• Imgp9280
  • Imgp9279
  • Imgp9278
  • Imgp9276
  • Img
  • Imgp1234
  • Imgp1229
  • Imgp1222
  • Imgp1216
  • Imgp1211

« このマナーポスター | トップページ | DF91 1(マイクロエース) »

2013年6月15日 (土)

井の頭線延伸計画の記事

また日経の記事で恐縮だが、
井の頭線、消えた延伸計画と日本一の「三鷹球場」
帝都電鉄が京王帝都の1路線となった1948年、三鷹から田無、更に東久留米に至る延伸計画があったという(久我山から別線を計画。後に吉祥寺経由に変更)。競願として、西武多摩川線の延伸(武蔵境から東伏見、後に武蔵関)というものもあった。双方に共通するのは、旧中島飛行機工場跡地に設置された「東京スタジアム」と、周辺で計画された大規模なスポーツ施設へのアクセス。しかし、球場は1年で閉鎖され、路線免許申請も後に取り下げられた。

Dsc_0006
旧中島飛行機工場跡地から、浄水場のある辺り、この辺は私にとってはなじみの深い土地だ。工場引き込み線を利用した、国鉄武蔵野競技場視線の話は、何年か前のピクトリアル(中川浩一氏)の記事で知っていた。
この辺は戦時中爆撃の激しかったところで、よく不発弾の撤去作業をするお知らせを目にしたことがある。広い敷地だが、今は大きな公園と団地になっている。
Dsc_0009
吉祥寺、三鷹から西武柳沢まで、かなり頻繁にバスも運行されている。この辺りを南北に結ぶ鉄道があったら、便利だっただろうな、と言う思いは強い。

実は10数年前、いわゆる架空鉄道として吉祥寺-川越間を結ぶ鉄道を想定したことがあった。実際の計画とは違い、路線の開通は戦前で、軌間は1435mm,吉祥寺から田無、今のひばりヶ丘を経由、野火止付近に車両基地があり(開業時)、川越街道に沿って川越に向かう、本川越付近に終端駅があり、大宮方面の電車と接続、という想定だった。

 軌間が1435mmなのは、山の手急行との接続を想定したため。中島飛行機の工場は南側を通り、立野町付近から南下して、吉祥寺駅手前で右に急カーブして北口付近に駅を設ける、と設定。駅は小さく、車両は18m級5両までしか対応できない(後改良で一部8両対応)。
90年代半ば現在、60年代中期から作られた新性能車グループとそのマイナーチェンジ版、80年代からの界磁チョッパ車が主力、最新のアルミ、ステンレス車が登場、試作的に作られた初期高性能車は、Tc化され、やはり60年代から70年代に作られた吊掛式車体更新車は一部が冷房化、新性能化の上残存、という状態だった、と思う。

 後にだんだんエスカレートしてきて、川越からスイッチバックして北に向かい、高崎だかどこかまで延伸された(戦後)、ということで、クロスシートの長距離型が登場(料金不要の、京急旧600型のような)、80年代初めには後継の新車が一部指定座席付きで登場、その後一般車と混結、座席指定車廃止とか、話が広がってしまった。

 まあ、こんな遊びは若い頃は大好きだったけど、残念ながら年と共に想像力が枯れてきてしまったかもなあ・・。

« このマナーポスター | トップページ | DF91 1(マイクロエース) »

京王」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

西武鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« このマナーポスター | トップページ | DF91 1(マイクロエース) »