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2013年10月31日 (木)

10月は東武8000系が登場してから50周年

もたもたしているうちに10月も終わってしまう。

日車製の8106F, 8112Fが登場したのは、今から50年前の1963年10月だ。ので、今月(今日までだけど)が、8000系登場50周年と言うことになる。

50周年に伴い、雑誌などでも取り上げられる機会が多くなっている。
ネット上では8000について現況を報告する、詳しいサイトも多く見られる。個人的には思い入れのある本車両が、次々と廃車される現況を見ているのは全く忍びない。
自分なりのオマージュとして、私と東武8000との個人的な関わりを簡単に書いておくことにする。

・小さい頃、東上線には新旧の電車が走っていることはわかっていた。新しい電車(8000)は余り好きではなく、古い電車(73,78)に喜んで乗っていた。8000は運転室仕切りの窓が高い位置にあり、正面窓も高いので子供には背が届かないのだ。78は窓も低く、運転室背後に座席もあるのがうれしかった。ただ、あれは運転席側は窓がないんだよな。

・そういえば、東武は長いこと乗務員室仕切窓のカーテンをを昼間でも閉め切り、助士席側の1枚だけ開放していた。夜間は室内照明が運転に差し支えるので、どこでもカーテンを閉めるが、昼間は普通開けている。沿線住民としては何となく、運転士が乗客に隠れて何かしているみたいで、面白くなかった。国鉄が民営化されてしばらくしてから、昼間も全部開けるようになったような気がする。

・小学校4年生のとき、学研のカラー図鑑「電車・汽車」(だったかな)を買ってもらった。そのとき初めて車両番号の意味を知った。学校の帰り、駅まで行って電車の車番を見ると、クハ8124とある。あれ、新性能電車は3桁で、7,8は交流専用電車なのでは?頭が混乱した。

・5年生の春、塗装がセイジクリームに変わった。それが塗り替えたものであることは、子供でもわかった。これは子供達の間では相当に話題となった。なぜか流言飛語?が飛び交い、水色の電車も見たとか、濃い緑色のもいるとか、いろんなことを言っていた。8000ではないが、池袋で78のクリーム色を初めて見たときは、母親に無理を言って、区間運転のこれに乗って帰ったりした。
ちなみに、東上線で最後まで旧塗装だったのは8156F(最初の冷房車でもある)。これも今はない。'76年の6月頃の話だ。

・'74年秋の思い出。乗った電車、8164Fは新車で、これは最初からセイジクリームだった。車内の、床の台車センターピンの辺りに、金属製の丸いフタがある。新車のときはこれが床と同じ、グリーンに塗られている。時間が経つと塗装がはがれてしまって、それでも全検では塗り直されない。停車中でも、FS056はバネが柔らかいからゆらゆらと揺れている。車体が傾くとぽわ~、くわ~と、エアサスが音を立てる。それを聞いて、なぜか電車にひかれてしまった人(幽霊の)の叫び声のような気がしてきて、怖かった記憶がある。

・'75年12月、Nゲージで8000を自作した。とりあえずクハ8100を作った。車体はボール紙、床板はt1.2のプラバン、台車はグレーに塗ったTR201だった。25日、つまりクリスマスの日、ときわ台のるー模型店でモハ103、オレンジを買った。クハの車号としてつけた8151は、このときに乗った車両番号だ。たつた模型の調色塗料(マッハより安かった)も買って、筆塗りでオレンジ/ベージュに塗った。

モハ103を使って8000の動力車にするつもりだった。ところが、買ってくると情が移り?、翌年1月、お年玉を使って残りの103系を買ってしまった。モハ8200,8300は翌年5月頃作ったが、だんだん腕が上がって最初のクハと出来映えが合わなくなった。最後の8400は作らずじまいだった。

'79年の初め頃、2代目の8000をつくった。車号は8164,今度はセージクリームだ。薄手のケント紙を使い、窓枠は薄紙と、中桟は真鍮線ですっきり仕上げた。塗装も今回から吹き付け(ハンドスプレー)だ。
室内灯装備とした。天井板として透明塩ビにケント紙を貼り、更に天井と屋根の間に、一定間隔でスリットを入れたアクリル棒を入れた。中央に電球を入れる。電球の光は、アクリル棒を通して拡散して照明される。
ちょうど103系の天井がでこぼこしていたのに、201系になるとフラットですっきりした天井板に変わったように、模型でもすっきりした天井板を目指したのだ。やたらと凝った作りだが、天井板が補強を兼ねていて車体は丈夫だった。・・・クハの車体を作ったところで挫折。

まともな編成を組んだ8000は、'81年1月にようやく手に入れることができた。GMのキットがこのとき発売されたのだ。お年玉で買った。初代はまだ床下機器がいわゆるダイキ中ヤス製で、動力車はエンドウ製、しかもFS372仕様の流用だった。塗装は横須賀線クリームの吹きつけ。

・8両固定の8173F~が登場したのは’77年春のこと。まだ日中の列車は6連が多かった。5月頃、8連のサハを抜いた6両で運用しているのを見た記憶があるのだが、幻だろうか?
ちなみに、10連の運転開始は前年’76年11月で、小田急とほぼ同じ時期、当時はラッシュ時のみだった。

・’76年から’81年まで毎年増備があったが、原型でバリエーーションが一番豊富だったのは’80年頃かな。非冷房車もまだかなりあった。初期車はサハ8700、モハ8800を増備する形で6両固定化されたが、いずれも当初は非冷房で、8114F を最後に全て冷房化された(79年11月頃)。初期の車両は内装デコラの退色が激しく、薄い肌色になってしまった。他方増備された中間車や、初期車でも冷房化の際交換された妻板部分の内装はきれいなので、対比が目立った。
’69年までの運転室仕切りは狭く(仕切りから客ドアまでが広い)、’70年のものは運転台側だけ広い変形、’71年は中間車のみの増備、’72年は冷房車で、運転台仕切りは今と同じく広い(仕切りから客ドアまでが狭い)。’76年製はこの頃東上線にいなかったが、台車、クーラー、ドア(ステンレス)が変わった。’80年製は更に、ドア窓がHゴムから金属押さえに変わった。
これらの特徴の多くは、更新により失われ、今度は更新内容による、別の変化が生じてくる。

・更新車は’86年から登場した。78の更新が終わり、塗装も変わり始めた時期だ。
翌年7月、全面を新しくした更新車が登場した。9000の量産車も稼働し始めた。東武もやるもんだな、と感心したのを覚えている。
更新も増備期間と同じ位、長くかかった。私にとっては現塗装から後はもう「現在」に近い。’05年にウェブで、初の廃車が発生したのを知ったときは悲しかったな。

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’77年7月。今のふじみ野付近。なぜか斜めっている・・。
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’79年5月、志木。

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’80年6月、上板橋。
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'03年6月、ふじみ野。LED化で方向幕、種別幕が拡大されいて、表情が違う。
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'03年6月、鶴瀬ーふじみ野。ついこの間の風景のように思えるが。
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'11年1月。森林公園(敷地外から)。既に休車状態。
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'12年1月。越生。これからも現役。
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’13年9月、朝霞8185F。以下、池袋口に顔を出す3本。
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8181F
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8175F

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コメント

8連の8000系ですが、8179・8181Fの投入が先と記憶しています。
それにより、8170~72Fが本線へ転出してしまい網棚前の手すり増設からもれる事になります。
8連から程なくして8173・75・77Fが投入されますが、仰せのとおりサハを抜いた4M2Tの6連編成での運用です。(サハは森林公園で休車となっていました)
これが朝の準急運用にも入り、5M3Tの8連もありました。

さて冷房改造ですが、8111Fか8113Fの内どちらかが6連固定の最後かと思われます。
これらの編成と以外とではクーラーキセの側面開口部分が異なり、前期は四角形、後期は五角形と別れていました。

特徴的な編成として上にもあります通り8164Fがあげられますでしょうか。
ドアの挙動音はドア内側無塗装タイプと同一、CPも8161~63Fとは取り付け方向が異なるなど試作的要素が見られました。

12号線さん、コメントありがとうございます。
さすが、お詳しいですね!
8両固定車のサハ抜きは、その当時からずっと気になっていたので、とてもすっきりした気分です!確か日中の各停で、真新しい8173Fが6連で運用されていて(各停の8連は珍しい時代)、強い印象を受けました。文献などで記載されたのを見たことがなく、写真も撮らなかったので、ひょっとして記憶違いかと、思っていたところでした・・。
6連の冷改ですが、8114Fは私の完全な記憶違いですね。今覚えているのは、’79年11月頃、8107F(だったと思うのですが)が志木に停車しているのを見て、ああ、まだ非冷房で残っているんだ、と思った記憶があることです。キセの形、初期のは確か真四角で、後期のものに比べて音がかなりうるさかったことを覚えています。
8164Fは、個人的に思いで深い車です。CPの向き、は知らなかったです・・。

また色々とご教示ください。

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