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2013年12月 9日 (月)

松村豊氏の近鉄タイプ自由形

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年末に入り、掃除とか、いろいろ家事もしないといけなくなってきた。
冬場は鉄道以外の用事も多くなる・・。先日着工した16番車両の年内完成は無理か。予算もきつい・・。

16番のペーパーボディの作り方に関しては、模型誌でも繰り返し記事が載っている。昔は小高などのキットがどこでも売っていたから、そこから入る人も多かったと思う。TMSではもう長いこと、小林信夫氏の記事が連載されいている。私の場合、70年代から80年代にかけてのTMSの記事を参考に、自己流で作っていた。よく読んだ記事は、西尾博保さん、安田謙一さんとか、大熊重男さんなど。今名前が浮かばないだけで、もっと影響を受けた方々もたくさんいるけど・・。

TMSを読み始めたのが’74年の6月号、ここには大熊氏の京成3290の記事がある。そして、そのすぐ後で買った5月号に、松村豊氏の近鉄タイプ自由形の記事が出ていた。

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大熊氏、西尾氏の製作法はわりと当時としてはスタンダードなものだが、松村氏の製作法はかなり独特なものだ。氏はOゲージの時代から自作をされていたようなので、その頃のご経験から来ているものもあるのかもしれない。車体の構造、パーツの使い方や、接着剤、窓ガラス(顕微鏡用ガラス)の使い方などに氏独特の工夫が見られる。
とても美しい造形だが、信じがたいことに塗装は刷毛塗りなのだという。自由形と言うことで、床下機器は銀色、6000系の屋根はマルーンと、とても自由な発想で仕上げられている。

製作の技法が云々と言うよりも、模型そのものに対する視点、物事のとらえ方がユニークで、なんというか、非常に次元が高い。しっかり模型を楽しんでおられ、実物に振り回されていない一方、自分の表現したいものはきちんと表現されている(松村氏を存じ上げているわけではないので、大変失礼な書き方になってしまうかも知れないが、造形関係の専門家の方なのだろうか?)。
もっとも、そんなことを考えるようになったのはもっと大人になってからで、子どもの頃はなんだか面白いなあ、というぐらいにしか感じられなかった。

氏の製作法を私がそっくり真似することはできなかったが、(1)室内を作り込まないまでも、床板の表現に気を遣う(2)窓ガラスの平面性を重視し、厚めのガラス(は使えないのでアクリル板など)の2点は、松村氏の影響からきていると思っている。’79年に初めての編成もの、東武1800を作ったとき、完全スケールではなくセミフリーに近い設計にしたのも、松村氏の影響だ。しかし、実物のエッセンスを捉え、自分の好みをくわえて作るというのは、実物にこだわって超精密に作るのと同じくらい難しいんだな、というのを、この模型で初めて実感した。まあ、今見ると全然レベルが低くて、まさにボロボロだけどね。
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手前のNはどうでもいいが、奥に見えるのが、その頃作った1800。現在行方不明。

今の模型はとにかく精密で、50万円も出せば東武78でも8000でも、驚くほどよくできた模型を入手できる。しかし、模型というものは車両をどんどん精密にしていくと、周りとの違和感が目立ってしまったりするものだ。

なんてことを考えつつ、ネットを徘徊していると、全然模型工作ができない。

追記:そういえば、この月は松村氏の自由形電車が折り込み設計図面で、これにがっかりした、自由形の図面など不要だ、という投書があり、しばらくTMS誌上を賑わした。フリーランスって、敷居は低いが奥は深いんじゃないかと思う。今思うとTMSも、批判を承知で図面化したんじゃないかという気がする。あの頃のTMSは結構気骨があったな。

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コメント

はじめまして。偶然2013年12月9日の貴記事「松村豊氏の近鉄タイプ自由形」を拝読した松村豊の息子です。記事中に「小5の長男云々...」とあるのは私のことです。ずいぶんお褒めいただきありがとうございます。父はTMSではそれまで何度か0番の作品を発表しており、中尾豊氏とも親交があって、同氏の勧めでこの記事を書いたようです。父はその後の論争を気にしたのか、このあとダブルルーフの自由形を2輌製作したのみで、模型の製作をやめてしまいました。車輌は大阪の実家のショーケースに当時のまま飾ってあります。ご所望であれば、次回帰省時に写真を撮ってお送りさせていただきます。「刷毛の跡」がはっきりわかりますよ。(なお父は存命です。)

松村豊の息子さん、コメントありがとうございました。
 
40年以上前に夢中になり、強く影響を受けた作品を作られた方のご親族と、こうしてネット上で知り合うことができるなんて、何とも光栄です。。
 
今日の模型誌を飾る素晴らしい作品群や、模型店で見かける市販模型を見ると、松村氏が作品を発表された昭和40年代後半とはまるで時代が違うのだな、と改めて実感しますが、それでもあの記事から受けた衝撃を、今日の作品や製品から得ることはできないのではないかと思います。赤白タイル模様の床とか、マルーンの屋根、銀色の床下機器や台車・・。実物のスケールダウンばかり気にしていたら、ぜったい思いつかないような発想ですよね。。
 
もし機会がありましたら、いまのあの電車たちの様子をご紹介ください。。

ご無沙汰しております。しばらく実家に帰らずレポートが遅くなりました。父は貴殿の投稿にいたく感動し「分かってくれる人がいてよかった」と言っております。当時の作品の写真を撮りました。記事で「京阪タイプ」とされているものです。紙面では残念ながら色が正確に出ていません。本来はこんな感じです。筆塗りの様子が分かるかと思います。ラッカーではなくエナメルを間違えて塗って「しまったー」と言っていたのを覚えています。乗務員ドアのノブはインレタの!マークです。画像は以下アドレスからダウンロードしでください。www.hgd.jp/Data/mokei-01.jpg 3枚あります。データ名末尾を02 03にしてダウンロードねがいます。お楽しみいただけるとさいわいです。ちなみに「いくつくらいの方だろう」と言ってました。

追伸
インスタグラムで#yutakamokeiでも見ていただけます。

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