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2011年7月22日 (金)

東武8000復活塗装

2004年のことだったからすでにデジタル時代であり、ウェブ上にも画像がたくさん上がっているのではないだろうか。私は8000系と同い年で、8000の大量増備と共に育ってきた。他社が次々と新系列の新車を出す中、相変わらず同じ車の増備ばかりで本当にうんざりしたものだ。
8000
今見て芸が細かいなと思うのは、方向幕上部の標識灯(早い段階で撤去されていた)が復活していること。貫通ドアの種別枠がある(これも一度撤去されていたと思う)こと。時代考証的に考えると、いわゆる助士席側窓のワイパー、方向幕の色、書式(白地に黒、区間表示)、種別幕の使用(初期には運行番号表示、後東上線では使用せず白地のまま)などはこの塗装の時代とは異なっている。幌は材質が今と異なり、色はオレンジだった。今のグレイの幌になったのは75年頃、ちょうど塗装がクリーム一色になる頃で、一時期車体はクリーム色、幌だけオレンジというスタイルで走っていた。
8000_2
荒川鉄橋。側面方向幕は当然当時はなかった(更新時に取り付け)。冷房取り付けは73年以後初期車から順次行われていたはずだから、そこは矛盾はないはずだ。初期車は内装のデコラの退色が激しく、もともと黄色みの強いクリーム(マヨネーズのような)だったのが薄いピンクに近い色になっていた。冷房化の時車端部のみデコラを交換したので、そこだけ大きく色が変わっていた。デコラは途中の増備から材質が変わったのか、その後の車両は経年による退色がほとんど見られなくなった。’70年頃の車両からだろうか?中間増備車の8708,8808はもちろん退色していなかった。
F2006
上の写真の2年後。8000系は40年間、事故による車体新製はあったが1両の廃車もなく、712両の大所帯を誇っていた。最初の廃車が出たのは上記復活塗装イベントの翌年のことだ。

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