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2012年9月22日 (土)

最初に撮った写真

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 暑さ寒さも、のことわざの通り、残暑もようやく終わりが見えてきたようだ。天気が良く、日中予定がないので勿体ないのだが、前日飲んだせいで調子が悪い。先日買ってきたプリンタの箱も開けていない。今日は1日家にいそうだ。

 スキャンした画像は、縁のあるプリントだったので、トリミングせず縁を残した。右に撮影年月(というか、プリント年月)があるが、37年前の7月に撮った写真だ。

 この頃初めて自分のカメラを買ってもらった。コダックのインスタマチックというカメラだった(wikiのポケットインスタマチックの項参照)。110版のフィルムを使う、当時としてはかなり小さいカメラだ。絞り、シャッター速度固定(私は1/125だと思っていたが、ウェブを探していると1/90と書かれいている方もおられる)で、ちょうど7~8年前の携帯カメラのような写り方だったと思ってもらえればわかりやすいと思う。きれいな黄色いディスプレイボックスに入っていて、英語まじりの解説書が何となく格好良かった。

 この写真が1枚目だったかどうかは覚えていないが、ごく最初の頃に撮影したことはたしかだ。どうしてこんなアングルで撮ろうとしたのか、よくわからないが、子供なりに逆光を避け、後追いにならない下り列車を狙ったのかと。
 反対を向けば築堤を走る上りがきれいに撮れると思うのだが、レンズが広角気味なので(といっても35-40mmぐらい??)、小さくしか写らないと思ったのかもしれない。明暗が激しい割にはよく写っているが、ハイライト部分にある架線が消失してしまっているなcoldsweats01
 ここは無人の警報器のない踏切で、後に廃止され柵が設けられた。

 日中の川越市行き準急だから6両編成、種別板は83年まで急行、準急共に赤だった。
後年種別表示に使われた窓は、この頃はまっしろになっているが、これより前には3分割で表示される形式で、運行番号などを表示できるようになっていた。もっとも、物心ついた頃には、もう東上線では使われていなかったとおもう(同じ頃本線では種別表示に使っていた)。

 貫通幌は今とは材質が違い、キャンバス地のような重そうな布でできていた。写真にも見えるが、人の胸ぐらいの位置に、昔のマジックハンドみたいな金属の支えがついていた。
中間車も同様というか、全車そうだったと思う。経年で破れやすかったようで、子供のころ破れ目から下の線路が流れていくのを良く眺めていた。
 色が赤く見えるのは、外側を旧塗装のオレンジに塗装してあり、塗り替え後もここだけ残してあったからだ。中間車の場合、車内側は室内色(クリーム)に塗装してあった。

 この次の年、グレーに塗られた幌をつけた車を見た。「新型貫通幌試験」という札がかかっていた。調子が良かったのか、その後数年で全て取り替えられた。

 この頃まだ枕木が木製である。線路は10mぐらいの単尺レールだった。駅付近までPCになったのが79年頃、ロングレールかが83年頃と記憶している。8000(ミンデンのFS356系の方)は速度が上がるとアオって来て、ジョイントを通過するたびにジョン、ジョンと音を立てることがあった。ただ、乗り心地が悪いという印象はそれほどなかった。線形や車両が違うから、直接比較はできないが、こと乗り心地に関しては今のたとえば山手線あたりも、この35年でそれほど進歩したようには思えない。

 


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