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2018年12月 9日 (日)

鉄道ピクトリアル 近畿日本鉄道特集

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ピクトリアルの特集のうち、東武鉄道の特集は過去のものもかなり網羅していましたが、近鉄の特集はさっぱりです。手持ちの近鉄特集は今回のものを含めて3冊だけです。
ピクの特集は出れば買うというほど徹底はしていなくて、最近では東急の特集も見送っています。書架のスペースがないので、買うときはかなり迷います、さいきんは。
 
近鉄に最後に乗ったのは7年前で、とにかく最近のことはわかりません。時代的には赤一色の一般車と、オレンジとブルーの特急が一番らしく思える世代です。
ので、「いまの近鉄」をすこし勉強しようかと。
 
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本題とずれますが、この2冊を徹底的に頭に叩き込んでいるので・・。なんというか、黒澤明の映画ばかり見ていたフランス人が、あこがれの日本に来てみて唖然とする、みたいなことになりかねない状態です。
 
でもまあ、徐々に世代交代はしているとはいえ、奈良線8000系、大阪線2430系、南大阪線6020系、そして12200や16000あたりの特急車がまだ残っているというのが、奥ゆかしくていいですね。。車両担当者が書いていましたが、特急車で50年、一般車では60年程度の寿命を見込んでいるということですので、長寿でおめでたいお話だという気がします。
 
それにしても、近鉄車両の系譜は、外部の人にはかなりわかりにくい部類に入るのではないでしょうか。。
 
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本特集でも一般形クロスシート車として紹介されていた2600系(のつもり)です。
1980年竣工時は2430系(のつもり)だったのですが、実は中間車は8400系モ8400(のつもり)として1978年にペーパーで自作した車体を、モハ153を改造した足回りで駆動していました。中間車だけ裾絞りの車体というのはインチキが過ぎるため、1983年にキット改造の中間車2両を増備、トイレを設置(=窓を白色プラにした)、動力は早々に廃車になった12200系のものを利用(ちなみにこれはエンドウの30000系ビスタカーと同じもの)し、2600系として生まれ変わりました。づらづらかいて、わかってくれる人がいるのでしょうか。。
 
もとのキットがラインデリア仕様のため、本車両も冷房化以前、いちおう1978年ごろの姿(のつもり)です。排障器は本形式の場合、最初からついていたようですね。なお、動力車以外の台車は、当時指定されていたGMのDT46(直接装架式の、試作車仕様)です。
 
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収納箱に当時のキットの表紙?を張り付けてあります。
GMではエコノミーキットとして長く売られていたと思いますが、今もあるのかな。
たしかこれ、だんだん思い出してきたけど、張り上げ屋根がカーブのところで分割していて(ふつうの103系などと同じところで屋根と車体が分かれている)、パテ盛りしてきれいに仕上げないと継ぎ目が目立ってしまう仕様だったはず。。
 
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2600の写真はあるはずなのがすぐ見つからないので、代わりに西大寺で撮った8000系ラインデリア車の写真を。
 
近鉄は通勤冷房車の導入に一瞬迷いがあったようで、昭和42年ごろから各線でラインデリア車(現在一般的な冷房車の補助送風機として使われているものを、換気装置として冷房機なしで装備したもの)を新製配備した。そのせいか、一般車の冷房装備は、クロスシートの機器流用車2680系こそ1971年に作られたものの、在阪私鉄の中ではワンテンポ遅れた。ラインデリア装備車は、従来の車両より屋根のカーブがきつく、屋根全体が低い。8600系などの新製冷房車は逆に屋根がより深く、高くなっている(風道の関係か)。ラインデリア装備に冷房準備という意味合いがあったわけではない。一般車は冷房なしで換気を改善すればよい、というつもりだったのだろう。
 
今となっては、ラインデリア装着の有無でどの程度換気効果がちがったのか、確かめようもないが、少しは涼しかったのでしょうか。。
 というのも、子供のころ自分の部屋には冷房はなく、代わりに「ウインドファン」を付けてもらっていた。窓付け換気扇みたいなものだが、あれ、今でも売ってたら使ってみたい気もするな(冷房、あまり好きじゃないから)。
 

2018年11月18日 (日)

東武モハ7800

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東武商事のウェブサイト によると、今年の鉄コレは78型となる(12月2日の南栗橋で先行発売)そうだ。登場時のオレンジ+黄色帯、オレンジ/ベージュ(ツートン)、セージクリームの3バリエーションで、2両と4両のセットがあるが、塗装だけではなく形態にも変化がある。
 登場時の黄色帯バージョンは前照灯が白熱灯1灯、ドアがプレス飾りつき、これとツートンは7820型だが、セージクリームのほうは7800型で、前面、通風器、戸袋窓などが異なる。
 
以前にも7300型が発売されたことがあるし、7820はクロスポイントからキットが出ていて、私も4両組んだが、7800型は初めてかと思う。
 
ここで78系のバリエーションを軽くおさらいしてみましょう。
 
モハ7800(1952-1954)
国鉄モハ63(モハ6300、のちに7300)の導入を受けて、自社設計した東武初の20m4扉車。最初はモハ7330と称した。
 製造当初は窓にHゴムは用いられず、内装(内張り)、窓枠は木製。日よけは金属製の鎧戸。通風器はガーランド型。連結面は戦前のモハ40のように丸屋根。
 機構的には一般的な旧型国電と同様の1M式。モハの台車はFS-10だが、クハはTR25,NL-1(FS-10類似)。
1966年発行の私鉄電車ガイドブックでは既に改装後の姿が掲げられている。正面がHゴム化され、ドアもHゴム支持のものに取り換えられている。車内の写真を見るとドア部中央にスタンジョンポールが立っている。ヘッドライトは1灯だが、この系列のみステーの付いたタイプで砲弾型ではない。70年代までに、いずれもシールドビーム2灯に改造される。
 
1965年から66年にかけて一部の車両が中間車化され、4両固定編成になった。長くなるので以後車番等の明細は一部省略するが、7800については7802+802、7803+803、7804+804、7805+805が中間車化され、それぞれの運転台方向が向き合う形で組み込まれた。即ち、818+7802+802+7818のように。7800に関しては、4両固定は東上線のみに見られたようだ。というより、東上線の7800型はすべて4両固定だった。
 
私がこの車両を初めて意識したのは1975年の初め頃(小学5年)で、塾帰りに乗った電車が余りにも古風な内装なのに驚いて、川越まで乗り越したことをよく覚えている。中間化された連結面はもとの丸みを帯びた縦断面がそのままで、余計に古臭く感じた。ほかの73,78は戸袋窓がHゴムだが、これのみ木製で日の字型をしていた。ドアの沓摺は、以後の車両がグリーンのゴムシートなのに対しこれのみ鉄板(網目がついていたはずだが、擦り切れて銀色に光っていた)だった。
 
とはいえ、性能はその後も基本的に変わらないし、乗り心地も同じだった。
 
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1979年春、竣工した5000系(既に53型改造の同型があったが、これを3070型と改称して2代目を襲名した)は、この7800型が種車であった。7800がなくなるかも、と思い、狙い撃ちすべく沿線で待ったが、数が少ないのであまり撮れなかった。これは珍しい急行寄居行き。下板橋。トリミングしているが、もとはかなりお粗末な後撃ち。
 
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志木の電留線に憩う。鎧戸式の日よけが見える。この頃は当時の8000と同じ、クリームの内装(ペンキ塗り)にラクダ色のモケットだが、こうなったのは1969年ごろからで、それ以前は国鉄風の薄緑、青シートだった。この変化については子供のころ、わずかに覚えている。クハなのにパンタ歩み板みたいのがついているが、これは当初からの仕様で、パンタを撤去したわけではない。
 
いかん、軽くといいながら、くどくど書いてしまった。7801、2は後パンとか、そういう話はまた別の機会に。
 
モハ7890(1956)
製造当時は7850型と称した。以後の増備車のもととなった形で、車幅がわずかに広くなり、内装と窓枠が金属になり、戸袋窓もHゴムになる。ヘッドライトは砲弾型。ベンチレータは国鉄80系に似た押し込み型。連結面は半切妻というか、屋根の部分に丸みを持たせた独特の形。この形式からMTユニット式になり、補機が一部クハに搭載される。
本形式最大の特徴はクハにトイレがついていたことだが、昭和46年に撤去された由。4編成のみの小世帯で、本線のみの配置。見たことはあるがほとんど記憶がない。
 
モハ7820(1957-1959)
一族の中では最も両数が多い。制御器の違いで前期型、後期型に分かれる。日よけは普通のサランカーテンで、緑系の色をしていた。4両固定は東上線に1本いたが、残りは本線系統で活躍した。東上線では池袋寄りに73か78の4両固定、それに7820の2両固定を1,2組連結して6両から8両を組成していた。いわゆるブツ6は本線では見た気がするが、東上線では記憶がない。
 
モハ7860(1958)
この形式のみ日立の製造。今は日立製の電車は珍しくないが、以前はこれが唯一の存在だった。特徴は屋根を鋼板として全鋼製となったこと。半鋼製というのは、屋根断面の形をした金属性の柱に、長手方向に板切れを並べて、上にキャンバスを貼るというつくりだったらしい。7865は踏切事故で運転台側のみ、8000系(もちろん製造時の)の運転台に準じた高運転台に改造された。たしか北千住かどこかで一度見たが、写真は撮りそびれた。本線系のみで活躍した。
 
モハ7870(1960,1961)
最終型は再び半鋼製となるが、連結面が広幅(ドアなし)となり、窓枠がアルミサッシュとなる。1960年製は前パン、61年製は連結面に設置。東上線は61年製のみの配置だった。
1961年といえば地下鉄乗り入れ用2000系が登場した年である。西武はまだ吊掛け車100%だったが、京王は2000系、小田急は2400系、東急は5000系を作り終えて6000系を作っていた(いずれも初代)ころである。実はこれが打ち止めではなくて、7300の車体更新はこの7870に準じた仕様で1964年まで続く。車体更新といってもボディは基本新造である。
 
だから、小学生時代、友達と(8000系冷房車などと比較して)「ボロ電」などと揶揄していた73,78型は、当時まだ車体新造してから10年ほどしかたっていなかったことになる。。
 
まとまりはない文章になってしまいました。
鉄コレ78ですが、資金を工面するか。。
 

2018年11月12日 (月)

元加治、週末雑記

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土曜日は用務があり、入曽のイベントには行けなかったのですが、日曜日は日中時間があったので何かしようかと。
 
そういえば元加治の鉄橋はまだ行ったことがないし、比較的近いのでレッドアローでも撮ろうかと画策。車を出した。
 
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ところが、地図で見るとそれほどでもないと思ったが、所沢からほぼ池袋線沿線をなぞる国道は、各所で渋滞してさっぱり進まない。帰りにナビを使ったら、もっと近いルートがあった。おまけに元加治付近で道を間違えて、飯能市内まで行ってしまった。
 もうこの辺で気持ちが萎えてしまう。。
 
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撮影のとき、ふと思い出して西武線アプリを立ち上げた。下りにレッドアロークラシックが入間市付近。上りは普通のレッドアローが出発したばかり。とりあえず上りを狙って、それから下り方面に移動しようと思っていたら。。
 
先行してきたのは下りレッドアローだった。。
西武線アプリはカーナビではないので、そこまでの精度を求めるのは無理なようです。。
 
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最初に特急がまとめて来てしまったし、夕方用事もあるのでそこそこに引き上げる。結局、車で渋滞の中を泳いだだけになってしまった。。
 
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またいずれ。
 
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撮影もそうだが、どうもこの週末はご難つづき。
C50は上り勾配を客車(オハ31)6両牽くとスリップが酷い。ゴムタイヤを交換した。
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車体上下を分解して、更にキャブ下のパイピングを取らないと作業は難しいが、車体が簡単に外れなさそうだったので、第二動輪とメインロッドのピンを外してなんとかはめ込んでしまった。。とりあえず復活だが、さすがに車齢32年なので、運転には注意しないといけないのかも。
後ろに見える電機はフライッシュマンのE103型だが、内周線を走行中の貨物列車が脱線、緩急車が外周線に倒れこみ、巻き添えを食って45センチ下の床に転落してしまった。
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車体と下回りが外れてしまったので、車体をかぶせなおしたが、電源を入れても反応しない。
上の基盤を外したがよくわからないので、時間を見てさらに分解する必要がありそう。
 
こちらも車齢31年だが、これまで走行に不安を感じたことはなかった。E103はちょうど日本のEF65みたいな存在で、全盛期(もEF65とほぼ同じ)には各社で製品化されていたが、今入手するのは国内ではかなり難しいかも。
 
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36年前のトミックスEF64 1000。以前にも書いたような気がするが、数年前から(前宅にいるころから)不調で走行にムラがあり、半分休車状態だったが、今回クリンビューシリコンスプレー(ホームセンターで198円で売っていた)をギアに噴霧したら、かなり復活した。もう普通に使えるかもしれない。。このシリコンスプレー、かなり使える印象。従来KURE5-56を使ってもうまくいかなかった車のドアミラーやATセレクターも、これを使ったら一発で回復した。べたつかないし、埃もつかない。模型にも広範に使えそう。

2018年11月 9日 (金)

水野良太郎氏

漫画家、エッセイストとして活躍されていた水野良太郎氏が10月30日に亡くなられた。82歳だった。

 
水野氏といえば、模型界では各誌に盛んに寄稿されていたことで知られる。印象深いのは70年代初めから連載の始まった、「鉄道模型趣味」誌上の1コマ漫画だ。
 
 昔朝日、読売等によく掲載されていた政治漫画(いまもあるのかしら。アメリカ版のはネットでよく見かけるけど)と似た手法で、こっちは子供だったから時には難しく感じることもあったし、絵柄も子供にはなじみにくいものだった。だが、今見返すとかなりレベルの高い漫画であることがわかる。
 
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TMS1976年8月号。 訃報を聞いて急遽実家から持ってきた。
ふだんは1枠だけの連載だが、この号は夏休み特集ということで、数ページにわたり漫画が掲載された。
 
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こどもにはかなり刺激が強かったですね。。
テーブルに置きっぱなしにしていたら、偶々来ていた祖父が読んでいたよ、と母から言われて、なんだか恥ずかしい気がしたことを思い出す。。
 
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あまり引用するのは差しさわりがありますので、あれですが、こういうところから大人の世界を垣間見たものですね。。
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美人の描き方がどことなく小島功さんを連想させる様式ですね。
こういう絵柄、とっても久しぶりに見る思いがします。
 
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水野氏のホームレイアウトを紹介した号。
この号の「ミキスト」(山崎主幹のエッセイ)でも水野氏について触れており、かなりのアメリカ大型機(蒸機)ファンであるとされている。
 
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レイアウトもアメリカ風だが、欧州型、日本型もコレクションの対象であったらしい。
後年の記事を見ても、多様な模型を楽しまれていたようだ。
 
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77年に刊行された「鉄道模型入門」(廣済堂出版)。本当は「入門」などではなく、自分の楽しみ方を書きたかったが、版元の要請でこうなったとはこれも「ミキスト」からの受け売り。水野氏はこの時代の各界の趣味人の方に多かった、欧米風趣味生活者?のひとりで、著書にもその考え方がよく表れている。反オタクといっては語弊があるかもしれないが、あまり血眼でカッコ悪いのはお好きではなかったようだ。
 
その影響は多少なりとも私も受けていると思う。
 
ご冥福をお祈りいたします。

2018年10月28日 (日)

西武新型特急 回着

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金曜日の昼頃、SNSのグループから下松の日立を出たという情報がもたらされた。

そのときはどうするか、甲種回送を追うなんて大変だし、撮影に行くつもりもなかったのだが、新秋津に9時ごろ到着すると聞いて、それなら所沢で待っていようかと思いなおした。。
 
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撮影場所がピンポイントで限られると、大勢の人がさかってどうも気おくれがするが、ここならまあある程度分散しても大丈夫だし。。もっといい場所もあると思うが、遠慮してすみっこでかわいく待っていようかと。
 
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・・で、待つのですが、いっこうに来ません。ちなみに新秋津8:52ですが、撮影場所に入ったのは9時半ごろです。
 
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この場所に立ったとき、池袋行きとして見送った電車が帰ってきました。 
 
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いまさらですけどこれ、7年ぐらいこの色続けてるんですね。。
 
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1時間以上待ったかと思いますが、ようやく来ました。
非常にゆっくりと近づき、この場所付近で止まってしまいました。
 
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あとからこれが追い越して行きます。被らなくてなにより。。
 
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いよいよ御本尊が。
 
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2日前からネットで見慣れていますが、さすがに現物を前にすると感慨もひとしおです。
 
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先頭部は完全な球状に見えますが、側面は一直線(側窓が下まで来ている関係で裾は絞れないのでしょう)だし、屋根もカーブが違うので、実際には相当複雑な形状なのだと思われます。
 
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101系も最近の鉄道車両の中ではかなり凝った形状をしているほうですが、こうして比べてみると。。
 
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車掌さんはずっとこうして前後を注視しているようでした。初入線なのでどこかに接触する可能性もあるからでしょうか。
 
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イメージイラストのときはあまり気がつかなかったのですが、現車を見るとこの巨大側窓がかなり目立ちます。
 
四季島などの豪華列車を連想します。
 
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特徴ある前頭部は覆いがかけられています。
 
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話題になったレオ人形が窓越しに見えます。
日立が、第一編成にはつけてくれるおまけらしいです。
 
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ちなみにうちの車はこうです。。関係ないって?
 
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所沢駅でいったん退避。賑やかな駅構内。
 
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新旧特急の邂逅。。こんなんじゃなくて、3線区間でRACとすれ違っている、素晴らしい写真を撮った方がSNSに投稿されていました。
 
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4編成きれいに見える場所を探したのですが・・。
 
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さて、所沢駅に向かいます。
 
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先ほどの踏切でもそうでしたが、ホームでも、一般の方がかなり興味を示していました。 
 
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赤い反射板がバッファーのようですし、先頭部形状の関係か連結器がかなり前に出ています。
どうしてもヨーロッパのスクリューカプラー装着の車両を連想してしまいますね。
 
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特徴ある大窓をもう一度。
この窓越しに眺める風景はどんなふうに見えるのでしょうか。
 
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大窓をのぞけば車体の構成自体はむしろ平凡なもので、外装も地味といってもいい感じですね。
 
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ここに何らかのロゴか愛称が表示されているようなのですが、隠されています。
 
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出発です。 
 
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一応これで取材終了。
運用開始は来年春のようです。 
それでは。

2018年10月13日 (土)

宇都宮線

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またまた話が薄くてすみません。。
 
メインブログで触れましたが、先週の連休におもちゃのまちに行ってきました。
宇都宮線の撮影は当初予定になかったのですが、ちょうど20400系も走り始めたということで、少し見てみました。
 
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この日上下4本撮影しただけですが、3本は8000でした。
ので、あまり緊張感はないですな。。
 
81106F、81108F,そして81105F です。
81105F、81106Fはともに東上線出身で、もとは8両固定、81103Fとともに、ドアガラスが抑え金式になった最初の増備車です。
 
81103Fのほうは3両化されて800,850系になってしまいました。。
81108Fのほうは本線配置なので、ちょっとなじみがないですね。。
 
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20400系の増備も進んでいるようなので、この状態は長くはないでしょうね。
 
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この日唯一の20400系。帯色は房総各線の209系に似ていますが、まああまりそういう連想は出てこないかな。方向幕のLEDが妖しいまでに鮮やかです。それと、Pentax KPの露出がたぶん変なのではないかと。
 
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前回宇都宮線に乗ったのは(今回は乗ってはいない)7年前の1月、震災よりは前のことです。成人の日の連休で、なぜか新幹線に乗って餃子を食べに行きました。
 
翌日はこれまた急に思い立って森林公園に行き、敷地外から何枚か8000を撮影しています。じわじわと廃車が進んで、池袋口で見かける機会が減ってきたころですね。
 
というわけでせっかくなので?少しついでの写真を追加します。撮影日は2011年1月16日です。
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これと下の8136F はこのとき既に運用離脱していたようです。
 
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貫通幌も懐かしい感じがします。 
 
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これも稼働していなかったのかもしれない。
 
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8000じゃないですけど、この頃東上線に来ていた11202F。
 
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川越まで戻ったところで8111Fに遭遇。この頃は勿論ふつうに使用されていました。 
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この写真の後もしばらく活躍が続きます。 
 
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これは先ほどの8111Fとペアを組んでいた8142F。
 
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こちらは8185Fとの組み合わせ。秩父ATS搭載車なので、これが廃車になったのは意外でした。まあ古いからね。。
 
川越で降りているのは、このあと本川越から帰ったんじゃないかな。。もう覚えていないけど。
この頃東上線を使うのは月に1度程度で、車両の動きもあまり追っていなかったのでいつの間に・感があったのだと思います。同時期の西武は3ドア車の退潮が進んでいる頃で、時代の移り変わりを感じてはいましたが。それにしても、こちらに移ってからの東上線はほとんどというか、ぜんぜん変わってないような気がしますね。。まあ変わるときは変わるのかな。
 
というわけで、だらだら続けてしまいました。。

2018年10月 9日 (火)

夕暮れ鉄道

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ごく軽く。
 
夕方7時前のラジオを聞いていたら、この日の東京の日の入りは17;15でした。
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週末かなり暑い日もありましたが、5時過ぎるともう暗くなりますからね。
私は努めて車のライトを早めに点灯しますが、けっこう見えにくいですよ。
 
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この日は雲が多くて、夕焼けという感じにはならず。
たとえLEDでも、室内灯が恋しい感じです。

2018年10月 1日 (月)

計画運休

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所用で出かけていましたが、あいにくの台風。
東海道山陽新幹線は計画的に運休することが決定済み。
 
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前日にはおおよその予定がわかっていたようですが、こちらの予定はずっと前から決まっていたので、今更どうにもならない。
 
ですが、結論からいうとなんとか逃げ切りました。
 
賛否両論が聞かれる計画運休ですが、無理は禁物かと。
 
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もちろん、良い具合にことが運ばなかった方もたくさんいらっしゃることでしょう。
心よりお見舞い申し上げます。
 
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今回目新しかったのは、これまで経験のなかった首都圏のJRが計画運休を実施したことです。山手線などは影響がかなり大きいでしょうから、勇気ある決断です。
日曜日、暴風雨が最も激しくなるのが深夜であることなど、条件が整っていたことも、決断を後押ししたものと思われます。
 
実際の運休の様子は見ていませんが、ニュースで新宿駅の映像を見ていると、9時頃でも中央快速、各停ともにそこそこ運転はしていたようです。
 
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それにしても、今年の自然災害の厳しさは想像を絶するものがあります。
今回もまた山陽本線、豊肥線などが大きな被害を受け、また各地で倒木などによる支障が続出しています。やはり用心に越したことはないと思われます。
 
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翌朝は台風一過の青空でしたし、前日からのニュースでも明日はおおむね平常通り、と言っていたので油断していましたが、結構遅れたな。。
 
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おまけ。新幹線駅の売店で買いました。
 
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E6と踏切。ほほう。

2018年9月20日 (木)

32年前の現ふじみ野駅周辺

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メインブログでお伝えいたしましたが、身内に不幸がありしばらく更新できませんでした。
 
徐々に再開していきます。
さて、表題の件ですが、偶々家を探していたら、亡父の撮影したムービー(VHS)が出てきました。テープ前後の状況や内容から、昭和61年秋-ちょうど今頃であろうと推察しましたが、正確な日付は不明です。
 
10分程度の動画ですが、少なからず身内が写っている部分があるので、そのまま動画として掲げることは避け、テレビを無造作に撮った写真にて失礼いたします。それもかなり適当で、傾いたりしていますが、ご愛敬ということで。。
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開発工事が始まる前のふじみ野駅周辺は、一面建物が一切ない農地でした。おそらく開発制限がかかっていたのでしょう。前方に県道(現ふじみ野朝霞線)の陸橋が見えますが、この県道以南が住宅地でした。
 
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ややアップ気味にすると、なんとなく今の姿とオーバーラップする部分が見えてきます。県道の陸橋をくぐる形で農道が未舗装で続いており、現在は暗渠となっている川を渡って、線路よりは西方に迂回するように伸びていました。そのまま国道方面に行く道と分かれ、そこを右に進むと丁字路が現れます。まっすぐ行くと最後は上福岡の市街地に接続、右に曲がると踏切(警報機、遮断機つき)を経て、市道まで続いていました。
撮影地点は、上記の踏切付近です。
ほかにも細かな枝道がいくつもありますが、記述の都合上省略して書いています。
 
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先ほどの踏切から、川越方面を見たところ。
 
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現在でいう駅東口付近から、下り列車をとらえています。列車は8両固定の8000。
時期的にクリーム色と新塗装(現塗装)の切り替わりの時期です。新塗装が出たのは撮影時の1年前と思われます。
オレンジからクリームに切り替わった時期(昭和49年~昭和51年)に比べると、検査回帰が伸びたのか色変わりが遅いように思われました。
 
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同じ列車を追っています。先の踏切から線路と平行に農道が続いていました。
 
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上下列車の邂逅。下り列車は新塗装です。
ちなみにここに出てくる車両は全部8000です。78は前年に越生線を含めて撤退、ほかには9000系9001F、10000系は8連が5本、この年の新車11806Fが入ったばかりかどうかというところ。8000の冷房化は2年前に完了、8108Fの更新(前面窓は従来どおり)もできたばかりのころ。
 
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この下り列車は池袋寄りから6+2+2という編成でした。先頭の2両のみが新塗装です。クリームから現塗装への変更は、印象として2両固定から先に進んだ感じがありました。オレンジからクリームのときは逆に思えましたが、いずれもあくまで印象です。
 
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上記の編成を追います。2Rが2本連なり、画面一番左の車両にパンタが見える(モハ8800)ので6+2+2とわかります。10両の組成としてはこのほか4+4+2も多く見られました。
4+2+4というのは、まだ日中6両の運用が多かった78年ごろまでは時折見かけました。
 
まあ記憶違いのところもあるかもしれませんが。
 
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さいごに、わかる人はわかるこの建物は入間東部農協ですね。
というわけでした。

2018年8月26日 (日)

ぐてたまスマイルトレイン 新宿線へ

池袋線で活躍していた30000系ぐてたまスマイルトレインが、24日夜小手指から南入曽に異動、翌日から運用を開始しました。

 
早速撮影に・・・行こうと思いながら、撮影する本人がぐでぐでしてしまい夕方に。
とりあえず小平付近に行こうとするも、車が渋滞して、しかもインドネシアよりもアツい。。
 
ジャカルタで営団6000系でも撮影に行った方が涼しいかも。103系はもういないのか。。
 
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ここで待とうと思い、西武線アプリを開いたら、ぐでは高田馬場から上石神井行きの運用についていました。
 
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ので、早々に撤退。
 
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先日シングルアーム化された6002Fですね。
 
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とりあえずここから井荻付近に移動してみます。とはいえ、車だと結構時間がかかる。
 
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夏とはいえ既に日の入りは6時17分ごろなので、だいぶ暗い。
井荻ですが、各停が長時間退避するので、下りホームから上り列車を撮影するには適しています。が、逆は難しい。今待っているぐでは西武新宿から折り返し新所沢行きとして運行中。
 
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とにかく待って、こんな暗くなった頃にやってきました。
 
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鉄コレでこの編成の発売が予定されていますが、基本3両+増結5両という構成で、合わせると12,000円近くになる(アマゾンの場合。定価ならもっと高いと思います)。Nゲージ化するとさらに10000円ぐらいかかるかな。。普通の30000(GM)も、値引き価格だとそのくらいで売っていますが。。
 
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側面の黄色が素敵です。
このまま黄色で行きましょうよ。
 
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年内運行されるようなので、いずれまた。
本当は行こうと思っていた多摩川線も。
 
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本川越にはこれが置いてあります。奥に見えるのはプラチナエクスプレス。
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そろそろ新型特急が出そうなので、今のうちにこちらも。

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