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2012年9月30日 (日)

トレインフェスティバル2012に行ってみた(ら、もう終わっていた。以下脱線しまくり)。

今日午前中は外せない用事があったが、午後は時間が取れる。それで、ポスターを見ながらどうしようかと考えた。

この種のイベントには行ったことがない。お祭り騒ぎも苦手だし、出不精だし。しかし、今回行こうと考えたのは次の二つの理由からだ。

・先週末は不調で全く外出しなかった。
・このブログを書き始めてから、ネタが欲しくなった。
今に始まったことではないが、ニュースネタのような撮影やイベント参加は苦手で、つい引いてしまうのだが、手頃な距離で時間がとれるなら、行ってみてもいいかな、という程度の乗りだ。
しかし、心がけが悪かったせいか、目的を果たせなかった・・。
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乗り換え案内を見て、横瀬に行く最短の時間を調べ、ちちぶ15号に乗った。これがレッドアロークラシックだった。まだ青空。
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これは上り臨時列車に使われる303F。先日まで新宿線にいた車両だ。
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井荻。4月頃。廃車にならず、転属になったのは東武の8111Fを連想するが。。
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それで、会場についたのは1時40分頃だと思うが、入り口で「1時で終了しました」と言われた。
 あれ?2時半じゃなかったの?と思ったが、台風が近づいているから終了を早めたのだろう。西武の告知にも;

西武トレインフェスティバル 2012 in 横瀬を開催いたします。
場所:横瀬車両基地 時間:10時~14時30分 雨天決行・荒天中止

とある。雨天ではないが、荒天になりそうだから、というわけで、これは仕方がない。
実際この50分ほど後には、雨が降り始めた。
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ご覧のように、既に暗雲が立ちこめている。
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既にモーターカーを使って、車両を片付け始めている。
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こうして保存しておいてくれれば、また見に行けるんだしね。
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見慣れていた塗装のはずなのに、あんまり懐かしい感じがしないのは不思議だな。
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そのまま元のルートを帰るのもしゃくなので、西武秩父まで出て秩父鉄道経由で帰ることに。C58が修理中なので、ELが牽引するパレオエクスプレス。
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ここにも鉄の人たちが流れ込んでいて、スコールのような雨の中撮影している人がいた。
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乗ったのは元都営の5001F。101系はすっかり減っていて、見かけたのは東急8090や5000系ばかりだった。8090はたしかにきれいだ。ただ、秩父鉄道は駅施設などの雰囲気がとてもいいので、なにかもう一工夫あればいいのにな、と思う。101系は実際とてもいい感じだったのだが。
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寄居でようやく101系にあえた。1201F。
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御花畑にもそば屋があってそそられたのだが、寄居のホームにもそば屋がある。東上線が来るのに少し時間があるので、ちょっと食べてみた。天ぷらそば350円。最近立ち食いそば屋には行かないが、これはかなり安くない?
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またパレオエクスプレスと邂逅した。これも蒸機だったら、とは思うが。
C58の維持も大変だろうな。今年は不調続きだったようだし。真岡鉄道のように、もう1両ぐらいあればいいと思うのだが。
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81119Fで小川町まで。そこから11006Fで風雨の中を池袋へ、。東上線を乗り通したのは4年ぶり、かな。
バッグにLumix G3を入れていったのに、結局最後までCanon の安い高倍率コンパクトSX150ISで撮影し通してしまった。この種のカメラは今まで見向きもしなかったのだが、たしかに便利だ。1万円しなかったので、多少の不作法は許せるが、もう少し高くてもっさり感やWB崩れが解消されるなら、そのくらい出してもいいのだけどな。

東武634系と6050系のこと

情報としては3日遅れだし、こちらからの新情報もないので、あまり価値のない記事になってしまうが。
10月27日(土) 展望車両634むさし型
「スカイツリートレイン」がデビュー!

東武鉄道(本社:東京都墨田区)では、「東武沿線からスカイツリーへ」、「スカイツリーから日光・鬼怒川へ」をコンセプトに、6050型車両を展望車にリニューアルし、秋の行楽シーズンにあわせて10月27日(土)より展望列車「スカイツリートレイン」としてデビューさせます。
「スカイツリートレイン」は、東京スカイツリーョをはじめ日光・鬼怒川等、沿線の様々な観光スポットや素晴らしい風景を堪能できるよう、座席を高床とし、屋根から回り込む天窓のような展望窓を設けるほか、フリースペースとして前面展望が可能な「前面展望スペース」や「サロン」を設置しました。沿線から東京スカイツリータウン®へ出かけるお客さまばかりでなく、国内外から東京スカイツリータウンを訪れた多くのお客さまが非日常を体感できる車内空間を創出しました。
さらにカップルや夫婦、親子による二人旅、一人旅や家族旅行、女子旅等、お客さまの旅行形態に対応した多彩なシート配列となっており、新たな鉄道旅の楽しみ方を提案します。

外観については、白地に明るいカラーリングを施し、青空をイメージしたデザインと朝焼けをイメージしたデザインの2種類が、旅の楽しさやワクワク感を演出します。(後略)

成り立ちとしては南海の「天空」に似ている気がする。当面はツアー客専用の団体臨時列車に使われるらしいが、11月末には臨時特急としても運行されるようだ。

6050系は85年の登場。当初は6000系(1964年登場)の機器を利用して車体を新造したもの、後には会津田島直通に伴う所要増のため、完全な新車として増備されたもの(今回の6177F,6178Fもそう)がある。6000系はデッキこそなかったが、165系みたいな長距離列車としての貫禄があり、軸バネにオイルダンパを追加したFS357/057の乗り心地も良く、好きな車両だった。6050は両開き扉と大型の客窓で、長距離列車の貫禄は薄れたが、最初の頃は野岩線直通運転や、登山客向けの夜行列車などに使われ、なかなか存在感があった。

さいきんは快速運転も縮小され、準快速は日光線内各停でかなり所要時間が延びてしまい、なんだか立派な設備が勿体なくてかわいそうな感じがする。今は南栗橋まで10両の通勤車が来ていて、スペーシアが通過する中短い編成でこまめに止まっているのはなんだか気の毒だ。

なので、こういう形のリニューアルも良いが、運行面も含めてもう少し活躍できるような見直しを進めてもらえればいいんだけどな。今回の種車が最新車だと言うことは、初期車も余命を考慮してのことだろうし、快速系の後継車ももう考えてないと言うことなのかもしれないが。
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西武高田馬場駅の発車メロディが「マルコメ」に

マルコメ株式会社の告知はこちら

マルコメ株式会社(本社所在地:長野市安茂里883、代表取締役社長:青木時男)のCMでおなじみのマルコメソングが、10月1日(月)よりマルコメ東京支社の最寄駅である西武新宿線・高田馬場駅のホーム発車メロディに採用。1日約29万人のお客様に、親しみある音楽でご乗車いただきます

※西武鉄道発表の2011年度の1日平均乗降客数

上井草の「ガンダム」は同じ曲の冒頭部分とラストのメロディで上り、下りを区別しているが、マルコメの音楽って??「まるこめまるこめ」と「まるこーめ みそ」のくみあわせかな?
なんだか まぬけ だなあ・・・。でも、お客の心をなごませる意味ではいいのか。

JR側の「アトム」は、なかなか可愛いが、この駅って一体??

10/1追記:今朝と帰りに実際に音を聞いてみた。他の駅の様なピアノ/マリンバ系の単音ではなく、弦楽器/木管楽器風の音で、一聴すると、予備知識がなければなんのメロディかわからないかもしれない。意外にきれいな音だ。

 

2012年9月26日 (水)

非常に短い鉄橋

・・それにしてもゆうべ(日付が変わっているから一昨日)の京急脱線事故は大変でしたね。
けがをされた方々に御見舞申し上げます。
西武も秩父線などは急峻な地形の中を進むので、自然災害の影響を受けやすい(十数年前、吾野駅構内で土砂崩れなどの被害があった)が、新宿線などは平坦な地形で、大きな鉄橋もトンネルもない。都心から郊外に延びる鉄道は、荒っぽい言い方だがどこかに大きな橋があるものだ。池袋線も入間川橋梁がある。東上線も柳瀬川、入間川、荒川を渡る。

新宿線には、神田川、妙正寺川など、都市部の小さな川を渡る鉄橋ぐらいしかない。井荻付近は湿地帯だったらしいが、あとはおおむね丘陵地帯を走る。水がなくて上水をひいているぐらいだ。

その一つ、千川上水を渡る橋。
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上井草-上石神井間。極めて短いが、日本一短いとまでは言えないようだ。ウェブで調べたが、一番長い橋は出ているが、短い方はわからなかった。
新宿線にはこういう橋が数カ所あるようだ。機会を見つけて、もう少し調べてみたい。

2012年9月22日 (土)

最初に撮った写真

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 暑さ寒さも、のことわざの通り、残暑もようやく終わりが見えてきたようだ。天気が良く、日中予定がないので勿体ないのだが、前日飲んだせいで調子が悪い。先日買ってきたプリンタの箱も開けていない。今日は1日家にいそうだ。

 スキャンした画像は、縁のあるプリントだったので、トリミングせず縁を残した。右に撮影年月(というか、プリント年月)があるが、37年前の7月に撮った写真だ。

 この頃初めて自分のカメラを買ってもらった。コダックのインスタマチックというカメラだった(wikiのポケットインスタマチックの項参照)。110版のフィルムを使う、当時としてはかなり小さいカメラだ。絞り、シャッター速度固定(私は1/125だと思っていたが、ウェブを探していると1/90と書かれいている方もおられる)で、ちょうど7~8年前の携帯カメラのような写り方だったと思ってもらえればわかりやすいと思う。きれいな黄色いディスプレイボックスに入っていて、英語まじりの解説書が何となく格好良かった。

 この写真が1枚目だったかどうかは覚えていないが、ごく最初の頃に撮影したことはたしかだ。どうしてこんなアングルで撮ろうとしたのか、よくわからないが、子供なりに逆光を避け、後追いにならない下り列車を狙ったのかと。
 反対を向けば築堤を走る上りがきれいに撮れると思うのだが、レンズが広角気味なので(といっても35-40mmぐらい??)、小さくしか写らないと思ったのかもしれない。明暗が激しい割にはよく写っているが、ハイライト部分にある架線が消失してしまっているなcoldsweats01
 ここは無人の警報器のない踏切で、後に廃止され柵が設けられた。

 日中の川越市行き準急だから6両編成、種別板は83年まで急行、準急共に赤だった。
後年種別表示に使われた窓は、この頃はまっしろになっているが、これより前には3分割で表示される形式で、運行番号などを表示できるようになっていた。もっとも、物心ついた頃には、もう東上線では使われていなかったとおもう(同じ頃本線では種別表示に使っていた)。

 貫通幌は今とは材質が違い、キャンバス地のような重そうな布でできていた。写真にも見えるが、人の胸ぐらいの位置に、昔のマジックハンドみたいな金属の支えがついていた。
中間車も同様というか、全車そうだったと思う。経年で破れやすかったようで、子供のころ破れ目から下の線路が流れていくのを良く眺めていた。
 色が赤く見えるのは、外側を旧塗装のオレンジに塗装してあり、塗り替え後もここだけ残してあったからだ。中間車の場合、車内側は室内色(クリーム)に塗装してあった。

 この次の年、グレーに塗られた幌をつけた車を見た。「新型貫通幌試験」という札がかかっていた。調子が良かったのか、その後数年で全て取り替えられた。

 この頃まだ枕木が木製である。線路は10mぐらいの単尺レールだった。駅付近までPCになったのが79年頃、ロングレールかが83年頃と記憶している。8000(ミンデンのFS356系の方)は速度が上がるとアオって来て、ジョイントを通過するたびにジョン、ジョンと音を立てることがあった。ただ、乗り心地が悪いという印象はそれほどなかった。線形や車両が違うから、直接比較はできないが、こと乗り心地に関しては今のたとえば山手線あたりも、この35年でそれほど進歩したようには思えない。

 


2012年9月15日 (土)

B1版パネル2枚で作ったレイアウト(4)

 手持ちのポイントは全部電動だった(昔の製品なので、3線でAC17Vを電源とするもの)が、全て外してある。手が届くことと、配線が煩雑になるのを避けたかったからだ。一方、建物照明はなんとかつけようと、かなり考えた。プラットホーム屋根の照明などは特にやってみたくて、照明キットの注文もしたが、結局キャンセルしてしまい、照明は一切なしになった。これも配線をすっきりさせたいと言う理由だ。

 2列車運転可能だが、制御方式は初心者向けカタログに出ているような方法で、単にパック2個を配線しただけだ。配線らしいことと言えば、内周線のダブルクロスとヤードへの分岐の間にフィーダーを入れ、駅南端の部分に両ギャップレールを入れた事ぐらいだ。たいしたことではないが、一応内周線ホームに1列車を待機させたまま、構内入替をして渡り線から外周線に列車を送り出すことはできる。

 内周線と外周線の行き来は渡り線のみだが、パックのコントローラーを同期させて受け渡す。かっこうわるいし、不便なのでデュアル・キャブコンにしようとパーツを買ってきたのだが、2年以上そのままになっている。

 パックは運転の都度箱から取り出してつなげる。畳の間なので、床にべたっと座って運転する。パックからレイアウトへの配線は、電話線の平行ケーブルで、レイアウト側に電話用ソケットを設置してそこでつないでいる。

かなり変な方式だとは自覚しているcoldsweats01
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関係ないが、なんでAVメーカーのビクターがこんなものを作っているのだろう。オーディオの一種になるのか。電話も。

 とにかく、配線関係は徹底的に簡素化した。もっとも、他に凝ったものなど何もないが。

 建物関係は全部市販品だ。工作らしいことと言えば、跨線橋の階段の向きを反転させたくらいか。4年前には既に建物コレクションが隆盛を誇っていたが、当時は「よれよれで使い物にならん」という印象があり、トミックスブランドのもの、KATO、ヘルヤン(機関庫)、GMのキットを使った。(改装により建コレも使う予定でいる)。

 GMのキットは2度目、3度目の購入のものも多い。信号所などは何度も作っている。これは'75年に発売された、初めての日本型ストラクチャー・キットで、当時雑誌などでも待望久しいなどと称されたものだ。日本瓦、下見板張りの建物プラキットは、ゲージを問わず本邦初だったのだ。

 この屋根瓦のモールドが逆(本当は下向きの円弧が連なっているはずなのに、洋瓦みたいに上向きの円弧が連なっている。雌型のほうが正規の状態)なことは有名で?当時の雑誌では「・・ちょっと信じられないようなミスをしている。」と指摘しながら、後半でしかしまあそんなことは別に気にならん、簡易瓦と考えればいい、みたいなことを書いていた。子供の頃、この屋根を型にしてに木工用ボンドを厚塗りし、はがして正しい瓦屋根を作った事があった・・。
 それにしても、37年たった今も直されず、今でも買えるというのがすごい。今の製品はちょっとバリが多いようだ。
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火の見櫓は比較的後から作った。繊細だが、なかなかいい出来だ。
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樹木も市販品が多いが、杉の木は自作した。当時の財政事情もあり、極力その辺のものを使って作ってみた。割り箸を削り、ドリルで穴を開けて銅線を絡みつけた。
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塗装した状態。100円ショップで買ってきたナイロンたわしをほぐして、葉とした。
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葉はまだ塗装していない。アクリル絵の具で着色し、パウダーをまぶした。
後半製作したものはフォウリッジを絡めたものもある。ナイロンたわし、特にスポンジとコンビになっていないものは、研磨材がついてるらしく、ほぐしていると手がどんどん痛くなってくる。また固いので、ほぐしにくい。スポンジについてる方が使いやすいようだ。
根っこの部分は画鋲をさして直立させている。このままレイアウトにつけてしまった。


2012年9月13日 (木)

通勤快速

出先からの帰り、グリーン車をおごった。
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進入する列車を待っていたが、反対側に通過列車と言うことで、カメラを反転。
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夕方の上り列車なので、車内は数人。
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併走する京浜東北線。ガラスが反射して、読んでいた本が見えたりしているけど・・。
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そういえば、子供の頃よく併走する赤羽線101(103)系の、伸縮するサスペンションの動きを観察したりしていたものだ。

2012年9月11日 (火)

京急旧1000型 最後の頃

昨日京急蒲田のことを書いたので、2年前の写真を見返してみた。
世代的に京急=1000型という印象があったので、引退すると言われてもぴんと来なかった。
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踏切には何人ものファンがいた。買い物帰りらしいおばさんが、「何か変わったものが通るんですか?」と私に話しかけてくる。「ええ、そうです・・・。ちょっと、わかりにくいかもしれません・・」と答えると、あら、そうなの、と納得していた。なんとなく、鉄もずいぶんと市民権を得てきたなあ、という妙なことを考えた。
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'74年製だという。わりと新しい方、とつい思ってしまうが、この時点で既に36年も経過しているのだから、引退もするわけだ。内外装はかなりきれいで、古さを全く感じさせない。
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いずれ地下化されると聞いたのも、訪問した目的の一つ。
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灰緑色の壁に、紺色のシートは国鉄風だが、緑の色合いは微妙に違う。
寒色系の内装色は一時期駆逐されていたが、さいきんは復活しているようで、京成3000型10次車や東急にもそういうのがいる。
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新製冷房車だが、扇風機を併用していた。
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窓が大きいのも京急の特徴だった。

2012年9月 9日 (日)

京急蒲田他

来月完全高架化され、踏切が解消する、とテレビのニュースでやっていた。ので、やけに腰が軽いがちょっと様子を見に行ってみた。
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1階ホーム。地下道は今迷路のようになっているが、工事完了後はすっきりすのだろう。
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空港線分岐部分の急カーブ。急曲線自体は高架になっても変わらない。
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横浜方から駅を望む。
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横浜寄りの下り本線
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横浜方の踏切。
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こちらは品川寄りの踏切。
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空港線踏切。
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模型的な急カーブがやはり気になる。
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近くに歩道橋があるが、これは昔からあって、踏切を俯瞰する写真はよく見かけると思う。ただ、歩道橋は線路からだいぶ離れたところに掛け替えられたようだ。
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'83年4月。この頃はただのローカル支線で、車両も吊掛式の460型などが使われていた。
車や人々の服装に時代を感じる。
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出かけたら冷たい雨が降ってきて、これだけ撮って退散したような記憶がある。
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こういう風景は本当に模型的だ。
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ステンレス1000はずいぶん目立つようになった。他社よりはコストはかかっているとは思うが、外野のファンとしては京急は塗りを貫いて欲しい気もする・・。
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空港アクセス鉄道はさらに発展しそうだ。よく宣伝もしている。しかし、昨年香港に出張したとき、往復羽田経由で京急を使ったが、行きは通勤ラッシュでもみくた、車両に工夫なし。空港線内各停がもどかしい。帰りは品川駅の階段上り下りに難儀と、ちょっと期待はずれの感じもした。空港駅のアクセスや設備だけはやけにいいのだが。

香港の空港鉄道がやたらと良いので(現地では高いと不評だったらしいが)、ちょっと格差を感じてしまう。

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工事完了まであと1ヶ月。
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帰り道、立会川で降りて走行写真を撮影した。もう日が短いので、長くは撮影できない。
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実務で京急を使うのは前述の空港利用ぐらいで、普段はほとんど使わない鉄道だが、この鉄道は首都圏にあるのになんでこんなに他社と感覚が違うのだろう?都心から(整理券、特急券なしに)2扉クロスシートの車に乗れるなんて、まるで関西私鉄気分だ。
そのうち書こうと思うが、日本の私鉄はどこも不思議と付和雷同してしまう傾向があるがここは本当に変わっている。ただ、その個性も、すこしずつ薄らいでいくのだろうか?

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だるまは登場の時から知っているが、当時はものすごく斬新に感じられた。今は昔からの電車らしさを随所に残して、とても魅力的な存在になっていると思う。
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後ろに2000がつながっている。やはり京急は今日だけじゃ撮り足りないな。
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暗くなり、連写速度も落ちてしまったのでこれで退散。

2012年9月 3日 (月)

電気に不自由する時代

7月に鉄道の消費電力2割減 というニュースを紹介したが、9月3日の日経産業新聞では、それをフォローする記事が出ている。

政府の唐突な要請、鉄道会社戸惑う 30年に電力量2割減

鉄道運行に伴う2030年の電力消費量を10年比で2割削減を目指すとした国土交通省の目標値に、鉄道事業者からの反発が相次いでいる。これまで重ねてきた施策を土台としてさらに減少させるという目標値は唐突であり、技術的にも採算性の面でも困難。鉄道の電力消費量(6%)は、機械、鉄鋼、化学工業に告ぎ、食品と肩を並べる大口需要者だが、鉄道には運行本数確保や、安全への配慮も必要。首都圏では東電の値上げに伴うコスト増に頭を悩ませている時期でもある(抄訳)

として、京王のVVVF車両や小田急のLED室内灯、東急や西武の特定規模電気事業者からの電力調達などの努力を例示し、各社とも省エネには積極的に取り組むが、急速な施策にはサービス低下につながると懸念している、国は単に目標を掲げるだけではなく、日常生活や経済活動との両立を考えるなど、具体的なビジョンを示すべき、と結んでいる。

既に私たちは昨年3月以降の節電ダイヤも経験したし、最近では各社の減便ダイヤなどの現象も起きている。しかし、ほとんどの人は鉄道に対し、環境に優しい、エネルギー効率の高い交通機関である、という印象を持っていると思う。前回は人口減少など、社会環境の変化が鉄道の将来に影響するとはたしかに書いたが、エネルギー全体のことを考えると、鉄道だけに省エネを強要するのは明らかにバランスを欠いている。

今は発電所の影響で電力事情が不安定だが、それだから内燃機関にシフトすべきという結論にはなり得ない。ハイブリッド車だって、鉄道のエネルギー効率には全く及ばないだろうし、EVなどは電気食いの非効率な乗り物という事になってしまう。

日本には排ガス規制や石油ショックに圧迫されながらも、それをバネにして世界有数の自動車産業に発展してきた、という歴史がある。しかし、鉄道は第一にサービス産業であり、多くの制約と多大な施設を抱えながら、競合交通機関と闘わなければならないという厳しい環境にある。安易な政策で市民の移動の自由を破壊しないでもらいたいものだ。

2012年9月 2日 (日)

動態保存8111F

 こういう人がいっぱい集まるイベントものは苦手なんだけど、やっぱり気になるのでちょっと行ってみた。
 写真の上手な人は他にもたくさんいるでしょうし、とりあえず私も撮ってみました、ていどと言うことで・・。
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大和田駅。途中、有名撮影地らしきところも人でいっぱいだった。
軟弱者なので駅撮りでお茶を濁す。
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後打ち。
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後を追いかけて業平橋、じゃなかったとうきょうスカイツリー駅まで行き、浅草から折り返してきた回送を撮影。
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とうぜんだがこちらの方が人でいっぱいだ。フリーアングルモニターを使い、手を伸ばして撮影する。レフ機にはできない技だが、フレーミングはちょっと難しい。
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これがせいいっぱい。
通勤4扉車が動態保存、しかも6両まとめてと言うのはすごい。17や57の時の方が景気が良かったのにとか、モニ1471とか、杉戸の6000系とか73とか、ED5060とか、いろんな事が浮かんでしまうが、とにかく末永く活躍して欲しい。
 
雨もすごいし、人も多くて疲れたので、ソラマチ(初めて行った)で昼食。留置線の様子を見ると、なにやら写真を撮らせているのが見えた。ので、近くまで行ってみたが、たぶんこれはツアー客用ですね。今度ツアーがあったら申し込んでみましょう。

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