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2012年7月29日 (日)

KATO 営団地下鉄 丸ノ内線 500・300形

予約していた営団500、300が到着。土曜日に注文すると、翌日受け取れるのでテンポが良い。
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 左が先頭に立つ664。右は中間の663。中間車は貫通ドアに車番がない。
基本的に号車番号やシルバーシート標識を含め、レタリングは済み(番号の書体はこんなだったっけ?)。方向幕は青地の池袋行きになっており、荻窪行きに変更可能。

 編成は荻窪寄りから706+314+663+706(M)+308+664となっている。偶々私鉄電車編成表94年版があったので、調べてみたがこの編成丸ごといないので、この時点で廃車になっているようだ。705と664は’93.6.10付けで廃車になっている。この編成はおそらくフリーではないかと思う。(ブエノス・アイレスには行っていないようだ)。

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*今回からデジカメを替えた(Power Shot SX150IS)が、このカメラ、予想以上に暗所に弱いようで、ちょっとざらざらした写真になってしまった。いずれまた撮り直そう。
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KATOの解説では昭和60年代の姿を再現ということで、先頭に立つ705,664はHゴム改造後、中間の663,706は未改造で幌取り付け、300も幌がついている。また客ドアは全て小窓、Hゴムのものである。客窓は500については全てアルミサッシ、300は車体同色(やや色が薄い)。

  300は昭和57年から中間車に更新されたものがある。戸袋窓を埋め込み、運転台撤去と座席の延長をしたもので、900型のような完全な中間車となっていた。全車改造はされていなかったようだが、戸袋窓の埋め込みは全てに及んだような記憶がある。この模型のように、原型に近い状態の300が昭和60年頃にいたのかどうか、ちょっとわからない。

 なお、KATOの特徴説明の中で、「前面行先表示両横の標識灯は、300形があり、500形がなしのスタイルを作り分け」とある(標識灯=ルートサイン)が、もともと300は全車ルートサインあり、500は645以降がルートサインなしとなっている。作り分けないとすれば、644までの車両をプロトタイプにすべきだが、今回の4両の500型を作り分けているわけではない。
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左が664,右は308。300は屋根のRが強く角張っている。通風器もモニタ屋根状。

なにげなくM車を箱から取りだそうとしたら、白帯の部分がはがれてしまって焦った。白帯とサインカーブの部分は別パーツになっているのだ。よく見るとほかの車両でも、多少浮いているものがあったので押さえて直した。

理由はわからないが本製品は床がだいぶ高いようで、室内のシート表現がほとんどない。
そういえば、運転台脇のアンテナ?がないが、あれはいつ頃ついたものだったかな・・。
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塗装仕上げはとても美しい。

ともかく、いつかは欲しかった車両だ。サインカーブやルーバーなど、自作するのはかなりハードルが高く、製品化は嬉しい。

2012年7月28日 (土)

事故遅延

池袋線は28日午後、秋津駅での人身事故の影響でダイヤが乱れた。事故の2時間後、何とかなるだろうと思って駅で列車を待っていたが、まさかと思うほど列車が来なかった。
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この区間(中村橋-練馬高野台)は撮影地として好適、とウェブにはあるが、普通列車は撮りにくいし、障害物があって、なかなかきれいに撮れなかった。既に西日が強く、条件が悪いせいか、露出が不安定になってしまった。
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30000系の2両固定はなじみがない。
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9000系もあまりなじみがない。新宿線には15年ほど前に配属されていたが、当時は101系の走行機器を流用した抵抗制御車で、かなりラフな走行感覚を示していた。こうして立ってると、次々とやってきてかなり目立つ。
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Lumix G3は総じて露出、AWBの制御が良くできていると思うが、今回は条件が厳しかったのか、時に露出が不安定になる傾向があった。AWBは晴天に固定している。
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少し傾いているかも。上り快速急行も見送ったが、帰りは回送。これを潮にバスで帰ることにした。
明日はKATOの営団500,300が届くはずだ。ただ、これらを運転する場所がない。家のレイアウトはさすがにちょっと無理だな。

2012年7月25日 (水)

東横線、日比谷線との相互直通運転を廃止

24日の発表だから、もうあちこちのサイトで取り上げられていると思う。

東横線からの直通利用客がどのくらいいるのか、見当がつかないが、ホームtoホームで乗り換えができるのだから、非常に不便になるわけでもないのかな?
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本線上に18m車がうろうろされていては困るthinkということか?
よく言われているのは、直通相手の東武は当時既に20m車が主流になっていたのに、18m級しかいなかった東急側の都合で18m車に統一されたとか。
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東武側も色々と苦慮しているのではないかと思う。
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その東武は、都営6号線と直通運転をドタキャンしてしまった前歴がある。
それが今では東横線(目黒線)とつながるようになり、来年3月には東武車が都営6300と併走するシーンもあるのかもしれない。お互い気まずかったりする?
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もう、当時とは車両が違うから。
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これと8000の並びを、撮っておくべきだったな。
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副都心線との直通開始も来年の3月。

モハ200-1

たまたまちょうど5年前の画像アルバムを見ていたら、乗り合わせた201系(モハ200-1)の写真を見つけた。
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201系は試作車の営業運転開始初日(1979年8月)に高尾まで往復し、バイトに向かう緩行線から見た新車の量産型に魅了されてGMのキットを作り、沿線住民として4,5年通勤に利用した。その間に座席の色が変わり、つり革が増設され、正面に大型電照幕とスカートがついたりした。住み始めの頃、まだまだ新しいと思っていたのに、内装がだんだん色あせて音もうるさく感じられる事に驚いた記憶がある。

転居してからも比較的近くを走っているので、利用する機会は多かったが、あまり趣味的な目で見ることはなく、引退を追いかけることもしなかった。ただ、このときはふと思いついて、あの甲高い走行音を録音しようと、会社の帰りに東京駅から武蔵小金井当たりまで乗車した。ポータブルMDで録音したが、となりに座る女性の話し声まで録音されてしまい、あまりうまくいかなかった。
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音源を加工すればブログにも載せられるだろうけど・・。まあそのうち。

2012年7月23日 (月)

日本の美しい通勤電車

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子供の頃はそれなりに都市部の通勤型電車にも関心があったが、毎日通勤に利用するようになってからはだんだんと興味がなくなってきた。新車には関心はあるが、ほとんどユーザーとして関心であり、新しいビルができたときの関心と余り変わりない。
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・・などといいながら、かれこれ20年ぐらい過ごしてきた。関心がないとは言っても、何かのついでに撮影したりはしていたが、気がついてみると子供の頃からなじんできた車両はあらかた消えてしまった。もはや京王6000も小田急5000も、京急1000もいないのである。
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今ではどこの鉄道に何が走っているのか、子供の頃よりもよくわかっていない。
なので、すこしずつ出かけて現状をチェックすると言うことを、さいきんしている。
撮影してみると、今の電車もそれなりに趣がある事に気がつく。
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 ここで撮影しようとして、ホーム先端に向かっていたら、こどもが横を平行して歩いている。電車に乗るのだろうと思って、そのまま歩いていたら、乗車位置をすぎてもまだ早足でついてくる。あれ、と思ったら、彼も撮り鉄さんなのであった。携帯を片手に、カメラはパナソニックのTZ系かと思うが、こういう都市部では彼のような子とよく一緒になる。そういうのは何となく恥ずかしい感じもする。

 

今は記録する人がいくらでもいるので、自分の撮影したものにどれだけの価値があるのか、疑問だ。撮影ガイドを見て、全く同じアングルで富士山をとって喜んでいるアマチュアカメラマンを連想する。
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走行写真はどこか釣りに似ているところがある。狙った場所で待っていて、ある瞬間で合わせる。それがたのしいのであって、被写体そのものは別になんでもいい?釣った魚を全部食べるわけではない、というのと似ているかな。
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こういう方がいいよね。ただ、構図はちょっと失敗しているが・・。

2012年7月22日 (日)

B1版パネル2枚で作ったレイアウト(2)

手持ちの余った線路を利用しているから、線路配置には制限がある。R280のカーブだけは(甥にあげてしまったので)新規に調達した。既に茶色道床の線路は売っていなかったので、似せた色に塗ったが、この部分の感じは悪くない。
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これは仮配置であって、最終的には下にコルクの路盤を、線路の下には全面的に敷いている。機関庫の位置は当初内側にあったが、後に本線寄りに変更された。

この線路配置には失敗したところがある。機関庫まで設置しておきながら、駅構内で機回しすらできない。制作当時は適当に作って、飽きたら解体するつもりだったし、列車をただぐるぐる走らせるぐらいの使い方しかしないだろうと考えていた。

その使い方は実は当たっているのだが、駅構内左手に機回し線をつけるか、本線左側に渡り線をつけるだけでも変わっていただろう。まあ、実はそれほど深刻に後悔しているわけでもないが。

前後するが、パネルはホームセンターで買った金属のアングル材でねじ止めしただけだ。縦方向の強度は十分だが、ねじれには弱い。強度を上げるという方向ではなく、上部の構築物を徹底的に軽量化するという方針で臨むことにした。

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線路配置はあきらめるとして、それに次ぐ失敗は、スチレンボードを使った勾配部だ。
この部分はまず釘が効かない。接着剤も線路を止めるには弱く、すぐに浮き上がってしまう。勾配の高さはスチレンボードを積層して調整したが、橋の橋脚とは微妙に高さが合わなかった。橋にさしかかったら水平だが、前後の築堤部分はやや不自然な縦曲線がついてしまった。ベースを異動するときに、この部分の線路がしばしば浮き上がる。

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こちら側の勾配はトンネルに隠れて見えなくなる。手前の線路のみ、グレー道床のあたらしいもの。他の線路の中には30年以上前に買ったものもある。

2012年7月16日 (月)

連写は最小限に

珍しくこの場でカメラの話を。さいきん使っているミラーレス機について。

Panasonic Lumix G3は最新世代のミラーレス機で、AF性能はニコンやキヤノンの入門用レフ機と遜色がない(あるいは多少上かもしれない)。ミラーレスならファインダーを覗いて撮影してもLCDで撮影しても、AFの速さは変わらない(連写枚数は影響を受ける)。さいきんのレフ機はだいぶ健闘しているようだが、基本的にライブビュー撮影時はかなりAFが迷う。

ただ、AFC(コンティニュアス)モードだけは実用にならない。今回は試さなかったが、以前にAFの遅いE-PL1で試したときは散々だった。実用上は、AFSにして連写したほうがベストショットを得やすい。

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EVFを観ながら1枚ずつシャッターを切っていっても、正面がちの構図でゆっくり走る列車であれば困らないし、AFは瞬時に合焦する。
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置ピンして連写するのだから、厳密にはすこしずつアウトフォーカスになってしまうのだが、その辺うるさいことを言えるほど眼力も技術もない。
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カタログ上の連写速度は16M、高速で秒4枚だという。
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16M、jpegファインの設定で、いちどに連写できるのは5枚から7枚ぐらいである。
良くやるのが、自分がベストと思った位置よりずっと前から連写を開始して、途中でバッファがいっぱいになって取れなくなるケースだ。
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連写開始
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7枚目で連写終了。悪くないが、もう1,2枚撮りたかった。
また、EVFの表示には必ずタイムラグがある。連写しているとき、この位置で撮ったはずだが、と思って見直してみると、実際の画像ではずれてしまっていることがある。
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最後の2枚は自分では撮った記憶がない・・。連写中なので、撮影者の反射神経は関係がなく、画面上列車が通過した時点で手を離して、撮影は終了するはずだ(手を離すタイミングも問題にはなるが)。
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連写するとどれか当たっているのかもと思い、つい多用してしまうが、無駄なショットも増えてしまうし、撮影も荒っぽくなる。ここはと思うところで、最小限連写するのが良いようだ。

MF時代、モータードライブは持っていなかったから、置ピンして1発勝負するしかなかった。AF一眼レフになって、連写はできるようになったが、持っていたニコンF80はたしか秒2.5枚ぐらいで連写は苦手、ほとんど使ったことがなかった。フィルムも勿体なかったし。デジタルになって、D70sは多少連写しやすくなったが、実際に現場で連写することはなかった(このモデルはAFCが使えた)。

G3は外観はちょっと頼りないが(なにしろ「ママ一眼」なので・・)、性能は悪くないので、しばらくは色々と工夫して、使っていきたい。
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おまけ。ぞろ目の7777号車が来てくれた。井の頭線にも1111、東急(8888)、西武(2222)はいるが、いずれも中間車だし、先頭に立つぞろ目は貴重かも。

行きと帰りで車両が同じ

*大した話ではないですが(いつもそうか)。

たまにあるでしょう。
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数編成しか運用していないローカル線や短距離の路線ならいざ知らず、長距離路線ではそう滅多にそういう偶然には遭遇しない。
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今日は行きも帰りも同一編成で、指定した座席も1番違いのD席と、偶然が重なった。
それだけの話ではあるが・・。

2012年7月12日 (木)

B1版パネル2枚で作ったレイアウト(1)

4年ほど前、手持ちのTOMIXの線路を組み合わせて作ったレイアウトである。

以前にも書いたが、最初は本当に簡単に、舞台の書き割りのような感じで風景等を作れないかと考えながら作っていたが、結局ある程度一般的な工法も取り入れて構成した。段ボールむき出しの河川敷とか、コルクを敷き詰めただけの駅構内とかに、その痕跡が残っている。

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検討を始めたのが2008年の2月頃、同月着工して、3月には線路を敷き終わった。建物などはGMのキットを買ってすこしずつ作り始めたが、7月頃中断。その後1年半にわたりほとんど何もしなかった。2009年の暮れに再び作り始め、年内に一応完成させた。実質的な工期は4ヶ月ちょっとである。

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モノクロにすると背景がいい加減でも目立たないな。

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この7月から改修工事に取りかかっている。樹木の葉っぱはホコリと色あせで白っぽくなっている。その辺から手をつけ始めた。

2012年7月 7日 (土)

ミニトリックスのBR89型蒸機(プロイセンT3)

鉄道模型を始めたのは普通の日本型だが、当時Nゲージはまだ普及途上で、デパートを中心に輸入外国型(ほとんどが旧西ドイツ)が盛んに販売されていた。なので、私はドイツ型の鉄道というか鉄道模型に強い影響を受けている。

ただ、C62が5,000円で買えた時代に、01型蒸機が15,000円ぐらい、小型のタンクロコでも7~8千円はしたので、おいそれと買えるものではなかった(機関車も高いが、客貨車が数千円するのが特に高く感じた。当時の日本型客車は800円、貨車は500円とか300円のものしかなかったので)。

*今は専門店でないとなかなか買えないし、輸入も減っているのだろうけど、日本型との価格差は、円高の今でも余り変わらない。昔は向こうの子供達はみんな裕福なんだな、と思っていた。T3は’74年頃の広告には5,600円とある。ドイツ型では最も低廉で、雑誌にはよくナロー9mmの種車に使われている記事を見かけた。

手元にあるミニトリックスのT3は、’76年に雑誌とれいんの読者交換欄(昔はネットオークションなんてなかったから、そういうものがあった)で買った。相手は名古屋の高校生の方だった。
'73年頃の購入らしいので、そろそろ40年になる。
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なんだかホコリがすごい。塗装もかなりはがれているが、貫禄を感じる。上回りは一体型のダイキャストである。よくロウソクの煤でいぶすようなことをしていた・・。

かなりスピードが出るが、調子よく走った。バックマンのC型ディーゼルや、B&Oドックサイダーとは雲泥の差である。もっとも、価格も倍以上違っていたけど。

以前レコードプレーヤぐらいのサイズのレイアウトを持っていて、そこで走らせていたが、席を外しているときバラストをギアにかませてしまったらしく、モーター(というより雑音防止用の半導体)が焼けて動かなくなってしまった。以来静態保存してある。

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製品はレタリングが一切なく、車番のところは薄いピンクの色さしがあった。自分で12号機と書いている。メインロッドがスポークのない動輪につながっているシンプルな作りだが、全体のプロポーションは悪くない。なにより丈夫で、むんずとつかんで線路にぽん、とおけば走るところがいい。
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元箱。
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実物はこのあたりの機関車か。TMS’74年12月号に故長真弓氏がNゲージドイツ型に
ついて記事を書かれている。この機関車は旧プロイセン国鉄T3型、ドイツ編入後の形式8970-75,全長8,780mm,指示馬力290ps、製造初年1881年だそうだ。

89型というと、今でもメルクリンで作られている丸っこいCタンクがあるが、Nではフライッシュマンを含めてどこでも作られていないようだ。もうこういう小型蒸機で遊ぼうという人はあまりいないのだろうか?トーマモデルワークスからこんなモデルも出ているが、もうすこし神経使わなそうな模型が欲しい。といっても、こういうのもまた違う(動輪がちゃんと4軸あるんですね。コンソリデーションだね)。

2012年7月 2日 (月)

井の頭線

急に思い立って井の頭線に行ってみた。
あじさいはそろそろ終わりであり、かなりまぬけなタイミングはである。
Lumix G3の設定のチェックをしたかったので、近場で適当な被写体を探した次第。
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1722F ブルーグリーン
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1704F ライトグリーン
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1732F 2008年以降のマイナーチェンジ車。
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1721F ライトブルー G3のバッファが少ないので、連写開始の場所を間違えると途中で止まってしまう。 JPEG Fineで6枚が限度。
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1706F オレンジベージュ。もとは肌色に近いベージュだった由。
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1702F アイボリー これが上品に見える。大したセンスだと思う。
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1723F マイナーチェンジボディ。この方向幕はいい。マイクロエースの模型は初期型のモデルだけで、このマイナー後ボディの模型は市販品にはないようだ。
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1726F バイオレット。この鉄道が女性に人気があるのもわかる気がする。
沿線のあじさいも鉄道が植えたのだろうか。
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1710F サーモンピンク もう通勤型車両には興味があまりなくなった、と思っていたが、この鉄道を見ていると、それなりに興味深い。
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出発進行。


2012年7月 1日 (日)

KATO 111系

クモユニ74と同時に予約していたのだが、ようやく本体の111系が到着した。今回は到着のお知らせを受けてからほぼタイムラグなしで発注し、今日到着した。
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オリンパスMZ14-42を、F22まで絞って、なるべく視線を下げて撮影した。解析現象何のそのという感じだが、天然ジオラマモードになるよりはましだ。
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絞らないで撮るなら、真っ正面から狙うと超望遠で撮影したように見えるかも。
グリーンマックスから同じプロトタイプのものが出たことがあるが(1976年)、KATO
としては初めての111系である。セットは3種類あり、基本7両、増結セット4両(サロ+モハx2+クハ)、付属編成4両。今回買ったのは付属4両である。クモユニと合わせて5両を組むつもりだった。
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ただ、セットの説明書を見ていると、連結するにはクモユニのアーノルトカプラーを切断して、付属パーツを取り付けないといけない。それほど手間がかかるものではないが、何となく不可逆な改造には抵抗感を感じる・。とりあえず、古いTOMIXの113系につなげてみた。
そのうち面倒くさくなって、これが定着してしまうかもしれない。

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クモユニ同様、全体の作りはそつがなく、優れた造形だ。室内のシート部分がライトブルーで整形されており、この色がかなり目立つ。窓ガラスの透明度が高いので、余計目立つ。往年のカツミの特急用シートみたいな色だが、なぜこんな色にしたのだろう?
本当に気になるようになったら、塗り替えてしまおうかと思う。

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・・今度コンデジで撮り直しましょう。
右の113系(1000番台)はトミックス最初の113系で、1977年11月頃発売になった。その直後12月頃購入。個人的には目の覚めるような買い物?だった。当時の目から見てもかなり荒っぽい作りではあったが、何度か改修工事をして、今日まで生きながらえている。TOMIXのスプリングウォームはこの形式から始まっているが、当たりが取れたのか普通のウォームギアの車両より余程静かである。

ちなみにKATOの111は音質こそ悪くないが結構うなる感じだ。MT46ぽいと言えばそういう気もするが。


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