• Imgp7484
  • Imgp7213
  • Imgp7212
  • Imgp7210
  • Imgp7470
  • Imgp7469
  • Imgp7447
  • Imgp7444
  • Imgp7410
  • Imgp2181

2019年1月22日 (火)

いろいろごった煮

Imgp7410

先週に引き続き、家に帰ると疲弊していて物事が進まずにいます。
 
ので、雑多なことを書き散らします。。
これは豊春のあたりですが、思ったより障害物が多くて、良い場所を見つけられませんでした。
 
Imgp7444
カット写真と話題があっていませんが、先週末に東上線「川越特急」の情報が解禁に。
50090系の新ラッピング車も登場するようですが、列車自体は非常にトピカルなものでもなかったようです。リバティ投入とか、S-Train東武版とかでしたら、話題沸騰するところですが。ちょっと弱いなあ。
 
Imgp7447
家で疲弊していると書きましたが、鉄コレの動力化作業が進まず、というかパーツは買ったが着手できずうだうだしています。
 
Imgp7484
7800。こちらはN化自体は年明け着手したのですが、あいにく動力ユニットが入手できず、いったん全車動力なし、モハはサモハとして入線するという、戦時仕様での就役となりました。翌週、動力を取り付けましたが、これ(TM-17)、台車のレリーフ(という言葉はネットで知りました)にFS-10が対応していないんですね。付属のレリーフはDT12、DT13、DT17しかありません。なんなんだDT17というのは。70系でも出していたっけ。。せめてDT16にしてくれれば。
 
仕方がないので、とりあえずDT17を履かせています。
もともとセットしてある台車を切り取って、軸受け加工の上接着してしまえば良いみたいですが、また宿題が増える。。
 
のに、次の計画を立てつつもあるのですが。。
 
Imgp7469
ここでインターミッション。
渋滞中にサンルーフ開けて撮影。
 
Imgp7470
鉄博行ったの、もう10年以上前だな。
 
Imgp7210
最後の話題というか、まもなくラッピング解除となるらしい、50092Fです。偶々駅にいたら入線してきたので。
 
Imgp7212
色変わり8000は充実していますが、池袋口の車両はちょっとさいきん寂しくないかな。。
隣の西武は結構賑やかなのにね。
まあ、この編成は思ったよりインパクトありましたけど。
Imgp7213
というわけで、ごった煮でした。

2019年1月14日 (月)

模型店、その他あれこれ

R0011019

近況ですが、色々立て込んでまして、どうもまとまったことができずにおります。
鉄コレのN化も、パーツが揃わなかったり、着手できなかったりして記事が書けません。
 
ので、違う話題を。
 
11日に聞いたニュースとして、銀座天賞堂の本店ビルが建て替えになるため4月から仮店舗に移転、4階のエバーグリーンショップは営業終了、というのが目を引いた。
仮店舗は銀座3丁目になるという。
 
Imgp2180
昭和48年暮に発行された誠文堂新光社「Nゲージ」より。本店ビルはこの頃に竣工したらしい。C57の動輪はいまどこにあるのかな。見たこと、あったかどうか・。
 
このビルのデザインを基にGMがストラクチャーキットを作っていたけど、あれはまだ売っているのかしら。。
 
私が天賞堂に初めて行ったのはたしか中2の頃だったと思う。当時銀座は通常の移動ルート上にはなかったし、模型店は近所にも、また池袋西武しぐなるはうすとか、色々あったので、必ずしも銀座まで行く必要はなかったが、なんとなく都会の中心に出るのがたのしい、というのもあったかもしれない。
 
Imgp2181
「とれいん」’76年3月号。オメガセントラルは3階に設置されていた。欧米のプラ製ストラクチャーキットを多用した、当時の標準的なレイアウトの作り、に見えるが、実際ここまできちんと整備された展示用レイアウトは他にはなかったのではないか。サウンド付のC62が(カンタムサウンドとか出るはるか昔の時代)ラウンドハウスからターンテーブルで転向して、ホームで発車を待っている客車に連結、たしか自動開放も実演してたんじゃないかな。
 
たま~に脱線したりすると、オペレーターの店員さんが恥ずかしそうに手で直していて、ギャラリーから拍手を浴びていたりした。
 
レイアウトは90年ぐらいまであったかな。。舞浜の第5次レイアウトとの間には結構ブランクがあるような気がするんですけど、第5次オメガは見てないんですよね。。
R0011022
天賞堂の場合は建て替えなので、また戻ってきてくれるでしょうからあれですけど、模型店、メーカーもだいぶ変わりましたね。去年でしたか、篠原が廃業し、カツミも目黒の店を閉めて、年末には珊瑚模型店も。。
 
まあこちらはお客ではなかったので、直接の影響は受けていませんし、あまりあれこれいう立場ではないのですが、TMSの広告を毎月つぶさに見てきた身としてはちょっとね。
先日丸善でTMS1月号を立ち読みしましたが(TMSのバックナンバーがぜんぜんなかったけど!?)、後ろの広告ページも少なくなったな。カワイが頑張っているのは奇跡というか、努力のたまものというか、すごいですね。。
 
雑誌といえば、RAIL MAGAZINEでオハ31系の解説記事を載せます、とSNSで触れていたので、買おうかと立ち読みしましたが、内容、写真、レイアウトもう~ん、という感じで、レジには持っていきませんでした。救援車としては長く残りましたが、現役時代の写真は特集組めるほどは集まらないようです。オハ31とワフ28000は、模型では有名だけど実物写真を見ないですね。。
 
鉄コレで東武9001F登場時が、フル編成で5月発売というニュース。37年と少し前、鶴瀬で折り返し試運転していた同車を見た身としては、見逃せない、というか。。37年前の今頃は、1/80,16.5mmで図面を引いてたかな。2月下旬ごろ、日暮里の日光モデルへ行って台車(FS369を流用)を買ってきて、5月ごろにはほぼ完成させていた。自作だとコルゲーションとか、ヘッドライトの造形とかが難しくて。。
 
Img_0059
2011.7 大山-中板橋。これとか、10000系初期車などは、自分が子供の頃の戦前製旧型車の雰囲気と似てきた感じがして、悪くない感じがします。いつごろまで元気でいてくれるやら。
 

2019年1月 3日 (木)

1月1日

Imgp7184

喪中につき欠礼とさせていただきますが、本年もよろしくお願いいたします。
 
正月に線路わきで撮影する、というのは、昔は何度かやりました。碓氷峠にEF63がいたころ、何度か訪れたこと(撮影にいく、というほど撮っていない-時間が限られていたので)があります。
下の写真は2003年正月。前年に買ったNikon F80Dを使いたかったのでしょう。。
Scan12303
 
Scan12302
 
もっとも、もう10年以上そんなことはしていなかったのですが、今年はちょっと気が向きまして。本当は「小江戸」に乗って萩山あたりで撮影、と思っていたのですが、ちょっと間に合わない・・ので。
 
Imgp7055
下赤塚付近。条件は決して良い場所ではないのですが、別に用事もあって、そのついでです。
 
Imgp7066
そういってはなんですが、個々の車両にそれほど興味は・。
とはいえ、こうして1月の透明な空気のもとで写真を撮ると、ある種浄化されたような良さを感じますね。本来影がきつくついて、あまり好ましくない天気ですが、それもまた悪くない。
 
Imgp7088
 
Imgp7105
だいたい見かけるのは10000と30000ということで。 
あと10年たっても、あまり変わってなかったりしそうですね。。
 
Imgp7143
 
Imgp7193
 
Imgp7257
撮影対象としてはいいアクセントですが、乗客として乗るときは。。
 
Imgp7274
もう15歳・。
 
Imgp7287
このあと、IMONに行ったのでした。。
それでは。

2018年12月30日 (日)

良いお年を

Imgp6961

今年も大変お世話になりました。
我が家は喪中なので、正月は特別なことはしないのですが、既に予定が立て込んでいます。
来年もしばらくは鉄に集中できない日が続きそうです。
 
Imgp7002
年末、こちらが到着しました。
7820のオレンジ/ベージュ時代です。
時代的には1963年ごろから1975年ごろまでがこの塗装でしたが、ヘッドライトの形状から1970年頃~の姿と思われます。
 
Imgp7011
生まれて物心ついたころ、東上線の電車はこの塗装でした。
祖母と線路脇で見た電車も、これや8000系などだったと思います。
 
Imgp7012
こうして7800と連結すると、塗装変更が進み始めた1974~75年の姿ということになりますね。 
 
セージクリームの電車を見たのは1974年の5月上旬だったと思います。前書いたかもしれませんが、まず子供たちの間で大変な話題になりました。その時は8000でしたが、7300の塗装変更を初めて見たのは同じ5月の下旬ごろ、池袋の6,7番線(当時)でした。母と一緒でしたが、頼んでしばらく眺めさせてもらったのを覚えています。
 
Imgp7014
ドアはプレスによる補強のついたタイプです。
今の両開きの扉はそう頻繁に交換されるという話は聞きませんが、旧型の場合時折交換するのが普通だったのか(木製ドアの時代頻繁に交換していた名残かもしれない)、後年にはこうした補強の入ったドアを見かけることは少なかったです。珍しかったので、小さいころこのドアを見つけるのが好きでした。
 
側面写真が出ているついでですが、この7820も先の7800も、台車は良好な表現のFS-7ですが、床下機器は旧型国電標準のもので、実物とは異なっています。
鉄コレの床下機器は分割ユニット式なので、やる気があれば直すことは容易にできそうですが。
 
Imgp7016
クロスポイントの78も持っているのですが、まだ探していません。
クロポはもう少し表現が繊細なようです。
 
Imgp7020
前回の78のとき触れませんでしたが、中間連結面のドアが、車体同色になっています。実物は内装色(マヨネーズのようなクリーム色)なので、塗ると感じが出る、気がします。
 
しかし、Nゲージでこの写真のような情景を表現できる日が来るとは。。子供のころ、夢に描いてはいたけれどねえ。。
 
Imgp7024
という訳で東武車をあれこれ並べてみたのですがとても手持ち全部を並べることはできません。「大樹」もどきはただの14系とただのC11です。リニューアル品を買いそびれたので、3月に再生産されたら買いたいです。
 
Imgp7026
2000系の鉄コレも買ってぜんぜん開封していなかったのですが、この機会に。
客車の陰になってしまった53系青帯も、取り出したのは今回が初めて。
 
それでは良いお年を。

2018年12月24日 (月)

静和

Imgp6888

朝、書斎を片づけていたら表で風の音が。外を見ると、雲ひとつない空。
明るいうちにちょっとだけ出かけてみましょうか。
 
Imgp2158
今月のピクトリアルがこの特集でした。
ピクトリアルはいま、毎月買ってはいないのであれですが、ここのところ私鉄の特定系列を特集することが増えましたね。。東急8000はまあ、広がりがあるけど阪急8000というのは意外な感じがしたし、この東武6050というのも、人選に、いや車選に意外感があります。
 
とはいえ、内容は6000系や、日光線快速(料金不要の長距離列車)にも範囲を広げているので、それなりに読みがいがあります。花上氏の昔話も相変わらず読みごたえがあり、設計初期の近郊型/急行型の計画(近郊型は実現せず、6000系に一本化)や、初期設計の低運スタイル(ちょうど17系白帯車を20mにしたみたいな)も興味深く読みました。東上線に6000というのも、そういえば聞いたことがあったなと・。
 
近郊型という、2/3扉セミクロスのスタイルは不思議と(大手)私鉄ではほとんど採用されませんでしたね。路線延長の短い日本の私鉄では近距離と中距離を完全に分けるのは難しいのかな。国鉄(JR)にしても、既に通勤型と近郊型を一般形とまとめてしまいましたし。今の日光線とか、西武池袋、秩父線のように、あるいは中央東線のように、都心部と近郊で車種を分けるのが、合理的なのかもしれません。
 
ただ、ファン心理としてはなんとなく、料金不要の中(長)距離快速専用車両など、魅力的なんですけどね。。子供のころは、よくそういうフリーランスの電車をデザインしたりしたものですが。リバティも、いいんですけど。。、
 
Imgp2161
話が長くなりました。
これは登場当時のファン誌の表紙ですね。さて・。
Imgp6874
前ふりほど撮影は充実していません。
静和駅。初めて来ました。
 
Imgp6906
午後1時過ぎから1時間ほどしか撮影していません。
普通列車は30分に1本で、けっこう10030系が多いです。
 
Imgp6909
8000はもう無理だし、30000系も今やここの運用には回せないですよね。そうすると、10030か10080を使うしかない。ただ、20400が増えてきたら、この区間もそれで統一する可能性はあるでしょうね。
 
あれ(20400)をね、セミクロスにすればいいと思うんですけどね。。編成半分でもいいから。。
 
Imgp6916
直線で遮蔽物がないのはいいのですが、今日のような天気は光の加減が難しい。下り方が順光です。
 
Imgp6917
時間がたてば馴染んでくるかなと思ってますが、まだどうもね。。行きがけに見かけた新型シビックも、ちょっとこれに似てますね。
 
Imgp6928
リバティは3両で実物の編成が組めるので、模型にはちょうどいいと思うのですが、案外製品が出ませんね。。253系は実物が出た年の秋には模型が出てたけどな。。まあ私鉄だからあれか。
 
Imgp6942
架線の陰がこんなになってしまうのだからね。。
 
Imgp6895
100系の後継も近いのでしょうね。
西武001系の試運転情報もあったのですが、また混んでるとあれなのでこっちに来てしまいました。。まあ営業が始まったら。。
 
Imgp6955
というわけで。前パンも一度来たのですが、撮りのがしました(ノ_-。)
 
 

2018年12月16日 (日)

鉄コレ東武78系

Imgp6872

先日の東武ファンフェスタで先行発売され、10日から一般販売が開始された東武78系列です。私は都合でファンフェスタには行けませんでしたが、12号線さんからおすそ分けをいただきました。
どうもありがとうございます。
 
Imgp6873
ガラベン、戸袋窓の処理、連結面など、初期型78の特徴をよく表現しています。SNSでは7807辺りがプロトタイプか、といわれていますが、そこまではわかりません。
 
前にも書きましたが、手元にはクロポの7820型(2連x2)があるのですが、さっき探したらすぐ出てきませんでした。。いずれこちらをNゲージ化したら、並べてみようと思います。。
Imgp4628
ちなみにこれですね(18年2月の記事より再掲)。
クロポのセージクリームは白っぽい、あるいは鉄コレのクリームが濃い目なのか、色が多少違います。旧型車は鋳鉄シューでさび色がついていたので、時間がたつと色が濃くなっていったものでしたが。
ちなみにクロポの台車はDT16の流用です。
 
ところで、一般販売のほう(ネットでは東武マーケットYahoo!店)は10日発売のはずが、当日夜見ても販売の気配がなく、翌日見たらもう売り切れでした。オクでは2倍程度の値付けで取引されている模様。いつの日か、事業者限定ではないカタログモデルになる日も来るかもしれません。
 
Imgp6870
おまけに70000系のティッシュボックスも頂きました。。
 

2018年12月 9日 (日)

鉄道ピクトリアル 近畿日本鉄道特集

Imgp2153

ピクトリアルの特集のうち、東武鉄道の特集は過去のものもかなり網羅していましたが、近鉄の特集はさっぱりです。手持ちの近鉄特集は今回のものを含めて3冊だけです。
ピクの特集は出れば買うというほど徹底はしていなくて、最近では東急の特集も見送っています。書架のスペースがないので、買うときはかなり迷います、さいきんは。
 
近鉄に最後に乗ったのは7年前で、とにかく最近のことはわかりません。時代的には赤一色の一般車と、オレンジとブルーの特急が一番らしく思える世代です。
ので、「いまの近鉄」をすこし勉強しようかと。
 
Imgp2155
本題とずれますが、この2冊を徹底的に頭に叩き込んでいるので・・。なんというか、黒澤明の映画ばかり見ていたフランス人が、あこがれの日本に来てみて唖然とする、みたいなことになりかねない状態です。
 
でもまあ、徐々に世代交代はしているとはいえ、奈良線8000系、大阪線2430系、南大阪線6020系、そして12200や16000あたりの特急車がまだ残っているというのが、奥ゆかしくていいですね。。車両担当者が書いていましたが、特急車で50年、一般車では60年程度の寿命を見込んでいるということですので、長寿でおめでたいお話だという気がします。
 
それにしても、近鉄車両の系譜は、外部の人にはかなりわかりにくい部類に入るのではないでしょうか。。
 
Imgp6842
本特集でも一般形クロスシート車として紹介されていた2600系(のつもり)です。
1980年竣工時は2430系(のつもり)だったのですが、実は中間車は8400系モ8400(のつもり)として1978年にペーパーで自作した車体を、モハ153を改造した足回りで駆動していました。中間車だけ裾絞りの車体というのはインチキが過ぎるため、1983年にキット改造の中間車2両を増備、トイレを設置(=窓を白色プラにした)、動力は早々に廃車になった12200系のものを利用(ちなみにこれはエンドウの30000系ビスタカーと同じもの)し、2600系として生まれ変わりました。づらづらかいて、わかってくれる人がいるのでしょうか。。
 
もとのキットがラインデリア仕様のため、本車両も冷房化以前、いちおう1978年ごろの姿(のつもり)です。排障器は本形式の場合、最初からついていたようですね。なお、動力車以外の台車は、当時指定されていたGMのDT46(直接装架式の、試作車仕様)です。
 
Imgp6846
収納箱に当時のキットの表紙?を張り付けてあります。
GMではエコノミーキットとして長く売られていたと思いますが、今もあるのかな。
たしかこれ、だんだん思い出してきたけど、張り上げ屋根がカーブのところで分割していて(ふつうの103系などと同じところで屋根と車体が分かれている)、パテ盛りしてきれいに仕上げないと継ぎ目が目立ってしまう仕様だったはず。。
 
Scan15130
2600の写真はあるはずなのがすぐ見つからないので、代わりに西大寺で撮った8000系ラインデリア車の写真を。
 
近鉄は通勤冷房車の導入に一瞬迷いがあったようで、昭和42年ごろから各線でラインデリア車(現在一般的な冷房車の補助送風機として使われているものを、換気装置として冷房機なしで装備したもの)を新製配備した。そのせいか、一般車の冷房装備は、クロスシートの機器流用車2680系こそ1971年に作られたものの、在阪私鉄の中ではワンテンポ遅れた。ラインデリア装備車は、従来の車両より屋根のカーブがきつく、屋根全体が低い。8600系などの新製冷房車は逆に屋根がより深く、高くなっている(風道の関係か)。ラインデリア装備に冷房準備という意味合いがあったわけではない。一般車は冷房なしで換気を改善すればよい、というつもりだったのだろう。
 
今となっては、ラインデリア装着の有無でどの程度換気効果がちがったのか、確かめようもないが、少しは涼しかったのでしょうか。。
 というのも、子供のころ自分の部屋には冷房はなく、代わりに「ウインドファン」を付けてもらっていた。窓付け換気扇みたいなものだが、あれ、今でも売ってたら使ってみたい気もするな(冷房、あまり好きじゃないから)。
 

2018年11月18日 (日)

東武モハ7800

Scan14965

東武商事のウェブサイト によると、今年の鉄コレは78型となる(12月2日の南栗橋で先行発売)そうだ。登場時のオレンジ+黄色帯、オレンジ/ベージュ(ツートン)、セージクリームの3バリエーションで、2両と4両のセットがあるが、塗装だけではなく形態にも変化がある。
 登場時の黄色帯バージョンは前照灯が白熱灯1灯、ドアがプレス飾りつき、これとツートンは7820型だが、セージクリームのほうは7800型で、前面、通風器、戸袋窓などが異なる。
 
以前にも7300型が発売されたことがあるし、7820はクロスポイントからキットが出ていて、私も4両組んだが、7800型は初めてかと思う。
 
ここで78系のバリエーションを軽くおさらいしてみましょう。
 
モハ7800(1952-1954)
国鉄モハ63(モハ6300、のちに7300)の導入を受けて、自社設計した東武初の20m4扉車。最初はモハ7330と称した。
 製造当初は窓にHゴムは用いられず、内装(内張り)、窓枠は木製。日よけは金属製の鎧戸。通風器はガーランド型。連結面は戦前のモハ40のように丸屋根。
 機構的には一般的な旧型国電と同様の1M式。モハの台車はFS-10だが、クハはTR25,NL-1(FS-10類似)。
1966年発行の私鉄電車ガイドブックでは既に改装後の姿が掲げられている。正面がHゴム化され、ドアもHゴム支持のものに取り換えられている。車内の写真を見るとドア部中央にスタンジョンポールが立っている。ヘッドライトは1灯だが、この系列のみステーの付いたタイプで砲弾型ではない。70年代までに、いずれもシールドビーム2灯に改造される。
 
1965年から66年にかけて一部の車両が中間車化され、4両固定編成になった。長くなるので以後車番等の明細は一部省略するが、7800については7802+802、7803+803、7804+804、7805+805が中間車化され、それぞれの運転台方向が向き合う形で組み込まれた。即ち、818+7802+802+7818のように。7800に関しては、4両固定は東上線のみに見られたようだ。というより、東上線の7800型はすべて4両固定だった。
 
私がこの車両を初めて意識したのは1975年の初め頃(小学5年)で、塾帰りに乗った電車が余りにも古風な内装なのに驚いて、川越まで乗り越したことをよく覚えている。中間化された連結面はもとの丸みを帯びた縦断面がそのままで、余計に古臭く感じた。ほかの73,78は戸袋窓がHゴムだが、これのみ木製で日の字型をしていた。ドアの沓摺は、以後の車両がグリーンのゴムシートなのに対しこれのみ鉄板(網目がついていたはずだが、擦り切れて銀色に光っていた)だった。
 
とはいえ、性能はその後も基本的に変わらないし、乗り心地も同じだった。
 
Scan15179
1979年春、竣工した5000系(既に53型改造の同型があったが、これを3070型と改称して2代目を襲名した)は、この7800型が種車であった。7800がなくなるかも、と思い、狙い撃ちすべく沿線で待ったが、数が少ないのであまり撮れなかった。これは珍しい急行寄居行き。下板橋。トリミングしているが、もとはかなりお粗末な後撃ち。
 
Ntn44b3
志木の電留線に憩う。鎧戸式の日よけが見える。この頃は当時の8000と同じ、クリームの内装(ペンキ塗り)にラクダ色のモケットだが、こうなったのは1969年ごろからで、それ以前は国鉄風の薄緑、青シートだった。この変化については子供のころ、わずかに覚えている。クハなのにパンタ歩み板みたいのがついているが、これは当初からの仕様で、パンタを撤去したわけではない。
 
いかん、軽くといいながら、くどくど書いてしまった。7801、2は後パンとか、そういう話はまた別の機会に。
 
モハ7890(1956)
製造当時は7850型と称した。以後の増備車のもととなった形で、車幅がわずかに広くなり、内装と窓枠が金属になり、戸袋窓もHゴムになる。ヘッドライトは砲弾型。ベンチレータは国鉄80系に似た押し込み型。連結面は半切妻というか、屋根の部分に丸みを持たせた独特の形。この形式からMTユニット式になり、補機が一部クハに搭載される。
本形式最大の特徴はクハにトイレがついていたことだが、昭和46年に撤去された由。4編成のみの小世帯で、本線のみの配置。見たことはあるがほとんど記憶がない。
 
モハ7820(1957-1959)
一族の中では最も両数が多い。制御器の違いで前期型、後期型に分かれる。日よけは普通のサランカーテンで、緑系の色をしていた。4両固定は東上線に1本いたが、残りは本線系統で活躍した。東上線では池袋寄りに73か78の4両固定、それに7820の2両固定を1,2組連結して6両から8両を組成していた。いわゆるブツ6は本線では見た気がするが、東上線では記憶がない。
 
モハ7860(1958)
この形式のみ日立の製造。今は日立製の電車は珍しくないが、以前はこれが唯一の存在だった。特徴は屋根を鋼板として全鋼製となったこと。半鋼製というのは、屋根断面の形をした金属性の柱に、長手方向に板切れを並べて、上にキャンバスを貼るというつくりだったらしい。7865は踏切事故で運転台側のみ、8000系(もちろん製造時の)の運転台に準じた高運転台に改造された。たしか北千住かどこかで一度見たが、写真は撮りそびれた。本線系のみで活躍した。
 
モハ7870(1960,1961)
最終型は再び半鋼製となるが、連結面が広幅(ドアなし)となり、窓枠がアルミサッシュとなる。1960年製は前パン、61年製は連結面に設置。東上線は61年製のみの配置だった。
1961年といえば地下鉄乗り入れ用2000系が登場した年である。西武はまだ吊掛け車100%だったが、京王は2000系、小田急は2400系、東急は5000系を作り終えて6000系を作っていた(いずれも初代)ころである。実はこれが打ち止めではなくて、7300の車体更新はこの7870に準じた仕様で1964年まで続く。車体更新といってもボディは基本新造である。
 
だから、小学生時代、友達と(8000系冷房車などと比較して)「ボロ電」などと揶揄していた73,78型は、当時まだ車体新造してから10年ほどしかたっていなかったことになる。。
 
まとまりはない文章になってしまいました。
鉄コレ78ですが、資金を工面するか。。
 

2018年11月12日 (月)

元加治、週末雑記

Imgp6746

土曜日は用務があり、入曽のイベントには行けなかったのですが、日曜日は日中時間があったので何かしようかと。
 
そういえば元加治の鉄橋はまだ行ったことがないし、比較的近いのでレッドアローでも撮ろうかと画策。車を出した。
 
Imgp6753
ところが、地図で見るとそれほどでもないと思ったが、所沢からほぼ池袋線沿線をなぞる国道は、各所で渋滞してさっぱり進まない。帰りにナビを使ったら、もっと近いルートがあった。おまけに元加治付近で道を間違えて、飯能市内まで行ってしまった。
 もうこの辺で気持ちが萎えてしまう。。
 
Imgp6763
撮影のとき、ふと思い出して西武線アプリを立ち上げた。下りにレッドアロークラシックが入間市付近。上りは普通のレッドアローが出発したばかり。とりあえず上りを狙って、それから下り方面に移動しようと思っていたら。。
 
先行してきたのは下りレッドアローだった。。
西武線アプリはカーナビではないので、そこまでの精度を求めるのは無理なようです。。
 
Imgp6771
最初に特急がまとめて来てしまったし、夕方用事もあるのでそこそこに引き上げる。結局、車で渋滞の中を泳いだだけになってしまった。。
 
Imgp6791
またいずれ。
 
Imgp7177
撮影もそうだが、どうもこの週末はご難つづき。
C50は上り勾配を客車(オハ31)6両牽くとスリップが酷い。ゴムタイヤを交換した。
Imgp7180
車体上下を分解して、更にキャブ下のパイピングを取らないと作業は難しいが、車体が簡単に外れなさそうだったので、第二動輪とメインロッドのピンを外してなんとかはめ込んでしまった。。とりあえず復活だが、さすがに車齢32年なので、運転には注意しないといけないのかも。
後ろに見える電機はフライッシュマンのE103型だが、内周線を走行中の貨物列車が脱線、緩急車が外周線に倒れこみ、巻き添えを食って45センチ下の床に転落してしまった。
Imgp7186
 
車体と下回りが外れてしまったので、車体をかぶせなおしたが、電源を入れても反応しない。
上の基盤を外したがよくわからないので、時間を見てさらに分解する必要がありそう。
 
こちらも車齢31年だが、これまで走行に不安を感じたことはなかった。E103はちょうど日本のEF65みたいな存在で、全盛期(もEF65とほぼ同じ)には各社で製品化されていたが、今入手するのは国内ではかなり難しいかも。
 
Imgp9695
36年前のトミックスEF64 1000。以前にも書いたような気がするが、数年前から(前宅にいるころから)不調で走行にムラがあり、半分休車状態だったが、今回クリンビューシリコンスプレー(ホームセンターで198円で売っていた)をギアに噴霧したら、かなり復活した。もう普通に使えるかもしれない。。このシリコンスプレー、かなり使える印象。従来KURE5-56を使ってもうまくいかなかった車のドアミラーやATセレクターも、これを使ったら一発で回復した。べたつかないし、埃もつかない。模型にも広範に使えそう。

2018年11月 9日 (金)

水野良太郎氏

漫画家、エッセイストとして活躍されていた水野良太郎氏が10月30日に亡くなられた。82歳だった。

 
水野氏といえば、模型界では各誌に盛んに寄稿されていたことで知られる。印象深いのは70年代初めから連載の始まった、「鉄道模型趣味」誌上の1コマ漫画だ。
 
 昔朝日、読売等によく掲載されていた政治漫画(いまもあるのかしら。アメリカ版のはネットでよく見かけるけど)と似た手法で、こっちは子供だったから時には難しく感じることもあったし、絵柄も子供にはなじみにくいものだった。だが、今見返すとかなりレベルの高い漫画であることがわかる。
 
Imgp2130
TMS1976年8月号。 訃報を聞いて急遽実家から持ってきた。
ふだんは1枠だけの連載だが、この号は夏休み特集ということで、数ページにわたり漫画が掲載された。
 
Imgp2131
こどもにはかなり刺激が強かったですね。。
テーブルに置きっぱなしにしていたら、偶々来ていた祖父が読んでいたよ、と母から言われて、なんだか恥ずかしい気がしたことを思い出す。。
 
Imgp2132
あまり引用するのは差しさわりがありますので、あれですが、こういうところから大人の世界を垣間見たものですね。。
 Imgp2133
美人の描き方がどことなく小島功さんを連想させる様式ですね。
こういう絵柄、とっても久しぶりに見る思いがします。
 
Imgp2128
水野氏のホームレイアウトを紹介した号。
この号の「ミキスト」(山崎主幹のエッセイ)でも水野氏について触れており、かなりのアメリカ大型機(蒸機)ファンであるとされている。
 
Imgp2129
レイアウトもアメリカ風だが、欧州型、日本型もコレクションの対象であったらしい。
後年の記事を見ても、多様な模型を楽しまれていたようだ。
 
Imgp2127
77年に刊行された「鉄道模型入門」(廣済堂出版)。本当は「入門」などではなく、自分の楽しみ方を書きたかったが、版元の要請でこうなったとはこれも「ミキスト」からの受け売り。水野氏はこの時代の各界の趣味人の方に多かった、欧米風趣味生活者?のひとりで、著書にもその考え方がよく表れている。反オタクといっては語弊があるかもしれないが、あまり血眼でカッコ悪いのはお好きではなかったようだ。
 
その影響は多少なりとも私も受けていると思う。
 
ご冥福をお祈りいたします。

«西武新型特急 回着