の強制通風式の抵抗器は、友人からもらったもので元は伊豆急100型についていたものだ。



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