2019年12月 8日 (日)

長野電鉄、しなの鉄道

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前日は友人と飲み、翌日ホテルを出るとまず善光寺へ。そこから地図を見ながら、とりあえず地下線から地上部に出たあたりの駅ということで本郷駅付近へ。

駅周辺はいかにも都市部の住宅地という感じで、家並みが途切れることはない。とりあえず駅前のコンビニに車を止めて買い物をし、そのままにしておこうかな、と思ったが、なんだか人も少ないし気づまりだ。車を出して線路沿いをすこし移動するが、さいきんの首都圏と違ってコイン駐車場などはない。しばらく迷った末、公園のわきに車を置いた。

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全体のムードはほぼ大都市圏の通勤鉄道という感じだし、周りの住宅や車を見ていると非常にモダンだが、鉄道施設をよく見ると微妙な違いはある。枕木は木製のものが残り、架線柱なども少し昭和の香りがする。

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ここの住民となって、たとえば長野駅周辺のオフィスに通勤することを考えると、電車の本数が少ないのがやはり辛いだろうな。。

まあ朝は出かける時間を習慣づければ何とかなるかな。夜は結構本数あるみたいだし。車社会だが、飲み会とかあればやはり電車は便利でしょうからねえ。

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大都市圏以外の都市鉄道としては、やはり静岡鉄道は例外的に高密度ですよね。遠州鉄道も。あとは伊予鉄、ことでんあたりは本数多いかな。

長電は沿線人口の割には頑張っているというところか。

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舞台は変わって、やや郊外の村山駅周辺に移動しました。

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10年前に橋の付け替え工事が完了し、架線柱や線路もちょっと立派なものに変わっています。

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橋は道路との併用になっています。いまどきちょっと珍しい。

線路に沿って歩道が続いているので、近くに寄れば良かったのですが、列車本数も少ないので結局この辺で粘ってしまいました。

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背後の山がわずかに雪化粧しています。

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ゆけむり号。非常に見栄えがしますね。考えてみるとこれ、小田急時代に乗ったことなかったな。

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スノーモンキー。こちらは乗ったことはあるし、ついこないだまで首都圏にいた気がするんだけどね。

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きょうあたり、引退する2両固定車が日比谷線時代の意匠(帯なし)でお別れ走行したようですが、この日は見られませんでした。

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こちらは本数の少ない3両固定編成。いちおうこの辺で上がりです。

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つぎはしなの鉄道北しなの線です。

自然が豊かですが、列車の本数は少ない。

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今回は写真撮影が主ですが、なんちゃって撮り鉄なので、かなりいい加減です。

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色々なカラーの115系がいるようですが、今回撮れたのは長野色としなの色のみ。

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架線柱が山にかかっちゃうのは仕方なかったかな。

そんな撮影行でございました。

 

 

碓井鉄道文化むら

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11月30日-12月1日にかけて長野まで行ってきました。

このブログとしては異例ですが、ちょっと写真数多いので続行運転で行きます。

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ここの存在は知っていましたが、訪れるのは初めてです。昔の横川機関区ですね。。

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もう開業してから20年もたっているんですね。言い方を変えると、これだけ長く愛されているというのは大したもの。

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この日も機関車の運転体験が行われていました。いつかやってみたいけど。。

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こういう貨車だって、定期的に整備が必要なんでしょうから、たいへんだよね。。

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研修庫に入ってみます。

EF63の運転台。

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昔書いたかもしれませんが、中学生のとき、学校の鉄研で横川機関区を訪れ、横川から軽井沢まで添乗させてもらったことがあります。

写真の機関士さんはそのときの、本物の国鉄職員さんです。1977年7月。

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熊野平付近。機関車の先頭部から撮影。

いまこの辺もハイキングできるんですよね。。

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同い年。

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両用連結器。みんなが触っているのか、塗装がとれていますね。。

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現役時代の連結姿。

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EF62 54 最後まで残った62の1両。直流F級機の中では好きな機関車のひとつです。

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保存車両の広場に移ります。

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おおまかに言って、昭和50年代の初め頃に見られた車両たちがまとめて保存されているというとしっくりくるかな。

ので、私にとっては少年時代の鉄道そのままどんぴしゃりという感じです。

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川越線時代はお世話になりました。後ろはキハ58改造キニ58。

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こいつは野外保存の手がかからなそうですね。

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オハ61系持っていない(模型)ので、いずれ手配したいです。

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10系寝台。活躍していたのは35年以上前ですね。

これも保存状態が厳しいです。

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このあたりは事業用車だったものを、そのまま旧車号にして保存したようで、車内に検査用機器が残っています。それはそれで価値はあるのかもしれない。

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ナハ10もだいぶ錆が。。

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スエ30ですがスニ30の名で保存されています。

オハ31系は実物を見ることはありませんでしたが、KATOの模型ですっかり目になじんでいて、非常に懐かしい感じがします。

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窓周り、リベットの具合など、実にいいですね。

スエ30はそれ自体、機関区の片隅にいつもいた感じがするので、この状態で模型化されたら買ってみたいです。

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これも職用車改造ですがマイネ40としての保存。

台車はTR40。GMやKATOの模型は梁が太すぎ、これとは印象が異なるようです。

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EF58 172 お召し列車の先頭に立った時の姿の再現ということで、車輪に化粧が入っているようです。

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EF15。 昔は当たり前にいたんですけどね。。山貨で戦前型じゃなくてこれがくるとつまんねえなと思ってたりして。

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EF80。これの牽く上野発普通列車に高校時代乗ったことがあります。EF81に比べるとちょっと野暮ったい印象がありました。

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EF59。補修中です。

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こちらはEF53として保存されているほうの個体。

このいかつい顔つきが、子供の頃大好きでした。。もちろん53や遠くにいる59を間近に見ることはありませんでしたが、まれに山貨で初期型EF10を見かけたりすると、喜んでました。。

ED16もいいけど、あれはちょっとC58的に軽快になっちゃってちょっと違う。F級が戦艦なら、16は巡洋艦クラスでしょうか。。

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巨大な銘板は在りし日の帝国日本の誇りのようなものを想起させますね。。

これを先頭に、名士たちを乗せて東海道を疾駆したわけです。沼津までだけど。

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蒸機は少なくてこれだけ。D51も保存状態は良いです。

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特急の先頭に立ったのはほんの2年ですが、やはりエースとしての風格が残っていますね。。

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庇のついた姿もまた趣がありますが、これは貨物時代の感じだなあ。

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TR69の乗り心地も、味わえる機会が少なくなってきました。

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改装後のシートモケットですが、ちょっと座ってみたら昔のスポンジ詰め込み式のぷわっとしたシートだった。

最近のシートはあんこの詰まった硬い感じが主流で、これも懐かしくなりつつあるね。

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そろそろ日も傾いてきた。

いまや終着駅となった横川駅。

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今は平凡なローカル線という感じに落ち着いてます。やってきた列車は211系。

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むかしはこんな感じでした。

中線にはいつも重連の電機がたむろしていた。1997年。

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1977年。

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14系座席車は臨時のそよ風?とかあったのでしょうかね。。

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日のあるうちに車で旧道を登り、これを見に行きました。

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新線のほうもまだ残っていますね。

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廃線跡はハイキングコースとして整備されています。昔はただの廃墟でしたが、こうして橋の上から道路を見ることも。

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トンネルも通れるみたいです。

昔のPecoやFallerが発売していたトンネルポータルそのままですね。

というわけで、第1日が終わり。写真選ぶのもちょっと大変だったなあ。

 

2019年11月24日 (日)

原宿駅

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つい先日建て替えのニュースが報道された原宿駅。解体するという話は数年前に発表され、反対運動も起きていたが、強行するらしい。

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金曜日、ちょうどNHKホールに行く用事があったので、ついでにと思って訪れましたが、雨が酷くて写真は撮りにくい状態。まあ人は少なかったのは助かりましたが。どのみち、夜間は屋根のあたりが映らないので全体が撮れません。

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すみません、鉄道ジャーナル1973年2月号から引用させてください。

これが1970年代初めごろの姿だと思われます。

普段使うことがないので、今もこんな感じなのかな、と思っていましたが・。

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左側は地下鉄出口とつながり、屋根も増設されて木組みの妻板は見えなくなっていますし、もう原型をとどめているのは屋根付近だけみたいですね。。

SNSで普段鉄のことには関心のない子が怒っていて、私もせめて移築保存ぐらいは、と発言したけど、こりゃあ復元するのは大変だな。

他にも出口はあるのだし、橋上に改札口を設けてこの建物は復元保存するということだって考えられると思うのだけどねえ。外国人観光客のスポットにもなっているらしいのに。今回はちょっと、JR東の判断に疑問を感じますな。。

東京中央郵便局は完全に解体され姿を消してしまう予定だったが、直前に故鳩山邦夫氏がもったいないことを、と怒り、急遽一部をレリーフ状に保存する形でいまのJPタワーができた。あれは大臣、グッジョブでした。今回もだれか歯止めをかけてくれないかしら。

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鉄道車両の保存は、昔よりは理解が進んでいる気もするが、建物や施設はまだまだだ。原宿駅などは大正時代の木造建築で、クラシック建築としての理解が得やすいが、昭和期の高度成長期に建てられた構築物など、たんに古臭い設備と思われてどんどん捨てられている。

もう15年近く前だが、「地下鉄に乗って」という映画がつくられたとき、古いタイル張りの側壁が残っていた竹橋駅と、まだわずかに残っていた5000系(を、無理やり丸の内線500っぽく装飾して)撮影が行われた。竹橋の駅は一辺がとてもちいさい(昔の風呂場のような)タイルが一面に張られた、とても雰囲気のあるホーム壁があったのだが、数年前ついにリフォームされてしまった。千代田線二重橋前、大手町などに使われていた白いレンガ大のタイルも、1970年初めごろのクリーンでモダンな装いだったはず(まさに6000系のモダンさに相応しかった)だが、ここに来て改装され姿を消しつつある。昔の営団の駅名表示が明朝体みたいな硬い感じの文字で、あれも都会風でカッコよかったよね。文字鉄じゃないので詳しくはないですけど。。

沿線の建物だって、70年代と今とでは当然違いますからね。セージクリームの東武78や、グリーンの東急5000が走るレイアウトをつくるとしたら、それに似合う建物を考察しないと。。

まあ今できることは、沿線のストラクチャーも少しずつ取材しておくことでしょうか。。

2019年11月 9日 (土)

ピクトリアルがEF65特集

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(なかなか時間が取れなくて、気の抜けたときに更新しています。。)

書架がいっぱいなのであまり買いたくない(^^;ピクトリアルですが、これは押さえておかねば。。

特にELファンでもないので、それほど追っかけてもいないが、これほど息が長く、見かける機会の多い車両というのは自分の人生ではもうないんじゃないかな。

子供の頃から特急牽引機として花形的存在で、500番台は1000番台に変わったけど人気はますます上がり、大学の頃までその地位を保ち続ける。初めて買ってもらったNゲージの動力車もEF65だった。KATOの旧サイズEF65はうちでは3台買っているが、たくさん持っている人も結構多いと思う。

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小4のとき友達の家で、関水金属のEF65 500(当時3,500円)を初めて見せてもらったときは驚いたな。。何に驚いたかというと・・中間台車があること。近くの私鉄ではBo+BoのD型機しかいなかったからね。。

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まだ親に借りたヤシカのレンジファインダー機しか使えなかった。1976年。

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12番線でした。むこっかわは地上時代の横須賀線。

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この番号に巡り会えて喜んでおりました。KATOの製品が同じ番号だったので。

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たしかここ、今はフェンスか何かがついてこんなふうに撮影できなくなってなかったっけ。2006年。

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新鶴見機関区 2009年

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珍客を連れてゆっくり移動中。

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こちらより寿命が長かったですね。。


以下は(も?)雑談ですが、KATOから東武50070系が発売になるようですね。なんとなく、5社直通を揃えるから仕方なく作ったみたいな・(^^;

いやいや、そんな拗ねたことを言っていてはいけませんね。8000もやってくれるみたいだし。

あとはたぬきと赤きつねですね。特にたぬきは北東アジア固有種ですから、これが記念すべき世界初模型化ということになるかと思います。

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FIGU-ANIMALシリーズは今後、犬猫、水鳥や鯉、鹿猪などを予定しているようです。家禽の類は今までも結構出ていますが、イノシシの模型はなかったかもしれない。

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レイアウト上に設置する場合はきちんと線路から離して固定して「動物と接触により遅延」などがおこらないようにしないといけませんね。

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「しなの」乗車中に遭遇した、カモシカとの接触事故による遅延。塩尻接続のあずさに乗れなくなってえらい思いをしました。一人ならとにかく、団体だったのでね。。

それにしてもこんなことに執心しているKATOさんに、不安を覚えるのは私だけでしょうか。。

2019年10月24日 (木)

水辺の鉄道

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ちょっとご無沙汰してしまいました。

はじめに台風19号で被害に遭われた方々、遅ればせながらお見舞い申し上げます。

 

我が家は一応無事でしたが、実は別のところに被害がおよんでいまして、一応私も被災者、ということになります。この話はこの辺で。

鉄道も各地で被災し、水没した新幹線などはかなり衝撃的でした。車両基地の立地も、色々考えないといけないのでしょうね。。

 

我が国はその地形の特性上、鉄道が水辺を走ることはどうしても避けられません。川は急流が多く、雨が降ると水深は大きく変動します。鉄道を通すときはその辺を見込んで、水面からの距離は相当余裕を見て線路を通しているのだと思います。

で、そんなことを考えていたら、たしか水面にすごく近いところを走っている写真を見たような気がして、古い鉄道ファンを取り出してきました。

姫新線の、西勝間田-勝間田間、鉄道ファン71年5月号に掲げられた写真をもとに、久しぶりにペンで書いてみました。

鏡のようなというか、電卓とかの液晶パネルみたいな色と平滑さの水面。線路との距離は低いところで1mくらいかな。

たぶんこれは人工的に作られた農業用の貯水池なのでしょう。

実を言うと線路の勾配は、イラストほど急ではありません。高架プレートのようなコンクリート橋も相まって、なんだかレイアウトの1シーンのような感じになってしまいました。

機関車はC58、後に続くのはヨ6000、タキ1900あたりかな。雰囲気重視で適当に描いたので、こう書かないと区別がつかないですね。。

Youtubeで検索してみると、この橋は今でもこの姿で残っているようです。

実物は防災上ちょっと危ういところがあるかもしれないけど、レイアウトに取り入れて、水面に列車が映るように工夫したら、いい感じでしょうね。。

2019年10月 3日 (木)

S-Train

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なんと、帰宅時の事故抑止は3週連続となってしまいました。。

さすがに3週連続はきついわ。

幸いオフィスにいるときに情報が入っていたので、今回は斜め横を行ってストレスを避けようと、西武線の振り替え輸送を利用させていただきました。

まだ乗ったことのなかった、S-trainに今回初挑戦してみました。列車の出る5分ほど前に、駅事務室で指定券を取りました。そのときは焦ってホームに入ったのですが、実はもう遅延が始まっていて、最初から10分ほどの遅れ。その後も地下線内はずっとスローペースで、所沢着いたのはほとんど1時間遅れになっていました。

とはいえ、指定席なので(乗車率は飯田橋で7割ぐらいかな)、お茶でも飲みながら本や動画を見て、ゆっくり時間をつぶしました。

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時代が新しい分東武50090よりは快適ですね。。

 

2019年9月30日 (月)

近鉄30000系

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近鉄30000系は昭和53年(1978年)に、その年から始まっていた2代目ビスタカー10100系の跡を継ぐ形で登場、翌年には10100系を置き換えた。京都線や志摩線などの改良工事により、70年代前半は主要路線で特急網の整備が進み、利便性は高まったが増強されたスナックカー以降の車両は実用的な色彩が強くなり、特急の華やかさという点では物足りなさが感じられた。もっともこの時期は国私鉄とも似たような傾向にあり、いずれも特急のカジュアル化と輸送力の強化を主眼にした経営姿勢が目立っていた。国鉄では485系の全国展開と、近距離特急としての183系の導入、私鉄では西武5000系、特急ではないが東武1800など。小田急は通勤輸送に手いっぱいで特急車は70年代には新製されなかった。

73年秋に始まった第四次中東戦争とその後に引き起こされたオイルショックは鉄道業界にも大きな影響を与えた。東武は1974年に最初の複々線区間が開業したこともあり、8000系の新造を行ったが翌年は車両の新製を見合わせた。手元に資料がないが、他社でも同様な事例があると思う。今ではいささか信じがたいが、諸物価が短期間に急騰し、経済の先行きが見通せなかったのだ。

落ち着いてきたのは76年ごろのことで、この頃から従来の車両を一段と改良した、新世代の車両がまとめて登場し始める。国鉄でいうとキハ40系列、オハ50系、北海道用の781系など。通勤用の201系は近鉄30000よりは少しあとだが時期的にはほぼ同じだ。先ごろ引退した京急800もこの頃で、斬新な塗装や固定式の窓など、随分と新しい車という印象があった。

組成の都合から正面デザインこそ前年登場の12400系に合わせたデザインだが、30000系も当時としては非常にフレッシュに見える客室設備を持っていた。1990年代以降、2階建ては国内でもJRのグリーン車、215系など、私鉄でも京阪などが採用し、ごく身近な存在になったが、当時は近鉄が唯一の存在で、近鉄特急=2階建て、という印象が強かったのだ。

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とまあ、与太話が長くなってしまいました。近鉄30000、70年代終わりごろの鉄道ファン/鉄道模型界にあっては非常に華のある目立つ存在だったことをなんとか伝えようと。。

79年秋、カツミが従来の国電シリーズとは一線を画す新世代仕様の模型の題材として、30000系を取り上げたのをよく覚えています。床下モーター(これも中間車を動力にしていたような気がします)、室内完備でアクリル導光式のパネルライトを取付というのは、後には一般化していますがこの車両が最初です。それからエンドウのNゲージ30000系、これもインパクト強かったです。たしか79年の暮れ、値段は14,800円でした。私鉄型Nゲージというと、GMはまだ未着手でしなのマイクロが何か始めていた程度、という状況の中、すっきりした金属車体に薄くブルーがかった側窓の模型は、非常に魅力的でした。また話が長くなったな。。

ですが、トミックスが30000系を出したのはそういうブームのころではなく、だいぶたって落ち着いてからのことです。たしか85年ぐらいじゃなかったかな。名鉄7000系とか、小田急7000系よりは後だったと思います。今回入手した模型も、かなりすっきりしたシャープな造形ですので、時期的には80年代中ほどのことでしょう。

実物同様、トミックスのモデルも時代とともにリニューアルされ、この初期塗装モデルはなかなか新品では入手しにくくなっているんじゃないかな。ので、オークションで探して未使用品を手に入れました。中間車のビスタカーというロゴがユーザ後付けになっていますが、未取り付けのままです。マーク類も未使用です。

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先ほども書きましたように、全体の造形や動力は80年代半ばのトミックスの仕様で、動力はたぶんスプリングウォームじゃないかな。かなり好調であまり神経使わなくていいタイプです。よく思うのですが、トミックスはいやにディティールに凝りだした近年よりも、この頃のほうが色々モノとしてのバランスが良くて、好きだったんですけどね。まあたぶん、その時代の設計者の方が上手だったのでしょう。今は時代がちがうのは確かですが、多少ごつくても感じのいい模型というのはあるものです。。

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30000系に一番最近のったのは8年前のことで、このときよく覚えているのはたしか桑名あたりから名古屋まで、2階席にいたのですが冷房が恐ろしく寒くて、そのあとしばらく風邪をひいてしまったこと。あれは強烈だったな。

この写真はその1年前、滞在していたホテルから見えた風景。

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40年近く前、80年7月。西大寺で。当時車だってスカイライン・ジャパンとか初代クレスタとかいう時代ですから、この造形結構男前に感じられたのだと思います(かなり強引)。

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色をいじればもっときれいに見えるはずだよな。

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この頃のほうが若々しくて明るい感じの色合いですね。

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階下も、今見ても明快でモダンだな。。

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そういえば消費増税すると模型のねだんもあがっちゃいますね。鉄コレのパーツ、買えるものならあした買っておこうかな。。

2019年9月24日 (火)

黄昏鉄道

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車に乗って、なんとなく走っているうちにここに来てしまいました。

空がきれいかな、と思ってきましたが、この場所からだと夕焼け空が見えない。

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思ったほどドラマチックになりませんでした。冬は河原に降りられましたが、今回は草が生い茂っていて無理でした。

見ていると下流側にも車が河川敷にいるので、今度はそちらに行ってみたいともいます。

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まあ夕焼けは一瞬ですね。

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ISO12800まで上げましたが、室内灯が飛んでしまって絵になりません。この数分後にもう一本列車が来ましたが、あきらめました。

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玉淀駅はリニューアルしてカッコよくなっていました。券売機も最新ですね。

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話はぜんぜん飛びますが、これは先週の撮影。

今月からコウペンちゃん40000系が新宿線で活躍しています。

このちょっと前、10000系カナヘイと離合したのですが、残念ながら、離合写真は撮れませんでした。。

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この季節、日暮れが早くなるのに意識が追いつかなくて、結果たそがれ時写真をたくさん撮ってしまいがちです。。

今度の週末は少し早起きしましょうか。

 

2019年9月19日 (木)

事故

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TJに乗るには、池袋にちょうどいい時間に着いている必要がある。発車時間ギリギリとか、発車まで20分以上待つようなときは縁がなかったと思ってあきらめることが多い。その日は池袋にちょうど20分過ぎに着く見通しだったので、こりゃスムーズと思って予約を入れた。

山手線を降りる直前に事故の第一報がメールで来た。ありゃ、と思ったが、ホームを見ると普通列車がゆっくり動いている気配がある。指定席券ページ(ウェブ予約)は既に開いてある。。改札口に着くと、案の定TJはウヤ。列を作って払い戻ししている人が見える。

聞くと川越市で折り返しだという。ちょうど準急川越市が来るところだったし、ホームは空いていたのでドア前で並び、列車が来たら座席に落ち着いた。遅れるのはやむを得ないにしても、座って本でも読んでいればよい。

やがて車内が混み始め、座席の前にも立ち客が増えてきたが動く気配はない。イヤホンで音楽を聴いていたので、案内放送は良く聞こえないが、とにかくまだらしい。

そのうち、前に立っている男性3人がはっとして互いに目を合わせ、列車を降りていった。他の客も次々と降りていく。こりゃなにかあったかとイヤホンを外すと、この準急、今日は運休になりこれから回送列車になるから降りてくれと言っている。。

仕方ない。反対側のかなり混んでいる急行小川町行きに滑り込む。これももう30分以上駅に停車し続けている。車内の人は相当疲れていることだろう。。

ところが、車内で待って5分ぐらいしたころ、また何人かの人が外に出ていく。今度は全員ではなく、まだ立ち客は大勢いるがだいぶ空いてきた。今度はなんだ、とイヤホンを外すと、4番線の各停川越市行が先発するというアナウンス。

迷った。降りるべきか否か。各停だと、今乗っている急行に途中追い越される可能性もある。ただしこれだけダイヤが乱れているので、必ずしも追い越されるとは限らないが。

考えていても仕方ないので、私も降りて車掌に声をかけてみた。

車掌は私にもわからない。各停が出てすぐこれ(急行)も出ればいいが、それもわからない。運転指令が決めるので、私が決めるわけではない。。なんだか話好きの車掌さんという感じで、話が終わらない感じだが、とにかくわからないのなら仕方ない。各停に乗ることにする。

池袋に来て、TJ、準コエ、急オカマと乗り継いで?きたが、さっきからぜんぜん移動していない。。そして普コエ。4番目の電車だ。。

こんどは動いた。

途中中板で待避線側に入り、おお、やられたかと思った。結構な降車客があり、ドア付近にいたのでホームに出た。本線を急行が通るかなとしばらく外にいたが、車掌が笛を吹く音を聞き、慌てて乗り込む。待避線には入ったが、すぐに出発だ。

和光市で地下鉄和光市行を2本接続する。ほとんど続行運転に近いようだ。1本は7000系、後続はMM500系。

朝霞台では緩行線ホームに各停志木行きが長時間停車中。これは10030系だったような気がするが、自分たちは各停なのに各停を追い越すみたいだ。志木までやや徐行運転。志木の緩行線ホームには9106Fシリコ行きが停車中。こちらが先行すると。空いていたので座れた。

もう0時は回っている。。

ふじみ野では志木まで乗ってきた川越市行が退避し、池袋にずっと止まっていた急行小川町を待ったらしい(実際にはそこまで見ていないが)。聞くところではこのあとも2時半過ぎまで終電を延長して?運転していたようだ。

事故は鶴ヶ島で起きたらしいが、正直、運転指令に振り回されたな。

2019年9月 8日 (日)

愛される京急

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ここは不定期更新のブログなのであまりこういう感想みたいな話はどうかと思いましたが・。一応この時代の備忘録として。

例の新町駅の衝突事故、現場の方々の必死の努力で2日ぶりに運転再開となりました。脱線した最後の先頭車は6日深夜に復線して手押しで区に戻ったようですが、あれだけの激しい衝突にもかかわらず、車体のひずみが非常に少ないように思えました。亡くなられたトラックの運転手さんにはご冥福をお祈りしたいですし、電車の運転士さんをはじめ、けがをされた方々にもお見舞い申し上げたいですが、あのしっかりした車体が被害の拡大を防いでくれたようにも思えました。

最初にニュースを知ったのは偶々出先で見たツイッターの画像でしたが、一瞬それが現実か映画かなにかなのかわかりませんでした。。これも繰り返しネタにしていたのであれですが、京急800が品川付近でゴジラに吹っ飛ばされる、という映画もありましたもので。。

その後も情報は色々ネット上でかわされているのを見ましたが、目立ったのが京急を応援しようとする動きです。#がんばれ京急 というハッシュタグも登場しました。すごいと思ったのは、駅の改札に掲げられた運転見通しの張り紙に、「暑いですから作業の方々水飲んで熱中症に気を付けてください!」と付箋が貼ってあった、というつぶやきです。これだけ愛されている鉄道というのも、そうはないでしょうね。。

もっとも、ネット民がマスコミを攻撃する姿も目立ちました。ニュースなどでは住宅密集地を120km/hで走り抜ける列車とか、運転士は運転歴1年1か月と報道し、これにファンが食って掛かるという情景が目立ちました。要するにマスコミは京急(鉄道 / 企業)を批判的な色眼鏡で見ている、ということへの怒りです。

マスコミに対する不信は今に始まったことではありませんが、それが鉄道界にも及んできたか、という感じでしょうか。。

ただ、あんまり感情的なファン発言もどうかと思うけどなあ。運転士の運転歴(飛行機ではよく気にされるけど)は関係ない気がするが、制動地点、制動初速、衝突速度も現時点では正式な公表はない。障害物検知装置が所定の作動をして、運転士が即座に非常制動をかければ踏切直前(数10メートル前らしい)で停止することはできていたはずであり、鉄道も原因を究明中、ニュースでもそれはきちんと報道している。

なので、あとは原因究明を待つしかない。

障害物検知装置と車両の非常制動との連携というのはあれか。東武東上線成増駅の川越方踏切のやつか。ふつうに週5日通勤で往復すると、ひどいときで10回のうち5回ぐらいは非常制動かかってる。下り列車が成増駅停車のために減速していいる途中でもかかる。後ろの車両はまだホームにかかってないので、停止後徐行して所定位置に移動する。2年前の踏切障害以降の措置なんだろうな。ほかにも志木ー柳瀬川間とかもよく止まったが、最近はあまりないな。ネットでちょっと調べてだけではわからなかったが、すべての踏切に適用しているわけではないのだろうね。

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それはともかく、マニアだけではなく沿線の一般市民にも京急、相当愛されているのですね。世の中には東急ファンも多いだろうし、京王も小田急も広く人気があるとは思いますが、ここまではどうかな。。知人の女子鉄の子も、熱心な京急ファンですし。

初代1000引退のとき、ここで写真撮っていたら、踏切待ちのしらないおばさんに「なにか珍しいもの来るんですか?」と聞かれたことを想いだした。

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京急の模型は持っていないので、なにかすぐ手に入るのないかな、と探したけどちょっとお安いのがないですね。。プラレールがけっこう充実しているなあ。。

 

 

 

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