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2017年11月13日 (月)

トミックスの電気関係に関する評判

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ちょっと訳ありなタイトルになってしまったが、先日、休憩中に何気なくネットを眺めていたら、Nゲージの線路システム全般に関する論評が詳しく書かれた、ブログを見つけた。電気関係、特にパワーパックとポイント駆動システムについてが詳しい。
 
具体的な内容は省略するが、トミックスの電気関係についてはかなり手厳しく批判されているのが印象的だ。製品の精度というよりも、設計のコンセプト自体にどうも問題があるとの見解だ。
 
私は残念ながら、回路図とかはさっぱりわからなくて(電気工作と囲碁将棋は子供のころにちゃんとやっておくべきだったと後悔している。。)、図面や内部を見てここがおかしい、と言われてもピンとこないのだが、現場での運用とメンテは(なんだかカッコいい言い方ですねえ)それなりにやってきたので、「ん?トミックスが?」と、とても意外に思った。
 
ブログのコメントに書いたのだが、40年前のトミックスは、多少外観を犠牲にしても確実な動作や簡便な取り扱いを確保し、初心者にも簡単に運転を楽しめるという、従来の日本の鉄道模型にないコンセプトを持ったブランド、というイメージだった。もともとNゲージにはそういうとらえられ方をしていて、先行する関水(KATO)も決して扱いにくいわけではなかったが、当時は固定式線路(道床なし)の時代。ジョイナーが緩くなって脱線したり、ポイント先端レールの割り込み、低い耐久性など、子供にはいささか手に余るところがなくもなかった。
 
TMSの山崎氏が書いておられたが、トミックスはドイツのメルクリンやトリックスなどを範としたシステム構成を目指していた節がある。日本の鉄道模型は(というか、オピニオンリーダーたる雑誌メディアは)、どちらかというと英米系で、ドイツなどのシステム模型を軽視する傾向があった(らしい)。ので、トミックスの行き方は新鮮だった。もともと、おもちゃの世界では最大手の一角であり、模型界にどっぷりつかっていなかったので、違う行き方が取りやすかったのだろう。
 
関水(KATO)とトミックスは、お互いを意識しながら、製品展開を図っているように思える。車両や線路関係も、一方が出せばもう一方も追随するという形になることが多い。このことは、双方切磋琢磨される、という面もあるが、お互いの製品がどちらも似たようなものになって、選ぶところがなくなる、ということにもつながりかねない。
 
KATOとトミックス、どちらの線路が普及しているのか、私は業界の関係者ではないので知らないが、店頭や雑誌などの印象では、今はKATOが多少先行してるのかな。。ふつうは入門セットに入っていた線路システムを使い続けますからね。。一眼レフなら、マウントを乗り換えることもよく聞くが、線路システムはどうなんだろう。
 
昨日本屋で、Nゲージを始めよう、みたいな本を2,3立ち読みしたが、当然かもしれないが各誌とも「こんなセットがありますよ」という紹介があるくらいで、「どれを選ぶ?」みたいな言及はないようだった。とはいえ、このネット時代、迷える初心者は検索して情報収集をするでしょうし、芳しくない噂を耳にすれば、ベテラン以上に気にするでしょうからね。。
 
まあ、私は関係者じゃないし、何か言う立場でもないけど、メーカーさんもこういう基幹となる製品は、気を付けないといけないですね。。
 
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ちなみに私の持っている線路(大半はうさぎ鉄道に敷設済み)は茶道床の、20~30年以上前のものだが、機能上問題があると感じたことはない。ポイントはマシン(古いもので3線、AC17Vのもの)をすべて撤去し、手動で切り替えているが、昔も切り替え不良の経験はなかった。接点不良は時折経験するが、何度か切り替えを繰り返すことで復旧する(あと、時折接点が固着する傾向をもつ個体もある)。
 
パワーパックはAC電源を持つ古いもの(30年ぐらい前)と、9年前に買ったものを使っているが、正直古いほうが各部の感触は良い。新しいほうは重量のわりにつまみやスイッチが硬く、安っぽい印象を与えている。が、運転上は特に困ることはない。ライト類については新しいほうに利がある。
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この週末、明るいところでレイアウトを眺めると、だいぶホコリが溜まっている。状態としてはあまり良いとは言えないのだが、少々の整備で普通に運転することができた。普通の電気製品でも、これくらい古いと色々問題が出てくるものだが、その点の信頼性は高いといえるだろう。まあ、今の製品についてはわからないのだが。。
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2017年10月30日 (月)

福島交通ニモ1

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久しぶりのイラスト(なにしろ毎週雨ですから。。)。
これを書いていたのは昨年の今頃から今年初めにかけて、前宅の時代である。今見返すと、色々言いたいこともあるが、とりあえず描いた順番に掲げておく。
これより後、前宅時代の最後の頃に手を付けたのが近鉄8000系列の、生駒線でのシーンだが、こちらのほうが納得がいかない仕上がりで、たぶんまた書き直すと思う。
 
元の写真は、以前書いた静岡鉄道キハD7と同様、鉄道ファン1964年12月号に掲載されたものだ。こういう、元写真を雑誌等から拾ってきて絵を起こすというのは、プロのイラスト屋さんがやると色々問題があるかと思うが、そこは個人の趣味ということで御容赦いただきたい。
今は習作として描いているから良いが、それだといつまでたっても「作品」にならないわけで、その辺、何とかしないとな、とは思っている。
 
ニモ1ももちろん見たことはない(雑誌の発売後まもなく廃車になったようだ。福島交通軌道線自体、71年に廃止されて今はほとんど遺構も残っていないらしい)。が、この貨車にパンタとモーターを付けたようななりたちは、モデラーなら誰しもそそられるものを感じることだろう。
 
これはサブロクだが、ナローに置き換えて模型を作った人もウェブで見かけた。トミーテックのナローシリーズが、その後どうなったのかわからないけど、こんなタイプの電動貨車も、あると楽しいですね。。
 

2017年10月16日 (月)

渡瀬

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雨続きの週末・、加えて当地では気温もぐっと下がり、あまりうれしくない感じですが。
 
暫く撮影などに出かけることがなかったのに、ここのところ続いています。今日は車のホイールバランスを調整し(高速域でシミーが出ていたので)、そのテストが本来の目的でした。最初は一区間ぐらい運転してすぐ帰るつもりでしたが、どうせなら。。
 
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というわけで、ちょうどいい行き先を考えながら運転。ここにたどり着いた。
駅についたらすぐに葛生行きがやってきたので、慌ててカメラを出す。
 
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800系を見たのはこのときだけで、あとは8500の2連ばかりだった。
 
渡瀬には12年前に一度来ている。その時は5050系と、1800系の通勤仕様(青帯)いずれも4両だった。ワンマンになる直前ですね。
 
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1800系はその時の目当ての一つだったが、もう一つ、北舘林荷扱所(もう当時はそうではなくなっていたかな)を見たかったというのがあった。都営とか京王の廃車体もあるような話を聞いていたが、当日見たのはED5060(80?)2両だった。番号板は剥がされていたので、旧番はわからかったが。
 
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それで、今日はなにが止まっているかというと、先ほどの写真でお分かりのように300(350)系のクハと、メトロ03系、そして奥のほうに20000系という感じです。
300のほうは、ほかの3(5)両はどこに行ったか分からないが、クハだけきれいに残っている。保存でも予定しているのだろうか。
 
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メトロのほうは5ドア車を含む編成。既にヘッドライトは外されている。
 
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03、今のところ地方私鉄への譲渡の話は聞きませんが、どうなのでしょうね。
長野電鉄に行った3000系も、そろそろらしいですが。
 
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昔のことはあまり覚えていないが、これを撮影した陸橋は以前からあった。
左側に、工事中の大きな駐車場があるが、以前はここが休耕地かなにか、フラットな草地だった。線路わきにセイタカアワダチソウが繁茂しているが、以前はこれほどではなく、草原越しに走る列車をきれいに撮影できた。
 
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今は工事現場に重機などが置かれていて、撮影には適さない。
その先、20000系が見える。拡大すると、23811という番号が読み取れる。
 
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上下2段に、8両が並べられている。
20000系で8000系を置き換えるのかな、と思っていたのですが、これはどうなのでしょうね。。
日比谷線は、数次にわたり計3、4年ほど通勤に使っていましたが、あまり車両に興味を示したことはなかったな。。たまに東急車が来るとラッキー、ぐらいな感じだったかな。。
それでもいなくなるのは寂しいですが。。
 
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で、まあ、本当を言うと、こういう解体現場というのはそれほど好きではないのです。
元気に走っている列車を撮る方が、心休まります。
 
雨はこの後もずっと降り続けていたが、このときは偶々少し小やみになっていた。
防塵防滴のPentax KP 1 とWRレンズはありがたいです。
 
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とはいえ、暗いのであまり撮影向きではないことは確かですね。。
 
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まあ、そういうわけでした。

2017年10月10日 (火)

101系伊豆箱根塗装

休養に努めた3連休でしたが、3日目は少し時間も空いたし、天気も良かったので近場を訪問してみました。

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とりあえず出発点は北朝霞駅から。
この界隈も、考えてみると40年以上移り変わりを眺めているけれど、ずいぶん変わったねえ。。なんだかここだけ見ていると、阿佐ヶ谷か西荻窪、という感じがしてくる。鹿島神宮駅なんて、この駅と同じころ開業しているし、同じような高架駅だけど、あと40年たっても変わってないんじゃないかな。。そんなこと、比べる方があれですけど。。
 
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205系も普段はすっかり見かけなくなって(自分の行動範囲では)、小さなドア窓がなんか懐かしく感じます。
 
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休日の中央線はどうも人が多すぎて苦手。
 
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多摩川線は2009年5月末(オリジナル101系最後の頃)撮影に行っているのですが、リバーサルの撮影で、手元のスキャンを見ると10枚程度しかなく、それも白糸台周辺しかない。その後、春夏秋冬シリーズが始まったころ、2011年春に自転車で来ています。
 
2009年のときはもう高架で、中央線側がまだ地上だったのかな。もう忘れてしまった。。
 
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ホームについたら、ちょうどこれが来たところでした。
数人の人がカメラを構えている。一般の女性もいました。
 
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なんとなく地下鉄乗り入れ6000系を思い出すけど、伊豆箱根にはあまり結びつかないですね。。
そういえば先日所用で三島に立ち寄りましたが、駿豆線は見そびれました。
 
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反対側から。
 
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東武8000なんかはもうネタ切れ感がありますが(6050は快速塗装と旧快速塗装(水色)があるけど)、その点西武はまだ開拓の余地がありますね。
他社譲渡先でいいなら、上信塗り、流鉄、三岐、近江と、諸国色々ありますから。
 
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何にしても、白塗りはちょっともったいない感じがします。
 
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沿線は住宅が多く、光線の関係もあって撮影が難しい印象が強いです。
 
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この右手に、ちょっとした草原があって撮影できるかな、と思ったのですが、道路が通行止めになっていました。私道なのかもしれません。
 
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これは陸橋の上から撮影しています。
 
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いま気が付いたけど、これ(1249F)にはベンチレータが残っていますね。
それと、柱を黒く塗っているので3000系ぽいところもありますね。
 
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高圧電柱とか、とにかくごちゃごちゃしています。
 
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北多磨車両管理所、昔そういっていたような気がするのですが、ネットで検索すると車両基地といういい方しか出てこないな。
 
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競艇場前駅付近。
 
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一応これで撮影はおわり。
 
是政まで歩きます。それにしても、昔はこの辺まで自転車(ママチャリ)でうろうろできたんだからな。。
 
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せっかくなんだから、西武は黄色で行きましょうよ。
 
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今日は乗れなかったけど、本線ではこちらもまだまだ元気。
 
というわけでした。

2017年10月 9日 (月)

いわつき

相変わらずの低速運転。カメラをPentax KPに替えてからどこかに撮影に行くということをほとんどしていないし、自動車が来てからは移動やらそちらの整備やらでなかなか鉄道に乗る時間も取れない。通勤に利用する電車というのも・・・、この年になるとすっかり無頓着になりますね・。

 
今日も用務のため車利用で出かけましたが、用務終了後ちょっとだけ時間を作って、近くを走る鉄道に乗ってみました。
 
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この色合いは8000系以前の鋼製車の塗装にも通じるものがあり、東武としてはそう違和感のあるものではありませんが、確かに新鮮さは感じますよね。
それにしても、50000系列のオレンジ、60000系の青系、そして70000系は赤と、どうもイメージが定まらない感じがします。30000系以前のステンレス車も、今となってはどうも地味な感じで。。
 
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時々こうして様子を伺いに来るのは、8000が今どうなっているのか、気になるからです。
もうあっという間に増備が進んで、あの8000系王国がすっかり様変わりしてしまったので。
 
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7月に用務で使ったときも、8000を見かけなかったので、どうかな、と思っていましたが。
 
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立て続けに60000を見た後、これが来たのでちょっと一安心。
このあと、今度は8000ばかり次々とやってきたのでうれしい悲鳴。
 
しかし、もともと夕刻ぎりぎりの時間だったので、撮影そのものはもう無理。
 
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ミンデン台車、塗りドアのタイプも健在の様子。
 
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今のカメラは高感度に強いですが、まあ野生動物を撮るわけではないので。
 
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岩槻駅がきれいになったらしい(少し古い話ですが、行ったことなかったので)ので、来てみました。折しも、急行退避のため81110Fがやってきました。
 
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'85年の今頃。なのでこの塗装としてはかなり初期の頃の写真だと思います。あるいはもうすこしあと、11月ごろの写真かな。。前面の番号がまだない頃です(車種はもちろん3000系)。
 
ホーム配置はこの頃も2面3線ですが、1番線ホームが駅舎、改札口と直結し、2,3番線ホームとは跨線橋でつながっているというタイプ。ここは小さいながらも地方都市風の風情が感じられる駅でした。
 
今は橋上駅に変わりましたが、駅舎は蔵造を連想させる凝った作り。駅前の商業ビルに堂々と「岩槻区役所」とあるのが目立ちます。ここまでさいたま市なのだから、大きな町ですね。。
 
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このたたずまい、床下機器の配置とかも、そらで書けるんじゃないかと思えるほどおなじみ。かつてのライバル?103系亡きあと、どこまで頑張ってもらえるのか、注目したいところであります。。
 

2017年9月25日 (月)

ピクトリアルが72系特集

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引っ越しで所蔵スペースがないので、毎月買うのをあきらめたピクトリアルですが、今月は国電72系だそうで、一応史料価値もありそうなので押さえておくことにしました。
 
たしか昔一度やっていたよな、と蔵書を探していたらありましたね。思ったより古くて、17年前のことです。この間表紙の体裁は変わっていないので、写真のように並べるとどちらが近刊かわからないですね。。
 
もっとも、前回は73系と称しており、今回は(戦後型に重きを置いたので)72系とした、とあります。読んでいて、特に後年の車種中心に編集されている感じはしないですけど。
 
折しも先日、徳川夢声の戦中日記を読み返していて、往時の省電に思いをはせていたところでした。夢声氏は当時、工場慰問のため全国を移動していたので、鉄道移動のことに触れているところが多いのです。とはいえ、「鉄」ではないので、京浜線を待っていたらやってきたのがクハ79002だった、などということは書いてありませんが。
 荻窪の自宅で夜更かしをしていると、省電が室内灯を消して回送されている(疎開のためらしい)なんていうことは書いています。
 
20年5月の空襲では、東海方面からの帰宅の際、横浜で足止めを食い、ふと思いついて横浜戦経由で帰宅しています。不景気な2両連結の電車、と書いていますが、何に乗ったのかな?
 
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そうやって、強引に話を振って東神奈川の写真を掲げます。
 
’79年春で、既に青梅五日市、南武線からは旧型は撤退しています。
 
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もうすこしましな写真があるはずですが、あとで探してみます。
既に103系がだいぶ入っていますが、後に京浜東北乗り入れの関係でATC車に置き換わっていきます。
 
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これはまた別の場所、東二見の山陽電鉄車庫。’81年夏。
山電も63型の供給を受けて、比較的遅くまで使われましたが、これは車体載せ替えされたものを倉庫にしたのかな?細かいいきさつは忘れたので、あとで調べておきます。
というわけでした。

2017年9月19日 (火)

上井草駅ホーム改良工事

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6月ごろから工事が進んでいた、西武新宿線上井草駅の改良工事はほぼ終わったようだ。
 
ようだ、と書かざるを得ないのは、残念ながら日々の進捗状況を追える立場にはないからだ。夏以降、沿線を利用する頻度が下がり、用務のために観察する時間もとれない。
 
利便性向上や安全性のため、年々古き良き時代の駅設備が消えていくのはやむを得ないところだが、長年利用していた駅の様子が変わるのはやはり感慨深いものがある。
 
最初の写真は2003年夏。この頃上井草といえば、壁の色は緑だった。
 
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ホーム面のコンクリートブロックを、洒落て斜めに組んであるのが特徴だった。特徴というか、西武のホームはどこもそんな感じで珍しくもなんともなかった。いつの間にかどこも改修が進んで、どこもアスファルトのホームになってしまった。この写真は2001年5月。
 
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壁色の塗り替えを始めたころ。2008年の2月。
 
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同年3月。塗り替えは完了している。この木製のベリーベリーロングシートも特徴の一つで、この頃800号を迎えた鉄道ピクトリアルに取り上げられた(鉄道風景&名所800の〈218〉)。
 
この後、改修工事で仕切りが設けられた。あれは風よけなのだろうか?
 
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奥のほうに見えますね。
 
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改修前の姿。失礼、いつのものか今わからない。。
写真左側の、ホーム端が白っぽくなっているところは、もとの石が古くなって崩れそうになったのを補修している。本格的な補修工事は、やはり必然だったといえる。
 
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私事ですが、この駅を通勤利用した最後の日。
 
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同上。最初の写真に比べると、右のベンチが新しいものになっている。。
 
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今年8月。 線路に面するところの石が取り換えられた。同時にホームがかさ上げされている。
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レール組(古レール?)の上屋柱も、かなりごつい補強が加えられた。奥の緑色の囲いは工事中の状態。
 
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以前はこのピンクの壁の向こうから、夏草が生い茂ってきて、隙間から葉がのぞいていることもあった。
 
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通勤利用時の定位置から撮影。6両目の一番本川越寄りの扉が、上屋ぎりぎりのところだった。
 
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細かいところだが、この柵も取り換えられている。以前は線路わきによくある、コンクリートの柵だった。
 
ときどき高校生が、柵を乗り越えて入ってくるのを見たことがある。あれは改札をどうしてたのかな。。
 
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下りホーム上石神井寄りのホーム表面。補修もされているが、ブロックが雨にさらされて表面に石が見えるほどの状態になっている。
まあ、こうなるまで長く使われていれば、ブロックも本望だったろう。。
 
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ほぼ完成後。やはりのっぺりした印象はぬぐえない。
 
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アスファルト、という材質はどうもあまり好きではないが、今日仕方がないのでしょうかね。。
 
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どうせなら上屋も追加してくれるとよかったのですが。。とはいえ、屋根がないほうが広々とした感じがして、これはこれで悪くない気もしています。
 
ホームドアの普及も進んで、駅施設の表情もますます変わっていくのでしょうね。
という訳でした。

2017年9月 3日 (日)

元町・中華街

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相変わらず時間的、気力的に厳しい状況が続いておりまして、ついに8月は更新を飛ばしてしまいました。。
 
とりあえず、先週所用で横浜に行った時の話を。
 
Fライナー自体はもう話題性がないというか、早く東上線にも指定席の直通特急を走らせてほしいなどと思う昨今ですが、そういいながらまだ横浜まで通しで乗ったことがありませんでした。
 
地上線利用客も、志木か和光市で地上池袋行き急行に接続するので(一部列車)、割と使いでのある列車です。この日は午後の出発だったので最寄駅からずっと座っていけましたが、例えば今朝10時過ぎのFライナーは立っている人もちらほらという感じ。当地の場合、全行程が1時間20分なので、途中であれ座席にありつけないのはちょっときついでしょうね。
 
ちなみに前宅最寄駅から、同じ時間に出かけたとすると、今回の列車よりも15分遅く到着する、ということになるようです。ただ、前宅からだと乗り換え案内で検索すると、東急経由と新宿からJR経由が所要時間的にほぼ互角(横浜地区と捉えた場合)だったので、乗る時間によりどっちを選ぶか、という楽しみはあったな。
 ただまあ、乗り換え回数が多くても、以前は東急渋谷地上駅から始発の特急に乗るのが、一番シンプルでわかりやすかった気がするんだけどね。。
 
さて、帰り道、ホームで列車を待っていたら、S-TRAINが入線してきました。
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エスカレーターでホームに向かっているとき、既に特急券は売り切れたとアナウンスするのが聞こえていました。
 
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ただ、ここから乗車する人はパラパラという程度。おそらく横浜でどっと乗ってくるのかもしれない。
 
例の窓なし席が見える車内。
 
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車いすスペースが素敵に発展したパートナーゾーンですが、ふだんはどんな使われ方をしているのかな。
 
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ドアも黄色にすればよかったのに、と思ったりします。。
 
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夕方5時前後ですが、折り返しはかなり慌ただしいです。
ベイスターズのHMがついたY501F
 
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7000系の最終増備車。そんなに古くない(といっても平成元年)のですが、いろいろな列車が来る中では、多少年齢を感じさせるデザインではありますね。。
 
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池袋どまり。
 
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帰りの列車はこれでした。
ホームドアが設置されると、こんな風な写真も撮れなくなりますね。
というわけでした

2017年7月31日 (月)

池袋新名所ほか

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南池袋の新しいビル正面にてんじされているこれ、私も詳しい事情は全く知らないのですが。。
 
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SNSの情報によると、時折行き先が変わるらしいです。今は通勤急行豊島園になっています。
 
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これは昨秋、2000N系で初めて廃車となった2097Fの、クハ2098なのだそうです。
ウェブを見ていると、廃車後かなり早い時期に解体されてしまったようですが、先頭部だけこうして残されたのですね。
 
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京急のことは詳しくないのですが、この812Fは解説によると79年の製造だそう。
「シン・ゴジラ」に破壊された800が何番だったのか、わかりませんがDVDを止めてみると丸灯の初期車のようです。
 
不完全な写真しか撮れなかったので、ここでは掲げませんが、左奥のほうに東急7700のカットモデルも見えます。これも蒲田行きのようでした。
 
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2000N系の展示は少し早すぎな気もしますが。。西武も廃車が始まると早いから。。
 
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この日は中央総武緩行線も少し撮影。山手線でE235系がだいぶ目につくようになってきたので。
 
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ただ、休日は高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の快速ホームが使えないので、新宿より西方では撮影が難しい。。本数は結構多いけど。
少し待っていると、数本これが走っているのを見かけました。
あまり変わった感じはしないですけどね。。
 
というわけでした。

2017年7月19日 (水)

KATO 181系「しおじ・はと」

転居後も長い間落ち着いて家にいる時間が取れなかったが、それでもようやくレイアウト「うさぎ鉄道」を再開できるようになった。

4月はじめ、人やほかの家具に先立って現宅に移転して以来、3か月ぶりの運転再開だ。
 
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転居記念で新車購入ということも、あまり考えていなかったが、とりあえずマイクロのD52を注文した。本来なら6月末ぐらいに納車のはずだったが、なぜか延期になり、現状8月納車との連絡が来ている。
 
ので、別途発注していた181系が、転居後最初に入線した車両となった。
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これも本当は、最近発売の「あさま・とき」仕様を新品で購入するはずだった。
ところが、検索をしているうちに中古美品で「しおじ・はと」が出ているのを見て、こちらに予定変更。
実物が、というよりはクロハ、モロ、サシなど、華やかな編成が魅力で。
 
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中古で程度は非常に良い、とあったが、残念ながらトラブル発生。
到着して開封したら、クロハの床板が外れていて垂れ下がってしまう。車体側と固定する、座席ユニットにうまく固定できないのだ。おそらく、前オーナーが室内灯か何かをつけようとして失敗したのかもしれない。
 
復旧を試みたがうまくいかず、導光ユニットも外れてしまうなどしたため、このボディの使用は断念。オクでセットバラシ品を買いなおした。
販売店に何か言うこともできたかもしれないが、代替品もないのでこのままとした。もともとかなり安価だったのはそのせいだったのかもしれない。オク購入分の経費を含めると、価格的にはまあまあの水準だ。
まあ仕方ない。
 
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時代考証について考えると、グリーンマークがついているのでモノクラス改正後、「しおじ」廃止の73年春までの4年間の姿、ということになる。
 
この点も含め、昨年導入した153系と通じるものを感じる。あれは普通車の冷改後サシが外されるまでの編成ということで、やはり70年代初期の姿、という見方だった。先頭車がダメになっているのも偶然同じ状況だ。
 
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最初少し脱線を繰り返したが、センターピンのゆるみを発見してはめ直してからは問題ない。このセット、発売時期は2003年ごろと推測されるが、それにしても少しずつ仕様が古い。まずカプラーがアーノルト、今触れたセンターピンは割ピン式、パンタグラフは昔の、幅の広いタイプだ。KATOが181系を発売したのは41年前、1976年の頃だが、基本的にその改良品ということらしい。たぶんM車の床下も、サハと共通なんだろうな。
 
どちらかといえば上越、中央のほうがなじみがあるのに、こちらにしたのは先に触れたように編成に華があり、古き良き時代をほうふつとさせるからだ。
 
既にホームページはネット上から消えてしまったようだが、以前よく拝見した、ボンネット特急のウェブサイトが好きで、よく見ていた。「こだま」時代から70年代前半までの、在来線を走った華やかな列車たちの素敵な記録を読むことができた。
 
古き良き時代、と一言で片づけることはできない。彼女たちは文字通りそれまでの客車列車とは一線を画す、革命的に新しい列車であり、人々に与えた印象もそれだけ強烈なものであったはずだ。「新世代」感は、その後の183や185系などよりずっと強かったはずだ。
 
なぜかこの列車を見ていると、ピーターとゴードンの「愛無き世界」とか、由紀さおりの「夜明けのスキャット」などのメロディが心に流れてくる。

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