2019年7月20日 (土)

中学生の頃作ったレイアウト

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ずいぶん昔に一二度写真を掲載した記憶があるけど、あまり詳しいことかいたことなかったかな。。

撮影したのは昭和52年の、試験休みのころじゃなかったかと思います。この年の夏は学校で岩手のほうに登山にいき、また鉄道研究会だったので、碓氷峠の横川機関区を見学に行っています。家族旅行に行った写真も残っているけど、順番がどうだったのか忘れてしまった。たぶん、横河機関区と前後してこの写真を撮ったのだと思うのだけど。。昔はどこかに出かけて、フィルムが余ったので、適当にその辺の写真を撮って終わらせて、現像に回すとかしていましたね。そういう写真かなと

なので、この写真に写っているレイアウトは未完成です。もっとも、最後まで完成するという形にはならなくて、この年の暮れに廃線になっています。ご覧になるとわかりますが、本線が駅手前で途切れていますね。。

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このレイアウトの原型は、前にも書きましたが鉄道模型趣味74年6月号折り込みの、中尾豊氏の記事です。今のうさぎ鉄道はそのオマージュで、ドッグボーン型の本線、左側に機関庫、奥に川と鉄橋、右側の切通しを抜ける内周線とトンネルに入る外周線などのあしらいは、ここからきています。ほんとうは外周線のトンネル途中から支線が分岐して、レイアウト中央を築堤で横切って左側に駅があるというプランでしたが、この写真には見当たりません。

上の写真の一番右は行き止まりの道と商店街、一段上がったところに空き地(トミーの教会を置く予定だった)。溜池らしきもののわきに貨物駅からの引上線が通っていますが、これはこのレイアウトで一番最初に着手したところです。本来は機関車が貨車の入換えをしながらリバース線を抜けて転向する(蒸気機関車主体のレイアウトでは重要なファクター)ためにあります。草深い山の中に線路が突っ込み、車止めがあるという雰囲気が最高に良くて、一人よくもの思いに浸っていたものでございます。。

で、さいしょに作ったせいかポイントなどの調子が悪く、作り直しているようです。なぜか103系が2両で走っている本線の先、線路は比較的直線気味に走っていますが、ここは本当はもっと手前のほうに曲がっていました。上の全体図を見ると、廃線跡がわかります。

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駅にとまっているのはトミーナインスケールのタキ30002両とワフ28000です。タキのうち1両は今でも元箱付きで残っています。

奥の留置線にいるのは左からトミー香港製DD13茶色、これは当社2代目で、比較的よく走りました。中央はトミーの2軸貨車の下回りを使った自由形デハ104。車体は紙製、屋根はバルサ。ベンチレーターはGM客車キットのガラベンでパンタはたぶん関水PS102。2扉、1段下降窓で、正面は東武モハ1101のような、中央3枚がやや高くなった5枚窓です。塗装は当社標準の窓周り灰、窓上下青の2トーン。雰囲気近いのは京成青電(あれよりは色がはっきりしている)。近代化改装後という設定なので、窓はアルミサッシ、方向幕の小さいのがついています。のちに火災事故復旧で、片側が上信1000型にちょっと似た3枚窓に改装され、どういうわけかその正面部だけクリーム色1色になっていました(バンパーはグレイ)。

車両の説明が長くなってしまいましたが、ホームは本来2面3線で島式のほうは待避線側がカーブした形でしたが、うまく作れなかったらしく、ここも線路を剥がしてホームも直線状のものに取り換えています。このホームはホウの木からの自作。へろへろの屋根はHO波板(機関車の側面ルーバーなどに使う、真鍮プレス製)をはんだ付けしたもの。柱はたぶん古レール。手前のホームは仮置きで、学研の都会型(改良品)というもの。ここにも昔バルサの自作ホームがあったはず。

駅本屋は上の写真には見当たりませんが、この頃は「レイアウト・テクニック」の記事を基に作った日本風のものを自作して置いていました。初代は「シーナリィ・ガイド」の記事から、奈良線玉水駅を模した近代的な建物(表面は石造り風)でした。写真ではトイレだけ置かれているのが見えます。これも自作でした。

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中央の貨物駅も仮置きで、学研の都会型ホームの片割れです。貨物上屋は作りかけているらしいが、もともとホームとともに一度完成させていたような記憶があります(写真でもホームを剥がした跡が見えます)。遠くに機関支区(元のプランではただの駐泊所のはず)が見えます。さいしょはプラン通りに作っていたものの、そのうちだんだん脱線して、当時フライッシュマンで6000円で売られていた(当然当時としても安かった)手動ターンテーブルを設置、切通に突っ込んでいた引上線(ターンテーブルのわきを走り、トンネルに突っ込んでいた)は、なんとなく鉱石積み込み線ということになって、トミーの給炭塔を置いていました。

機関庫はフライッシュマンの石造りで、あまりに日本風ではないので後にバルサ板を表面に張って改装しようとしていました。白く見えるのはトミーの給水タンクで、当然アメリカ風ですが気になるので表面に画用紙を貼って、金属タンクにしようとしています。給水タンクはもともと、缶が金属風ダークグリーン、脚がコンクリート風グレイのものを自作していたのですが、壊したのか気にいらなくなったのかここにはないですね。

ごちゃごちゃしているポイントはミニとリックスのR1対応(要するに小型ポイント。曲線半径192mm)の電動ポイント。名古屋の高校生の人が「とれいん」の交換欄にだしていたのを連絡して買いました。6個買ったかな。まだ持ってると思います。

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機関区側ですね。ターンテーブルに乗っているのは当社唯一の国鉄型蒸機D51(関水)。狭い切通しの手前、GM製詰所のわきから顔を出しているのは、ポイントと一緒に買ったミニとリックスT3型蒸機。さっきのDD13は左に見えます。その手前に、トミータム6000の足回りをとったタンク(たぶんディーゼル燃料供給施設のつもり)。右側に見える廃墟のような建物は、本当ならレイアウト左側に位置するはずだった支線の駅舎らしいです。モデルはたしか、「シーナリィ・ガイド」の記事から久留里線上総亀山の駅舎を参考に作ったと記憶しています。

この写真の後、正面右側(いちばん上の写真で言うと下)のトンネルを完成させ、また奥のほう(同右側)の川も底を作って青く塗り、それらしく仕上げています。上を鉄橋が通るはずでしたが、結局外周線はさいごまで完成せず、内周線しか運行できませんでした。右側切通し(同下側)のカーブの途中に、フレキシブル線路のジョイントがあり、そこで脱線が頻発して悩まされたことをよく覚えています。

制作開始は’76年の6月ごろ。その前にフレームだけ春に完成していて、別のプランが用意してあったのですが途中で心変わりしてちがう配線で着工しています。本格的に作り出したのは夏休みで、冬には内周線がいったん開通し、2交代で列車が走れるようになりました。

その後も制作してはぶっこわしを繰り返していましたが、’77年の12月にいったんご破算にすることにした(フレームは5mm板の上にいくつか角材を置いて、その上に3mm板を乗せた変わった構造で、色々問題があった)ため、廃線、解体してしまします。

’78年の1月には新たに12mmの板に8の字変形のレイアウトを作り、車両も増備してしばらく遊びました。これはシーナリィつきに移行しずらくてまた解体、分割式のレイアウトを作りかけますが、接合が難しくて難航、分割をあきらめて真ん中でつないだタイプを’80年1月ごろ着工して、2年ちょっと手を加えていますが、これも挫折。という具合で5年ほど作っては壊しの連続でした。。

そんな昔話でございました。

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ちなみにフィルムの前後に移っていたひとつがこれです。

大宮駅。わかりにくいけどキハ58の修学旅行塗装(黄色とオレンジ)です。

たぶん横川からの帰りだと思う。

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もうひとつがこれね。

ではでは。

 

2019年7月10日 (水)

うさぎ鉄道のメインテナンス

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レイアウトの天敵はホコリ、と昔から言われています。前宅よりは埃の被害は少ないですが、現状常時出しっぱなしで週に4-5日は運転する(時間は短いですが)状況なので、日常の手入れは欠かせません。

特に樹や草などは埃が溜まって、白っぽくなってしまう。荒っぽいレイアウトですが、やはり何とかしたいところ。

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・・なのですが、作業はなかなか進んでいません。

手前のターフは完全に白くなってしまいました。奥のほうから少しずつ、洗剤と水で清掃しています。

地面、道路も一部ひび割れているところがあり、もう少し補修作業を加速したいところ。

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話は飛びますが、レイアウト上の車を少しグレードアップしようと、初めてバスコレを買ってみました。

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・・これ、この先走ると腹こすりそうですね。。

このシリーズを買うのは初めてですが、最新鋭のバスはうちのレイアウトには似合わないので、色々さがしてこれにたどり着きました。

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・・バスがリアルなだけに、道路状態が。。

ウェブで何買うか物色しているときは、なじみ深い関東バスか西武バスのほうがいいかとも思いましたが、いずれも最新型でしたし、これもそれなりに。。祖父母の家の近くはこれ(国際興業バス。王22系統という意味ではない)が走っていたので、懐かしい感じはします。地方でもこの色で走っていた気が。。確か、盛岡あたりだとこの色や、東急色のバスを見たような気がします。。

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これはトミーテックが会社で動態保存する目的で、譲り受けたバスの模型なのだそうです。

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最初のレイアウト上の写真はPentaxKP+Tamron90mmマクロで撮ったのですが、手持ちで適当に撮ったので被写界深度が稼げない。。

面倒なのでコンデジに持ち替えます。

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エリア的には板橋、北区あたりと、埼玉でも東上線よりは東方面ですかね、国際興業は。ららぽーと富士見にも来ていますが。

覚えているのは、蓮沼のエコーモデルに行くとき、池袋東口の前の三越のあたりから乗っていったこと。

うん、だんだん思い出してきましたね。床がまだ木(旧型電車のような)だったでしょう。これは違うかもしれないけど、リベットもかなり遅くまで使っていた。

方向幕が大きくなったモデルは、経路図の鉄道と連絡する停留所に、そこの電車の前面のイラストが描かれていて、あれはわかりやすいな、と思っていた(西武なら黄色い101系とかの絵)。今のLED表示ではちょっと無理かな。。銀色に帯では、パッと見何線かわかりにくいだろうし。

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うさぎ鉄道にある自動車は、ほとんどが昔もらった缶コーヒー(たしかBOSS)のおまけです。12~3年前、コンビニで売られていたコーヒーには、時折そういうおまけがついていた。なので、フェアレディS30とかコスモ、コロナ1600GT,R32GT-Rとか、スポーツカーばっかり走っています。。今まで置いてあったバスはたしかヨドバシかどこかで買ったもの。あれはどこ製かな?

バスもこうして選んでみると面白そうだけど、あまりはまると何なのでこの辺にしておきましょう。。

 

 

2019年6月30日 (日)

小田急4000型

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こちらへの掲載は遅くなりましたが、鉄コレ小田急4000型(初代)を導入し、N化しました。

購入した日は平成最後の金曜日であった4月26日(たしか)、平成最後の模型購入でした。が、実はもう一つ買ったものがあって、そっちはまだ手を付けていません。

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パーツも一緒に買っています。この時点で東武8173F、8520FはN化する順位が後回しになっています。ラーメン屋さんで、メニューによって注文と提供の順序が前後する場合があります、と断りが書いてあるのと同じですね(どこが?)。

その日のうちに組み立てたのではなく、5月3日に組み付け完了しているので、これが令和最初の新車となりました。

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4000型のことを調べようと思って、家の書架を探してみましたが、うちには保育社カラ―ブックス「小田急」1980、交友社「私鉄電車のアルバム3B 1977、「私鉄電車ガイドブック 西武・小田急・東京モノレール」1978しかなくて、いずれも吊掛車時代の記述しかありません。ピクトリアルの私鉄特集ものは、小田急は買ってないんですね。。

今の人が小田急4000と聞いたら、ふつうにあの狐顔の乗り入れ用車両を思い浮かべるでしょうし。。

高性能化されてからの4000型に、乗ったり見たりした記憶があるかといわれると、よく覚えてないな。。新宿だか代々木だかで、吊掛モーター響かせながら走っていたのは耳に残ってますが。。

関係ないけど、カラーブックスの「東武」がどこか行っちゃって見当たらない。「西武」もどこかに行っちゃってる。「鉄道ファン」69年3月号と12月号(それぞれ101系、5000系が表紙)もずっと探しているのだが。。

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小田急の車両自体、うちに入線するのは初めてです。まあ、京王、京成、京急、南海、西鉄もない。

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・・と、思い出したけど、昔Bトレインを組んだことがあったんだ。

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甥に江ノ電を買ってあげたら、「通勤電車がいい」と拒否されてしまったので、急遽買い直したんだった。もう15年前、2004年のことです。なんか、そんな前のこととは信じられないですけど。

Bトレインも、やめちゃったみたいですね。

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光線の具合とかでいろいろあると思いますが、ロイヤルブルーの色合いがなんとなく浅いような気がしないでもありません。。

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・・ただ、この辺は難しいところで。

面積が小さいとまた見え方も違ってくるし、室内光とか、写真なら撮像素子(昔ならフィルム)でも違ってくる。ペンタックスで撮る西武黄色はいつ見てもなんか変だし。。

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M車はパイオニア台車ではなく、部品を流用しながら新製したらしいですが、ディスクは露出しています。模型では銀色の表現がないので、塗った方がいいかもしれません。

4000型は戦前の2扉中型車を更新(部品流用、車体新製)した車両ですが、紆余曲折を経ながらも次第にグレードアップして、形の上では2600型などと同じような冷房付き、新性能(WN駆動)、エアサス台車まで登り詰めた大器晩成型、出世魚?電車です。

同じような例は西武401系(もと411系を冷房化、足回り新製)、相鉄3100系(おおもとは割り当ての国鉄63型、一部台枠利用、車体新製などで新性能化、最後はVVVF化)、国鉄103系3000番台(もと72系を仙石線用に車体更新、更に川越線用に新性能化、冷房化)、近鉄1000系、1200系(戦前の2200型の主要機器利用、車体新製車。1200は最初から冷房付き。後にWN駆動化)など、まだ私が知らないのもあるかな。近鉄はWN駆動化に際して800系等のモーターを利用してますから、小田急と近いですね。いずれも輸送需要の伸びへの適合、投資タイミングの分散化など、一定の必然性から取られた措置ということなのでしょう。

そういう意味では、東武5000系列もやれば高性能化して、今でも野田線走っていてよかったような気もしますが、総合的にみて時期が合わなかったのでしょうな。2000系の部品を使うとかも難しかったらしいし、2080は冷房つけないし、1800も転用しちゃって両数少なかったし、8000の車体入れ替えるってのもあれだし、どうにももったいなかったねえ。。6050も、もっとちゃんと売り込んであげれば。。

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ちょっと見えにくいですが、出荷時からついている急行江ノ島行き。アマゾンのカスタマーレポートでは、4連の方が小田原行きで6連が江ノ島行きなのは変だ、と突っ込まれています。たしかに6連箱根湯本行き、4連江ノ島行きと多層立てしていた時期があったので、その方が自然な気がしますが、他方6連だけ買えばこれはこれでありのような気もします。いずれにしてもあまり実物知識がなくて、時代考証もよくわからない状態でして。。

多層建て列車、懐かしいです。小田急もそうですが、西武も拝島・西武遊園地行きが多数運転されていて、分割放送もされていました。最初が10両全体、次いで4連の乗客に萩山から西武遊園地に行く旨、6連に拝島に行く旨それぞれ放送(逆だったかもしれません)。小田急も分割するのが普通だった気がしていましたが、いつの間にか。。どんどん知識を更新していかないと、時代に乗り遅れますね。もう手遅れか。。

というわけでした。

7/1追記;一部書きなおしました。買ったその日に組んだように書いてましたが、真意は平成の終りに買って、令和になってから組んだとの意。

 

2019年6月23日 (日)

おけいはん

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3000系(初代)が登場したのは昭和46年春のことで、その頃はおけいはんみたいなのりはなかったかと思いますが・。

関東の東武に相当するのが関西の近鉄で、阪急はやはり東急だとすると、京阪は京王でしょうか。。トラム出身というところも多少つながりがありそうですが。

もっともその例えにも無理があって、空港つながりで京成が南海、海寄りの工業地帯を走る京急は阪神、となると西武と小田急に相当する鉄道がなくなってしまう。。南海はちょっと東武なところもありますね。。

で、京王の5000系と京阪3000、パノラマミックウィンドウのあしらいなど、ちょっと雰囲気近いものがありますね。人を驚かすような斬新さはないが、非常に完成度が高いという。。

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金曜日に、なんとなくウェブを見ていたら京都の模型屋さんに在庫があって、衝動的に買ってしまいました。。

個人的に印象に残る車両の中で、この先製品として顧みられる可能性があまりない車両だろうと思って。

さいきんはそういう意識を持ち始めています。。今、製品企画をしている人たちは、たぶん自分と同じ世代だろうけど、この状態はいつまでも続かないだろうと。東武8000の8Rとか、9000系の登場時姿なんて、今の若い人にはあまり念頭に浮かんでこない姿のはずです。。

それはそうと、3000系はNではエンドウの金属製品が有名でしたね。エンドウは私鉄電車は近鉄30000が最初で、これは欲しかった。14,800円という値段まで覚えています。今思うと割と関西ものをよく作っていて、近鉄はほかに12200、3000系(実物は1編成のみ作られたステンレス、電機子チョッパ車)、8800系(この車種選択も微妙)、初代あおぞらなど。京阪も5000系5扉車を作っています。関東は京王5000,3000(前面が交換できる)、都営10系あたりかな。今ネットで見たら、京成初代AEもあったみたいだけど、覚えてないなあ。

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こうして並べるとほっとしますね。これこそ日本の電車という感じで。

色がまず日本ですよね。関東だとこの黄色は出なくって、もっと原色に近い黄色になってしまう。。京急とか。。

一般車の若草色も、こういう色使いは関東にはないですね。。

などといってたら、今の某銀行色を見るとちょっとあれですが。。

京阪と阪急でくらべたら、京阪の方がずっと京風です。阪急はもともとあれですからね。京都に来てるのは新京阪ですし。。

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実物の窓枠は昔の京急1000(初代)みたいに、アルミサッシュの窓隅にRをつけた、優雅なデザインですが、模型では中央のサッシュのみ表現してそれ以外は省略しています。近くでみると物足りない感じもしますが、エンドウと違って車体がプラなので、ごつくなるのを避けたかったのでしょう。

テレビアンテナはユーザー取り付けですが、まだつけていません。列車無線とか、めんどくさくてつけないことが多いのですが、これはつけないと様にならないですね。。

ちなみに本製品の時代考証はいつ頃なのか、実物知識がないので不明です。。登場時かな。。

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79年8月。ちゃんとした写真があるか探しましたが、こういうへんてこなやつしか残っていませんでした。

中央に移っているのが3600型(T車)です。割とすっきりはしているけど、多少の床下機器はあるようです。今回の模型のように、片側まるっきり床下機器なしということはないです。

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車内は当時見ても普通で、悪くはないですが阪急の木目調、国鉄117系のマホガニー調にくらべ、それほど特色はなかった感じがします。

転換クロスシートは終点で自動転換しますが、当時としてはかなり目新しいものだったようです。

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あまりに下手な写真なので、掲載やめようかと思ったのですがいちおう。

テレビカーはこんな感じでついてました。東武6050の行き先表示を思い出しますね。

当然ですがブラウン管式です。観光バスとかでも、重そうなモニターを天井にぶら下げたりしてましたっけね。

今電車の車内にモニターがついていても何とも思いませんが、当時は。。

205系サハ204にモニターがつくようになたのが平成2年ですからね。6扉車ですが、京阪の5扉車は昭和45年の登場です。京阪、ああみえて相当先進的。。

N化はなにしろかなり使えていて、相当先になりそうです。。

 

2019年6月15日 (土)

大胡駅周辺

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少し前のニュースですが、乗客減少に悩む上毛電鉄が、県や沿線自治体から支援金を受け入れ、併せて老朽化した現用の電車を新車に置き換える計画を発表したとのことです。・・といっても、手元にあるピクトリアル5月号「鉄道の話題」には記載が無く、ウェブのどこかで見たような、という程度(ただしウィキペディアや一部ブログには記載がある)で、詳細は不明です。

上毛を訪れたのがいつ頃からだったか、記憶がありません。雑多な旧型車(その中には今も生き残っているデハ100型も含まれる)を西武の351系あたりが、塗装もそのままに大挙して入線して駆逐したのが80年代のはじめ、次いでこれを東武の3000、更に3050系が受け継いだのが平成の初め頃。しかしそれも長く続かず、当時手ごろな大きさで地方私鉄に引っ張りだこだった京王3000に置き換えられたのが2000年代の初めごろでした。京王3000は当時としては都会的で設備の整ったきれいな電車でしたから、ちょっと驚いたものです。それから20年近く。

ちなみに350型の頃、MDを車内に持ち込んで中央前橋から西桐生まで、吊掛サウンドを生録したことがあります。。今探してみたけど見つからないな。当時は時々そういうことをしていて、碓氷峠廃止直前の「あさま」とか、中央総武緩行線の103系、最後は中央快速線の201系だったかな。201系のときは夕方のラッシュ時で、隣の乗客のおしゃべりが入ってしまってあれでしたけど。

しかしMDも再生機が現品限りだし、データ置き換えもめんどくさいしこのまま音源消滅かな。。

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そんな話はともかく、今回は大胡駅一本釣りです。車で来てしまったので。。

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駅も周辺もきれいに整備されています。駅構内はあまり変わっていない。よく見れば、車庫前の廃車体(もう8年前にはなかったけど)はなくなり、建物も今風にきれいに整備されていますけど。

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デハ101ももちろん大切ですが、こういうたたずまいの電車庫は本当に貴重です・。木造の庫というのはたぶん、もうほかにないんじゃないかな。。

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こちらも休憩中。

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こんなものいたかな、と思って調べたら、デキは東急から、テ241は東武七光台区の倉庫だったものを復元したのだそう。

2011年5月訪問時にも見かけなかったのは、車庫内に車庫内に保管されていたのでしょうか。

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小さすぎて(全長8mぐらい)Nゲージにはしにくいだろうと思ったら、ワールド工芸からお求め安い値段で出てるんですね。

俄然買いたくなったけど、仕掛品が多すぎて厳しいな。。

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今度予約してみたいです。

この日は思い付きで来たし、天気もこのあと酷い雨で(このときも少し降っていました)。。

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もと東武のKS31系っぽいですが、これはたぶん実用に、文字通り「台車」として使っているのではないかと思われます。8年前に来たときはここにパイオニア3台車が置いてありました。

更に昔、30年ほど前の写真を見ると、この倉庫?のあたりは解体作業場のようになっていて、もと西武351のものと思われるがれき―主電動機やらCS-5型主制御器やらが転がっていて、鉄道職員ではなさそうな男女二人-女性のほうは当時の私と同年輩ぐらい-が箒を持ってなにやら片づけをしていました。この人たちはどういう関係の人なんだろう?と思ったのを、今でも覚えています。

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パイオニア台車ですが、西桐生寄りの側線に数台置かれていました。

枕梁付き直接装架台車の仕組みが良くわかりますね。

ボルスタレス台車というのは、この上に乗っかっているやつがないわけです。

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などと思っていたら、監督と目が合ってしまいました。

さっきまで休憩中だと思っていたのですが。

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「なにしにきたん?撮影許可もっとん?」

すみません、ちゃんと敷地外からさつえいしてますんで。。それにしてもなんで埼玉弁なんですか?

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・・さいごはこれ、TR11系ですが、ちょっと珍しいことにこれは枕ばねのところの重ね板ばねが一組しかついていません。部品として別に使われたのでしょうか。。

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けっこう雨が降ってきた。

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ああ、パイオニア3台車は、現役では使ってないのかな。

前乗った時、線路状態があれなのか、底付してえらい乗り心地になっていたことを思い出しました。

350系の頃は、東武時代にはあまり聞けなかった高速(70キロぐらい?)での吊掛サウンドと豪快な乗り心地に酔ったものです。。

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この色は井の頭線時代の面影が強く感じられます。

京王に残った更新後の全面はいただけなかったですね。。

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外で見ている限り、今でもかなりきれいな電車ですが・・。新車はどういうスタイルになるのでしょうか。

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というわけで。

 

 

2019年5月30日 (木)

鉄道コレクション 東武9000系

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色々取り込んでおりますが、機会を逸するとずるずる書かずに行ってしまうので、拙速にて失礼します。

こちら、予約していたのですが届きました。

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9000系9101Fのことは、時間があればあれこれ語ることもできるのですが、いまはとりあえず失礼。

昭和56年10月末頃、有楽町線乗り入れの試作車として登場。8000系以来18年ぶりの新型通勤車でした。

本セットはそんな時期の姿です。

3月に登場した8173Fもそうでしたが、この辺りの企画は私には直球ストライクという感じで。

村上春樹氏は読者から、この小説の主人公は私でしょう、なんで私のこと知ってるんですか?とよく言われるそうですが、鉄コレ企画担当者さん、あなたはいったい。。。

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ちょう懐かしい東上線ロゴ。

小学生の時はこのLook for Nature の意味がわからなくて、中学になって英語勉強すればわかるかな、とおもっていたことを思い出します。

池袋西口に登場業務部があったことなんかも、思い出しますね。。

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ちょっとピントがシャキッと来ません。車番のない正面。たしか、本系列の完成予想図には今の現車の位置に番号がレタリングされていたはずですが、現実には番号表示なしで登場しました。

付属ステッカーには「東武池袋」という行き先表示も入っているようです。

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これまた懐かしい番号プレート。コルゲーションの表現は実物と逆で、幅広い凸部分に溝が彫ってあるような形になっています。

この手法は私が実車登場と同時に作り始めた、本形式のペーパーモデル(1/80., 16.5mm)と同じです。t0.3のプラ版にカキで溝を掘ってコルゲーションを表現しました。すっきり簡単に作るためにはそれが正解だと思いますが、当時は結構悩んで、溝掘ったあとに真鍮線を埋め込もうか、などと考えたものです。

てなわけで、きょうはここまで。

 

2019年5月13日 (月)

マスタードシード

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本ブログ初登場のカテゴリ(グルメ・クッキング)です・・。ふつうならメインブログのほうで書くのですが。。

これはなにかというと;

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こういうお店です。

東武ファンにはかなり有名なお店。

以前から行きたかったのですが、なかなか時間が取れず、ようやく実現しました。

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2両分をL字型に配置して、車内をレストランとして活用しています。

正面から見えるこの部分は、かなりの保存状態。

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・・まあ、実物同様、鋼体の保守には手を焼いているようです。

半鋼製車体だからね。屋根はアーチ形の柱に板を載せて、キャンバスをかぶせる構造だから、雨漏りの保守なんかたいへんでしょうね。

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場所は吹上駅北口の前の道をずっと行って(バスもあるそうです)、新幹線が見えたら左に曲がってしばらくしたところ。

新幹線の車窓からは近すぎて見えませんかね。。

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こちら側の客窓は嵌め殺しになっています。

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貫通幌が立派です。

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絵になります。

7800だと、ジャンパ連結器がつくのはモハですが、本車両(53,58型もそうですが)はクハにつきます。

なので、これはクハです。

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きわめて希少な東芝TT-3A台車です。

昭和27年に、わが国初の直角カルダン駆動を装備して登場したモハ5720の台車でしたが、不調のため昭和36,40年にクハと台車振替の上吊掛駆動に改造されました。

これ、乗ったことないので乗り心地がどんなだったかわからないのですよね。。と、思っていたら、近くの新幹線が通ると、車体が揺れます。。ばねが作用しているのでしょうか。。

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これはD2N型空気圧縮機です。当時の私鉄ではよく使われていたようで、78型にも装備されていました。

のですが、どんな音だったか、今記憶がありません。。

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いよいよ店内へ。

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雰囲気アメリカンな警報機。お店はイタリアンカフェレストランですが、内装アクセサリーはちょっと、いやけっこうアメリカ50年代風のムードも感じられます。私が入店したときはたしかビリー・ホリディがずっとかかっていました。ちょっとCDを探してみようかしら。

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テーブルは普通の飲食店のものですし、壁は改装されていますが、天井はご覧の通り。

もう言葉が出ません。。カバー付き蛍光灯は電車だったころのものでしょうが使っていません。扇風機も一般用です。

客窓はアルミサッシ化されたもので、ヒの字型の錠もなつかしいです(使えないと思います)。

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この天井のカーブもひさしぶりです。小高のスハ43系用屋根板(180円)を幅35mmになるようにカンナで削って、肩をのところを粗目の紙やすりで削るとこんなカーブができるわけですね。仕上げは私の場合、マッハのサンディングシーラーを刷毛塗りして400番ぐらいの耐水ペーパーで水研ぎしていきました。もっと昔は田宮パテとか使っていたのですが、パテは痩せるしムラになるので仕上げが難しかった。。

ん、何の話だっけ?

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お昼に来たのでランチパスタをごちそうになりました。

しらすときのこの和風ソース、パスタは生スパゲティを選択。大手チェーンレストランと決定的に違うのは、スープもサラダもコーヒーも手抜きなくひじょうにおいしいことです。

というわけで、ちょっとうちからは遠いのですがまた来てみたいと思いました。。

 

 

 

2019年5月 2日 (木)

新時代

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今日は一日、令和のお祝いムードに明け暮れた感じがします。

なんだか正月が2度来たようだ、というつぶやきもありましたが、うちでもよく年末にやる、年越列車をやってみました。

今回は平成-令和時代越し列車という訳です。

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手持ちのお召し機はこのC56しかないのでこれを。日章旗がケースに入ってるかな、と思ったけど、これにはついてなかったようです。

御料車も持っていませんので、イベント仕様という観点からマシ35+スイテ49という、非常に特殊な編成を組みまして。。

平成から令和にかけて走らせました。

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1日から各社で記念乗車券が発売されています。

すぐに完売になることは見当がつきますから、朝早く出かける、つもりでしたが色々遅くなり・・。

東武は8時半に行ったら全駅(東上線)完売になっていました。

もっとも、これもなんとなく予想はついていたというか、買うつもりもあまりなかったといか。。

狙っていたのは西武です。こちらも午後には完売の駅が多かったようです。

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とりあえず令和の記念にはこれだけで十分。

もともと記念乗車券の蒐集はあまりしてないので。。冥途まで持っていけないですからね。。

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新時代といえば、機芸出版社がIMON傘下に入って、編集長が前RM編集長であった名取紀之氏に替わったとの話、書く機会がなかったのでこで触れておきます。転居時に処分してしまったらしいが、前回TMSを買ったのは2011年1月号だったと思う。今年に入って丸善の鉄道書コーナーを見たとき、TMSのバックナンバーが全くないことに気がつき、何かあったかな、と思ってはいたのだが。

私が模型趣味を買わなくなったのは、もはや模型工作といえるほどのことをしなくなったからだが、昔は毎号付箋をつけたりして、知識の吸収に努めるほど入れ込んでいた。今回久しぶりに記事や広告を眺めてみたが、広告も随分変わって(カツミの広告がない、というのはネット情報で知っていたが)、機芸社の自社広告が目立つ一方、カワイとかイズミ教材店とか、健在なのに驚いたりする。

あ、うちに平成時代の車両って、E253系とE5系しかいないみたいです。。大正時代は96がかろうじて。

2019年4月29日 (月)

ラビュー新宿線デビュー

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4月27日から5月6日まで、本川越-飯能間に臨時特急むさし90号、小江戸92号が001系ラビューを用いて運行されています。新宿線ではこれが001系の初営業運転となります。

初日は都合で行けませんでしたが、翌日28日に乗ってみました。

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本川越駅を13:05に発車するので、出かけるのは楽でいいですが、いろいろ観光するには中途半端です。

それでも飯能かどこかでちょっと食事でもするべえかと、さいしょは思っていましたが。。早めに出かけたら40分前についてしまい、駅の喫三店で軽くトーストとか食べてしまった。

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ちなみに、駅ホームにあったパン屋は閉店してしまった(3月27日)(><;

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1番ホーム到着。定期運用する場合、2番ホームの改修が必要となるでしょう。

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老若男女、とにかく関心が高いです。

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もっとも、乗車率はまあまあで当日売りで乗れそうでした。

いくつかの追加施策(特別なイベントにつき・・)は、もしかしたら乗車率向上を図るためだったか。

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車両前面のスマイル表示もその一つですが、ちょっとわかりにくいかな。。

LED前照灯はこれから色々なデザインが出てきそうですね。

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黄色系という思い切った座席色とその形状も話題になりました。

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天井も高い。

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これも追加施策。運転台からの全面展望を全車で放映。

もう一つの追加施策は社内BGM。ちょっと前にメトロ日比谷線で話題になったことがありますが、特急なら違和感ないですね。

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閉鎖が決まっているホンダ狭山工場でしょうか。。

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対向は2001F

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所沢で上りレッドアローと邂逅。所沢は4番ホームです。

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池袋線を快走

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小手指

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これが今月入ったC編成かな。レッドアローとの置き換えも6月から始まるようです。

今回乗ったのはA編成で、飯能でもう一本見たので全部一応みました。

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ドット模様は窓の上下で大きくなってますが、中央部にも小さくあしらわれています。特に眺望に影響するということはないです。

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入間市は2番ホーム

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飯能到着。広いデッキ。

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この銀色は特殊な塗装なのだそう。

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折り返し小江戸92号となりますが、その前に西武秩父行きちちぶ17号が来ます。

飯能でいったん降りて、どこか行こうかと思ったけど気が変わり、このまま秩父へ。

秩父でわらじカツでも食べようかと。

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10110編成。

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001が登場するまではこちらが代表列車でしたが。

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西武秩父でRACと邂逅

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ちなみに横瀬で2021Fを見ました。まだそのままの姿を残していたもよう。

40000系コウペンちゃんは留置中だった。52席の至福も見たが、あれはどこだったかな。。

この後改札を出て食事でも、と思ったのですが、改札口から大混雑、駅前のモールもすごいことになっていて、急に面倒くさくなってそのままお花畑まで行ってしまった。

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この駅も人でいっぱいで、これはいかんと。

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まあ座れましたけど。

7505秩父三社トレインだそうです。

乗るたびに思うのですが、東急線内では目立たなかった座席と台車?の固さが、この電車の乗り心地を古典的なものにしてる気がします。

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寄居到着。

逆光が苦しいのは、ホームが混雑して撮影位置までたどり着くのに苦労したから。

寄居駅ホームにあった蕎麦屋は閉店してしまったらしい(><;;⇒長瀞に移転した?

エサなしでひたすら電車に乗るだけになってしまった。。

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待っていたのは81111F。すぐにかなりの座席が埋まってしまいました。

ぼんやりと秩父線ホームを見ていたら、6000系秩父路のリバイバル塗装車がやってきました。

手前のホームにはオレンジ/ベージュの81107Fが来ました。

このあと、小川町で30000系急行池袋行きに乗り換え、森林公園でこんどは川越特急51093Fが来たのでこれに乗り換えました。

川越特急も初乗りです。途中までしか乗りませんでしたが。

 

ま、そんなところです。

SNSでラビューの写真を掲げて、「行ってきます」と書いたら、友人から「どちらへ?」と言われましたが、ちょっとなんですな。。。

 

 

 

 

 

2019年4月20日 (土)

しゃくじいコウペンえき

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やってきました。

ちなみに電車の写真は今回これだけです。悪しからず。

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と、思ったらここにもありました。西武の売店Tomoniですね。

池袋の書店のように、廃車になった40000系の運転台を切って展示しているわけではありません。。

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横から見るとこんなかんじ。

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それで、本題はこちらです。

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この駅名票は北口1か所にしかないようです。

ぐて玉川上水もそうでしたかね。あの頃は家の事情で訪れたりできなかったからな。。

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このキャラクターは初めて見ます。うちには「ぺそぎん」のぬいぐるみがありますが、子ペンギン系はなかなか個性を出しにくいですね。。

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石神井公園駅は前宅時代、例えば事故で新宿線が抑止になったときなどに利用することがありました。バスが使えるので結構バイパス線として便利に使えました。ちょうど高架化の工事が進んでいったころでしたが、途中の様子を撮影するということはしてなかったな。。南口の改札とか、ロータリーとかは懐かしい。

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ロータリーを取り囲むように立ち並んでいた商店街は、なんとなく面影はあるがだいぶ変わっている。

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高橋源一郎氏も通っていたサンメリーは相変わらずありますが、周りの建物はすっかり変わっています。

この先の細い道をバスがしずしずと走る様子は、昔と変わっていません。過度のところにあったマックはなくなった模様。

ちょっと上石神井と似ているのですが、こちらのほうが賑やかさが上。

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2008年6月。2006年の一時期、毎週定期的に利用していたが、この頃はめったに立ち寄らなかった。

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というわけで、バスに乗って帰りました。昔と違って反対方向ですが。

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