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2013年11月28日 (木)

E501系

時々訪れる用務先で、E501系に初めて乗った。
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起動時の音が音階になっていたのは、You Tubeで見たけど、今は普通の電車ですね。
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上野口に出ていた頃は全然関心がなくて・・。
千葉の209系もそうだが、田園風景を4扉車で長時間乗るのは、サービス的にどうもなあ、と思う。簡素な台車は、整備の良い本線では良いが、支線区では結構ごとごとする。コイルばねの415系の方が良かったかも。
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ロングシートでも、こちらの方が座り心地は良い。
などと言いながら、珍しい電車がくると反応してしまうわけで・・。

2013年11月26日 (火)

昔話 - ストライキ

村上春樹の古いコラムを読んでいたら、「誤解されるかも知れないが、僕は鉄道ストを悪からず思っている」みたいなことを書いていた。おそらくこれが書かれたのは80年代の初め頃だと思うが、そういえば昔は春になるとスト、あったなあ。

小学生の頃は、ストになるとよく駅に行った。電車の来ない線路に入り込んで(本当はいけないけど)、さびが浮いた線路を眺めたりしていた。午後になって労使話し合いが解決し電車が走ることもよくあった。

いわゆるスト権ストのことは、少しだけ覚えている。連日テレビのニュースが大騒ぎしていた。ただ、自分たちがそれによって何か影響を受けたという記憶はない。翌年から電車通学を始めたが、一つ上の先輩達はかなり影響を受けた、と聞いた。

関東の大手私鉄では、西武、京急、小田急などはストをしないことで有名だった。東武、東急、営団などはたいていストに参加していた。その頃のニュースで、元住吉に留置されている電車を、上空から映している映像が記憶に残っている。ストをやらない私鉄は、立派なものだ、とも思ったが、反面いいこぶりやがって、という気持ちも、どこかにないではなかった(なんだそりゃcoldsweats01)。

中1から電車通学だったので、影響は受けたことがあると思うが、不思議と余り記憶がない。
遅電で歩かないといけなくなったことはよくあって、それは覚えているのだが。

社会人になってから、ストの影響を受けたことはない。既に国鉄は民営化されていたし、最初はJRを利用しなかった。中小私鉄や、バス会社などは長くストをしていたが、大手私鉄は80年代以降、ほとんどストをしなくなった。

ストではないが、首都圏国電同時多発テロのことも覚えている。大学生で、バイトはしていた気もするのだが、大学にも職場にも行かなかった、のかな?南古谷まで行って、写真は撮ったようだ。
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ストライキは法律で認められた労働者の権利だが、これは純然たるテロだ。これも驚いたな。
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ウェブを色々調べると、スト権ストや、40年前の首都圏暴動など、これが日本かと思うような事件が起きている。40年前の春のことは、覚えてないなあ・。暴動を起こしたのがサラリーマンと言うから、驚きだ。さいきんもまた再燃しているらしいが、以前タイの民衆が、長期にわたり空港封鎖とかしているのを見て、血の気多いなあ、日本ではあり得ないな、と思ったものだが、昔の日本人は元気だった?

いや、暴動で電車を壊す乗客も犯罪行為をしているのだから、肯定的な言い方は問題があるな。とはいえ、当時はみだりに欠勤も認められなかったろうし、必死な思いで出勤していたのだろう。少なくとも、酔っ払って駅員を殴っているような輩(多いらしい)よりは共感を持てる。

2年前の地震の時は、JRが早々に駅を封鎖してしまい、批判を浴びた。その頃のトラウマだろうか?やはり草食化が進んでいるのかも知れない。またまた話が飛ぶが、草食男子が増えた、とうれしそうに語る女性、というのは一体何なんだろう?全然面白くないぞ。我々は草じゃなくて鉄を喰って生きているから関係ないが(鉛はやめよう)。

とにかく、今の日本人はストライキも知らず、それどころか仕事がなくなりはしないかとおびえ、電気がないと脅されて、電車を止められても文句も言わない。時代は進歩したのだろうか?

2013年11月24日 (日)

フィルムのスキャン

大問題だ。KATOのHOユニトラックセット、パワーパックが見つからない。押し入れの奥の方にあるはずだが、出てこない。2年前の地震の時、奥の方にしまい込んだらしいのだが・・。

それはともかく、先日友人と飲んだとき、昔撮影したフィルムをスキャンする話が出た。
我が家では7年ほど前、フラッドベッドスキャナを使って、手持ちのフィルムの大部分をスキャンしてある。厳密に言うと、一部初期にスキャンした分は再スキャンしたいとか、色々あるが、とりあえずアーカイブとしては役立っている。

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9年前に買ったCano Scan8200F。12コマのフィルムを同時に装填して取り込むことができる(追記:写真奥に見える、白いカバーはスキャン時には外す。フタの裏側に光源がある)。
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12枚をスキャンするのに、数時間かかる。
ポジフィルムは比較的問題がない。フィルムベースもしっかりしているし、色もきれいに出る。ポジ独特の色合いは、デジカメでは表現できない味わいがある(まあ、それを生かした写真を撮っているかは別の話だけど)。
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ネガもソフトで反転してくれるので、基本的には問題はない。
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コントラストが強い場合は調整が難しい。自動補正すると、暗部が汚れたり、カラーバランスが狂ったりする。また、もとから露出が適正でないものも、補正が難しい。
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今作例が見つからないが、ネガの場合は一番端のコマはカールしてしまい、いわゆるニュートンリングという現象が起きる。それを防ぐにはフィルムホルダーをきちんと密着させる必要がある。不要なオレンジカード等でフィルムを押さえるジグを作ったりした。
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ホコリは自動的に除去されるが、青空が広がっているようなシーンでは、防ぎ切れていない部分も目立つ。
スキャンとは関係ないが、古い写真(多くはオリンパスZUIKO 50mm F1.4で撮影)は結構周辺光量落ちしているものが多い。プリントだとカットされるので、わからなかったのだろう。

それよりショックなのは、フィルムのカビだ。もとはオレンジ色なのだろうが、反転すると緑に見える。少しなら補正で消せるが、消しきれないものもいくつかあった。
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これなんかはもう補正しきれない。

10数年前までは、ニコンやミノルタから良質なフィルム専用スキャナが出ていた。当時の高級デジカメ程度の値段で買えたが、手が出せなかった。中古は今でも買えるかも知れないが、ドライバがOSに適合しないかも。そういえば、ニコンのコンデジ用スライドコピーアダプタを使ったこともある。今も持ってると思うが、あれは難しすぎて実用にならなかったな。

Canoscan8200Fは、今も現役だが、実は地震の影響で内部が破損している(使用自体はできるようだ)。修理はできないそうだ。今も同機能の最新機は購入可能。先年、ほぼ同時期に買ったプリンタが壊れ、複合機でフィルムスキャン可能な最上級機も検討したが、実売価格が不当に高く、フィルム機能のない廉価版にせざるを得なかった。でもまあ、当面は8200Fを使えるし、使用する機会はそれほどはないだろう。

2013年11月22日 (金)

エンドウMPギア ほかのパーツを買う

 ゼロからスタートする趣味よりも、昔凝っていて、長いブランクの後に再開する方が難しいのではないかと思う。
 時代が変わり、色々な事情が変わっているのだが、昔のことが思い出されて、現状がなかなか受け入れられないのだ。

 たとえば私は、80年代後半から90年代初め頃の自動車には詳しい。さいきんスズキのスイフトに乗ったが、昔のコンパクトカーに比べ格段に質感が良く、走りも立派なものだった。それでも、昔の車の方が楽しかった気がする。

 Nゲージはこの40年間、つかず離れずして見てきたのであれだが、16番はもう長いこといじっていない。情報は雑誌の立ち読みか、店頭でちらちらと眺める程度だ。メーカーも移り変わったし、売り方も変わった。

今の16番の動力方式は、MPギアが主力、と言うことはちらちらと聞いていた。私は縦型モーターとインサイドギアを使った、最後の世代で、結構満足していたので、なんだかNゲージっぽいMPギアの駆動方式には関心はなかった。

 しかし、パワトラですら入手困難な現在、16番で自作するとなると、これを避けて通る訳にはいかないようだ。

というわけでIMONで、若い店員にさいきんの事情を色々聞きながら、パーツを一揃え買ってきた。
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ネットで予習したときは、動力ユニット(Nゲージのような下回り一式)は1万5千円弱、MPギアは約7千円とあった。モーターは別売かも知れないが、一揃え1万円弱かな、と思って店に行ったのだが、台車2両分と床板を含めた一式で、1万5千円を超えてしまった。高いなあ。

モーター取り付け用のブラケットや、ドライブシャフトも別売だ。床板は自分で用意して、穴を開けないといけない。パワトラは台車につけるだけ、縦型モーター式も組み付けてボルスターで床板につけるだけでいいというのに。やれやれ。

まあしかし、動力性能はかなり向上しているらしいし、エンドウの真鍮完成品の価格を考えれば、こんな価格でも立派なものかもしれない。

パンタグラフも高そうだ。今回は買わなかったが、3千円位を覚悟しないといけなさそうだ。これも手仕事を考えるとそんなものかと思うが、昔の記憶が邪魔をする。カツミの完成品についていたPS16は360円、もっと安いTERは300円、シリンダーも表現されたデラックスは800円、だった時代を知っているからなあ。それに、Nゲージのパンタは今でも300円ぐらいだ。

まあとにかく、ルビコン川を渡ってしまった。何とか年内に、30年ぶりの自社工場製新車を作らねば。

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ただ、思ったよりお金がかかるので、予算調整しないと。Nは年末にトミックスの初期型103、年明けにGMの8000と、色々と入り用なのだ。

買ってから25年になるC11も、調子が落ちているので新車に置き換えようと思っていたが、整備して使い続ける事に。
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2013年11月21日 (木)

レイアウトの緑

レイアウト改修工事の一環として、木々や草などの更新がある。フォ-リッジの葉に積もったホコリは酷く、色はくすんでしまっている。
もともと簡易レイアウトとして、4年前に開通させたときはかなりあっさりした仕上げだった。
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今見るとスカスカだな。
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かなり殺風景だ。学校の文化祭のレイアウトみたいに、そんなに長く使うつもりもなかったので・・。
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地表が露出し、何だかアメリカ風。
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山や木ははフォーリッジで覆い直した。森の下草や、河川敷の灌木はライケンをつかった。
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木の本数は余り変わらないが、緑が濃くなった。
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この辺は配線変更を考えていたので、平地のままにしてあったが、見通しがなくなったので草で覆った。
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ライケンはまとめて買ってあったものを使った。ライケンはボリューム感を表現するには良いが、ちょっとくせがある。本当は先端の細かいところだけ、使うようにすべきだ。
ただ、手軽に風景が変えられるので、やり始めると止まらなくなり、河川敷などライケンだらけになってしまった。

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 開通の頃買ったライケンはトミックスのもの(ロットが小さくて安かった)で、色は青っぽい緑、ゆでたブロッコリーみたいでどうも不自然だったが、そのまま使っていた。今回目立つので、ターフやパウダーで覆って調整した。
 今回のはKATO(ウッドランドシーニックの輸入品)で、パックの状態で見るとずいぶん地味な色に見えるが、配置すると風景に溶けこんで悪くない感じだ。
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草と言うより灌木。つい先日までこんな感じだった
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作り込まれたレイアウトと比べると、建物が少なく緑地が多い。普通はもっと家とか畑とか、色々作るところだ。
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ブルートレインがとくに好きなわけではないが、こうして風景の中を走らせると生き生きとしてきて、運転していてものすごく面白い。いつまでもぼんやりと眺めて居続けたい気がする。
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寝る時間がなくなりそうだ。
しかし、年内にはまた別の挑戦をしようとしている。ので、駅に列車を止めよう。



2013年11月18日 (月)

小平お立ち台

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暖かい一日だった。用事を済ませた帰りに、小平に寄った。
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釣り堀のように、手軽に撮影できるところだ。
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そこそこの車両のバラエティも楽しめる。
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まあ、普段見慣れた車両 ではあるが。
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30000系もずいぶん数が増えた。
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3000系は新宿線でも総数が減っているのか、よくわからないが、見る機会は減っているようだ。
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2000系もいい。
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N系も決して新しくはないが、よく整備されている。
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6000系は2本しかないが、まあ、そう珍しいわけでもない。
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特急が走っているのがイイですね。
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普段は乗らないから邪魔にしてるんですけど・・
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珍客白い101系も登場。
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一応、これで新宿線を走る車両は総ざらえしたかな。



2013年11月15日 (金)

JR東日本の海外戦略

日経新聞11月13日から

東日本旅客鉄道(JR東日本)は海外市場の開拓に向けて社内の体制を整える。2014年春をメドにロンドンに事務所を新設。海外に派遣する社員はこれまで 年100~200人だったが、車両メーカーなどへの出向や研修を増やして同600人規模にする。海外展開を成長戦略の柱の一つに据えており、鉄道プロジェ クトの情報収集やグローバルに通用する人材育成に取り組む。(後略)

バンコクの新路線の運営全般を、先日受注した。このほかハノイの都市鉄道について、東京メトロが協力するらしい。
昨年の日経記事では、東急が不動産、都市開発で海外事業展開を開始済み、京王も戦略室を発足した、と言う記事を読んだ。
日本の都市鉄道は世界に誇りうるものだし、都市開発、流通、エンターテイメントまで包括した、大手民鉄という事業モデルは、総合商社と並んで日本ならではの形態だ。国内の市場が先細りと見られている今、海外進出は日本の鉄道にとって、重要な事業となりつつある。

ところで、なんで私が鉄道の海外進出に興味があるのかというと、将来日本経済が廃れても、外国に日本式の鉄道が生きていれば趣味が続けられそうだからconfident。ベトナムなんか、日本の田舎の風景と似通ったところがあって、うまくするとよき時代の日本の鉄道風景を醸し出してくれるかも・・・。
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2013年11月14日 (木)

昭和な2本

*単なる雑談です。

ちょっとくたびれた。先週の疲れがいま出て来たかな?
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ぼおっと列車の走るのを見ていたい気分。
1日15分くらいずつ、レイアウトの改修工事をしようとしているのだが、なかなか進まない。
奥に見える、河川敷は、地殻の変動で段ボールの川岸が反り返ってしまった。ずっと気になっていたが、ようやくカッターで一部を切開し、水面を平らにした。河川敷に敷く小石は2年前に買ってある。緑のゴミのようなライケンの灌木も何とかしないとな。

キハ20系を最初に買ったのは1977年。これは翌年に買ったクモハ43キットに動力ユニットを譲り、短期間で消えた。GMの旧国キットは最初、動力部ユニットが未発売のままリリースされた。完成品のモハ72も、111系の動力を流用していた。おおらかな時代だ。とはいえ、電車に気動車の下回りを使う人はいなかったかも・・。

2回目は1981年夏、ときわ台のるー模型店で買った。写真の1両目がそれだ。一緒に買ったのは学研のキハ55、これは甥にあげてしまった。動力がダメになり、新動力の新車を追加したという話は、以前書いた。

103系を最初に買ったのは1974年のことだ。クハの鶯色。クハしか買えなかった。それ以来、何両買ったか覚えていない。写真に写っているのは17年くらい前に買ったと記憶している。先頭車がクモハなのが不満だったが(ブルーやオレンジならいいが)、簡単に取り替えることはできないようだ。昔はサッシやHゴムに色入れしようとして失敗していたが、これは製品のまま何もいじっていない。
トミックスからオリジナル103のHGモデルが出るらしい。つい手を出してしまいそうだ。103系はグリーンのものだけでもう11両もあるのだが。

2013年11月12日 (火)

工作用紙とサーフェサー・・

帰りにユザワヤに寄った。本来の目的は接着剤を買うだけだが・・。
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用紙のコーナーを見ているうちに、思いつきでケント紙を買ってしまった。
ケント紙は車体には薄いので、その足で東急ハンズに行き、学校用工作用紙とラッカーサーフェサーを買った。昔からの、ボール紙だ。いさみやの車体製作用紙のほうが定番だが(30年前から)、あれは買ったことがない。

考えて見ると、最後に16番の自作車両を完成させたのは30年前だ。
写真の山陽820はこの状態でほぼ30年制作が進展していない。

中学の頃は無謀にもNで私鉄電車の自作を試み、高校になって16番にも進出した。パーツは入手しやすかったし、やはりNよりは作りやすかった。
昔は短いものは3日から1週間くらいで完成させていた。元気だったな。

社会人になって、カワイのキハ30キットを組み(これは完成)、KATOのレールセット、エンドウのキハ02,ワフを買ったが、16番はもうそれきり。

Nだって、今では単なるコレクターだ。7年くらい前、何とかまた自作できないかと、パーツを買ってみたが、だいたいそういうことを始めようとすると、仕事が忙しくなったりすることが多く、落ち着くと又別のことをしたくなる。
それに、今は目が厳しいcrying。更に、鉄コレが普及し、思いもかけない車両が突然製品化される。あれを追いかけていると、誰かに振り回されているみたいで面白くない。

というわけで、16番ペーパーで、自分の好きな車両を自作できないかな、と言うことは、数年前からずっと考えている。
ただ、何しろギャップは大きいし、根性はないし。

2013年11月 8日 (金)

オークションでミニトリックスBR89(T3)を買った

生まれて初めて、オークションで落札してしまった。それも、国内のヤフオクではなく、Sekaimon(eBay)でだ。セカイモンは、海外のeBayの購入代行をしてくれるサービス。今回はドイツで出品されたものを購入した。

日本語、日本円で海外のオークションを利用できるのが売り。ドイツ語がわからなくてもドイツからのオークションを使えるのはよい。もっとも、出品者のコメントは自動翻訳で、かなり読みづらい。独⇒英語ならまあまあ。自動翻訳も、技術が進めば実用的になってくるのだろうが、その前に日本語そのものが乱れてきたりしないかと、心配になる。
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ミニトリックスやアーノルトなどの古い模型は、国内では入手が難しい。探してみると、さすがにドイツには色々と出品がある。偶々終了間近のものに応札したら、あっさり落札できた。
到着まで1週間ぐらいかかった。かなり早かったほうだろう。
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こんな風に入っている。梱包はまあ、丁寧な方だろう。
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これが中身。笑っちゃうぐらい小さいですね。
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美品だ。
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手持ちの同じ製品(右)と。比べてみて、手持ち品がこれほどボロボロだったと言うことに初めて気がついた。
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手持ち品も新品購入ではない。’76年秋、雑誌「とれいん」の交換欄でみつけ、連絡して購入した。名古屋の高校生の方だった。
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両者の違いはほとんどない。唯一、第一動輪下の動輪押さえにバルジらしきものが見られるのがちがう。また、ヘッドライトに銀色の色差しがない。
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手持ち品。レコードプレーヤぐらいの、ミニミニレイアウトで運転中、席を外していたら石を噛んで止まってしまい、モーターを焼いてしまった。考えて見ると、不動状態になって30年近くたっている。
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フライッシュマンの2軸客車を牽かせてみる。恐ろしく長いホイールベースを持つ客車だ。ギアに注油し、車輪を軽く拭いて整備する。かなり固い感じの音がするが、ちゃんと走る。
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暖機にはかなり時間がかかり、またその効果もある。スピードのコントロール範囲は狭く、かなり電圧をかけないと動かない。最高速は200km/hぐらい出そうだ。
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こういう、シンプルで丈夫な小型車が好きなのだ。
レイアウトで運転すると、非日常的な感覚が楽しめる。4扉通勤車の模型も悪くないが、これはこれで私の模型ライフの原点だ。
ただ、さすがに今の模型に慣れていると、機能的に古さを感じることは否めない。暖機に時間がかかり、スローがなかなか効かない(効かないわけではない)。
実は、もう1台、89型(メルクリンの基本セットなどでおなじみのタイプ)を応札したが、終了直前に倍以上の価格で応札されて敗退。くやしくて、別の出品に手を出しかけたが、やめにした。その後で本製品が到着し、運転の難しさを実感したからだ。

2013年11月 5日 (火)

銚子電鉄

先日書いたとおり、銚子電鉄の運行本数が大幅に減少する。ので、応援のため?に同鉄道を訪れてみた。4年ぶりだ。
生憎雨だ。午後には止むという予報を信じて出かけるが、なかなか止んでくれなかった。
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東京駅地下。このしおさい3号は5両なんだね。東京駅を発着する列車の中では最も短いかも。
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佐倉までは快調に飛ばすが、佐倉を過ぎると線路状態がだいぶ落ちるようだ。東京から2時間だから、それほどの距離ではないが、風景が単調で、ちょっと飽きる。
時間帯によっては千葉から延々209系に乗ることになるが、これは結構きつそう。以前113系で千葉から来たときは趣味的に楽しかったけど。
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ChibaがChinaに見えてくる。やだなあ、そんなの(失礼coldsweats01)。
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日中30分ヘッドを確保しているが、21日からは1時間おきに減便される。4年前に比べると車両が大型化、編成増(1両⇒2両)しているが、乗客は減っているらしい。もっとも、私が乗ったときは遠足か何かの小学生が数十人、どやどやと乗り込んできて、えらく賑やかだった。
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友人からもらった情報に基づき、1日券を買った。犬吠でペットボトルと濡れせんべいをもらえる。620円はかなり安い。車内には案内の社員(女性。車掌ではない)がいて、パンフレットを配っていた。
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何か足りないと思ったら・・。
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2001年8月
風車の羽根がなくなってしまったのだ。待合室は壁もあちこちはがれてしまい、かなり痛々しい状態になっている。

駅施設は90年台はじめ、不動産会社の系列だった頃に次々と改築されていたものが、次第に老朽化しており、痛々しい。

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一瞬車号が変わったのかと思ったが、反対側は1002となっている。
1002も、シートが所々傷んでいる。
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外川の引上線にはかつての主力、801が突っ込まれている。
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澪つくし号が運行されていた頃には、ここで機回しが行われていた。ここに廃車が置かれているのは、その必要もなくなったからだろう。いずれどこかに保存されるのかも知れないが、車体はかなり痛んでいる。
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その澪つくし号につかわれたユ100は、笠上黒生に留置されている。
ここだけは以前より多少手入れされたようで、線路が草に埋もれていない。
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以前はこんな感じだったのだ。
また、駅舎と反対側からもホームに行けるようになったようだ。
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前後するが、いったん外川に行き、そこから一つ戻って犬吠で降りた。
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電車がなくなったようだ。
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前はこんなものが置いてあった。この頃既に使われていなかった。これは相鉄2000?
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犬吠埼に行った話はメインブログを見ていただくとして、ここでは省略。
乗車したのは2002F。
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車内には搬入時、塗り替えのときの写真が掲げられている。これは東武キハ2000?
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幅の狭い、ちょっと貧相な京王5000。汚れが目立つ塗装がその印象を強める。
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離合。改正後は見られないか、と思ってここに来た。日中の交換はなくなるが、朝ラッシュ時の交換は継続するらしい。
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車両は移り変わったが、いまでも昭和の電車が走る鉄道、という看板はおろしていない。
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2002の正面は旧オリジナル色になっている。雰囲気デハ700という感じか。正面だけ目立たない塗装にするというのは珍しい。
そうか、車幅が細くて裾絞りがないから、キハ2000に見えるんだな。

観光客はそこそこいるのだが、施設や車両の傷みは相当進んでいるように見える。銚子駅の待合室なんか、ボランティアで修繕してあげたいくらいだ。ひたちなか海浜鉄道と提携した(車内ポスター)そうだが、保存鉄道的でも良いから、何とか元気になって欲しいものだ。






2013年11月 3日 (日)

オハ31系 帯なし

 夏前にカバーを掛けて、ずっと運休していたレイアウトを動かしてみた。
以前は車両を常駐させ、カバーもしていなかったが、酷いホコリに悩まされた。
 中国はPM2.5による大気汚染で、視界不良になり、空港閉鎖に追い込まれたが、我が家ではホコリによる集電不良で、レイアウト閉鎖である。とにかく、再開してすこし手を入れていこうと思う。

 再開ついでに、9月発売のオハ31系帯なしを買ってみた。
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手前が従来からの3等帯あり、奥が今回買った帯なし。塗装が戦前のぶどう色1号になり、レタリングが追加されている。ボディそのものは変わらない。
天賞堂で購入したが、ショーケースにもカウンターにも展示がない。店員に声をかけたら、どこかから出してくれた。
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オロ30は帯色が変わった。奥の従来製品にくらべ、やや明るい色をしている。
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オロ30 1となっている。秋田所属。
従来製品(私の持っているのは25年位前に購入したもの)は、オロ30 74となっている。有名な話だが、オロ30は2両しか作られなかったので、これは一種のファンタジーなのだが・・。
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オハ31もレタリングがつくだけでだいぶイメージが変わる。
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実物のぶどう色が明るく変わったのは時期的にいつなのか、わからないし、3等帯の省略と塗装の変更どちらが先かもわからない(帯省略が先と思われる)が、従来塗装は時代考証的にはすこしおかしい部分があるのだろう。

ただ、このオハ31は国鉄オハ31と言うよりは、もはやKATOのオハ31であって、40年間通してきたこの姿が、やはりもっとも似合っているというべきなのだろう。

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たくさん並べると、レイアウトが何となく戦前めいてくる。堀越二郎が乗っていそうな感じ。
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古い写真を見ていると、戦後は20m車の編成の中に所々オハ31が混結されている、という例を見かける。帯ありだとちょっと違和感が強いが、帯なしならオハ35,スハ32あたりと一緒にしても、それなりに様になるかも知れない。DF50(茶色)がオハニらしき車両を従えている写真は見たことがある。
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どのみち、うちのレイアウトで時代考証を考えて見ても仕方ないので、適当に走らせるのが一番だ。
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我が家では最新の機関車、DD13もなかなか似合う。これも考証的にはおかしい。
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こうしてみると、今でも十分シャープな造形だ。

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