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2011年6月26日 (日)

京王帝都時代

ちょうど30年前の写真。京王沿線には親戚や知人がわりといるのだが、沿線に写真を撮りに行くというのはほとんどしたことがなくて、何かのついでに撮ったものばかり。
6001f
6000系の第一編成。世田谷線を訪ねに行った帰りだと思う。
親戚は初台や幡ヶ谷にいたので、6000系の存在は全然知らなくて(各停はグリーンカーで、特急は白い電車=5000系という意識しかなかった)、初めて知ったのは登場から2年後、多摩動物公園に親戚と行ったときだった。横長につながった(様に見えた)方向幕、左右で大きさの違う前面窓は、東武8000系しか知らなかった子供にはものすごくモダンに見えて衝撃的だった。家に帰ってから画用紙で6000系もどきの模型(といえるほどではない。窓やドアの絵を描いて四角い箱を作っただけ)を作ったほどだ。帯の色は濃いグリーンだった。
同じ日に高幡不動だと思うが、無蓋貨電(デト210)を見た。貨車なのにパンタがあるのは新鮮を通り越して理解不能状態に陥ったのも覚えている。
2000
2000系。子供の頃親戚の家に行く時に乗ったのがこれで、となりにいたスマートな5000系がうらやましかった。時代が下ると5000系も各停に入るようになって、そのときはうれしいと言うより妙な違和感を感じたのを覚えている。
こちらは7月。このあとうまれてはじめての合コンに行ったんじゃなかったかな・・。
そういえば5000系の写真もどこかにあったはずだけどな。整理が悪くて。

2011年6月22日 (水)

北京―上海の中国版新幹線、6月末開通 時速300キロ

日本経済新聞。ちょっと古いが6月13日。

中国鉄道省は13日、北京―上海間の高速鉄道が6月末に開通すると発表した。当面は最高時速300キロで運行し、現在は約10時間かかる同区間を最短なら半分の4時間48分で結ぶ。

(中略)鉄道省の胡亜東次官は13日の会見で「中国の高速鉄道は世界一流だ」と強調した。高速列車「和諧号」は昨年末の北京―上海間の試験走行で日本の新幹線の最高時速を上回る486キロを記録し、同省幹部は自主開発したと主張する。

 09年に開業した武広高速鉄道は350Km/h運転、最速列車は表定313km/hで世界最速、上海トランスピットはリニアモーターカーで、これは磁気浮上式だが、最高速度430km/hである。北京-上海間の路線総延長は1318km、先の武広鉄道も1000km近い。取り合えずそのスケールと「速さ」には素直に脱帽しなければならないだろう。「はやぶさ」がデビューしたとき、国内最速、と紹介されていて、そうか、世界一ではないのね、と思ったりしたが、世の中は確かに変わりつつある。

 鉄道発祥の地イギリスは今では運営に苦慮していて利用者の信頼もおぼつかないし、アメリカはかつては世界一の路線網と技術力を持っていた。日本の鉄道は将来も世界をリードし続ける事ができるのか。人口密度その他を考えると、米英のように衰退はしないかもしれないが、あるとすれば地方の人口減少に伴うローカル線の影響だろう。都市部の通勤鉄道も、将来は様子が変わってくるのかもしれない。

2011年6月20日 (月)

所沢駅リニューアル中

久しぶり(1ヶ月ちょっと)に所沢駅を利用したら、リニューアルがだいぶ進んでいる。
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面白いのは橋上駅となる大きな屋根の下に、取り残された旧上屋の柱だけが解体されずに残っていること。上を見なければまだ古い屋根が使用中であるかのように見える?
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石神井公園もすっかりきれいになり、昔の面影を残す駅は上石神井ぐらいになってしまったかな。

2011年6月18日 (土)

JR石勝線の信号機トラブル:運輸安全委の現地調査が終了

ちょっと古くなってしまったが、15日の毎日新聞より

重大事故につながる恐れがある「重大インシデント」とされたJR石勝線追分駅(安平町)の信号機トラブルで、国土交通省運輸安全委員会の鉄道事故調査官2 人は17日、札幌市中央区のJR北海道本社で社員4人から信号機の配線工事の進め方などを聞いた。16日に始まった現地調査はこれで終了。菱沼明調査官は 「あってはならない事態が起きた。今後は資料を持ち帰り調査する」と話した。

 毎日は見出しには使っていないが、他の新聞では「重大インシデント」を見出しに入れているところもあった。それを見てなんでわざわざインシデント、なんてカタカナ語を使うんだろう、と奇異な印象を持った。しかしウィキペディアによると、インシデントは日本語としては事故につながる可能性のある潜在的事象をしめす、いわば専門用語のようなものらしい。重大インシデントという言葉も、鉄道事業法に定められた要件があるらしいので、報道で使うのは間違った使い方ではない。

 まあそれはいいとしても、偶発事象とかなんとか、カタカナ言葉ではないいいかたはできなかったのか、という気はする。日本語の語彙はそんなに貧しいものではないはずなのに。英語のincidentはもう少し広い使われ方をしているから、インシデントを上記の意味で理解している人は、英語の文脈の中で使われているincidentを見て、逆に違和感を感じることがあるかもしれない。

2011年6月13日 (月)

森林公園検修区’79

 手持ちのフィルムは5年ほど前にほぼ全てスキャンしている。整理が終わっていないし、一部は取り直した方が良いようなものもあるが、とりあえずデータ化は完了している。しかし、手元にフィルムが残っていないものも結構あって、そちらのほうはまだほとんど手をつけていない。

 プリントのスキャンというのは意外と難しくて、ホコリがつきやすいし、昔のプリントに多い「絹目調」などは表面の模様までスキャンされてしまう等の問題がある。逆にフィルムの方がかびているものでも、プリントの方がきちんと残っているケースもある。いずれにしても、データを引き延ばしてプリントするような事をしなければ、それなりの画像は得られる。

 何枚か手をつけてみたが、2枚の写真は1979年7月に撮影した森林公園検修区の様子。夏休み前後、部活の後に足を伸ばして撮りに行ったが、特に何を撮りたいという目的はなかったように思う。最初の写真はクエ290(5/26/'12訂正:正しくはクエ7002です)で、この頃廃車体として台車を外されて置かれていた。当時持ち出せたのがレンズ固定式のヤシカ(50mm F1.4)しかなくて、敷地外からだとこういう風にしか撮影できなかった。理由はわからないが、真ん中へんに光の入ったような筋が見える。もう一枚は普通の8000系。この頃はまだ準急の札が赤文字で、青文字になったのはこの写真の4年後だったと思う。

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8500

2011年6月 7日 (火)

総武流山電鉄 昔の写真

1981年4月 「流馬」。武蔵野線経由で馬橋まで来た頃にはだいぶ午後も遅くなっていたと記憶している。それでも途中で降りて撮影している(小金城趾-鰭ヶ崎間?)。1200型は旧西武501。西武では前年3月に引退していたが、流山では最新鋭の車両で、実際立派なもののように見えた。

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「銀河」。後に「若葉」がグリーンで登場するが、3連シリーズはそれぞれ色が違う。この銀色はなんだか昔のバスを彷彿とさせるが、当時見てもどこか野暮ったい印象があった。
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連結面の塗装を見ると、「銀河」のようであり、貫通路上の車号は63に見える。日が傾き始めており、車内のせいもあってちょっとピンぼけしている。車内の様子は西武時代と変わっていない。座席その他を見ても、それほど古めかしい感じではない。「銀河」だけは少し先に引退したが、一部は平成の10年代まで残っていたようだ。

2011年6月 5日 (日)

流鉄 最近の訪問他

最近訪れたのは’10年の1月。5000系がデビューしていた。

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3連の「若葉」、「流星」は流山で休んでいた。
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流鉄の車両模型は本格的なものは持っていない。
モハ105は鉄道コレクションでずいぶん前に購入したもの。
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「若葉」は、Bトレインを電装したもの。リビングに飾ってあるが、小さなレイアウトで走らせることもできる。
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Bトレにけちをつけても仕方ないが、正面窓は大きすぎるようだ。

2011年6月 4日 (土)

総武流山線 「流星」

今気がついたが、2008年2月頃はまだ総武流山線という名称だったはずだ・・。

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車体が架線柱で分断されて、あまりほめられた写真ではないが、3両で走る「流星」。もと西武1135Fとのことだが、西武時代に何度も乗っているはずだ。これは「青空」も同様。

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小金城趾で 「流星」と「青空」の出会い

流鉄 「若葉」ほか

全長5.7Kmと短いローカル私鉄、流鉄は、都心から近い気安さもあり、何度か訪れている。
長らく旧西武の20m車3連での運用が中心だったが、最近は全列車が2両編成となり、3連の3000系は引退している。
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2008年2月。「若葉」は馬橋駅構内に留置されていた。検査出場直後なのか、屋根回りもとてもきれいだ。

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小金城趾に進入する「青空」2000系。こちらは現在も活躍中。
カメラはオリンパスOM-1、トレビ100。このときのレンズはZuiko 135mm F3.5。そう言っては何だが、近場の気安さから、失敗しても惜しくない?かなと思って、古いカメラを取り出した。

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