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2012年12月30日 (日)

青い光

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歌の話ではなく、駅のホームにあるあかりの話だ。

今年の秋、青い光は自殺予防に効果がある、ということで、たとえば山手線全駅に青色LEDの照明を導入する、というような話が話題になった。
一説には自殺予防に8割の効果があるとか、犯罪防止に役立つ、などという話もあるらしい。

その辺の効果の程はよくわからないが、普通の明かりに比べると、かなり存在感があることはたしかだ。
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雨や雪などに良く映える。
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黄色い車体も、かなり雰囲気が変わって見える。違和感が強いので、冷静になる気持ちも生まれてくるのかもしれない。


2012年12月26日 (水)

斜光

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暮はそれなりに慌ただしくて、どこかに撮影に行くなどと言うことはできない。
撮影できる時間は短いが、うまく光を捉えればきれいな写真が撮れそうな気もするけど。

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いつもは退屈に感じるステンレス車体も、光を浴びると多彩な表情を見せてくれるかもしれない。
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他方、こうした人工光もわるくない。
年賀状の準備をしているうち、もうすぐ今年も終わりだ。

2012年12月23日 (日)

大江戸線

先日久しぶりに大江戸線を利用した。大江戸線は、全通した12年前から、数ヶ月の中断を経て2年半ほど、通勤に利用していた。その後、2009年にも1年ほど、週に数回利用した。
地下鉄路線として国内最長、六本木駅は最深の駅など、色々と特徴の多い路線だが、趣味的にはそれほど人気があるとは思えない。E5000型はちょっと興味深いが。

久しぶりにホームに行くと、ホームドアが設置されている。ホームドアができたのは環状部では昨年のことで、さすがに知らないはずはない(今年3月と、いつだか忘れたがセミナーに出たときにも利用しているはずだ)のだが、そのときは意識に上らなかったらしい。

以前はラッピング広告された電車もあって、結構格好良かったのだが、今はどうなのだろう。山手線と違い、ホーム以外人のめに触れる場所がないのだから、広告のしがいが無いように思えるが。

ホームドアは環状部の設置が終わり、放射部もまもなく設置が終わる予定だという。
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2001年3月、六本木。この日、初めて環状部を1周し、所々で降車しながら1日を過ごした。
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狭い室内は、混雑時には難儀する。残業して疲れたときなど、六本木あたりから乗ってきた酔客やロシア人らしい金髪の女性やらの中に潜り込むのはしんどかった。
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リアクション・プレート。開通直後はこの様にぴかぴかだった。これだけの銅板をたくさん並べるとは、相当高価なんじゃないか、と素人ながら思ったが、これはクラッド鋼という、張り合わせ鋼材であるらしい。

2012年12月 9日 (日)

1974年頃市販されていたNゲージ車両を集合させてみる

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これは貨車の車両ケース裏側に印刷されていた、車両ラインナップ。貨車用なので幅が圧縮されているが、電車、機関車などもみんな同じ内容だった。
この中には予定品も入っており、実質的な製品群としては、蒸機3種、電機2種、電車1系列5種x4色、気動車1系列3種(それぞれ動力の有無あり)、客車2系列8種、貨車9種(+色変わりコンテナ2種)が関水金属の全製品。日本型のNゲージはほかにトミーがあり、2軸貨車7形式9種と、夏頃登場したED75があった。

昔はみんな欲しかったのだけど、当然少ししか買えなかった。当時の様子を再現してみよう。ただし、全く同じ製品と言うわけにはいかないので、一部は他の車両で代替している。

 

蒸機は6種類ラインナップされている。#204 D52, #205 D62は当時のカタログに予定品として載せられていたが、発売はされず予定品リストからも消えた。C50は国産最初のNゲージ機関車としてとみに有名だが、’73年暮頃から鉄道模型に関心を持ち始めた私は、店頭では全く見たことがなく、予定品同様の存在だった(’81年リニューアル)。結局、C11,C62、D51が入手可能な製品だった。C11も実は長期欠品で、’76年春リニューアル、1000円値上がりして再発売された。
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うちのD51は2代目で、’09年に買ったもの。旧規格の製品だが、プロポーション、使い勝手とも不満はない。C62は現行製品(東海型)。古い製品にも愛着があり(買えなかった)、状態のいい中古があったら買いたいと思う。2年前にいちど、見たんだけどね。

EF65は私が買ってもらった最初の動力車だ。EF70は74年の暮れ頃買った。どちらもぶっ壊してしまった。EF65(500番台)はその後76年、78年にも買い、更に’08年に4両目を増備した。これも全長の長い、旧規格の製品だ。
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EF70は結局一度も実物を見たことがなかった。昔は人気機種だったようで、カツミからも16番の製品が出ていた(1灯の一次型)。カタログの色がオレンジ色で、実物も本当にそういう色をしているのかとずっと信じていた。74年に自分で買った製品は、カタログのものより心持ち色が濃く、気動車の首都圏色のような感じで、やや強いつや消しになっていた。
この、交流電機の色はちょっとした謎だ。こちらの方のリンクを一応張っておく。
EF70はマイクロからも製品が出たが、持っていない。
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103系は国産Nゲージ最初の電車だそうだ。’74年のカタログ(当時は毎年カタログが出ていたわけではないが)には4色、ウグイス、ブルー、オレンジ、カナリヤが並んでいる。当時カナリヤの通勤型(中央総武緩行線と、赤羽線)は101系であって、103系ではないことは、子供だった私たちも知っていた。オレンジの103もいるにはいたが、少し形態が異なる。やがて実物の方が追いついてしまい、緩行線に103系が入り、豊田区にも初期103系がやってくる。

写真は’79年春に買ったもの。’72年?登場のキハ20と同じ動力ユニットを備える(台車の止め方が多少違っている)。このユニットはウォームと接するギアをなめてしまい、ダメにすることが多い。うちでも3両だめにして、生き残っているのはこれだけだ。
’96年頃、セットで再発売になった新動力のウグイスのモデルも持っているが、この頃からモハ103がなくなった。さいきんは3両セットになって、サハもなくなっているようだ。もとより、実物もとっくになくなっているが。
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これを見ると、いかにもNゲージのレイアウトという感じがしてくる。
70年代半ば以降、TMSの個人レイアウト紹介の写真には必ずと言っていいほどこの車両が写っていた。
上の103系のところで書いたが、初期の動力ユニットはギアが摩耗しやすく、この車もダメにしてしまった。ホビーセンターに行って、動力ユニット一式を買おうとしたが、たしか在庫切れか何かで買えず、店員と話しているうち、それならキハ25の完成品を買えばいいと思いついて、1両増備した。もと動力車は、その場でトレーラーのシャシー一式を買って換装した。
写真の新動力車の床下機器はグレイのモールドだが、70年代を通じて床下は黒だった。
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オハ31なんて、実物は全然知らない。当時は津軽鉄道にいたし、今は鉄道博物館に保存されているから、昔よりも有名かもしれないが、個人的には実物よりも模型の印象が強い。キハ20系同様、30~40年前のレイアウトにはたいていこの車両が走っていた。
当時、現役蒸機が牽いていた客車はオハ35,61,スハ43などで、そういう写真を見慣れていたので、Nの客車ラインナップには不満があった。なにしろ、これしかなかったので。
ただ、短くてもスケール通りだし、曲線を通過できるかどうかは別として、急カーブを自然に曲がれるといいう点で、模型向きであり、今では非常に気に入っている車両のひとつだ。

16番だが、TMS’75年1月号に赤坂鉄道(豊田氏)という、比較的大型のレイアウトが紹介されていた。機関車はC51,D50などの大型機だったが、ヤードいっぱいに留置されている多数の客車は、全部きれいに整備されたオハ31系だった。いちど、うちのレイアウトもオールオハ31で埋め尽くしてみたい気持ちがある。
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コキ10000系は、模型の登場当時最新鋭の貨車だった。
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冷蔵コンテナ。これは77年頃の購入で、レタリングが少し変わっている。右の方、コンテナを無理に外そうとしてヒビがはいっている。コンテナは5こ全部つながっているのだ。
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スニ40は形式からわかるように客車に分類される。なぜこの形式を模型化したのかわからないが、カタログではEF65が、他の高速貨車と一緒に連結されている姿が掲載されている。色変わりのワキ10000という感じで使われることが多かったかも。
ワキ10000は、73年12月に、最初に買ってもらったNゲージ車両である。
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トキ15000,レ12000,ワム80000、ヨ6000。2軸貨車は73年頃の発売で、当時の新鋭D51との組み合わせを考えたもののようだ(写真のヨ6000はトミックスのもの)。
ケースには、タキ3000の名前があり、カタログにも載っているが当時は予定品だった。発売は’76年の初め頃だった。
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20系寝台車と、トミーの2軸貨車たち。20系もNゲージ初期の製品だが、いちどに全形式が出たわけではないらしい。最初は両端のナハフ、カニがなく、カプラーもX2Fタイプだったようだ。20系は24系と異なり、窓の縁はHゴムの縁取りが目立つが、70年代のこのころは、その表現がなく、窓周りの凹凸も逆(縁の側が引っ込んでいる)だった。屋根はなぜか銀色で、だいぶ実物(当時は普通に見ることができた)とは違う印象だった。
KATOでは97年頃、完全なリニューアル製品を出したが、この旧製品も味があり(私にとっては初めて買ってもらったNゲージ客車と言うことになる)、1編成5両、動態保存してある。

トミーの2軸車、私が鉄道模型を始めたちょうどその頃に出たような気がする。最初は短尺の線路が付属してた。今で言う、鉄コレに近い位置づけだったようだ。
手前がワフ28000で、これも模型ではやたら有名だが、実物の写真はほとんど見ない。戦時中の製造と言うことで、そんなに古い車両ではないのだが。16番でも、天賞堂から製品が出ていた。
尚、写真の貨車群のほとんどは、型を引き継いだカワイの製品。カ3000、ツム1000、本来初期のラインナップではなく、第2弾で追加された形式だがトラ55000がトミー、タム6000はトミックスになってからのもの。

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ED75は74年の夏頃、トミーから出たが、子供が見ても正面などはあまり似ていない気がした(その時の製品は持っていない。写真はもちろん、2年前にでた最新の製品)。トミー時代は、ED75のまえにB&O ドックサイダー(有名なサドルタンクの入替蒸機)、75年にC型ディーゼル、秋にはDD13、76年にC型タンク機関車が、動力車として発売された。

貨車は、いつでたかちょっと忘れたが、2軸貨車の追加(カやツムもそうだったかな)が1年ほどで出た。短尺線路がなくなり、値段が350円になったような記憶がある。ボギー車はタキ3000、ワキ1000、ク5000とかは覚えている。

今と昔とでは、製品が出る頻度が全然違う。関水金属は73年にD51、2軸貨車が出たが、74年は1年間新車が出ていない。TMSの広告を見ると、私も買ったブルトレの入門セットと、数年前にディスコンになった固定式線路の手動ポイント、そして、明治通り沿いにあったショールームがオープンしたというお知らせが出ているだけだ。

ただ、74年暮れに、キハ82近日発売という文字だけのお知らせがあった。たった一言だけだが、それを見てすごい興奮したlovely。翌年2月に製品が出た。もうケースの裏側に全製品を掲載することはできなくなり、82系なら系列の車両が載るだけの形にあらためられた。
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ならべるとこんな感じ。これで、給炭塔と給水タンクがバックマン製だったら完璧かな?

車種が少ないのは、Nゲージを始めたばかりの子供には大きな負い目に感じられたが、今思うと、ある意味とても恵まれていたような気もする。その気になればすぐにコンプリートコレクションになるし。なにより想像力を駆使することができる。
今はZゲージでも、この頃のNゲージより車種が多くなっている。*

*ただし、当時は輸入製品を混在して走らせることがわりと一般的で、資金力のある大人達は、レイアウト上でミニトリックスやアーノルトの機関車、貨車を一緒に走らせていた。

今のように、限定品のような新製品が次々と出て、資金繰りに悩むような状態よりも、限られた製品をゆっくりと楽しむ方が、幸せだったような気もする。まあ、共産主義的な幸せ感のような気もするけど・・。いずれにしても、そんな状態はいつまでも続きはしないのだが。




2012年12月 8日 (土)

NAVITIMEの広告

 さいきん電車や駅でNAVITIMEの広告を見かけない気がするのは、気のせいだろうか?
NAVITIME広告ギャラリー
NAVITIME自体は今も盛業中と思うが、7,8年前に広告が出始めた頃の目立ち方はすごかった。

 

さいしょのCM(山手線の液晶モニタで見たと思う)が一番好きだった。黒めがねの、ちょっと頼りなさそうな若者が、今でも出ているナビのおじさん(ほんとうにイギリス人らしいが、やっていることがものすごくイギリスのガイジンっぽい)に導かれて、「次を右、3番目のドア」などと指示を受けて移動していく。電車の中で「なかなかいいタイム!」などと言われて、喜ぶメガネくん。やがて目的の訪問先について、やった!と喜ぶナビさん。というやつ。
メガネくんの情けなさ加減が、広告としてどうなのかとおもったが、そこが良くてかなり好きだった(でも、メガネくんは仕事ができるみたいだし、車も持っている。なかなかきれいな彼女もいるのだ)。

 その後も絶え間なく広告が出ていたが、すごいと思ったのは写真の加工だ。駅やホームの案内板、携帯電話など、あまり特定の場所やメーカーがわからないように、微妙に写真を修正してある。どこかにあるような駅だが、案内板には「大幅に遅れが出ています・・・」ということだけがわかるようになっているとか、携帯電話もどっかでみたデザインだが、どこのメーカーの製品でもない(これはCGに近いのかもしれないが)ように加工してある。かなり強引なことも多く、フロントグラスから車内の様子を見せている写真など、ガラスの映り込みが全くなくなっていて、素通しに見えて不自然だったし、無理矢理3人を見せたいのか、どういう姿勢で座ってるのかなあ、と思うときもあった。携帯電話のデザインは、けっこうすごかったな。
 ただ、この辺の不自然さも、さいきんはだんだん技術が向上しているようだった。

私は職業柄ほとんど外出も出張もないので、必然性がなくてこの種のサービスは使っていない。一時期無料版NAVITIMEを入れていたが、有料でないと使えないところが多くて、使うのをやめてしまった。

なので、かってな言い分だが、また電車で広告を見たい(たまたま目にしていないだけだったりして)。

話は全く飛ぶが、明日は西武の「さようなら101・301系イベント」が開催されるらしい。
根性なしのおじさんなので、たぶん行かないが、とにかくイベントが多いな。新宿線には新たに2両固定の30000系が入ったらしい(先日見た)が、追っかけみたいなことはとてもできない。
冬は他のことでいろいろあって・・。富士急行の復活色1000系は見たいけど、いけるかな?
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今年の3月。ごく日常の風景であり、これが古いと思えないところが・・自分が古くなったことを良く示している気がして何とも・・。

2012年12月 4日 (火)

トミックスのキ100

今年は寒くなるのが早い。うちのレイアウトも降雪に備えて、は関係ないが、実家にしまい込んであったキ100を取り出してみた。
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製品が出たのはたしか1977年の春のことで、私が買ったのは翌年1月か2月頃だったと思う。元箱に値札シール(550円)がついている。
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河合商会からも数種類出ていたが、多少ディティールが違う。前部連結器が巨大、というのはTMS製品の紹介でも指摘があった。窓ガラスはついていない。
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車輪は前側が内側台枠?のボギー、後位側はTR41タイプ。車輪は絶縁プラ部分が大きく、金属部分が柔らかい材質でできている当時の標準的なタイプ。車軸は鉄だったようで、かなりさびている。このさびた車輪、何となく、普段は動かすことのない本車両に似つかわしい感じがして面白い。転がりが悪かったので、KATOのオイルをさし、C50に推進させて何周かしてみた。
 何となく白っぽく見えるのは塗料ではなく、制汗パウダースプレー(8x4)である。たぶんその頃のTMSかなにかにヒントとして載っていたのだと思う。このウェザリングをしてから、30年以上が経過しているがまだそのままの外見を保っている。留置中の車両が(冬でもないのに)雪を被っているのはおかしいのだが。

 レイアウトの機関庫は、一方の線路が庫を貫通し、先に車止めがついている。この部分に本車両を留置しておこうと思う。運転は前部にアーノルトカプラーの装備された機関車に限る。うちではC11,C50,C56がそれに相当する。

2012年12月 3日 (月)

所沢駅

ニュース性はないのだが(単なる個人的な日記と言うことで・・)、今日(2日)久しぶりに所沢駅を利用して、南口の廃止を知った。
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27日に廃止された由。案内のためか、ガードマンのような人が階段入り口とホームの階段のところに立っていた。
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ここは自由通路として引き続き使うのだろう。
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新橋上駅。商店街(エミオ)も27日にオープンしたようだ。
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いわゆるエキナカである。駅施設の成り立ちは高田馬場のそれと似ているが、規模はこちらの方が大きく、何となくがらんとしている。
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つけ麺の広告が目立つ。
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写真を取り忘れたが、左側にテラス(とこてらす)がある。
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元町・中華街(あるいは横浜か)の表示を隠してある。
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旧南口階段はふさがれており、案内係が立っている。この辺りだけ、古い上屋の柱が残っている。
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ここからは6月撮影。
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既に新駅舎はできていたが、自動改札もまだ全部稼働しておらず、がらんとしていた。
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天井から巨大な広告(創立100年)が下げられ(これは高田馬場にも下がっている)、壁には西武の歴史を追った写真が掲げられていた。
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古い上屋はこの時点でもまだかなり残っていた(更に1年前の記事の時と余り変わらなかった)が、今は既に撤去されている。



2012年12月 2日 (日)

退役

*たんなる駄文です。

久留里線に最後まで残っていたキハ30が、昨日12月1日に引退した。キハ35系は私にとっては川越線での活躍が一番印象的だ。当時車令10数年だったが、子供の目にはあまりきれいに使われている印象はなかった。八高線にキハ20がいたが、それに比べてもオールロングシートの35系はぱっとしなかった。
5月に久留里線を訪ねたが、かなり入念に手入れされていた事に感心した。簡素な作りの通勤型だが、幸せな生涯?だったのではないか。

35系はもともと、関西本線のフリークェント・サービス向上のために開発された車両とのことだ。改正ダイヤは1961年12月10日であったらしい。

で、さっきテレビを見ていたら、空母エンタープライズ(世界初の原子力空母)が12月1日に引退したそうだ。エンタープライズの就役は1961年11月25日だそうだから、キハ35のデビューとほとんど同じであり、同じ日に退役したと言うことになる。

まあ、それが言いたかっただけ、と言うことで。
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レールクリーニング

レイアウトの手入れはエアダスターと、レールクリーナを布にしみこませ、木片に巻き付けて拭いて行っている。マルチレールクリーニングカーというのがトミックスにあり、評判も良いようだが、未だに導入していない。トンネルや鉄橋には手が届かないが、割り箸でちょっとこすったりするだけ。ポイント付近はたしかに汚れるが、本線はそれほど汚れることもないようだ。

以前トミックスの193系電車を持っていた。電気検測車だが、一方の車両がレールクリーニングカーになっていた。車輪が100円ライターそっくりの、溝入りぎざぎざになっていて、動力車の動きと反対に回転する。要するにレールの表面をがりがりひっかいてこそげ落とすのである。かなり荒っぽい方式だが、トミックスの線路は丈夫(初期のレールはステンレス製だった)で、結構実用になった。

実際によく使ったのは実家にあるレイアウトだが、これは主にピィコのフレキ線路、ポイントを使っている。ポイントのフログが軟質プラでできていて、何度もこの列車を走らせていたらてきめんすり減ってしまった。また、運転中離席していたら、動力車が途中でエンコしたまま、クリーニングカーだけ生きていて、本線の一部に穴が開いた、程ではないが異常摩耗したところができてしまった。これには参った。

ぎざぎざのない、普通の車輪付きの台車も付属していて、通常の運転もすることができた。車両自体ちょっと面白いスタイルで、甥が気に入ったようなのであげてしまった。

今は当たり前のようにクリーナー液を使うが、以前は目の細かい耐水ペーパーを使う方が普通だった気がする。少なくとも私はそうしていた。やはり木片に貼り付けるが、面倒なので耐水ペーパーを折りたたんでそのままごしごしやることが多かった。車輪の方もそうして磨いていた。当然、やり過ぎればメッキがはがれてしまう。

何となく、今の線路、車輪の方が、昔より汚れる事が少ないように思える。線路で言えば、ピィコのフレキ線路(♯83の普通のレール)は比較的汚れやすいような気がする。時間がたつと、クリーニング液だけでは汚れが落ちない。レイアウトには古いトミックスの線路も使われている。古いものは30年以上たったものもあるが、こうした線路はレールの表面が粗面になっていて、断面(踏面)はピィコのように丸い。これはやや汚れやすいようだ。

汚れというと、車輪にこびりつく黒い粘土のような状態のものが思い出される。ウェブでしらべると、これは空気中のホコリなどが、スパークで燃えた残りのようなもの、らしい。たしかにポイントなど、スパークしやすいところにつくことが多いようだ。

クリーニング液はトミックスのものを使うが、時々呉のエレクトロニッククリーナーをつかうことがある。一応電子パーツなどデリケートな部品に使える、とあるし、プラスチック部品にもOKとあるので、使えると判断した。中身はわからないが、トミックスより”強い”ようで、布で拭くと布がかなり黒くなる。

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