• Imgp6990
  • Imgp6976
  • Imgp6972
  • Imgp6969
  • Imgp6965
  • Imgp6963
  • Imgp6957
  • Imgp6949
  • Imgp6947
  • Imgp6937

2018年8月12日 (日)

鐵道信號

子供のころから変なマセガキだったので、時々最新鋭の電車よりも昔の第一線級の車両に魅力を感じることがあった。小学生のころ繰り返し読んでいたのは機芸社「私鉄電車プロファイル」と「陸蒸気からひかりまで」で、後者は特に、1号機貨車から明治、大正昭和の名優たちを概観するには最適の本で、この本から学んだことは実に多い。
 
もっとも、片野氏の解説は氏の趣味的な視点がかなり入っているので、別の資料からも確認する必要があるかもしれないが。。
 
とはいうものの、その時代を現す社会の動きや事物から受ける印象は、個人によって異なるし、またそれを振り返ろうとしている現在の状況にも左右される。戦争の傷跡が生々しかった戦後間もない時期では、戦前期は強い否定の対象だった。
 
そういった視点は現実を素直にとらえることの障害となることもしばしばある。
 
そんな話はどうでも良いが、この短編映画の魅力は、戦前日本の最良の設備や車両がふんだんに出てくることだ。なにしろ走るC53、流線形C55、急電時代のモハ52が出てきちゃうのである。。
 
前半は単線区間の通表授受の話を中心に、後半はより進化した都市部の自動信号の話が出てくる。車両は単線区間であってもC55,C57等、新製後数年程度の最新の機関車の映像が多い。普通列車の客車はさすがに木造車(トラス棒が写っている)もあるが、急行はダブルルーフのスハ32辺りが中心のようだ。
 
機関士や信号所の人たちは、いかにもきびきび働いているように思えてカッコいい。映画のために多少気を使っているのだろうが、詰襟の制服は非常にフォーマルな印象を受ける。京都駅の乗客の、ソフト帽とオーバーコートの人たちも、まあ演出もあるのだろうけど洒落た服装だ。女性は着物姿が多い。
信号所職員(責任者?)がインタビューに答える様子が、いかにも戦前の人らしい。
 
他の方も同じ感想を持たれていたが、もしあのまま戦災を経ずに発展していたら、その後はどうなっていたことだろう。。まあ大きな流れとしては、現実の歴史が示した方向と同じだったかもしれないけど。。
 
戦後(1953年)に作られたこの映画は、内容は「鐵道信號」と似ているが、信号のことはあまり触れられず、ヤードの入れ替えの話、電車線の話などが中心。
 
車両は一変してやはり当時の最新鋭、EF58流線形なども出てくる。蒸機もD52(改装済)などは新しいが、電車はモハ63が事情により出しにくいのか(桜木町事故の直後なので)、モハ31とかが中心に出ている(63もちらっと出てくるけど)。17:40ごろ、池袋駅3番線に到着する山手線終電の映像が見もの。手を組んで歩く男女の乗客が戦後らしい。
 
職員も駅員も、撮影した季節のせいもあるのだろうけどシャツ1枚とか開襟シャツ姿が多く、よく言えば気取っていない、悪く言えばだらしないといえなくもない。。
 
全体に戦前のような、今を誇示する、ピリピリしたようなところがなくなり、これからはじまる機械化、動力転換に期待をつないでいるような印象。
 
今もしこういう映画を作ろうとしたらどうなるか・というと、たぶんあれですね。広告代理店が好き勝手やっている東京メトロや小田急のプロモーション映像とか、ああいう感じになるのかもしれません。
 
終戦の日もちかいということで、今日はこんなお話で。

2018年8月 3日 (金)

惜別 新井薬師前駅跨線橋と北口改札

Imgp6822

早いもので、西武新宿線中井-野方の立体化工事も既に着工から5年目に入り、利用者が直接工事の進捗を感じさせる場面も増えてきました。
 
新井薬師前駅も、周辺の建物が取り壊され、架道橋が移設されたりしていましたが、この8月3日からは沼袋寄りの跨線橋が使用停止、合わせて北口改札も移設されることになりました。
 
Imgp6828
日中立ち寄る機会がなかったので、帰宅途中に訪ねてみることにしました(撮影は8月1日)。
上の写真は、下り線ホームから、新しい跨線橋を。
 
Imgp6832
・・申し遅れましたが、今回もかなり写真の数が多いです。
以下、下り列車から降りて、撮り歩いた様子をそのまま追っていきます。
下りホームから、延長される上りホームを望む。西武新宿寄りに20m移動します。
 
Imgp6834
写真右側辺りが、新しい北口改札になります。
 
Imgp6839
延長ホーム部分は簡単な仕切りが設けられています。
30000系はこの時点での停止位置で客扱い中。
 
Imgp6841
案内広告。改札口は西武新宿寄りにかなり移動します。
 
Imgp6853
 
Imgp6862
 
Imgp6865
下り線から跨線橋へのアプローチ。左側は南口改札。
 
Imgp6867
 
Imgp6868
 
Imgp6870
上り線側にわたっていきます。
 
Imgp6871
 
Imgp6873
 
Imgp6881
跨線橋の設置は1969年だった由(ウィキより)。
 
Imgp6882
平凡な形の跨線橋ですが、今作るとこうはならないでしょう。
隣の中井も、古い跨線橋がなくなってしまいましたね。
 
Imgp6885
新井薬師前は毎年、桜の頃に撮影で訪れることが多かった。
旧宅から通勤のとき、少し早く出て、中野通りの桜を撮りに行っていた。 
 
Imgp6886
ラッシュ時だから、この辺り通勤客でごった返しているのを逆に歩いて行った。
 
Imgp6895
お、ライモくん。
 
Imgp6903
あとあれですね。ここからバスに乗って、中野によく行きました。有名なカメラ屋さんがあるので。ので、この駅には買い物の楽しい気分が刷り込まれています。
 
Imgp6906
 
Imgp6909
新しい改札をフェンス越しに見る。
 
Imgp6919
さて、改札を出ました。
 
Imgp6920
新井薬師前についてのもう一つの思い出は、この駅は自動定期券発行機の(数少ない)設置駅だったことだ。
というのは、パスネットの時代は、定期券の発売ができる駅が限られていたのだ。10年~15年前でいうと、西武新宿、高田馬場、上石神井は有人の販売で、これは発売時間が限られていた(たしか上石神井は午後8時くらいまで)。新井薬師前は自動発行機で、これは終日買える。
 
ので、夜9時過ぎに定期を更新したいときは、新井薬師で降りて買い替えていた。というか、家で用事があるときなど、一旦家に戻ってからまた新井薬師まで行って買ったりもしていた。 今はどこの駅でも定期券を買えるので、ちょっと信じられない話に思えるかもしれないけど。
 
定期を買った後、北口の、今ファミマのあるあたりにとんかつ屋があって、そこで夕食を食べたのを覚えている。ほかにも薬師様のほうまで足を延ばしたことがあったな。
 
Imgp6921
北口の駅舎は昭和50年ごろ整備されたらしい(ウィキによる)。
 
Imgp6922
このたたずまいも、昭和後期風ですね。
 
Imgp6924
左に書店、100円ショップなどがあった。右側にあった自販機も撤去されている。
 
Imgp6925
 
Imgp6929
 
Imgp6932
 
Imgp6935
新しい北口は、細い路地を歩いて行った先にある。
 
Imgp6937
もうなってますね。
 
Imgp6947
これ、新しい跨線橋です。踏切のわきにあります。
以前はホームの途中あたりにあった。撤去したあとわざわざ作り直したのですね。
マンションの敷地に入り口があるのかと思ったが、どうもこのマンションは工事事務所になっているらしい。
 
Imgp6949
以前は線路を見下ろした写真が撮れたが、ごらんのように今は撮影には向きません。
 
Imgp6957
南口改札付近にあるプレート。
 
Imgp6963
新井薬師前付近は、いかにも中野区という感じの商店街が広がっている。駅前のこの古本屋も馴染み深い。ただし買ったことはない。
 
Imgp6965
こちら側も商店街で、京樽とかがあったはずだが、既に撤去されている。
 
Imgp6969
改札前の果物屋さんも馴染み深い。ここでは買い物したことがある。
 
Imgp6972
 
Imgp6976
ぐるっと回って、また上り線へ。
 
Imgp6990
というわけで帰ります。いやあ、蒸し暑かったです。

2018年7月30日 (月)

台風一過

Imgp5875

午前中のうちに用務が終わり、例によって「間合運用」が可能になりました。
さくっと出かけてみます。(以下写真かなり長いです)。
 
Imgp5888
異例の台風ということで、一部混乱もあったようですが、被害に遭われた方、お見舞い申し上げます。
 
Imgp5893
まあ、うちもちょっと、予定を繰り上げたり色々しましたが、まずまず無事でした。ここで語ることでもないのであれですが。
 
Imgp5903
 
Imgp5911
100系もその傾向がありますが、東武の特急のデザインはどうも車体が短く見えるようです。
 
Imgp5928
気持ち的に、こあまり長さが変わらない気がするのですが。
 
Imgp5951
青空のもとで見ると、なかなか悪くない気がします。
 
Imgp5962
 
Imgp5890
 
Imgp5900
 
Imgp5935
 
Imgp5954
 
Imgp5973
東武日光方に移動します。今回車ですので、移動は比較的容易ですが、歩くのはちょっとしんどそうな距離です。
 
Imgp5988
 
Imgp5999
 
これが撮りたかったのですが、本数が少ないので写真はこれだけです。
GMのキットでも作ってみましょうか。
 
Imgp5978
留置線は色々いそうですね。
敷地外では大した写真は撮れませんが、ちょっと回ってみます。
 
Imgp6007
2020系と20400系。
 
Imgp6021  
フェンスから離れての撮影ですし、レンズが18-135mmなので、網を切ることはできません。
 
Imgp6015
なんか車両の並び方が趣味的なような気もしないではありません。。
 
Imgp6018
偶には東上線にも来ればいいと思うけど。。
 
Imgp6027
これ一時期東上線にいたやつか。SNSで「ブツ4」といわれる編成ですが、ブツ6はあるけどブツ4という言い方はたぶん、オーセンティックないい方じゃないんだろうな。。
 
Imgp6030
駅に入ってみます。
 
Imgp6036
車庫のある駅はどこも似たようなムードがありますね。
どことなく小手指駅を連想したりします。
 
Imgp6045
2扉車の状況。宇都宮線の8000系も撮影しておかないと。
 
Imgp6056
 
Imgp6067
昔はこれが来ても大して関心を持たなかったものでしたが。。
 
Imgp6069
というわけでした。
 
 

2018年7月16日 (月)

姫宮付近

Imgp5661

車で埼玉の東部に出かける用があり、日も長いのでちょっと撮影でもしてみようかと思い立った。上毛電鉄を見に行こうとも思ったが、そこまでの時間はなさそうなので、ナビを見て手近な姫宮付近に。
あとからネットで撮影地ガイドなどを見ると、もっといい場所があるようなのだが、道もわからず時間もないということで、あまりよい写真は撮れなかった。。
 
Imgp5647
3年ぐらい前に来た場所ですが、線路沿いに生えている棕櫚の樹が成長して、車体にかかるようになってきた。棕櫚の樹は、放っておくとかなり成長するし、火事があるとかなり燃えやすいらしい。前宅にも生えてましたけど。
 
Imgp5654
この時期、13000系、70000系と03,20000系は体感同じぐらいの確率で来ますが、13000系は撮影していない時は何度も見かけたものの、カメラを構えてからは全くキャッチできなかった。
 
Imgp5669
東武車の普通、準急もほとんど見かけなかった。一度10030系の準急浅草行きを見たが、被ってしまい撮影できず。
 
Imgp5673
継電機箱が邪魔をしてこちらからも撮影しにくいのです。
時間があれば再訪したいのですが、本当に時間取りにくいのです。。思いついた時に的確に撮影できるといいのですけどね。
 
Imgp5683
足立花火のヘッドマーク。本来ここは午前中順光なので、いささか苦しい。
 
Imgp5693
音だけ聞いていると西武2000かと思ってしまいます。。
 
Imgp5700
70000系。案外と言っては何ですが、悪くないですね。
 
Imgp5736
20000系5ドア。メトロのほうはもう風前の灯ですが、こちらはまだ活躍中。とはいえ、地方線には転用されないでしょうから、あとどのくらい見られるか。。
 
Imgp5738
日比谷線も通勤で何年か(累計)使いましたが、多扉はそれほど印象が残っていない。
20070が3ドアで出たころも覚えてますし、東急がうちは他扉はやらないと言っていたのも印象に残っています(その割に後で前言翻しましたが)。
 
多扉、ワイドドアはバブル末期に大流行して、そろそろ命脈がつきそうです。
小田急、京王はさっさと撤退し、JRも中央総武のはもう終わりかな。一応定着したのはメトロ東西線の05ワイドドアですかね。。あれ、通勤利用時は嫌いでした。座席が少ないことより、立ち席スペースにいるときに安定しにくいことが問題で。16000系が出るころにはもう諦めていたというか、好きにして、という感じでしたが。
 
多扉車はいちど、海外のように扉間クロスにして座席を増やしてみたらどうかと思います。あんがい地方線でも使えるかも。乗り入れ車だと相手先から嫌われるし、無理ですね。
試行錯誤の結果、在京の私鉄は20m4ドアばかりになってしまい、これで良かったのかどうか。というか、はっきり言って嫌なのですが、もうどうしようもないね。。
 
Imgp5759
話を戻して。100系もそろそろゴールが見えてきているようです。
 
Imgp5769
リバティ。もうちょっと頑張って、半蔵門線はいっちゃえ。
住吉から豊洲抜けて、東上線にも。
 
Imgp5775
暗くて顔が見えない。。
 
Imgp5784
50000系の後継は、この様子だとまだ難しそうですね。。
 
Imgp5786
03と20000ということで。
 
Imgp5808
プユマ号が来たので切り上げます。
というわけでした。

2018年7月 6日 (金)

停電

Imgp9651

ニュース等で御存じかと思うが(今は覚えていても、じき忘れちゃうでしょうけど・)、本日(5日)午前7時49分ごろ、板橋区にある東武東上線の変電所で停電が発生し、下赤塚、東武練馬付近を走行中の電車が本線上で立ち往生した。
 
ニュースによると空調は効いていたが、2時間ほどその場に停車し続け、その後乗客は順次車外に出て線路上を歩いて最寄り駅に向かったという。
 
上の変電所はうさぎ鉄道のもので、本文とは関係ありません。。昔の変電所はこのトミックスのキットのように、トランスが野外に露出していたけど、今回トラブルのあった東武練馬の変電所も、きれいに建て替えられて碍子やトランスはよく見えなくなっていますね。。
 
20180705_080947
事故当時私は急行池袋行きの車内におりまして、ちょうど和光市駅を発車しようとしていたところでした。いつも通り混雑した車内で、発車を待っていた。
 
和光市駅ではよく直通列車との接続待ちで時間調整が行われるので、その口かな、と思っていましたが、それにしても長い。しばらくしたら、東武練馬付近で停電なので見合わせだと。振り替え輸送をするから、有楽町線を使ってくれというアナウンスも出ました。わりと若い人は、さっさと決断して降りていきましたね。
 
月曜も人身がありましたが、一般論として少し待てば動くことが多いので、そう判断する人も結構車内にいました。
私も会社にメール打ちながら車内で待っていたのですが(そのころはもう座れるくらいまで人が減っていました)、そのうちこの列車はここで運転を打ち切ります、といいはじめた。乗客が全員下りたのを確認したら発車するという。 
ようやく私も決断して降りました。列車は、急行池袋の種別のまま、誰も乗せずに成増方向に去っていきました。おそらく成増で折り返し回送としたのでしょう。
 
一緒に乗車していた人たちはもう先行する地下鉄に乗っていて、ホームはそれほど混んでいませんでした。ちょうど始発の通急元町・中華街が来たので、座ることができました。楽でよかったけど、途中区間はかなり混んでたな。
 
Screenshot_20180705141309
ちょっと意地悪だけど、放置された東武アプリの列車位置情報。
下赤塚-東武練馬間に急行池袋行きがいます。
各社のニュースで線路を歩く映像が流れていましたが、この列車もその一つ。たぶん、一つ前の急行ですね。以前は時々乗っていたやつだと思います。ので、なにかの都合でこれに乗っていたら、自分も線路を歩いていたかもしれません。
 
そうえいば昔、まだ8000系の頃でしたが、ときどき瞬時停電とか、ありましたね。10数秒から1分ぐらい、電気が止まるのです。8000は予備灯がついていて(家庭のペンダント灯の常夜灯みたいなやつ)、蛍光灯が切れるのですぐわかる。冷房も送風のみになる。駅を出てこれから力行というときに停電すると、そのまま滑走する。これから加速するはずが、腰砕けみたいになるのが妙でした。まるで、停電したことを乗客に悟られないように?しているみたいな感じがしてでおかしかった。
 

2018年6月20日 (水)

こどもの観察カメラ れっしゃ

P6171904

オールカラーの、すっきりした装丁の児童書。
発行は1969年と、半世紀近く前の本だ。子供向けの本を多く出している、フレーベル館の本。この装丁のセンスは、今店頭に並べても違和感ない気がします。
 
撮影と解説文はなんと、あの広田尚敬氏である。当時は気鋭の若手写真家でらしたのでしょうね。。
 
P6171910
1号機関車の模型写真から始まり、新幹線、海外の鉄道(主に欧州)と、幅広く紹介している。(書籍なのであまり詳細に引用しては差しさわりがあるかもしれませんが、何しろ昔の本ですので、とりあえず。。)。
 
ちなみにD51の解説で「D51は1115両もつくられ、日本一顔のひろいきかんしゃです」と書かれているのを読んで、(煙室扉がでかいということだろうか。でもなんか違う気が?)、と子供らしからぬことを考えていた記憶があります。この解説文、かなり大人向けの書き方がされていました。
 
P6171907
子供向けなので1ミリぐらいの厚紙にコーティングして写真印刷していますが、技術的なことはわかりませんが、解説文の印刷が多少かすれています。当時、親が読みにくくなっているところを加筆してくれたようです。
 
小田急だけは実物を知っていましたが、他の車両はこれを見て初めて知りました。当時は名鉄のほうがカッコよく見えたな。
 
P6171909
海外はアメリカの「メトロライナー」と、オランダやデンマークの鉄道など。右側の黄色い機関車の写真はイギリスで、光の加減で線路が金色に見える。それで、どこかで鉄道模型の真鍮レール(たとえばカツミの金属道床線路は真鍮レールだった)を見て、ああ、外国の線路は金色をしているんだ、と理解していました。。
 
P6171906
さて、今回のオチです。
このページは各地で活躍するディーゼル、電気機関車の写真ですが、注目したいのは右下のED77です。
 
きれいな写真ですが、この色、どこかで見たような気が。
 
 
Imgp1576
交流電気機関車の塗装はED70以来、赤2号、つまり上の181系の窓周りと同じ色だったはずですが、なぜかこの写真はディーゼルの朱色4号に近い色合いをしているんですね。
 
それで、かつての関水EF70が、やはりオレンジ系の色をしていて、どうしてこんな色合いをしているのか不思議という議論があった(後年になって)のですが、子供の頃はとくに違和感を感じなかった気がします。それは、この写真を見ていたから。 
 
それにしても謎です。この目で交流機を見たのは13歳の頃(ED71)でしたが、あれはオレンジ色には見えなかった。
当時はコダクローム系が使われていたと思いますが、たしかに多少渋い発色になる傾向があったとはいえ、こんな風に色が転ぶのは普通だったのだろうか。。
 
しかし、同じ色が転ぶなら、「しおじ」の色もオレンジになっているはずでしょうし。。なぞです。。
というより、もしかしたら昔の交流機は本当にこういう色をしていたんじゃないか、私が知らないだけなのかも、という気がしてきます。。
 
余談ですが、右上の「みずほ」の写真の片隅に、青い屋根の小さな家が写っています。子供のころ、きっとこの家の人は、毎日窓を開けると色々な電車が走っているのを目の当たりにしているのだろう。なんて羨ましい・・と思っていました。
 
それにしてもここはどこなのだろう。大船とか茅ヶ崎のあたり?
 

2018年6月 2日 (土)

ときわ台駅

Imgp6748

ときわ台駅がリニューアルされ、昭和10年の開業時のたたずまいを復刻した、というニュースを見たので行ってみました。
 
まあ小ネタですね。。
 
Imgp6760
もともとときわ台駅(北口)は、開業時の駅舎を手直ししながら使っていたので、全体のたたずまいは同じだ。ただ、リフォームにあたり、当時の姿を忠実に再現したということらしい。
 
Imgp6761
ときわ台駅は、当時田園調布駅に範を取った高級住宅地を造成していた東武鉄道が、宅地の開発とともに開業したというだけあって、とてもモダンな印象がある。近隣の他の駅、中板橋や大山などは下町っぽい、庶民的なムードの駅だが、ここだけがこんな感じなのだ。
 
ネットを見ると、開業日の近い南宇都宮駅舎とよく似ているとか、たたずまいが旧帝国ホテルに似ている、という記述も見られる。
 
東上線池袋-成増間の駅としては最後に開業した駅であることは確かだが、調べてみると北池袋から下赤塚まで、昭和初期の数年のうちにぼこぼこ開業しまくっているんですね。。ちなみに開業時が池袋-下板橋-成増、すぐに上板橋も開業したらしいです。
 
Imgp6757
開業時というか、戦前からの駅舎がそのまま使われている駅というのは、東上線ならずとも珍しいでしょうね。東上線ではここだけでしょうね。。
子供の頃は朝霞、鶴瀬、川越など、昔からのたたずまいの駅は結構あったけど。。
Imgp6746_2
改札口を移動しましたかね。。
 
Imgp6751
壁面には駅と周辺の歴史が、博物館のような形で展示されています。
 
Imgp6754
昔の建物の様子。
 
Imgp6756
特徴ある住宅地の地図と、ときわ台駅、住宅地の位置図。
池袋駅から10分とある。
 
Imgp6752
お散歩マップ。
こうした展示を、熱心に見ている人が何人もいました。
やや年配の女性が多かったかな。
 
Imgp6763
ときわ台は毎日利用していたわけではないが、小学生の頃から駅近くの模型店(るー模型店)に行くのによく利用していた。小さな模型店なのに、わざわざ電車に乗って出かけたのは、一つは電車から見える場所に店があったこと、そしてTMSに広告を載せていたことがある。
 
ここと、大山のマックス(のちGM)、あと成増の、今はダイエーがあるあたりのビルに入居していた模型店をよく利用していた。成増は北口の、住宅地の奥に丸正堂という店があったけど、ほとんど知る人ぞ知るという感じの店だったな。
 
Imgp6765
ときわ台は朝ラッシュ時に準急が停車したことで有名(自分だけか)だが、10両運転が始まる昭和51年ごろ、ホームを延伸して、併せて駅舎とかも改装とかをしていた記憶がある。
同じころ、今の下板橋留置線の配置を改良した、それまで上下線の間に3線程度の留置線があった(ので、下り線は下板橋駅を出ると左に大きくカーブして上り線から離れ、山手通り陸橋のあたりで戻っていた)が、改良後は上下線が平行になり、留置線の数も増えた。
そういえば昔はときわ台駅に進入するあたり、池袋よりの踏切付近のカーブで、電車が大きく揺れたな。立っているとき、そのあたりに近づくと身構えたり。西武新宿線の中井駅付近とか、中央線の大久保付近とか、そういうところは何か体が覚えていて、自動的に身構えますね。またそんなことをよく覚えていたり。
 
あ、今でも成増駅の上り線は揺れますね。あれは線形上仕方ないけど。
 
Imgp6764
工事のとき、ここの煉瓦壁を一生懸命作っていたことをよく覚えているんですよね。ちょうど南口改札の入ってるビルじゃないかな。。
昔、グリーンマックスの車上駅というストラクチャー・キットは、ときわ台南口がモデルじゃないかと思っていました。雰囲気だけで、全く同じという訳ではないですけど。
同じくGMの小型駅は、あれはやはり東武練馬駅がモデルではないかと。こっちのほうはかなり近いです。ただし、現行の駅舎は改装されて面影がありません。
 
というわけでした。

2018年5月28日 (月)

鉄道風景30題

Imgp5433

川田耕一著 機芸出版社2008年
 
さいきん出た本ではなく、もう10年も前の出版だ。刊行当時は知らなくて、丸善の書棚に並んでいるのを見たのは6~7年前だったか。。
 
手元に丸善の商品券があったので、ゴールデンウィークの少し前に思い切って買ってみた。
 
Imgp5434
同じ機芸出版社の「シーナリィ・ガイド」(1974年)とテーマ、題材の取材年代は変わりない。多忙な本職の合間を縫って、全国の鉄道とその周辺を撮影、取材したものを回想している。「シーナリィ・ガイド」は鉄道模型趣味誌に掲載されたものの再録で、その趣旨に沿った書かれ方をしているが、「鉄道風景」のほうは、もっとゆったりした昔語りのような文体である。
 
掲載された写真の少なからぬものは、「シーナリィ・ガイド」や同氏がやはり投稿していた鉄道ピクトリアル誌に掲載されたものの再録となっている。私は「シーナリィ・ガイド」はそれこそ毎ページ暗記するように何度も見ていたので、たいていの写真は「ははあ、これは」と気がつくものが多い。以前はわからなかった撮影時期や、関連する新しい写真を見ることができる。
 
写真が主体ではあるが、どちらかというと随想の部分の比重も大きいようで、適当に開いたページをつまみ食いするように眺めるのに向いている。全体を一気に読もうとすると、散漫な印象のほうが強くなってしまう。それと本書は、ある程度当時(昭和30年代~40年代)の鉄道事情を知っていることを前提とした書きかたをされているように思う。平成生まれの若い方が読むと、また違う印象を受けるかもしれない。とはいえ自分もシーナリィ・ガイドは予備知識なしでガリガリ読んだくちなので、若い人はそれなりに読んでしまうものかもしれないが。

2018年5月20日 (日)

上信電鉄1995 その他

Scan11124

上信電鉄を前回訪ねたのは、23年前の3月初旬だった。
実はその前に訪れたのはそのさらに15年前の、1980年6月のことだ。先日23年ぶりに訪れたので、次は30年後の2048年前後になるのかもしれないが、もう無理だったりして。。
 
Scan11120
毎回非常に不勉強なまま訪れている。。150型はこの頃2編成が就役していたが、西武401の地方私鉄への転出は珍しいものではないので、ああ、ここにも、と思った程度だったかもしれない。。
それと、この頃既に西武新宿沿線住民で、401は毎日乗っていたので余計・・・感を感じたのかも。
 
この頃は西武時代の黄色塗装を、そのままコーラルレッドに置き換えたような姿で、なかなか貴重かもしれませんね。。
 
Scan11123
冒頭の写真は下仁田付近と記憶していますが、この2枚は吉井付近だと思います。
 
6000型のこれは、塗装を改めた姿だと思いますが、オリジナル塗装の写真をネットで見ようと思ったがさて見つからない。1000型からこの6000型までの頃の上信は、大手私鉄並み、またはそれよりも斬新なデザインと塗装でファンを驚かせていたものでした。
 
Scan11126
奥がオリジナル時代の1000型。これは1976年の登場当時、子供心にカッコいいと素直に思ったものでした(ただし、非冷房グロベンが減点)。6000型はそれを発展させた形で、おお流石、と思ったりしたものです。
 
Scan11128
200型も登場当時(1964年。ちなみに新車登場のニュース記事を記載した、鉄道ファンを持っています)は、相当斬新な車両だったと思います。1000型はその血統なのでしょうね。
デザイン的には西武風だったり、こちら側のヘッドライトは東武風味だったりしますが。。
 
Scan11125
わかりにくくて恐縮なのですが、こちら側の正面が、東武通勤車風(というか6000系風というか)なのが、当時とても不思議(情報を知らなかったので)でした。
Scan11125e
ちょっと拡大してみましたが、逆光でよくわかりません。。6000の左のほうですね。右の、貫通扉が開いているのは250型のようです。
 
撮影の翌年に出た、ピクトリアルの特集を見て、廃車された東武3000系の運転台を移植したのだ、と知りました。模型の工作みたいな感じですよね。 
 
Img_8170
上信の話から無理やり模型の話をつなげます。
C62東海道型ですが、うちでは現場の評判があまりよくないロコの一つでして。。
勾配での息つきが気になっていましたが、先日トラクションタイヤが外れてしまいました。
D51(旧)から、交換作業がたてつづきになります。
 
D51は分解容易でしたが、C62は私の手に余ります。なんとかしましたけど。
 
Img_8171
上が交換前、下が新品。目でわかるほど、伸びてしまったのですね。。
 
Img_8173
こちらは変わってC55の先台車。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、前方手前の車輪の、スポークとタイヤが外れかけています。何日も好調に走っていたのに、急に脱線してショートし始めたので驚いて原因を調べたらこんなことに。20年ほど前の製品なので、交換部品があるかどうかわかりませんが、とりあえず接着剤でとめれば大丈夫かな。。模型では「空飛ぶタイヤ」状態にはなりませんが、気がついた時はショートで台車が熱くなっていました。現実の世界なら、事故調査委員会ものですな。。
というわけでした。

2018年5月 7日 (月)

上信電鉄

Imgp5237

連休最後の日なので、車だと渋滞が大変だとは思ったが、上信だと移動も大変かと思い、また車で出かけてしまった。
 
Imgp5244
千平付近。上信はいまどんな車両が走っているのか、まるでわからないのですが、初弾はこちらでした。ぐんまちゃんですね。
 
Imgp5247
これは1000系の片割れのようです。
 
Imgp5261
いかにも増設した運転台という感じですね。
 
Imgp5274
これも右側運転台。
 
Imgp5283
これは最新型7000型だそうですが、うかつにも登場時のニュースを知らず(ピクトリアルで読んだかもしれないが、読み流したかも)、これは何だろう、と思ってしまった。
西武3000系でも改造したかな・・そんな話は聞いてないが。。とか考えたり。
 
Imgp5295
ここに来たかったのでした。
 
Imgp5297
かなり洒落がきついというか、狙っているとしか思えないのですが地名の由来には諸説ある由。
 
Imgp5299
駅は無人(交番のように席を外しているだけらしい)でした。
中をのぞくとタブレットが目に入りました。
 
Imgp5307
少し曇ってきた。どうもKPの露出が今一つ。
 
Imgp5312
 
Imgp5321
 
Imgp5332
偶々目が合ってしまった。。
「なんじゃい、お前は」といわれているみたいですね。
 
Imgp5334
高崎方面には行かず、いちおう下仁田を訪ねてみます。
 
Imgp5335
昔来ていますが、記憶があいまい。
 
Imgp5336
上のほうに子供もいるようだ。
 
Imgp5340
鉄側有蓋車は、あれか。セメントが風邪をひかないように鉄にしたのかな。
イベント用に現役の車両もあるそうですが、これは3両まとめて廃車後留置されているらしい。
 
Imgp5343
150型。この模様、よく写真では見かけますね。
 
Imgp5346
もと西武801系だということで、こんなところでAK-3型コンプレッサーに再会するとは。。
 
Imgp5348
この、赤と緑のプレートを貼った箱はたしかブレーキ制御機器だと思ったが、妙に懐かしいですね。本家西武ではもう観られないかな。。
 
Imgp5347
FS342ですが、上信では下回りは黒色に塗装しているので、DT21そのものという感じがしますね。
 
Imgp5349
黒色Hゴムのドア。
AU75のキセがグレイ塗装なのも、久しく見てないかな。
 
ま、そんな感じで。

«小康