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2018年11月12日 (月)

元加治、週末雑記

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土曜日は用務があり、入曽のイベントには行けなかったのですが、日曜日は日中時間があったので何かしようかと。
 
そういえば元加治の鉄橋はまだ行ったことがないし、比較的近いのでレッドアローでも撮ろうかと画策。車を出した。
 
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ところが、地図で見るとそれほどでもないと思ったが、所沢からほぼ池袋線沿線をなぞる国道は、各所で渋滞してさっぱり進まない。帰りにナビを使ったら、もっと近いルートがあった。おまけに元加治付近で道を間違えて、飯能市内まで行ってしまった。
 もうこの辺で気持ちが萎えてしまう。。
 
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撮影のとき、ふと思い出して西武線アプリを立ち上げた。下りにレッドアロークラシックが入間市付近。上りは普通のレッドアローが出発したばかり。とりあえず上りを狙って、それから下り方面に移動しようと思っていたら。。
 
先行してきたのは下りレッドアローだった。。
西武線アプリはカーナビではないので、そこまでの精度を求めるのは無理なようです。。
 
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最初に特急がまとめて来てしまったし、夕方用事もあるのでそこそこに引き上げる。結局、車で渋滞の中を泳いだだけになってしまった。。
 
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またいずれ。
 
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撮影もそうだが、どうもこの週末はご難つづき。
C50は上り勾配を客車(オハ31)6両牽くとスリップが酷い。ゴムタイヤを交換した。
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車体上下を分解して、更にキャブ下のパイピングを取らないと作業は難しいが、車体が簡単に外れなさそうだったので、第二動輪とメインロッドのピンを外してなんとかはめ込んでしまった。。とりあえず復活だが、さすがに車齢32年なので、運転には注意しないといけないのかも。
後ろに見える電機はフライッシュマンのE103型だが、内周線を走行中の貨物列車が脱線、緩急車が外周線に倒れこみ、巻き添えを食って45センチ下の床に転落してしまった。
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車体と下回りが外れてしまったので、車体をかぶせなおしたが、電源を入れても反応しない。
上の基盤を外したがよくわからないので、時間を見てさらに分解する必要がありそう。
 
こちらも車齢31年だが、これまで走行に不安を感じたことはなかった。E103はちょうど日本のEF65みたいな存在で、全盛期(もEF65とほぼ同じ)には各社で製品化されていたが、今入手するのは国内ではかなり難しいかも。
 
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36年前のトミックスEF64 1000。以前にも書いたような気がするが、数年前から(前宅にいるころから)不調で走行にムラがあり、半分休車状態だったが、今回クリンビューシリコンスプレー(ホームセンターで198円で売っていた)をギアに噴霧したら、かなり復活した。もう普通に使えるかもしれない。。このシリコンスプレー、かなり使える印象。従来KURE5-56を使ってもうまくいかなかった車のドアミラーやATセレクターも、これを使ったら一発で回復した。べたつかないし、埃もつかない。模型にも広範に使えそう。

2018年11月 9日 (金)

水野良太郎氏

漫画家、エッセイストとして活躍されていた水野良太郎氏が10月30日に亡くなられた。82歳だった。

 
水野氏といえば、模型界では各誌に盛んに寄稿されていたことで知られる。印象深いのは70年代初めから連載の始まった、「鉄道模型趣味」誌上の1コマ漫画だ。
 
 昔朝日、読売等によく掲載されていた政治漫画(いまもあるのかしら。アメリカ版のはネットでよく見かけるけど)と似た手法で、こっちは子供だったから時には難しく感じることもあったし、絵柄も子供にはなじみにくいものだった。だが、今見返すとかなりレベルの高い漫画であることがわかる。
 
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TMS1976年8月号。 訃報を聞いて急遽実家から持ってきた。
ふだんは1枠だけの連載だが、この号は夏休み特集ということで、数ページにわたり漫画が掲載された。
 
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こどもにはかなり刺激が強かったですね。。
テーブルに置きっぱなしにしていたら、偶々来ていた祖父が読んでいたよ、と母から言われて、なんだか恥ずかしい気がしたことを思い出す。。
 
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あまり引用するのは差しさわりがありますので、あれですが、こういうところから大人の世界を垣間見たものですね。。
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美人の描き方がどことなく小島功さんを連想させる様式ですね。
こういう絵柄、とっても久しぶりに見る思いがします。
 
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水野氏のホームレイアウトを紹介した号。
この号の「ミキスト」(山崎主幹のエッセイ)でも水野氏について触れており、かなりのアメリカ大型機(蒸機)ファンであるとされている。
 
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レイアウトもアメリカ風だが、欧州型、日本型もコレクションの対象であったらしい。
後年の記事を見ても、多様な模型を楽しまれていたようだ。
 
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77年に刊行された「鉄道模型入門」(廣済堂出版)。本当は「入門」などではなく、自分の楽しみ方を書きたかったが、版元の要請でこうなったとはこれも「ミキスト」からの受け売り。水野氏はこの時代の各界の趣味人の方に多かった、欧米風趣味生活者?のひとりで、著書にもその考え方がよく表れている。反オタクといっては語弊があるかもしれないが、あまり血眼でカッコ悪いのはお好きではなかったようだ。
 
その影響は多少なりとも私も受けていると思う。
 
ご冥福をお祈りいたします。

2018年10月28日 (日)

西武新型特急 回着

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金曜日の昼頃、SNSのグループから下松の日立を出たという情報がもたらされた。

そのときはどうするか、甲種回送を追うなんて大変だし、撮影に行くつもりもなかったのだが、新秋津に9時ごろ到着すると聞いて、それなら所沢で待っていようかと思いなおした。。
 
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撮影場所がピンポイントで限られると、大勢の人がさかってどうも気おくれがするが、ここならまあある程度分散しても大丈夫だし。。もっといい場所もあると思うが、遠慮してすみっこでかわいく待っていようかと。
 
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・・で、待つのですが、いっこうに来ません。ちなみに新秋津8:52ですが、撮影場所に入ったのは9時半ごろです。
 
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この場所に立ったとき、池袋行きとして見送った電車が帰ってきました。 
 
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いまさらですけどこれ、7年ぐらいこの色続けてるんですね。。
 
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1時間以上待ったかと思いますが、ようやく来ました。
非常にゆっくりと近づき、この場所付近で止まってしまいました。
 
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あとからこれが追い越して行きます。被らなくてなにより。。
 
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いよいよ御本尊が。
 
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2日前からネットで見慣れていますが、さすがに現物を前にすると感慨もひとしおです。
 
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先頭部は完全な球状に見えますが、側面は一直線(側窓が下まで来ている関係で裾は絞れないのでしょう)だし、屋根もカーブが違うので、実際には相当複雑な形状なのだと思われます。
 
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101系も最近の鉄道車両の中ではかなり凝った形状をしているほうですが、こうして比べてみると。。
 
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車掌さんはずっとこうして前後を注視しているようでした。初入線なのでどこかに接触する可能性もあるからでしょうか。
 
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イメージイラストのときはあまり気がつかなかったのですが、現車を見るとこの巨大側窓がかなり目立ちます。
 
四季島などの豪華列車を連想します。
 
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特徴ある前頭部は覆いがかけられています。
 
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話題になったレオ人形が窓越しに見えます。
日立が、第一編成にはつけてくれるおまけらしいです。
 
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ちなみにうちの車はこうです。。関係ないって?
 
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所沢駅でいったん退避。賑やかな駅構内。
 
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新旧特急の邂逅。。こんなんじゃなくて、3線区間でRACとすれ違っている、素晴らしい写真を撮った方がSNSに投稿されていました。
 
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4編成きれいに見える場所を探したのですが・・。
 
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さて、所沢駅に向かいます。
 
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先ほどの踏切でもそうでしたが、ホームでも、一般の方がかなり興味を示していました。 
 
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赤い反射板がバッファーのようですし、先頭部形状の関係か連結器がかなり前に出ています。
どうしてもヨーロッパのスクリューカプラー装着の車両を連想してしまいますね。
 
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特徴ある大窓をもう一度。
この窓越しに眺める風景はどんなふうに見えるのでしょうか。
 
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大窓をのぞけば車体の構成自体はむしろ平凡なもので、外装も地味といってもいい感じですね。
 
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ここに何らかのロゴか愛称が表示されているようなのですが、隠されています。
 
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出発です。 
 
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一応これで取材終了。
運用開始は来年春のようです。 
それでは。

2018年10月13日 (土)

宇都宮線

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またまた話が薄くてすみません。。
 
メインブログで触れましたが、先週の連休におもちゃのまちに行ってきました。
宇都宮線の撮影は当初予定になかったのですが、ちょうど20400系も走り始めたということで、少し見てみました。
 
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この日上下4本撮影しただけですが、3本は8000でした。
ので、あまり緊張感はないですな。。
 
81106F、81108F,そして81105F です。
81105F、81106Fはともに東上線出身で、もとは8両固定、81103Fとともに、ドアガラスが抑え金式になった最初の増備車です。
 
81103Fのほうは3両化されて800,850系になってしまいました。。
81108Fのほうは本線配置なので、ちょっとなじみがないですね。。
 
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20400系の増備も進んでいるようなので、この状態は長くはないでしょうね。
 
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この日唯一の20400系。帯色は房総各線の209系に似ていますが、まああまりそういう連想は出てこないかな。方向幕のLEDが妖しいまでに鮮やかです。それと、Pentax KPの露出がたぶん変なのではないかと。
 
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前回宇都宮線に乗ったのは(今回は乗ってはいない)7年前の1月、震災よりは前のことです。成人の日の連休で、なぜか新幹線に乗って餃子を食べに行きました。
 
翌日はこれまた急に思い立って森林公園に行き、敷地外から何枚か8000を撮影しています。じわじわと廃車が進んで、池袋口で見かける機会が減ってきたころですね。
 
というわけでせっかくなので?少しついでの写真を追加します。撮影日は2011年1月16日です。
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これと下の8136F はこのとき既に運用離脱していたようです。
 
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貫通幌も懐かしい感じがします。 
 
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これも稼働していなかったのかもしれない。
 
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8000じゃないですけど、この頃東上線に来ていた11202F。
 
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川越まで戻ったところで8111Fに遭遇。この頃は勿論ふつうに使用されていました。 
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この写真の後もしばらく活躍が続きます。 
 
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これは先ほどの8111Fとペアを組んでいた8142F。
 
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こちらは8185Fとの組み合わせ。秩父ATS搭載車なので、これが廃車になったのは意外でした。まあ古いからね。。
 
川越で降りているのは、このあと本川越から帰ったんじゃないかな。。もう覚えていないけど。
この頃東上線を使うのは月に1度程度で、車両の動きもあまり追っていなかったのでいつの間に・感があったのだと思います。同時期の西武は3ドア車の退潮が進んでいる頃で、時代の移り変わりを感じてはいましたが。それにしても、こちらに移ってからの東上線はほとんどというか、ぜんぜん変わってないような気がしますね。。まあ変わるときは変わるのかな。
 
というわけで、だらだら続けてしまいました。。

2018年10月 9日 (火)

夕暮れ鉄道

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ごく軽く。
 
夕方7時前のラジオを聞いていたら、この日の東京の日の入りは17;15でした。
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週末かなり暑い日もありましたが、5時過ぎるともう暗くなりますからね。
私は努めて車のライトを早めに点灯しますが、けっこう見えにくいですよ。
 
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この日は雲が多くて、夕焼けという感じにはならず。
たとえLEDでも、室内灯が恋しい感じです。

2018年10月 1日 (月)

計画運休

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所用で出かけていましたが、あいにくの台風。
東海道山陽新幹線は計画的に運休することが決定済み。
 
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前日にはおおよその予定がわかっていたようですが、こちらの予定はずっと前から決まっていたので、今更どうにもならない。
 
ですが、結論からいうとなんとか逃げ切りました。
 
賛否両論が聞かれる計画運休ですが、無理は禁物かと。
 
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もちろん、良い具合にことが運ばなかった方もたくさんいらっしゃることでしょう。
心よりお見舞い申し上げます。
 
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今回目新しかったのは、これまで経験のなかった首都圏のJRが計画運休を実施したことです。山手線などは影響がかなり大きいでしょうから、勇気ある決断です。
日曜日、暴風雨が最も激しくなるのが深夜であることなど、条件が整っていたことも、決断を後押ししたものと思われます。
 
実際の運休の様子は見ていませんが、ニュースで新宿駅の映像を見ていると、9時頃でも中央快速、各停ともにそこそこ運転はしていたようです。
 
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それにしても、今年の自然災害の厳しさは想像を絶するものがあります。
今回もまた山陽本線、豊肥線などが大きな被害を受け、また各地で倒木などによる支障が続出しています。やはり用心に越したことはないと思われます。
 
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翌朝は台風一過の青空でしたし、前日からのニュースでも明日はおおむね平常通り、と言っていたので油断していましたが、結構遅れたな。。
 
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おまけ。新幹線駅の売店で買いました。
 
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E6と踏切。ほほう。

2018年9月20日 (木)

32年前の現ふじみ野駅周辺

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メインブログでお伝えいたしましたが、身内に不幸がありしばらく更新できませんでした。
 
徐々に再開していきます。
さて、表題の件ですが、偶々家を探していたら、亡父の撮影したムービー(VHS)が出てきました。テープ前後の状況や内容から、昭和61年秋-ちょうど今頃であろうと推察しましたが、正確な日付は不明です。
 
10分程度の動画ですが、少なからず身内が写っている部分があるので、そのまま動画として掲げることは避け、テレビを無造作に撮った写真にて失礼いたします。それもかなり適当で、傾いたりしていますが、ご愛敬ということで。。
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開発工事が始まる前のふじみ野駅周辺は、一面建物が一切ない農地でした。おそらく開発制限がかかっていたのでしょう。前方に県道(現ふじみ野朝霞線)の陸橋が見えますが、この県道以南が住宅地でした。
 
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ややアップ気味にすると、なんとなく今の姿とオーバーラップする部分が見えてきます。県道の陸橋をくぐる形で農道が未舗装で続いており、現在は暗渠となっている川を渡って、線路よりは西方に迂回するように伸びていました。そのまま国道方面に行く道と分かれ、そこを右に進むと丁字路が現れます。まっすぐ行くと最後は上福岡の市街地に接続、右に曲がると踏切(警報機、遮断機つき)を経て、市道まで続いていました。
撮影地点は、上記の踏切付近です。
ほかにも細かな枝道がいくつもありますが、記述の都合上省略して書いています。
 
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先ほどの踏切から、川越方面を見たところ。
 
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現在でいう駅東口付近から、下り列車をとらえています。列車は8両固定の8000。
時期的にクリーム色と新塗装(現塗装)の切り替わりの時期です。新塗装が出たのは撮影時の1年前と思われます。
オレンジからクリームに切り替わった時期(昭和49年~昭和51年)に比べると、検査回帰が伸びたのか色変わりが遅いように思われました。
 
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同じ列車を追っています。先の踏切から線路と平行に農道が続いていました。
 
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上下列車の邂逅。下り列車は新塗装です。
ちなみにここに出てくる車両は全部8000です。78は前年に越生線を含めて撤退、ほかには9000系9001F、10000系は8連が5本、この年の新車11806Fが入ったばかりかどうかというところ。8000の冷房化は2年前に完了、8108Fの更新(前面窓は従来どおり)もできたばかりのころ。
 
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この下り列車は池袋寄りから6+2+2という編成でした。先頭の2両のみが新塗装です。クリームから現塗装への変更は、印象として2両固定から先に進んだ感じがありました。オレンジからクリームのときは逆に思えましたが、いずれもあくまで印象です。
 
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上記の編成を追います。2Rが2本連なり、画面一番左の車両にパンタが見える(モハ8800)ので6+2+2とわかります。10両の組成としてはこのほか4+4+2も多く見られました。
4+2+4というのは、まだ日中6両の運用が多かった78年ごろまでは時折見かけました。
 
まあ記憶違いのところもあるかもしれませんが。
 
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さいごに、わかる人はわかるこの建物は入間東部農協ですね。
というわけでした。

2018年8月26日 (日)

ぐてたまスマイルトレイン 新宿線へ

池袋線で活躍していた30000系ぐてたまスマイルトレインが、24日夜小手指から南入曽に異動、翌日から運用を開始しました。

 
早速撮影に・・・行こうと思いながら、撮影する本人がぐでぐでしてしまい夕方に。
とりあえず小平付近に行こうとするも、車が渋滞して、しかもインドネシアよりもアツい。。
 
ジャカルタで営団6000系でも撮影に行った方が涼しいかも。103系はもういないのか。。
 
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ここで待とうと思い、西武線アプリを開いたら、ぐでは高田馬場から上石神井行きの運用についていました。
 
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ので、早々に撤退。
 
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先日シングルアーム化された6002Fですね。
 
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とりあえずここから井荻付近に移動してみます。とはいえ、車だと結構時間がかかる。
 
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夏とはいえ既に日の入りは6時17分ごろなので、だいぶ暗い。
井荻ですが、各停が長時間退避するので、下りホームから上り列車を撮影するには適しています。が、逆は難しい。今待っているぐでは西武新宿から折り返し新所沢行きとして運行中。
 
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とにかく待って、こんな暗くなった頃にやってきました。
 
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鉄コレでこの編成の発売が予定されていますが、基本3両+増結5両という構成で、合わせると12,000円近くになる(アマゾンの場合。定価ならもっと高いと思います)。Nゲージ化するとさらに10000円ぐらいかかるかな。。普通の30000(GM)も、値引き価格だとそのくらいで売っていますが。。
 
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側面の黄色が素敵です。
このまま黄色で行きましょうよ。
 
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年内運行されるようなので、いずれまた。
本当は行こうと思っていた多摩川線も。
 
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本川越にはこれが置いてあります。奥に見えるのはプラチナエクスプレス。
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そろそろ新型特急が出そうなので、今のうちにこちらも。

2018年8月25日 (土)

鉄道ピクトリアル臨時増刊 東武鉄道

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暑さとその後遺症?でなにもできません。。
ピクの東武鉄道特集も、たしか発売は7月下旬ぐらいだったかな。。退社時間が遅くて職場近くの書店が閉まっており、週末に地元の書店(よく東武関係のムックを置いてあるので)を探したのですがおいてなくて・。 入手してからもパラパラと読む程度で、更にこうしてPCに向かうのにも時間がかかり。。
 
手元に東武鉄道特集は6冊あります。それぞれ1972年3月増刊(以下増刊の記述略)、1981年7月、1990年12月、1997年12月、2008年1月、そして今回の2018年8月となっています。このうち1972年3月増刊のみ、後年古本で入手したもので、以後は新刊での購入。たいてい発売時にすぐ購入していますが、90年発行のものは発売時諸事情で趣味的なことに気が回らず、1年ほどたったあと、銀座天賞堂の書籍コーナーで買いました。
 
このほかにアーカイブスセレクションが50年代~と70年代~で平成24-26年に発行されています。
72年3月号増刊は奥付を見ると昭和47年2月25日印刷 昭和47年3月10日発行 昭和50年4月15日複製 となっています。重版ではなくて複製というのが妙ですが、表紙を見ると文字のところなどがコピーしたように滲んで見えます。重版というよりは増補版とでもいうべきもので、本文として同誌73年9月号に花上嘉成氏が寄稿した「東武鉄道・補遺」の記事が追加されています。
 
この73年9月号も持っていますが、面白いのはこのなかに「昭和48年度私鉄車両増備計画」という記事があり、筆者が運輸省の方のためか各社の増備車両、両数、諸元のほか予算額が千円単位まで記載されています。東武については8000系6連x5、2連x1、1800系4連x2、1720系6連1本を新造する由。17型は1両約5千万強、モハ8500は38,256千円、クハ8600は34,483千円、クハ8100は少し安くて24,092千円、クハ1810は39,313千円とのこと。西武クハ5501もほぼ同額の36,500千円。帝都高速度交通営団8号線用車両は車番記載なしですが7000系と見られ、電動客車5千万-7千万、制御客車5千万と全体に高めの予算。東急8000系もデハは4300万円なので、軽合金車はやはり高くついたようです。
 
話が完全にそれました。補遺を書かれた花上氏、最初の特集から最新刊まで毎回寄稿されています。考えてみるまでもなくすごいことですね。。
 
余計なことを書いて紙幅が尽きたので(そんなものはないか。ただ書き疲れただけです)終わりにしますが、例えば今回特集の「東武鉄道のHL制御車」などは、特集号ならではの興味深い記事に思いました。

2018年8月12日 (日)

鐵道信號

子供のころから変なマセガキだったので、時々最新鋭の電車よりも昔の第一線級の車両に魅力を感じることがあった。小学生のころ繰り返し読んでいたのは機芸社「私鉄電車プロファイル」と「陸蒸気からひかりまで」で、後者は特に、1号機貨車から明治、大正昭和の名優たちを概観するには最適の本で、この本から学んだことは実に多い。
 
もっとも、片野氏の解説は氏の趣味的な視点がかなり入っているので、別の資料からも確認する必要があるかもしれないが。。
 
とはいうものの、その時代を現す社会の動きや事物から受ける印象は、個人によって異なるし、またそれを振り返ろうとしている現在の状況にも左右される。戦争の傷跡が生々しかった戦後間もない時期では、戦前期は強い否定の対象だった。
 
そういった視点は現実を素直にとらえることの障害となることもしばしばある。
 
そんな話はどうでも良いが、この短編映画の魅力は、戦前日本の最良の設備や車両がふんだんに出てくることだ。なにしろ走るC53、流線形C55、急電時代のモハ52が出てきちゃうのである。。
 
前半は単線区間の通表授受の話を中心に、後半はより進化した都市部の自動信号の話が出てくる。車両は単線区間であってもC55,C57等、新製後数年程度の最新の機関車の映像が多い。普通列車の客車はさすがに木造車(トラス棒が写っている)もあるが、急行はダブルルーフのスハ32辺りが中心のようだ。
 
機関士や信号所の人たちは、いかにもきびきび働いているように思えてカッコいい。映画のために多少気を使っているのだろうが、詰襟の制服は非常にフォーマルな印象を受ける。京都駅の乗客の、ソフト帽とオーバーコートの人たちも、まあ演出もあるのだろうけど洒落た服装だ。女性は着物姿が多い。
信号所職員(責任者?)がインタビューに答える様子が、いかにも戦前の人らしい。
 
他の方も同じ感想を持たれていたが、もしあのまま戦災を経ずに発展していたら、その後はどうなっていたことだろう。。まあ大きな流れとしては、現実の歴史が示した方向と同じだったかもしれないけど。。
 
戦後(1953年)に作られたこの映画は、内容は「鐵道信號」と似ているが、信号のことはあまり触れられず、ヤードの入れ替えの話、電車線の話などが中心。
 
車両は一変してやはり当時の最新鋭、EF58流線形なども出てくる。蒸機もD52(改装済)などは新しいが、電車はモハ63が事情により出しにくいのか(桜木町事故の直後なので)、モハ31とかが中心に出ている(63もちらっと出てくるけど)。17:40ごろ、池袋駅3番線に到着する山手線終電の映像が見もの。手を組んで歩く男女の乗客が戦後らしい。
 
職員も駅員も、撮影した季節のせいもあるのだろうけどシャツ1枚とか開襟シャツ姿が多く、よく言えば気取っていない、悪く言えばだらしないといえなくもない。。
 
全体に戦前のような、今を誇示する、ピリピリしたようなところがなくなり、これからはじまる機械化、動力転換に期待をつないでいるような印象。
 
今もしこういう映画を作ろうとしたらどうなるか・というと、たぶんあれですね。広告代理店が好き勝手やっている東京メトロや小田急のプロモーション映像とか、ああいう感じになるのかもしれません。
 
終戦の日もちかいということで、今日はこんなお話で。

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