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2018年9月20日 (木)

32年前の現ふじみ野駅周辺

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メインブログでお伝えいたしましたが、身内に不幸がありしばらく更新できませんでした。
 
徐々に再開していきます。
さて、表題の件ですが、偶々家を探していたら、亡父の撮影したムービー(VHS)が出てきました。テープ前後の状況や内容から、昭和61年秋-ちょうど今頃であろうと推察しましたが、正確な日付は不明です。
 
10分程度の動画ですが、少なからず身内が写っている部分があるので、そのまま動画として掲げることは避け、テレビを無造作に撮った写真にて失礼いたします。それもかなり適当で、傾いたりしていますが、ご愛敬ということで。。
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開発工事が始まる前のふじみ野駅周辺は、一面建物が一切ない農地でした。おそらく開発制限がかかっていたのでしょう。前方に県道(現ふじみ野朝霞線)の陸橋が見えますが、この県道以南が住宅地でした。
 
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ややアップ気味にすると、なんとなく今の姿とオーバーラップする部分が見えてきます。県道の陸橋をくぐる形で農道が未舗装で続いており、現在は暗渠となっている川を渡って、線路よりは西方に迂回するように伸びていました。そのまま国道方面に行く道と分かれ、そこを右に進むと丁字路が現れます。まっすぐ行くと最後は上福岡の市街地に接続、右に曲がると踏切(警報機、遮断機つき)を経て、市道まで続いていました。
撮影地点は、上記の踏切付近です。
ほかにも細かな枝道がいくつもありますが、記述の都合上省略して書いています。
 
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先ほどの踏切から、川越方面を見たところ。
 
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現在でいう駅東口付近から、下り列車をとらえています。列車は8両固定の8000。
時期的にクリーム色と新塗装(現塗装)の切り替わりの時期です。新塗装が出たのは撮影時の1年前と思われます。
オレンジからクリームに切り替わった時期(昭和49年~昭和51年)に比べると、検査回帰が伸びたのか色変わりが遅いように思われました。
 
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同じ列車を追っています。先の踏切から線路と平行に農道が続いていました。
 
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上下列車の邂逅。下り列車は新塗装です。
ちなみにここに出てくる車両は全部8000です。78は前年に越生線を含めて撤退、ほかには9000系9001F、10000系は8連が5本、この年の新車11806Fが入ったばかりかどうかというところ。8000の冷房化は2年前に完了、8108Fの更新(前面窓は従来どおり)もできたばかりのころ。
 
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この下り列車は池袋寄りから6+2+2という編成でした。先頭の2両のみが新塗装です。クリームから現塗装への変更は、印象として2両固定から先に進んだ感じがありました。オレンジからクリームのときは逆に思えましたが、いずれもあくまで印象です。
 
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上記の編成を追います。2Rが2本連なり、画面一番左の車両にパンタが見える(モハ8800)ので6+2+2とわかります。10両の組成としてはこのほか4+4+2も多く見られました。
4+2+4というのは、まだ日中6両の運用が多かった78年ごろまでは時折見かけました。
 
まあ記憶違いのところもあるかもしれませんが。
 
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さいごに、わかる人はわかるこの建物は入間東部農協ですね。
というわけでした。

2018年8月26日 (日)

ぐてたまスマイルトレイン 新宿線へ

池袋線で活躍していた30000系ぐてたまスマイルトレインが、24日夜小手指から南入曽に異動、翌日から運用を開始しました。

 
早速撮影に・・・行こうと思いながら、撮影する本人がぐでぐでしてしまい夕方に。
とりあえず小平付近に行こうとするも、車が渋滞して、しかもインドネシアよりもアツい。。
 
ジャカルタで営団6000系でも撮影に行った方が涼しいかも。103系はもういないのか。。
 
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ここで待とうと思い、西武線アプリを開いたら、ぐでは高田馬場から上石神井行きの運用についていました。
 
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ので、早々に撤退。
 
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先日シングルアーム化された6002Fですね。
 
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とりあえずここから井荻付近に移動してみます。とはいえ、車だと結構時間がかかる。
 
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夏とはいえ既に日の入りは6時17分ごろなので、だいぶ暗い。
井荻ですが、各停が長時間退避するので、下りホームから上り列車を撮影するには適しています。が、逆は難しい。今待っているぐでは西武新宿から折り返し新所沢行きとして運行中。
 
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とにかく待って、こんな暗くなった頃にやってきました。
 
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鉄コレでこの編成の発売が予定されていますが、基本3両+増結5両という構成で、合わせると12,000円近くになる(アマゾンの場合。定価ならもっと高いと思います)。Nゲージ化するとさらに10000円ぐらいかかるかな。。普通の30000(GM)も、値引き価格だとそのくらいで売っていますが。。
 
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側面の黄色が素敵です。
このまま黄色で行きましょうよ。
 
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年内運行されるようなので、いずれまた。
本当は行こうと思っていた多摩川線も。
 
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本川越にはこれが置いてあります。奥に見えるのはプラチナエクスプレス。
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そろそろ新型特急が出そうなので、今のうちにこちらも。

2018年8月25日 (土)

鉄道ピクトリアル臨時増刊 東武鉄道

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暑さとその後遺症?でなにもできません。。
ピクの東武鉄道特集も、たしか発売は7月下旬ぐらいだったかな。。退社時間が遅くて職場近くの書店が閉まっており、週末に地元の書店(よく東武関係のムックを置いてあるので)を探したのですがおいてなくて・。 入手してからもパラパラと読む程度で、更にこうしてPCに向かうのにも時間がかかり。。
 
手元に東武鉄道特集は6冊あります。それぞれ1972年3月増刊(以下増刊の記述略)、1981年7月、1990年12月、1997年12月、2008年1月、そして今回の2018年8月となっています。このうち1972年3月増刊のみ、後年古本で入手したもので、以後は新刊での購入。たいてい発売時にすぐ購入していますが、90年発行のものは発売時諸事情で趣味的なことに気が回らず、1年ほどたったあと、銀座天賞堂の書籍コーナーで買いました。
 
このほかにアーカイブスセレクションが50年代~と70年代~で平成24-26年に発行されています。
72年3月号増刊は奥付を見ると昭和47年2月25日印刷 昭和47年3月10日発行 昭和50年4月15日複製 となっています。重版ではなくて複製というのが妙ですが、表紙を見ると文字のところなどがコピーしたように滲んで見えます。重版というよりは増補版とでもいうべきもので、本文として同誌73年9月号に花上嘉成氏が寄稿した「東武鉄道・補遺」の記事が追加されています。
 
この73年9月号も持っていますが、面白いのはこのなかに「昭和48年度私鉄車両増備計画」という記事があり、筆者が運輸省の方のためか各社の増備車両、両数、諸元のほか予算額が千円単位まで記載されています。東武については8000系6連x5、2連x1、1800系4連x2、1720系6連1本を新造する由。17型は1両約5千万強、モハ8500は38,256千円、クハ8600は34,483千円、クハ8100は少し安くて24,092千円、クハ1810は39,313千円とのこと。西武クハ5501もほぼ同額の36,500千円。帝都高速度交通営団8号線用車両は車番記載なしですが7000系と見られ、電動客車5千万-7千万、制御客車5千万と全体に高めの予算。東急8000系もデハは4300万円なので、軽合金車はやはり高くついたようです。
 
話が完全にそれました。補遺を書かれた花上氏、最初の特集から最新刊まで毎回寄稿されています。考えてみるまでもなくすごいことですね。。
 
余計なことを書いて紙幅が尽きたので(そんなものはないか。ただ書き疲れただけです)終わりにしますが、例えば今回特集の「東武鉄道のHL制御車」などは、特集号ならではの興味深い記事に思いました。

2018年8月12日 (日)

鐵道信號

子供のころから変なマセガキだったので、時々最新鋭の電車よりも昔の第一線級の車両に魅力を感じることがあった。小学生のころ繰り返し読んでいたのは機芸社「私鉄電車プロファイル」と「陸蒸気からひかりまで」で、後者は特に、1号機貨車から明治、大正昭和の名優たちを概観するには最適の本で、この本から学んだことは実に多い。
 
もっとも、片野氏の解説は氏の趣味的な視点がかなり入っているので、別の資料からも確認する必要があるかもしれないが。。
 
とはいうものの、その時代を現す社会の動きや事物から受ける印象は、個人によって異なるし、またそれを振り返ろうとしている現在の状況にも左右される。戦争の傷跡が生々しかった戦後間もない時期では、戦前期は強い否定の対象だった。
 
そういった視点は現実を素直にとらえることの障害となることもしばしばある。
 
そんな話はどうでも良いが、この短編映画の魅力は、戦前日本の最良の設備や車両がふんだんに出てくることだ。なにしろ走るC53、流線形C55、急電時代のモハ52が出てきちゃうのである。。
 
前半は単線区間の通表授受の話を中心に、後半はより進化した都市部の自動信号の話が出てくる。車両は単線区間であってもC55,C57等、新製後数年程度の最新の機関車の映像が多い。普通列車の客車はさすがに木造車(トラス棒が写っている)もあるが、急行はダブルルーフのスハ32辺りが中心のようだ。
 
機関士や信号所の人たちは、いかにもきびきび働いているように思えてカッコいい。映画のために多少気を使っているのだろうが、詰襟の制服は非常にフォーマルな印象を受ける。京都駅の乗客の、ソフト帽とオーバーコートの人たちも、まあ演出もあるのだろうけど洒落た服装だ。女性は着物姿が多い。
信号所職員(責任者?)がインタビューに答える様子が、いかにも戦前の人らしい。
 
他の方も同じ感想を持たれていたが、もしあのまま戦災を経ずに発展していたら、その後はどうなっていたことだろう。。まあ大きな流れとしては、現実の歴史が示した方向と同じだったかもしれないけど。。
 
戦後(1953年)に作られたこの映画は、内容は「鐵道信號」と似ているが、信号のことはあまり触れられず、ヤードの入れ替えの話、電車線の話などが中心。
 
車両は一変してやはり当時の最新鋭、EF58流線形なども出てくる。蒸機もD52(改装済)などは新しいが、電車はモハ63が事情により出しにくいのか(桜木町事故の直後なので)、モハ31とかが中心に出ている(63もちらっと出てくるけど)。17:40ごろ、池袋駅3番線に到着する山手線終電の映像が見もの。手を組んで歩く男女の乗客が戦後らしい。
 
職員も駅員も、撮影した季節のせいもあるのだろうけどシャツ1枚とか開襟シャツ姿が多く、よく言えば気取っていない、悪く言えばだらしないといえなくもない。。
 
全体に戦前のような、今を誇示する、ピリピリしたようなところがなくなり、これからはじまる機械化、動力転換に期待をつないでいるような印象。
 
今もしこういう映画を作ろうとしたらどうなるか・というと、たぶんあれですね。広告代理店が好き勝手やっている東京メトロや小田急のプロモーション映像とか、ああいう感じになるのかもしれません。
 
終戦の日もちかいということで、今日はこんなお話で。

2018年8月 3日 (金)

惜別 新井薬師前駅跨線橋と北口改札

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早いもので、西武新宿線中井-野方の立体化工事も既に着工から5年目に入り、利用者が直接工事の進捗を感じさせる場面も増えてきました。
 
新井薬師前駅も、周辺の建物が取り壊され、架道橋が移設されたりしていましたが、この8月3日からは沼袋寄りの跨線橋が使用停止、合わせて北口改札も移設されることになりました。
 
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日中立ち寄る機会がなかったので、帰宅途中に訪ねてみることにしました(撮影は8月1日)。
上の写真は、下り線ホームから、新しい跨線橋を。
 
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・・申し遅れましたが、今回もかなり写真の数が多いです。
以下、下り列車から降りて、撮り歩いた様子をそのまま追っていきます。
下りホームから、延長される上りホームを望む。西武新宿寄りに20m移動します。
 
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写真右側辺りが、新しい北口改札になります。
 
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延長ホーム部分は簡単な仕切りが設けられています。
30000系はこの時点での停止位置で客扱い中。
 
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案内広告。改札口は西武新宿寄りにかなり移動します。
 
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下り線から跨線橋へのアプローチ。左側は南口改札。
 
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上り線側にわたっていきます。
 
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跨線橋の設置は1969年だった由(ウィキより)。
 
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平凡な形の跨線橋ですが、今作るとこうはならないでしょう。
隣の中井も、古い跨線橋がなくなってしまいましたね。
 
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新井薬師前は毎年、桜の頃に撮影で訪れることが多かった。
旧宅から通勤のとき、少し早く出て、中野通りの桜を撮りに行っていた。 
 
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ラッシュ時だから、この辺り通勤客でごった返しているのを逆に歩いて行った。
 
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お、ライモくん。
 
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あとあれですね。ここからバスに乗って、中野によく行きました。有名なカメラ屋さんがあるので。ので、この駅には買い物の楽しい気分が刷り込まれています。
 
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新しい改札をフェンス越しに見る。
 
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さて、改札を出ました。
 
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新井薬師前についてのもう一つの思い出は、この駅は自動定期券発行機の(数少ない)設置駅だったことだ。
というのは、パスネットの時代は、定期券の発売ができる駅が限られていたのだ。10年~15年前でいうと、西武新宿、高田馬場、上石神井は有人の販売で、これは発売時間が限られていた(たしか上石神井は午後8時くらいまで)。新井薬師前は自動発行機で、これは終日買える。
 
ので、夜9時過ぎに定期を更新したいときは、新井薬師で降りて買い替えていた。というか、家で用事があるときなど、一旦家に戻ってからまた新井薬師まで行って買ったりもしていた。 今はどこの駅でも定期券を買えるので、ちょっと信じられない話に思えるかもしれないけど。
 
定期を買った後、北口の、今ファミマのあるあたりにとんかつ屋があって、そこで夕食を食べたのを覚えている。ほかにも薬師様のほうまで足を延ばしたことがあったな。
 
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北口の駅舎は昭和50年ごろ整備されたらしい(ウィキによる)。
 
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このたたずまいも、昭和後期風ですね。
 
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左に書店、100円ショップなどがあった。右側にあった自販機も撤去されている。
 
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新しい北口は、細い路地を歩いて行った先にある。
 
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もうなってますね。
 
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これ、新しい跨線橋です。踏切のわきにあります。
以前はホームの途中あたりにあった。撤去したあとわざわざ作り直したのですね。
マンションの敷地に入り口があるのかと思ったが、どうもこのマンションは工事事務所になっているらしい。
 
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以前は線路を見下ろした写真が撮れたが、ごらんのように今は撮影には向きません。
 
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南口改札付近にあるプレート。
 
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新井薬師前付近は、いかにも中野区という感じの商店街が広がっている。駅前のこの古本屋も馴染み深い。ただし買ったことはない。
 
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こちら側も商店街で、京樽とかがあったはずだが、既に撤去されている。
 
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改札前の果物屋さんも馴染み深い。ここでは買い物したことがある。
 
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ぐるっと回って、また上り線へ。
 
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というわけで帰ります。いやあ、蒸し暑かったです。

2018年7月30日 (月)

台風一過

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午前中のうちに用務が終わり、例によって「間合運用」が可能になりました。
さくっと出かけてみます。(以下写真かなり長いです)。
 
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異例の台風ということで、一部混乱もあったようですが、被害に遭われた方、お見舞い申し上げます。
 
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まあ、うちもちょっと、予定を繰り上げたり色々しましたが、まずまず無事でした。ここで語ることでもないのであれですが。
 
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100系もその傾向がありますが、東武の特急のデザインはどうも車体が短く見えるようです。
 
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気持ち的に、こあまり長さが変わらない気がするのですが。
 
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青空のもとで見ると、なかなか悪くない気がします。
 
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東武日光方に移動します。今回車ですので、移動は比較的容易ですが、歩くのはちょっとしんどそうな距離です。
 
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これが撮りたかったのですが、本数が少ないので写真はこれだけです。
GMのキットでも作ってみましょうか。
 
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留置線は色々いそうですね。
敷地外では大した写真は撮れませんが、ちょっと回ってみます。
 
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2020系と20400系。
 
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フェンスから離れての撮影ですし、レンズが18-135mmなので、網を切ることはできません。
 
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なんか車両の並び方が趣味的なような気もしないではありません。。
 
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偶には東上線にも来ればいいと思うけど。。
 
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これ一時期東上線にいたやつか。SNSで「ブツ4」といわれる編成ですが、ブツ6はあるけどブツ4という言い方はたぶん、オーセンティックないい方じゃないんだろうな。。
 
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駅に入ってみます。
 
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車庫のある駅はどこも似たようなムードがありますね。
どことなく小手指駅を連想したりします。
 
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2扉車の状況。宇都宮線の8000系も撮影しておかないと。
 
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昔はこれが来ても大して関心を持たなかったものでしたが。。
 
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というわけでした。
 
 

2018年7月16日 (月)

姫宮付近

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車で埼玉の東部に出かける用があり、日も長いのでちょっと撮影でもしてみようかと思い立った。上毛電鉄を見に行こうとも思ったが、そこまでの時間はなさそうなので、ナビを見て手近な姫宮付近に。
あとからネットで撮影地ガイドなどを見ると、もっといい場所があるようなのだが、道もわからず時間もないということで、あまりよい写真は撮れなかった。。
 
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3年ぐらい前に来た場所ですが、線路沿いに生えている棕櫚の樹が成長して、車体にかかるようになってきた。棕櫚の樹は、放っておくとかなり成長するし、火事があるとかなり燃えやすいらしい。前宅にも生えてましたけど。
 
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この時期、13000系、70000系と03,20000系は体感同じぐらいの確率で来ますが、13000系は撮影していない時は何度も見かけたものの、カメラを構えてからは全くキャッチできなかった。
 
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東武車の普通、準急もほとんど見かけなかった。一度10030系の準急浅草行きを見たが、被ってしまい撮影できず。
 
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継電機箱が邪魔をしてこちらからも撮影しにくいのです。
時間があれば再訪したいのですが、本当に時間取りにくいのです。。思いついた時に的確に撮影できるといいのですけどね。
 
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足立花火のヘッドマーク。本来ここは午前中順光なので、いささか苦しい。
 
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音だけ聞いていると西武2000かと思ってしまいます。。
 
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70000系。案外と言っては何ですが、悪くないですね。
 
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20000系5ドア。メトロのほうはもう風前の灯ですが、こちらはまだ活躍中。とはいえ、地方線には転用されないでしょうから、あとどのくらい見られるか。。
 
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日比谷線も通勤で何年か(累計)使いましたが、多扉はそれほど印象が残っていない。
20070が3ドアで出たころも覚えてますし、東急がうちは他扉はやらないと言っていたのも印象に残っています(その割に後で前言翻しましたが)。
 
多扉、ワイドドアはバブル末期に大流行して、そろそろ命脈がつきそうです。
小田急、京王はさっさと撤退し、JRも中央総武のはもう終わりかな。一応定着したのはメトロ東西線の05ワイドドアですかね。。あれ、通勤利用時は嫌いでした。座席が少ないことより、立ち席スペースにいるときに安定しにくいことが問題で。16000系が出るころにはもう諦めていたというか、好きにして、という感じでしたが。
 
多扉車はいちど、海外のように扉間クロスにして座席を増やしてみたらどうかと思います。あんがい地方線でも使えるかも。乗り入れ車だと相手先から嫌われるし、無理ですね。
試行錯誤の結果、在京の私鉄は20m4ドアばかりになってしまい、これで良かったのかどうか。というか、はっきり言って嫌なのですが、もうどうしようもないね。。
 
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話を戻して。100系もそろそろゴールが見えてきているようです。
 
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リバティ。もうちょっと頑張って、半蔵門線はいっちゃえ。
住吉から豊洲抜けて、東上線にも。
 
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暗くて顔が見えない。。
 
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50000系の後継は、この様子だとまだ難しそうですね。。
 
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03と20000ということで。
 
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プユマ号が来たので切り上げます。
というわけでした。

2018年7月 6日 (金)

停電

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ニュース等で御存じかと思うが(今は覚えていても、じき忘れちゃうでしょうけど・)、本日(5日)午前7時49分ごろ、板橋区にある東武東上線の変電所で停電が発生し、下赤塚、東武練馬付近を走行中の電車が本線上で立ち往生した。
 
ニュースによると空調は効いていたが、2時間ほどその場に停車し続け、その後乗客は順次車外に出て線路上を歩いて最寄り駅に向かったという。
 
上の変電所はうさぎ鉄道のもので、本文とは関係ありません。。昔の変電所はこのトミックスのキットのように、トランスが野外に露出していたけど、今回トラブルのあった東武練馬の変電所も、きれいに建て替えられて碍子やトランスはよく見えなくなっていますね。。
 
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事故当時私は急行池袋行きの車内におりまして、ちょうど和光市駅を発車しようとしていたところでした。いつも通り混雑した車内で、発車を待っていた。
 
和光市駅ではよく直通列車との接続待ちで時間調整が行われるので、その口かな、と思っていましたが、それにしても長い。しばらくしたら、東武練馬付近で停電なので見合わせだと。振り替え輸送をするから、有楽町線を使ってくれというアナウンスも出ました。わりと若い人は、さっさと決断して降りていきましたね。
 
月曜も人身がありましたが、一般論として少し待てば動くことが多いので、そう判断する人も結構車内にいました。
私も会社にメール打ちながら車内で待っていたのですが(そのころはもう座れるくらいまで人が減っていました)、そのうちこの列車はここで運転を打ち切ります、といいはじめた。乗客が全員下りたのを確認したら発車するという。 
ようやく私も決断して降りました。列車は、急行池袋の種別のまま、誰も乗せずに成増方向に去っていきました。おそらく成増で折り返し回送としたのでしょう。
 
一緒に乗車していた人たちはもう先行する地下鉄に乗っていて、ホームはそれほど混んでいませんでした。ちょうど始発の通急元町・中華街が来たので、座ることができました。楽でよかったけど、途中区間はかなり混んでたな。
 
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ちょっと意地悪だけど、放置された東武アプリの列車位置情報。
下赤塚-東武練馬間に急行池袋行きがいます。
各社のニュースで線路を歩く映像が流れていましたが、この列車もその一つ。たぶん、一つ前の急行ですね。以前は時々乗っていたやつだと思います。ので、なにかの都合でこれに乗っていたら、自分も線路を歩いていたかもしれません。
 
そうえいば昔、まだ8000系の頃でしたが、ときどき瞬時停電とか、ありましたね。10数秒から1分ぐらい、電気が止まるのです。8000は予備灯がついていて(家庭のペンダント灯の常夜灯みたいなやつ)、蛍光灯が切れるのですぐわかる。冷房も送風のみになる。駅を出てこれから力行というときに停電すると、そのまま滑走する。これから加速するはずが、腰砕けみたいになるのが妙でした。まるで、停電したことを乗客に悟られないように?しているみたいな感じがしてでおかしかった。
 

2018年6月20日 (水)

こどもの観察カメラ れっしゃ

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オールカラーの、すっきりした装丁の児童書。
発行は1969年と、半世紀近く前の本だ。子供向けの本を多く出している、フレーベル館の本。この装丁のセンスは、今店頭に並べても違和感ない気がします。
 
撮影と解説文はなんと、あの広田尚敬氏である。当時は気鋭の若手写真家でらしたのでしょうね。。
 
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1号機関車の模型写真から始まり、新幹線、海外の鉄道(主に欧州)と、幅広く紹介している。(書籍なのであまり詳細に引用しては差しさわりがあるかもしれませんが、何しろ昔の本ですので、とりあえず。。)。
 
ちなみにD51の解説で「D51は1115両もつくられ、日本一顔のひろいきかんしゃです」と書かれているのを読んで、(煙室扉がでかいということだろうか。でもなんか違う気が?)、と子供らしからぬことを考えていた記憶があります。この解説文、かなり大人向けの書き方がされていました。
 
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子供向けなので1ミリぐらいの厚紙にコーティングして写真印刷していますが、技術的なことはわかりませんが、解説文の印刷が多少かすれています。当時、親が読みにくくなっているところを加筆してくれたようです。
 
小田急だけは実物を知っていましたが、他の車両はこれを見て初めて知りました。当時は名鉄のほうがカッコよく見えたな。
 
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海外はアメリカの「メトロライナー」と、オランダやデンマークの鉄道など。右側の黄色い機関車の写真はイギリスで、光の加減で線路が金色に見える。それで、どこかで鉄道模型の真鍮レール(たとえばカツミの金属道床線路は真鍮レールだった)を見て、ああ、外国の線路は金色をしているんだ、と理解していました。。
 
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さて、今回のオチです。
このページは各地で活躍するディーゼル、電気機関車の写真ですが、注目したいのは右下のED77です。
 
きれいな写真ですが、この色、どこかで見たような気が。
 
 
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交流電気機関車の塗装はED70以来、赤2号、つまり上の181系の窓周りと同じ色だったはずですが、なぜかこの写真はディーゼルの朱色4号に近い色合いをしているんですね。
 
それで、かつての関水EF70が、やはりオレンジ系の色をしていて、どうしてこんな色合いをしているのか不思議という議論があった(後年になって)のですが、子供の頃はとくに違和感を感じなかった気がします。それは、この写真を見ていたから。 
 
それにしても謎です。この目で交流機を見たのは13歳の頃(ED71)でしたが、あれはオレンジ色には見えなかった。
当時はコダクローム系が使われていたと思いますが、たしかに多少渋い発色になる傾向があったとはいえ、こんな風に色が転ぶのは普通だったのだろうか。。
 
しかし、同じ色が転ぶなら、「しおじ」の色もオレンジになっているはずでしょうし。。なぞです。。
というより、もしかしたら昔の交流機は本当にこういう色をしていたんじゃないか、私が知らないだけなのかも、という気がしてきます。。
 
余談ですが、右上の「みずほ」の写真の片隅に、青い屋根の小さな家が写っています。子供のころ、きっとこの家の人は、毎日窓を開けると色々な電車が走っているのを目の当たりにしているのだろう。なんて羨ましい・・と思っていました。
 
それにしてもここはどこなのだろう。大船とか茅ヶ崎のあたり?
 

2018年6月 2日 (土)

ときわ台駅

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ときわ台駅がリニューアルされ、昭和10年の開業時のたたずまいを復刻した、というニュースを見たので行ってみました。
 
まあ小ネタですね。。
 
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もともとときわ台駅(北口)は、開業時の駅舎を手直ししながら使っていたので、全体のたたずまいは同じだ。ただ、リフォームにあたり、当時の姿を忠実に再現したということらしい。
 
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ときわ台駅は、当時田園調布駅に範を取った高級住宅地を造成していた東武鉄道が、宅地の開発とともに開業したというだけあって、とてもモダンな印象がある。近隣の他の駅、中板橋や大山などは下町っぽい、庶民的なムードの駅だが、ここだけがこんな感じなのだ。
 
ネットを見ると、開業日の近い南宇都宮駅舎とよく似ているとか、たたずまいが旧帝国ホテルに似ている、という記述も見られる。
 
東上線池袋-成増間の駅としては最後に開業した駅であることは確かだが、調べてみると北池袋から下赤塚まで、昭和初期の数年のうちにぼこぼこ開業しまくっているんですね。。ちなみに開業時が池袋-下板橋-成増、すぐに上板橋も開業したらしいです。
 
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開業時というか、戦前からの駅舎がそのまま使われている駅というのは、東上線ならずとも珍しいでしょうね。東上線ではここだけでしょうね。。
子供の頃は朝霞、鶴瀬、川越など、昔からのたたずまいの駅は結構あったけど。。
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改札口を移動しましたかね。。
 
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壁面には駅と周辺の歴史が、博物館のような形で展示されています。
 
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昔の建物の様子。
 
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特徴ある住宅地の地図と、ときわ台駅、住宅地の位置図。
池袋駅から10分とある。
 
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お散歩マップ。
こうした展示を、熱心に見ている人が何人もいました。
やや年配の女性が多かったかな。
 
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ときわ台は毎日利用していたわけではないが、小学生の頃から駅近くの模型店(るー模型店)に行くのによく利用していた。小さな模型店なのに、わざわざ電車に乗って出かけたのは、一つは電車から見える場所に店があったこと、そしてTMSに広告を載せていたことがある。
 
ここと、大山のマックス(のちGM)、あと成増の、今はダイエーがあるあたりのビルに入居していた模型店をよく利用していた。成増は北口の、住宅地の奥に丸正堂という店があったけど、ほとんど知る人ぞ知るという感じの店だったな。
 
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ときわ台は朝ラッシュ時に準急が停車したことで有名(自分だけか)だが、10両運転が始まる昭和51年ごろ、ホームを延伸して、併せて駅舎とかも改装とかをしていた記憶がある。
同じころ、今の下板橋留置線の配置を改良した、それまで上下線の間に3線程度の留置線があった(ので、下り線は下板橋駅を出ると左に大きくカーブして上り線から離れ、山手通り陸橋のあたりで戻っていた)が、改良後は上下線が平行になり、留置線の数も増えた。
そういえば昔はときわ台駅に進入するあたり、池袋よりの踏切付近のカーブで、電車が大きく揺れたな。立っているとき、そのあたりに近づくと身構えたり。西武新宿線の中井駅付近とか、中央線の大久保付近とか、そういうところは何か体が覚えていて、自動的に身構えますね。またそんなことをよく覚えていたり。
 
あ、今でも成増駅の上り線は揺れますね。あれは線形上仕方ないけど。
 
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工事のとき、ここの煉瓦壁を一生懸命作っていたことをよく覚えているんですよね。ちょうど南口改札の入ってるビルじゃないかな。。
昔、グリーンマックスの車上駅というストラクチャー・キットは、ときわ台南口がモデルじゃないかと思っていました。雰囲気だけで、全く同じという訳ではないですけど。
同じくGMの小型駅は、あれはやはり東武練馬駅がモデルではないかと。こっちのほうはかなり近いです。ただし、現行の駅舎は改装されて面影がありません。
 
というわけでした。

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